再び善後の方法に就て (社會上の觀察)
救助金既に充分ならざるが故に方法の撰擇を考
究せざるを得ず、災後既に多日を經たるが故に
愈々實行を急がざるを得ず、此等の事情に照合
して余輩が共有法を以て最も有効にして又最も
急施し得べき方法ならんと思ひ其採擇を望むの
理由は前号に述べたり、然れども前論は行政上
の觀察を主としたるもの、此所には少しく社會
上の觀察を試みんと欲す
目下の事業は世間之を呼んで救助と謂ふ、然れ
ども救助の二字は目前の困窮を救助するの意義
重もく兎角に人の心眼を目前に索引するの傾あ
り、然りと雖も本縣に取りて重要なるは目前の
救助よりは將來の經營に在り、余輩の考究すべ
き問題は救助と名づけんよりは善後と稱すべき
者なる事を忘る可らず、■既に善後策と謂ふ、
當事者の觀察を勞すべき所獨り目前に止まる可
らさるのみならず又た來るべき數年間のみにも
限る可らず、考慮の及ふ所、遠き未來の觀察も
亦甚だ切要なり
本回本縣の罹災や範圍は幸に廣からざりしも損
害は激烈なりし、塲所に依りては此の際全く其
部落の社交的状態を一變し得べき所も少なから
ず、又全部然らずとするも其一部の變更すべか
らざる者なき程なり、業既に一變し得べき機會
に逢着せり、此の際善後の計を画するもの從來
の弊實に鑑みて將來の改良を謀る可らずや、是
れ今回の善後事業上遠き未來に亘つて社會的觀
察を要する所以なり
余輩は災民將來の社會的状態に就て一件の希望
を抱けり、一件の希望とは自今以後漁民の獨立
是なり、寧ろ部落の獨立是なり、寧ろ漁業の獨
立是なり、此の三者は言辞同じからざるも意義
異ならず、盖し漁民の獨立は部落の獨立にして
部落の獨立は漁業の獨立なる可ければなり、而
して所謂獨立とは毫も週邊の障害に煩はされず
發達すべき所まで發達し得る状態を謂ふ、漁業
の獨立とは漁業が漁民の勞作と智慮とに依つて
進歩し得る状態に在り資本主、債主等より制忖
を受けざるの謂なり
余輩が此の際此の希望を開陳する所以は今や漁
民等非常の窮境に在りて而して給與金亦案外に
少なく所謂漁民漁業の獨立岌々乎として危き者
あればなり、盖し今回の給與金は未だ以て漁民
單獨にして將來の生計を立つるに足らず之を以
て彼等或は負債に資り或は資本を他に仰ぎ自家
の獨立を失ふと共に漁業の獨立を失ひ、終に永
遠無望の地に陷る事有名なるアイルランド小作
人の如く又近時歐州勞働者の如きに至るの恐あ
り、斯の如き社會上の堕落は漁民の爲め漁業の
爲め余輩の最も厭忌する所にして、余輩は固く
漁事の獨立を希望し此の變更を加ゑ得べき際に
投じ方法を求めて堕落を防かんと欲するなり
此方面より觀察すれば前號に所謂共有法は頗ぶ
る有益なるが如し、若し聯合法に依る時は猶ほ
擁資者の兼併を脱かれさるに反し、共有法に依
る時は兼併行ハる可らざればなり、漁民漁業の
獨立を希望せば共有法最も安全にして又最も有
益なるを信ずるなり
共有法の利益は獨り漁業獨立の上に止まらず其
發達上又甚だ有益なるべし、盖し近來漁具の改
良甚だ進むに從つて規模漸く擴まり價格亦漸く
昇騰するの傾きあり漁業が之と相伴つて發達せ
んと欲せば多額の資本を要するは云ふまでもな
き所にして而して所謂多額の資本は二三人の聯
合にては充分なる可らず宜しく一部落を併せ一
