荒癈の回復と勞力の關係(承前) (罹災地民人の散逸を防くべき理由の説明)
前段之れを証するが如く富實なるものは之れを
消費して又生産し、更らに之れを消費して又生
産して窮已なく結局現在の富實十の八九は現在
の人力に依つて存するの理を推し「ミル」氏は荒
癈の回復に就て猶ほ説明を續けて以爲らく
右富實を常に消費して又復生するの理は往々
世人の怪訝する事實に對する説明を供す、怪
訝する事實とは何んぞや、即ち邦土が荒癈の
状態より回復するの迅速なること是なり震災
、水害、風害若しくは戰害の爲めに大慘禍に罹
りたる塲所が暫時にして毫も罹災の痕跡を止
めざるに至ること是なり、此所に戰害に就て
云はんに敵軍猛然として侵撃し或は火を放ち
或は劍戟を揮るひて地方悉く燒燼掠奪の災に
罹り現に存するところの動産は悉く破壞せら
れ或は奪去せられ人民は痛く零落して滿目荒
凉の景を呈し人をして酸鼻に堪へざらしむる
に至れりとするも僅々四五年を經過すれば既
に往時の状况に復して罹災の痕跡の見るべき
ものなきに至る、是れ淺慮なる輩が造化の至
妙なる救濟として驚愕するところに係り或は
此の迅速回復の原由を人類の節約心に歸し斯
る莫大の損害を斯る短日月の間に回復する人
間の儉約力も亦驚くべしと謂ふ者あり、然れ
とも是れ其の實は毫も驚くに足るものなきな
り、盖し思ふに此の際敵軍が破壞したる財産
は戰爭なき塲合に於ても暫時にして住民が消
費し盡くしたるところなるべし、今其冨實數
年にして前日の舊に復したるものは戰爭の有
無に拘はらす是れ必す此の數年間に復生せら
れざる可らざる所に係り更らに怪しむべきも
のあるを見ず、此の際眞實人民の困難を感す
るは荒廢後復舊に至るまでは一時從前所有せ
る財本を資用する能はざるの一亊にして其他
の生産力には何等の異状をも生ぜざるが故に
生産の■々として回復に遂けたるもの亦宜な
らずや、若し他の生産要素に異状あるとせば
回復は之れに準じて遅延を生ぜざるを得す、
想ふに其の罹災の迅速に回復すると■と■太
に其地方人口の減否に關係するなり、若し戰
■の當時にして生産の勞に■ふべき人民殘害
に罹らず又其後餓死を脱かれて生存せりとせ
は彼等■■■同樣の熟慮と智能を有し其土地
と地變を有し猶ほ其餘堅固なる建物等の災を
脱かれたる者とを有せは從來通りの生産を爲
すべき要素に於て殆んと欠くる所なる者なり
去れは幸にして彼等食物の食ふべき者あり衰
弱して勞働し得ざる■態に陷らさる以上は一
時は何等の貧困を極むるとも前日と同一の勞
作に依つて同一の生産を爲すを得べく之を積
む亊數年にして全く舊態に復するは當然の成
行のみ(後畧仝上七節)
右の解説は本文の儘にて我が障害地に適用する
を得べき所にして強壯者にして散逸せざれは災
害の回復難きにあらさるを証して特に明らかな
る者あり
岩手縣の如き死者二萬に及ぶ沿岸一帶少壯の死
歿甚だ大なるべくして同縣沿岸漁業の如き縱令
充分に慰留者を保護し得るとするも復舊容易の
業にあらず必す多年を待たさる可らずと雖も本
縣の如き沿岸二十里にして人口四百を失なはず
余輩は其の死者に老若多かりし乎將た少壯多か
りし乎を詳にせずと雖も慰留者の保護にして充
分なるを得ば必ずしも水産上著大の衰徴を見さ
るべし伹だ夫れ本縣被害地方たる年々北海道に
出稼するもの多く其出稼せざる者と雖も北海道
とは縁故淺からざるの實あるが故に鄕土に於て
一時前途の期望を失ふに於ては直ちに北地に移
住するやも計られず況んや今や直ちに罹災の後
にして人心恟々の際なるおや年來恩顧ある雇主
に賴り移住を企つる者多かずと云ふ可らず、然
りと雖も遺民若し北地に散逸せん乎縣下太平洋
沿岸の漁業は痛く衰頽に陷り延ひて八戸野邊地
より南部地方一般の衰徴となり縣は永年の間其
創痍に苦しまざるを得ず、此の際善後の計宜し
きを得すんは後害は豫想外に大なるものあらん
とす
之を以て余輩は我が當局者が迅速に果斷を下だ
し速かに難民獨立過活の元資を供給し八戸野邊
地々方の關係實業家をして充分の助力を與へし
め漁期未た經尽せず初冬北地の消息未だ到らざ
るに先だち漁業と過活の必須物件を得せしめて
以つて其の永住の恒心を定められん亊を希望す
るなり
本縣は被害尤も少なく救濟の方法も随つて難か
ず然るに他の被害莫大にして單純なる調査すら
容易ならさる地方と同じく荏苒時日を消過し容
易に回復し得べき荒廢も時機を失して永遠なら
しむるの恐を感せしむるもの余輩の堪へ難く思
ふ所なり我が當局者は此等の事由を將つて政府
に對し本縣には特別迅速に補助救助を要求する
乎是れ若し望みなきに於ては事後の始末は事後
の亊となし一時縣限りにて迅速善後の計を實施
するも可なるべし結局時機を失せずして散逸防
遏の道を急施し後害を貽さヾらん亊余輩の切望
に堪へさる所なり (完)