國 家 と 災 變 (此の關係を考究すべし)
國家と災變との關係に就て余輩は一言を陳べて
以て世人の注意を乞ふの必要を感ず、何となれ
ば是れ其本體に於て重要問題なるのみならす今
や將に現實に討究を要する一問題たらんとすれ
ばなり
此の關係が現實に討究を要するに至れる所以は
、三陸大海嘯の救助に對して政府が冷淡を極め
たるに在り、政府は救助費なる者を支出したれ
ども其費額は救助の實を擧ぐるに足らさるのみ
ならず、斯る過少なる費額の支出すら逡巡して
速决する能はず災後三十日にして纔かに决定を
見たりき、此の支出の遅かりしが爲めに災民の
困苦したりし事幾何ぞや、此の支出の過少なる
が爲めに災民の失望したる事幾何ぞや
今回の如き無前の大變災にして天下の視聽を聳
動したるに際し政府が救急法を急施する能はず
且充分の救助法を立つる能はさりし者は何故ぞ
や、其主要なる原由は當局者の冷情と怠慢に在
る事勿論なるべしと雖も、變災と國家の關係を
明らかにせざりしもの、亦其の一事由たらずん
ハあらず、當局者にして愛民の至誠を存し其職
責を敬重する者あらば責を双肩に負ふて此大變
災の急に赴きたらん事疑なかりし、而して板垣
氏に於て所謂秦人の越人の肥瘠を見るが如き擧
動ありしもの一に其冷情と怠慢に出でたりとす
るも、若し國法上大變災に對する國家の關係に
して明確に定まりありしとすれば當局者に於て
今回の如く緩漫と疎放を肆にする能はざりしな
るべし
此に於て乎嘯害事件に關する今後の問題は二途
に別る、其一は内務當局者たる一般の性格上よ
り主務大臣の怠漫粗畧を彈明する事、其二は國
家が變災に處する所以の方針及び方法の討究是
なり、來る第十回帝國議會には此の二問題は必
す顯はるべし、有志士に於て今より考究を要す
る所の者なり
此の關係に關する余輩の見觧は既に次の陳述
を經たり、今其要を約言せば、第一罹災即時の
急を救ふべし、第二善後の計としては災民をし
て舊業に復し災地をして舊態に復せしむるの法
を立つべしと謂ふに在りき
而して其後發表せられたる進歩党の方針は偶々
余輩の見解と歸一したり、進歩党も第一に救急
の法を施し第二に善後の計を畫し、刻下の急を
救ふと同時に充分就業の資を與へよと唱道した
りき、而して余輩は業既に進歩党に向つて滿胸
の同感を表白したりき
然るに更に其後内務大臣に依つて公表せられた
る救助費支出の趣旨と其費額及び支給法を見る
に彼は專ら當坐の救助に限りて更に善後の計に
及ぶ能はず、彼が給與する所は毎人三十日間の
食料と、毎戸十五円の被服家具料と二十円の救
助費なり、而して二十円の救助費は單に救助費
と稱して其意義甚た明ならずと雖も、之を善後
費としては過少にして目的に副はず、然れども
此の費用たる農民にして農具料種穀料を合はせ
て二十円を受くる者には給せずと云ふが故に或
は就業の費に充つるの目的に出でたる者とも見
ゆ、果して然れは是れ善後費を意味するが如し
と雖も由來農業と漁業とは大に其趣を異にする
を奈何せん、一戸の農作は二十圓を以て再興す
るを得べきも漁舟は至小のものと雖も四五拾圓
を要するは三尺の童子も猶ほ之れを知る、若し
當局者にして此二拾圓が漁業の善後費に充つる
者なりと云はヽ余輩は其の愚の及び難きを嘆せ
んのみ
然れども斯る愚爲の原由を深察すれば主因は當
局者の愚よりは寧ろ國家と災變の關係明らかな
らざるに在るが如し、想ふに救助費の支出に於
て當局者の着眼は專ら個人に在りしが如し、彼
等漠然たる大体の觀念より算勘して謂ひしなら
ん三十日の食料の外に毎戸三十五圓餘を給せば
不足なかるべしと、而して國家の重んずべき所
は個人の困窮よりは寧ろ部落の復興に在り個人
を救助するは部落復興の手段にして最大の目的
は部落の事業を復舊するに在るをば考察せざり
しならん、若し一度此の点に考へ及ばヽ何ぞ棒
にも附かず箸にも附かぬ二十圓を率爾として支
出するの愚を爲さんや
進歩黨の如き實際の調査視察等に於ては當局者
に及ばざる者ありしならんも、着眼の点に於て
正鵠を得たり、彼は主として國家の要務の國力
の回復に在るに注目したるが故に其救濟方針と
謂ふものも重きを善後策に置き堂々として固に
嘯害後最優の經綸策と稱するに足る者あり
今彼と此とを對比すれば着眼の異は方針の異を
生じ、變災と國家の關係に對する見解如何は災
民の救助上に至大の影響を及ほすを示す事特に
明らかなり、此の大事變の後に於て此の關係の
討究甚だ重要なるを知るべく、是れ必ず立法部
の一大問題たらんとす、心あるもの今より此の
問題に注心するを要すべし