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社告

三陸の海嘯髙く嘯きて惨禍の及ぶ所三十餘里、幾千の生民老を扶け幼を救ふの遑あらずして空しく波間の鬼と爲る、田*裂け家屋潰えて滿眼凄慘の致を極むこれ豈近年稀有の異災ならずや、本社乃ち棚瀬軍之佐氏畫工丸山古香氏を被害地に派遣して其實況を視察せしむ、氏は東奥の地勢人情を詳悉するもの其報告は凄慘の光景を活寫し來て血あり涙あ江湖士人の同情を催起するに足らん

明治二十九年六月二十三日 義捐金 義捐金募集

東奥海嘯の慘禍は前に述ぶる所の如し其一生を萬死に得たる者と雖ども、歸らん
とするに家なく、食んとするに糧なく、風濤洶湧の餘に遑々する、其數果して幾
何ぞ、是に於て我社は博く江湖の義財を醵集し遭難の窮民に施して衣食の萬一を
補助せんとす博愛義侠なる江湖の士人幸に彼憐むべき同胞の慘苦を極む
但義捐金は金十錢以上とす
義捐者の生命金額は本紙に掲出し且別に受領證を出す
被害者に交付方は地方廰に依頼す
義捐の便宜を計り其金額及宿所姓名を通知せらるヽ向へは東京市内に限り
其通知書并に領収書持參の集金者を差出すべし
横濱市内は本町六丁目八十二番地毎日新聞發賣所に於て取扱ふ

明治二十九年六月十九日
毎日新聞社謹告

明治二十九年六月二十三日 論説 海嘯と朝野の責務

征清の役は世界的大快戰なりき、日清兩國各其精鋭を盡くし其運命を賭して、海に陸に勝敗の決を争ふや、東海の波瀾、洶湧して天を掠め、餘勢滔々として歐西諸洲を震撼し、世界**の視線は一齋に其**如何に傾注せり、斯時に當って帝國は三千年來特有せる奉公の精神勇武の手腕を*ふて未曾有の克*を得たり、而も其戰役の兩國の安危に關するのみならず世界各國勢力消長の六機を制する未曾有の大事にして、幾万の精兵文明の利器を利用し海陸の交戰*を*へて初て***に至りしに拘らず、帝國軍隊の戰没せしもの前後六千人のみ、是を今回東北沿岸の地七十餘里を荒廃せしめたる大海嘯に比するに其悲慘決して同日の談にあらず、戰争一年死者千を以て算へ、海嘯半時の間天**と度怒りて死者萬を以て數ふ、田地山林家屋其害を蒙るもの多々なるは云ふを俟ず、今日迄知り得るところを以てすれば岩手縣のみにて死者二万五千人と稱す、宮城靑森の二縣を詳査せば死者更に又多大なる可く、若し其負傷者を合算せば實に驚くべきの數ならん、夫れ義を泰山の重に比し身を鴻毛の輕きに比し、**弾雨の間に馳*し潔き戰死を遂ぐるは所謂軍人の面目にして其平常に覺悟する所亦此に在り今回海嘯の慘害の如きに至りては天變地異人力の如何とする能はざるところなりと雖も、遽然一刻にして其命其産を舉げて狂濤大波に委ね、喰ふに食なく、着るに衣なく、子は親に別れ妻は夫を失ひ、空しく昊天に號泣するに至りては是れ人生悲慘の極又國家の一大事變にあらずや、我に慈なる天皇陛下は特に勅使を差遣して御慰問あらせ給ひ、各政治團躰悉く人を派して其實況を視察し、赤十字社は社員を送りて其救護を努む、各地遊説中の東北選出の代議士の如き*皇旅装を収めて歸途に就くあり、米國公使舘また人を派し、各國宣教師も救護の爲めに奔走しつヽあり、就中内外幾多の新聞社の如き其勞と其費とを惜まずして社員を特派し視察するところあらむとす、要
るに目下の救助と将來の經営とに資せむとするに外ならず、現在の惨状は殆ど筆紙の盡すべきにあらず、これが救濟の道を講ずるは刻下の急務に屬す、而して實に将來に於て種々計算すべきの要あるは**を俟ず專門學者の實験説に據れば今回の如き稀有の天變地異の後には必ず悪疫の流行を免れずといふ、善後救濟の道は世人の普く講究助力すべきところなりと雖も、先づ以て他に率先して救濟の*策方法を*し目下の急に應すべき當局者は果して何人ぞや、其當局者の内務省たるは言ふ迄もなし、内務省は既に縣治局長及參事官を差遣して其實現を視察せしむ、是れ未だ以て當局の實を盡すと言ふ可からず此の如き大禍害大變事の起るに當りては地方の政治を統括して國務に參するの大臣自ら其大方針を指導揮畫せざる可からず、世人は此間板垣内相の悠々**を受くるを*みしが伯も亦自ら覺る所あり今や*かに歸京罹災地に出張したり、而して今後の施設すべきものは、或は窮民の救助に、或は衛生の取締に、或は道路の改修に、或は橋梁の修繕に、或は租税の減免に、或は監獄署郵便局の修築に、要務百端一々列舉するに暇あらず、若し事の慘より言へば、更に戰争より甚だしく、當局の*躬奮勵を要するもの、又た更に戰争より緊急ならん、善後の計たる固より内相一人の力之を完ふす可きに非らず、内閣全躰の責任を以て、之を錢理處辧せざる可らず、事躰或は遽に議會の協賛を要するものあらんと雖も、要するに焦眉の急務は流離頓沛の窮民を救濟するに在り、此事たる決して國庫の支出のみに依頼す可きに非ず、*國の兄弟姉妹は力を極めて之を救護するの道を講じ、富者は金を醵す可し、醫
師は負傷者を治療す可し、各自の本分に應じて、救濟の道を盡すは、是れ誠に國民の義なり、同胞の情なり吾人は内相等政府當局者の惜班緩怠なきを要望すると同時に、又國民の義奮此救濟に赴く、彼の日清戰争の*兵に於けるが如くならんことを切望するなり、