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●妻子を棄てヽ書類を全ふす

今回の三陸海嘯に就ては被害地各所到るところ酸鼻の話を聞かざるはなきが是もまた其一なり岩手縣東閉伊郡重茂村ハ陸中國東海岸に突出したる半嶋にて村民等ハ一定の區域内に於て漁業の權利を有し居たるところ近來他村の漁民漸次此區域内に侵入し來り漁業をなすものから其迷惑一方ならず斯くては一村の盛衰にも關する事なりとて同村の組長田畑友次郎(四十年)と云ふが頻りに憂苦の末往古よりの書類を蒐め出京して府下なる辧護士某に鑑定を乞ひ又其筋に向ても嘆願するところあるなど重茂村の爲に盡すこと身を忘るヽまでなりしに折柄今回の大海嘯にて同人の住家は水に浸され今にも流失せん計りとなれたれバ友次郎ハ妻子を携へ逃れ出でんとすれと見れバ大切の書類あり此書類の流失せば村民の困難以前に勝るの道理なれバ如何はせんと狼狽する中妻子等ハ我等ハ死すとも全村の爲めに書類を全ふされよと一齋に叫びて健氣の決心容易に動かすべくも見えざりしにぞ友次郎は意を決し左らば妻子を失ふも全村の困難には代へ難しと件の書類を一括して頭に繋り附け妻子の叫び流るヽを見捨てその身を捲き來る大浪の中に投じて浮きつ沈みつ高地に泳ぎつき書類だけを全ふしたれど妻子の死体は今に發見せずと云ふ吁是れ何等の慘話ぞ

その他 ●新盛座

同座ハ一番目の「四谷怪談」が呼物にて日々の大入なり次狂言ハ一番目「小狐禮三」二番目「大海嘯」なりと

●開盛座の落語家芝居

同座ハ今十九日より六日間三遊派落語家の慈善芝居を興行し揚り高ハ三陸海嘯の罹災者に義捐する由狂言ハ一番目「眞景累ケ淵」中幕「繪本太功記」尼ケ崎にて役割は富本豐志賀、同亡霊、母さつき(圓左)深見新吉、羽柴久吉(金馬)娘おひさ、麹屋の抱おすみ(圓次郎)*屋*藏、安田一角(林喬)おかつ引の金太(芝樂)石川伴藏、加藤正清、下男多助(圓太郎)子分作藏(圓好)女房おるい(柳橋)名主惣次郎(小圓遊)十次郎、初菊(柳橋、小圓遊一日替り)武智光秀(*三)羽生村の三藏、操、花車の重吉(りう馬)深見新五郎、手代富五郎、土手下の甚藏(圓右)等なりと