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    雜    報

●國庫剰餘金支出の件

今回の水害は其區域の廣大なる丈け其の被害も
亦少からず從て堤防復舊及河身修築の爲め國庫
よりも自然多額の補助をなさヾる可からざるこ
となるが第二豫備金は已に三陸海嘯の爲めに其
の大半を支出し餘す所僅に二十餘萬圓に過ぎざ
れば到底今回の損害に應ずるを得ざるべし然ら
ば國庫剰餘金ヨリ支出すべきかと云ふに是れには
前年已に議會に於て事後承諾を與へざりし先例
もあり自由黨にても現に本件に關して黨中二派
に分かれ居るよしなれバ内務大臣の苦心は如何
ばかりぞと思はるヽなり第六議會即ち明治廿七
年の衆議院議事速記録を見るに政府より提出し
たる明治廿六年度に於て國庫剰餘金を以て豫算
超過及豫算外支出の件に對し自由黨員江原素六
氏は即別委員長の資格を以つて左の演説をなし
たり
 諸君明治二十六年度に於て國庫剰餘金を以て
 豫算超過及豫算外支出の件同二十六年度に於
 て中央備荒儲蓄金を以て豫算超過支出に對す
 る特別委員會の經過及其結果を御報道致しま
 す委員會は五月二十一日に委員長及理事の互
 撰會を開きまして委員長には不肖江原素六が
 當撰に相成りました理事には折田兼至君が當
 撰されましてございますそれより此問題は憲
 法にも關係しますから頗る丁寧に審議討論を
 致しました今日は豫算追加案に就きまして憲
 法第六十七條に依ッて政府に同意を求めたと
 きに政府は快く之に同意を表しましたにも拘
 らず委員會に於きましては此の支出は憲法に
 違反したるものと認めまして承諾を與へざる
 ことに决しました憲法第六十四條の第二項に
「豫算の項に超過し又は豫算の外に生じたる
 支止あるときは後日帝國議會の承諾を求むる
 を要す」とございますればどんな豫算外の超
 過でも如何にも差支ないように一寸見えるで
 ございます併ながら尚ほ又其外の所を讀んで
 見ますと「避くへからざる豫算の不足を補ふ
 爲に又は豫算の外に生したる必要の費用に充
 つる爲に豫備費を設くへし」とありますから
 豫算外の支出或は避くべからざる事に於て突
 然起ッた費用と云ふものは即ち豫備費から出
 すべき性質のものと明に確定して居ります故
 に豫備費の外にハ决して何所からも出す財源
 のないことは明であるのみならず此憲法の義
 解を見ましても其事が明に書いてございます
 勿論義解は一己人の義解でありまするけれど
 も併ながら随分責任のある義解でありますれ
 ば其義解に依ッて見ますと矢張此豫算外に支
 出する金は財源と云ふものを極めて置かなけ
 ればならない即ち豫算外支出の財源として豫
 備金を設くると云ふことが明でありますれば
 决して此豫備金の外に政府は恣に支出するこ
 との出來ないと云ふは憲法の明示する所であ
 ります又會計法第七條には「豫算の設くへき
 豫備費は左の二項に別つ第一豫備金第二豫備
 金第一豫備金は避くへからさる豫算の不足を
 補ふものとす第二豫備金は豫算の外に生した
 る費用に充つものとす」と斯の如く明瞭に書
 いてありますに依ッて决して此國庫剰餘金等
 から漫りに政府が出すべきものでないのでご
 ざいます然るに政府は六百萬千六百八十六圓
 七十九錢六厘又中央備荒儲蓄金より二十五萬
 四十四圓六錢五厘總計六百二十五萬千七百三
 十圓八十六錢一厘の支出を致したのでござい
 ます大藏大臣の渡邊國武君に質問をしますれ
 ば政府は豫備金にあれ剰餘金にあれ凡そ國家
 の急務として捨置くべからざる時には何れの
 財源を問はずドッチからでも出すことが出來
 るといふ答辨でございました併ながら憲法の
 第六十四條は其の支出したる時に對して議會
 の承諾を求めねばならぬと云ふ迄で唯其出し
 た後に議會に届をすれば宜いと云ふやうな風
 になりましたならば議會は財政の監督權利と
 云ふものは殆ど無くなッて仕舞ふやうになる
 然るに政府委員は憲法第六十四條に於て事後
 の承諾が規定してあるのみにしてどッから出
 しても出す方は禁じてないから勝手であると
 云ふやうに答辨されるのでございます勿論此
 事は第三議會に於てもさう云ふ風に渡邊大藏
 大臣は答辨になッたやうに記憶して居ります
 併ながら更らに一歩を退きまして大藏大臣の
 言ふ如くに第一第二の豫備金の支出のみなら
 ず孰れの財源からも政府は國家急要の事業な
 れば出すことが出來るとしましたならば即ち
 憲法の制定者は憲法を解釋するの權能を有す
 る事と假定して實際に己れの都合の宜いやう
 に憲法を解釋しまして憲法に明記してないこ
 とはそれは犯しても决して憲法違反でないと
 いふことを主張しまするならば私共は同時に