團として事に從ふに至つて滿足すべきなり
由是觀之共有法は漁業の獨立を維持するに於て
必要なるのみならず、將來漁業の發達を促進し
漁民の状態を改良するに於て亦だ甚有益なるを
見る、然り而して之を實行するの機會は今を措
いて又望む可らず、此の故に余輩は當局者が遠
大の眼識を開らき方法の撰擇を精細にせんこと
を希望す、四万幾千圓の救助金を活かして使ふ
と殺して使ふとは此の際當局者の一心に懸れば
なり
雜 報
▲小學校休業
前項の洪水に付五所川原尋常小
學校及北辰高等小學校は臨時休業したり
▲郡吏の繁忙
沿岸の水害村落に對し何かの手
續をもなさん爲めにや郡吏一同は早朝より出勤
しいと繁忙の模樣なり
▲藻川鶴ヶ岡の浸水
大川の出水と友に
十川も非常の滿水にて 剰 へ同川は鈍流なる爲
め大川の激流に壓せられて逆流し田地は申すに
及はず川面より半里餘も隔り居たる民家にまで
浸水して床上に及び爲めに大川の堤防上に立退
きたるもあり若し今後一週間内に落水して早く
乾燥に歸せずんば其損害實に尠少にあらざる也
▲堤防の破壞
大川出水の爲め西津輕郡に
ては車力村部内北津輕郡にては三好村部内大字
藻川の堤防破壞したるやにて去る二十日の出水
俄かに減量したるも之が爲めならんと云ふもの
あり委細は後報を待て
●三 戸 郡 の 水 害 (廿一日三戸警察分署の報告)
十八日以來大雨頻りに降り河水澎漲して田圃橋
梁を流失毀損したるもの亦少なからず仝日以來
本日(廿一日)までの水害の状况を列擧すれば左
の如し
一昨十九日は朝來微雨ありしか午後に至りて強
雨となり其勢名状すべからず降雨二時間雨水道
路に汎濫して縱横に奔騰し就中床下の稍や底下
せる家屋にありては間々浸害を蒙むり一時人心
騒然たり依つて署員を派し百方雨水の疎通に從
事せしめたるより幸に市街に於ては別状なかり
しも部内猿邊村大字下田村にては當日の大雨の
爲め猿邊川に架設したる橋梁五個の内四個流失
し又岩石崩壞して川を没し水爲めに溢れて近傍
の稻田を浸したるもの一反二十歩に及べり又仝
日田子村に於ては仝村沿流熊原川及び田子川增
水四尺餘に達して沿岸の稻田を浸したること凡
そ二十町歩其他道路等破壞の如何は減水するに
あらざれば調査するを得さるを以て後報に讓る
べし尚ほ其他山腹崩壞して道路を埋没したるも
のあるも仝村駐在巡査は村民を促して直に除却
せしめたり
翌二十日は激雨尚ほ歇まず午後に至りて熊原川
馬淵川等水量頓に增加し熊原川の如き平水より
一丈一尺の多きに及び尚ほ增水の模樣ありて橋
梁を流失し川岸の家屋に浸水するの憂ありて人
心頗ぶる動揺せるを以て一般市民に警戒を加へ
且つ消防手を繰出し警備に充て尚ほ又署員を指
揮して救助救援の事に從はしむ已にして仝日午
後七時頃に至り熊原川其道筋境の澤に架する新
舊橋梁二個落流し三戸町に架する黄金橋も橋基
の石垣凡そ二間位欠壞し將に流失せんとする有
樣なるを以て消防手を役し出張大石等を以て重
りと爲し僅かに全きを得たるも此處は出水の極
点にして近傍家屋に浸水するもの七戸家族漸く
他に避くるに至れり又馬淵川の出水尚ほ甚しく
本日午前二時頃國道筋大向に架する住谷橋及仝
村古牧橋とも落流し餘勢國道筋殊に停車塲に溢
れ道路を破壞するもの凡そ五間位民屋一戸破壞
