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農村負債整理法と實効(下) 農 村 の 救 世 主 然し餘りにも賴りない

六千萬圓の損失補償の内まづその
半額を府縣が負擔をなし、その府
縣の負擔に對し國家が三千萬圓を
限度として補償をなすといふ案が
俄然内務省の御機嫌を害してしま
つた。
 地方財政が窮乏してゐる今日危
 險極まる負擔整理の如き融資に
 よる損失の負擔を府縣がする事
 は御免蒙る、國家の補償限度を
 擴張せよといふのが内務省の主
 張であつた。
これに對して農林省■は組合法に
よる負擔整理は非常に嚴重な規約
の下に行はれるのであるからおそ
らく損失などは生じない筈だから
今から地方廳の負擔をおそれる必
要はないと突撥ねたので、内務省
は損失の出ない樣な負債整理など
は實効はない、それなら寧ろやら
ぬがましだと開き直つてしまつた。
この結果特融の總額を二億圓とな
し國家の損失補償三千萬圓、府縣
の補償千五百萬圓、市町村の負擔
を同樣千五百萬圓を分擔し、市町
村を借受の主体とする事になつた。
 かく借受の主体は市町村ではあ
 るが預金部から融資を受けるに
 は一應府縣の手を經て申請する
 形式をとるからその際府縣は危
 險性の多い組合への貸出には手
 續をとらなくなる事は自己の負
 擔を輕?せんとする立塲にある
 府縣としては當然豫想されるこ
 とである。
この結果として最も負債整理を必
要とする方面への融資は圓滑を缺
き底資の融通を受けなくとも自力
を以て整理をなし得る樣な方面へ
は多分に融資される如き事態を生
じ易い。これは從來の底資も兎角
特■階級にのみ利用され實際資金
の必要である階級には手が出せな
かつたと同樣の弊害を發生するこ
とは防止し得ない。これでは折角
の農村更生の名案も無意義なもの
となつてしまふ。以上で本法の骨
子は明かにされたがその實行計畫
をみるに
一、總融資額を五ヶ年間に分割し
 初年度(八年度)を二千萬圓次年
 度以降四千五百萬圓宛平均融通
 する
一、全國一萬二千町村中農山漁村
 とみなされるものは九千町村で
 ありこの中本法により負債整理
 の必要ありとみなすべきものは
 六千町村である
一、一ヶ町村に於ける負債整理組
 合の設置數は平均四組合の見込
 であるから、全國で二萬四千組
 合となるが外に信用組合漁業組
 合一千を加へ本法に依る整理資
 金融通の對象を二萬五千組合と
 する
勿論此計畫では一町村に四組合の
設立を奨勵することヽなつてゐる
が設立期間三ヶ年中に豫定の二萬
四千組合を作り得るかは全く未知
數である、假に二萬五千組合が設
置されたとしても二億圓の融資で
は一組合當り八千圓平均となり又
六千町村に平均すると一町村當り
三萬三千圓つヽ融通されるわけで
ある、又二億圓は約五ヶ年で融通
されるのであるから之を一ヶ年平
均すると四千萬圓で六千町村に割
當ると一町村平均六千六百圓とな
る、然るに農林省調査による昨年
末に於ける全國農村の負債總額は
四十五萬圓一町村平均の負債額は
三十七萬圓であるからこの三十七
萬圓の負債を整理するにたつた六
千六百圓ばかりでは螳螂の斧と云
ふ感がある。
 然も地方財政の窮乏に惱んでゐ
 る今日府縣でする忌避した損失
 の負擔を市町村が一千五百萬圓
 も分擔させられるとしたら何の
 ために負債整理をやるのかわか
 らなくなりはしないか尤も之は
 損の出來た時の話であるが損失
 を出さない樣にしてすると云ふ
 ことは負債整理は進捗しないと
 云ふ事を意味することになる。
一千五百萬圓の損失分擔を六千町
村に平均すると二千五百圓となる
が現に町村にとつて二千五百圓は
決して少額の負擔ではない、然も
一千五百萬圓の損失が生じた塲合
であつて若し損失が六千萬圓を越
えた塲合は超過額は全部町村の負
擔となつてしまふ、最も微力な町
村が最も重い負擔を約束されて果
して組合の事業を進捗せしめ得る
程勇敢に資金を融通し得るかは頗
る疑問である。
 町村としては出來るだけ多くの
 資金を得て組合の事業を進捗せ
 しめたいのであらうがより活動
 的になることは危險率を益々增
 大せしめる結果となる爲結局消
 極的にならざるを得ない、從つ
 て最も整理資金を必要とする組
 合は敬遠され比較的自力でやつ
 て行ける樣な組合に却つて資金
 が多分に流れて行く珍現象を呈
 するかも知れない、どちらにし
 ても二割三割と云ふ樣な高利の
 負債に惱む貧農借金地獄のドン
 底に喘ぐ農村の救世主としては
 余りにも賴りない貧弱な負債整
 理法である。  (終り)