 其行爲に就いて當局者は責任と云ふものを持
 たなければならないと思ふ成程憲法に於て之
 を犯してはならないと云ふことの明記してあ
 るものを犯したならば明なる憲法違反である
 併ししてならないと云ふこともなければすべ
 しと云ふこともなく憲法が不文であるならば
 其不文を行ッたのは决して違反でないと云ふ
 ことならば即ち其行爲に就いては當局者は責
 任を持たなければならない少くとも二ッのこ
 とは持たなければならないのである其事が全
 く必要であり其仕事が適當であッたと云ふて
 承諾を受ければ宜し若しも其事が不適當であ
 り其行爲が非であッたと云ふ時には責任を以
 て自ら處决しなければならないと今一ッはさ
 う云ふやうな斷定があるならばそれと共に一
 定の方針を立ッて置かなければならないので
 あります然るに政府に向ッて質問しますれば
 憲法の六十四條は使ッた後に議會に届けます
 るだけのことで別段にどこから支出する事は
 ならないと云ふ明文がない故に其事に就いて
 其行爲に就いて責任を背負ふ背負はぬと云ふ
 やうなことは論ずることが出來ないと云ふの
 であります今一ッは政府が幸に剰餘金があッ
 たからこそ斯の如き金を出したが若も剰餘金
 のない時にはどう云ふ方針にすると聞きまし
 たれバそれは別段方針はない金かあッたから
 出しただけのことであッて金のないときの方
 針と云ふものはチットモないと云ふのが大藏
 大臣の答辨でございましたして見ますると此
 金を出したことに就いて政府の行爲の得失に
 就いて責任を負ふことなく剰餘金の無いとき
 には如何なる方針が立ッて居るかと云ふとそ
 れも確定して居らないと云ふならば誠に吾々
 は會計監督の任として之に承諾を與へること
 が出來ないと云ふのは誠に止むことを得ない
 のであります憲法に就いての事は斯の如きこ
 とでございますが更に事實に就いて見ますれ
 ば帝國議會に於きまして彼の岐阜愛知震災の
 時に政府は殆ど四百萬圓の金を兩縣へ出しま
 した其事後承諾を求むる時に議會の形勢は如
 何であッたかと云ふと當時撰擧干渉と云ふ魔
 力が議會の中に猖獗なる勢を逞うして居るに
 も拘らず百三十六に對する百四十六僅か十票
 の差を以て辛ふじて事後承諾を與へると云ふ
 樣な譯でありました第四議會に於きましては
 十九萬ナンボと云ふものを事實に於て是と認
 めたるにも拘らず所謂涙を揮ッて馬謖を斬る
 で憲法の明文に依ッて殆ど滿塲一致を以て之
 に反對したことであります斯の如きの有樣で
 ありましたならば此間起りました所の岡山外
 五縣のことに就いては曩に二回の有樣にて政
 府は德義上大に注意すべきものなるにも拘ら
 ず斷然たる處置をして前に申した所の六百有
 萬餘の金を支出になりました實際に就いて見
 ますれば成る程工事の設計其他の事に就いて
 豫め政府が補助する所の金額がございませぬ
 けれバ工事の設計に甚だ不便を與へるかは知
 りませぬがさりながら未だ四月中には工事の
 ために支出したる金は甚だ僅々でございまし
 て若も政府が第三の時に第四の時に議會の景
 况に照して注意しますれバ未だ斯の如き豫算
 外の支出をせずして議會を早く召集して適當
 の順序を履み圓滑に此局を結ぶことが出來た
 らうと思ひますのに政府が議會に對するの行
 爲をも無視し又た憲法にも違反して斯の如き
 支出をなしたことは誠に止むを得ず反對しな
 けれバならない譯であります併ながら彼の五
 縣に對する金額の上に於きましては委員會に
 於きましては决して異議を唱へたるものでは
 ございませぬソレと附隨して彼の中央備荒貯
 蓄金のことも事實に於きましては誠に止むこ
 とを得ないと見まするか是れ亦憲法に違反す
 るものとして委員會に於きましては之に承諾
 を與へざることに决してございます此段御報
 告に及びます
此演説に對して渡邊大藏大臣の反駁ありしも衆
議院は終に大多數を以て政府案に承諾を與へざ
ることに决したり自由黨員石田貫之助氏は夫れ
より議事日程變更の動議を提出し左の决議案を
提出したり

    剰餘金支出に對する决議案

 本院は既に明治二十七年三月政府が水害補助
 費として剰餘金を支出したるものを以て憲法
 に違反し且つ事實上に於て不當なりと决せり
 因て内閣大臣は其責に任じ自ら處决する所な
 かるべからず茲に之を决議す
此の决議案も特別委員に附托せられ一二字句の
修正のみにて大多數を以て衆議院を通過したり
斯の如く一時には極力國庫剰餘金の支出に反對
したるの自由黨が如何に處世の要訣を悟りたれ
ばとて其の總理の板垣伯に向つて國庫剰餘金の
支出を促がすべしとは思はれず右に付きては板
垣伯を始め自由黨の顔役も頗ぶる困却し居る由