して僅かに流亡を脱したり是より先き馬淵川國
道筋岩手縣界に架する橋梁凡七間計り落流せり
と云ふも其時間詳かならず其他小屋掛薪材木等
の流失したるものあるも調査するに從ひ報告す
ることヽすべし
以上の如き状况にして國道の橋梁流失又は破壞
して通行を止絶したるにより運輸交通の不便甚
しく特に郵便脚夫の如きは鐵道線を通行して運
送の事に從へり目下何れも稍や減少し且つ降雨
は漸く歇みたるを以て今後甚しき事なからんと
思量せり尚ほ詳報の被害は目下署員を東西に派
して實地調査中なり
●五 戸 の 水 害 (廿二日五戸村特信)
去る十八日夜十二時頃より翌拾九日午前七時頃
迄は大雨盆を覆すか如くに降りて市中は川をな
し爲めに字澤町高橋幸次郎家宅の如きは非常の
害を蒙り將に家屋も浸水の上に流失せん程なり
しに五戸公立消防組の尽力にて大事に至らず
五戸川は大洪水となり平水より凡六尺程を增水
し木材の流失夥しく堤防の崩壞等より出水は拾
九日午前五時頃より始まり正午頃までの間最も
甚しかりし爲めに水陸田の浸害を受くる凡六拾
町歩余
五戸公立消防組は村長の命を受け五戸橋保護中
流失木材長四間以上のもの橋杭に横たはり是の
爲め水切杭の危嶮言ふばかりなく消防手四五人
にて取脱に尽力せるも容易に動さる内上流に稼
き居たる消防手三浦與志之を聞て駈け來り忽ち
激流に飛入り何の苦もなく取流し爲めに橋梁の
無難なるを得たるは同人の功や大なりと云べし
第一回の洪水一たび終はりて人民未だ安堵に付
かざる内又もや拾九日午后十時より二十日午后
三時頃迄にかけて降り出したる大雨は更らに再
び五戸川の出水を促かして前日より增水したる
こと貳尺余川原町(二百戸計)は一同浸害を受け
んことを慮り老幼男女は何れも立退きたれとも
村内浸害を蒙りたるもの僅かに十七八戸に止り
人畜には別に死傷等なかりしは不幸中の幸とも
云ふべきか、水陸田の浸害を受くる前日より貳
拾町歩余を增せり消防夫は前日に引續きて五戸
川を保護せり同夜五戸川岸に山崩ありて一通な
らぬ騒を爲せり村長は尚一層の警戒を加へて消
防夫と共に徹夜をなせり殊に天滿下筒口堰の大
破を生し水田砂石を運び去るヽを慮りて川内村
役塲に態夫を差遣するなどの大混雜ありき浸害
地は目下取調中なり
藤田善五郎氏は消防夫一同に炊出を與へたり毎
度なから氏の義擧稱すべし
靑森嶮技手川村巖氏は大雨を冒かして破損の道
路橋梁を取調の爲め巡回一寸の閑なきが如し人
は氏の熱心を稱す
下田停車塲道の修繕は漸く終りたるに今又た降
雨の爲め大破を生したり五戸の商業界は該道の
修繕と關するや大而して今又此の大破を來す嘆
すべし
●東 津 輕 郡 の 水 害
●弘 前 の 水 害
前號記載の如く岩木川は再昨日の晩八時頃に至
りて殆んと八分程の出水となり益々增水の有樣
なるより警察官出張し消防夫を指揮して水害防
禦に尽力し紺屋町と濱町間は往来を止絶したる
由時節柄下町部内にては堤防欠壞して水廻すに
ても至らんかと一時非常に動揺したりと
同市中を流過し居る十淵川も非常の出水にて徒
町川端町及び住居町の橋梁流失し且つ川水氾濫
し道路の通行ならざる個所もありし由(再昨日
の端信に見ゆ)
●岩 手 縣 の 水 害
盛岡市は九百五十戸、花巻は二百戸浸水したる
旨電報ありたり