善 後 の 計 と 時 期
嘯害善後の事に就て尚ほ一件の深く注目すべき
ものあり、一件とは時期を謂ふなり
盖し天變地異の罹災者に對する救助の如きは何
等の塲合と雖も總べて是れ急に應ずる所以の者
なるが故に、其施爲は一日を早くせん事を望ま
ざるを得ずと雖も、今回縣下の嘯害に對する善
後事業の如き、時期に注心を要するの特に切な
るの理由あつて存す、是れ曾つて余輩の既に切
論したる所なるに、今更に此所に云々する所以
の者は、災後時日を經過したる事案外に多く、
時期の切迫愈々急なる者あれはなり
縣下被害地の主業は漁業に在り、而して洋海を
以て田園とする漁業に在りては漁具の備具さへ
あれは業務を繼續して過活の計を立つるを得べ
し、此点に於ては漁業地の罹災に對する善後事
業は功を奏する事農業地よりは容易なり、何と
なれは農業地一度災害に罹る時は少なくとも次
回の収穫まて衣食を給して農民を育養せざるを
得さるべく若し育養せすとすれば農民自身に於
て農収意外に口腹の費を弁せざるを得ずして痛
く困窮すべしと雖も、漁業地の如きは災害にし
て若し幸に漁期の中に在れば罹災後直ちに職業
を再始するを得可ければなり、而して其の職業
再始の成否は、漁具の有無と漁期の有無とに懸
れり、既に漁具なしとすれは漁業を再開する能
はざるは勿論の事に屬し、又縱令漁具ありとす
るも漁期既に去る時は奈何ともする態はずと雖
も、此所に漁具あり又漁期あるに於ては直ちに
職業を再開するを得るなり
本縣の罹災は幸にして漁季の初期に在り、既に
漁期あるが故に之に對する善後策としては速か
に漁具を供給して直に職業を再開せしむるを最
上とするなり、是れ余輩が當初よりして當局者
を促がし、臨機應變の急務として速かに漁具を
供給せしめんと務めたりし所以なり
然るに政府の施措特に緩慢にして而して縣當局
者の施措亦神速ならず、災後既に空しく四十日
を經過するの今日、未だ漁具の供給せられたる
を聞かず、是れ余輩の特に遺憾とする所にして
而して猶ほ且つ其供給の果して近日に在り得べ
きや否を詳かにせず、是れ深く余輩の不安とす
る所、其間自ら漁期の前程一日を惜しむの情を
脱かれざる者あり
被害沿岸漁期の前程を考ふるに其期間今後一百
日には過ぎず而して風雨其他の故障を算勘する
時は實際漁業に從事し得べきは五六十日には過
きざるべし
今罹災の人民、家には一擔の貯穀なく一領の衣
服なく一式の家具なきもの、粉骨碎身を以て業
務に勵精するとするも、僅々五六十日の収穫、
以て彼等を安堵の態に復せしめん事甚だ覺來な
し、尤も其漁獲をして災前の豐富あらしめは猶
ほ可なりと雖も、其豐否は特に未だ詳かならす
、又況んや漁具の設備充分なるを得ざるべきお
や、此に於て乎余輩難民を憐哀するの情、供給
し得へき漁具の設備一日を早くし、彼等をして
速かに業事に就かしめ、以て可成其困苦を輕ふ
せん事を切望するなり
要するに前程既に甚だ相迫まるの今日善後策の
實行は一日を早くすべし、一日遅くるれは一日
の損、二日遅くるれば二日の損なり、若し夫れ
荏苒として今後更に二三十日を經過せば善後の
事業は半は失敗を得、全期を空過せは全敗に歸
し、人民の窮厄は救はれずして今日に至る間當
局者の苦心も過半は水泡に歸し去るべし
善後事業の効果は正さしく時期の消過と共に消
滅す、若し當局者の苦心効果の最大にあらば、
唯だ實行一日を早くせん事を要すべし、善後の
計と時期の關係自ら然る者あつて存すればなり
今や救助金概ね當局者の掌中に在り急施を欲す
れは急施するを得べし余輩に於ては當局者が最
も急施し得べき方法に依つて急施を謀り善後計
画上最大の効果を収められん事を切望するなり