荒癈の回復と勞力の關係 (罹災地民人の散逸を防くべき理由の説明)
縣下太平洋岸一帶十數里の地圖らずも大海嘯の
慘禍に遭遇し其十が八九の部分は現に荒癈の状
態に在り又或は終に永遠荒癈に陷るの虞しきに
あらず余輩は此の荒癈を舊態に回復せんことを
切望し其方策を案するに難民に對して就業の道
を授けて以つて民人の散逸を防かん事尤も急務
たるべきを信じ前号に於ても其の旨趣を論述し
たりし
然れども荒癈の回復と勞力の關係、委しく云へ
ば荒癈の回復には勞力に堪ふべき民人尤も必要
にして罹災荒癈の回復に念ある者は專ら勞力に
堪ふべき民人散逸の防遏に注心すべきの理由は
尚ほ説明を要すべく思はるヽを以つて此所に大
家の論斷を援証して一二解説を試みんと欲する
なり
皮想よりすれば邦國若しくは町村の富貴が現在
の状態に達したる所以の者は祖先以來幾十百年
の勞力を積んで此所に至りたる者にして一旦荒
癈の態に陷る時は容易に回復し難きが如しと雖
も其實は然らず現在の富貴は十の八九現在の勞
力に依つて生せらるヽ者にして祖先の遺す所の
者は案外に微少なる者なり此の故に若し一旦荒
癈の態に陷ることあるも勞力即ち勞働に堪ふべ
き民人にして留存するに於ては富貴の回復は案
外に容易にして數年の間に舊態に復するを得べ
く荒癈の状態を見る事あるも徒らに蓄財の亡失
のみを悲しむべきにあらず回復を謀らんと欲せ
は先づ勞力の保存即ち壯者の散逸防遏に注心す
るを要すべし
現在の富貴は祖先の遺物たるもの甚だ少なく其
大部分は現在の人力に依つて産出せられたる者
なる事は富貴の保續は單に其富貴の保存に依る
にあらず常に之れを費消して更に復生するの事
實に鑑みる時は自ら曉悟せらるべし「ミル」氏は
之を説明して以爲らく
総べて生産せらるヽ者は消費せらるヽ者なり
節約して資本となる者も資本とならすして直
ちに浪費せらるヽ者も共に暫時にして消費せ
られさるはなし然るに俗間の用語ハ皆此の事
實を隱蔽するに傾くこと是非なけれ、若し人
一國に於ける古代の富寳と云ひ或は祖先傳來
の富實と云ふ■は其意味は■傳來の富實が幾
百千年前其富寳が獲られたる當時に生産した
る者にして其富實が呼高に於て增加せられた
る部分の外は昨今年の生産には關係なしと云
ふ■在り、然れども是れ■だ事實相違せり
當國に現存する富實其價格の大半、此十二ヶ
月間に現在の人手に依つて産出せられたる者
なり、當國の富實甚だ少なるにあらされども
其内十年以前より傳來したる者は至少部分に
過ぎず即ち現在の生産資本の中倉庫、製造所
、少數の船舶機械を除けば傳來の遺産は全く
無しと云■■可■■而して此數種の物が十年
間傳來するにも常に新勞力を加へて修繕の手
數を經るにあらされば然る能はずとすれば此
等も其價格の大半は今人■生産に係る者と謂
はざる可らず、尤も土地は傳來する事勿論な
るが永久の傳來物は獨り此土地あるのみにし
て其他には殆んと之なかるべく、其他の生産
物は腐朽せさるはなくして而して其大部分は
腐朽甚だ迅速なる者なり盖し生産資本たる者
は其本來に於て永續に適せさる者なればなり
、尤も世間には随分永年の間存在すべき生産
物なきにあらず、ウエストミンスターの寺院
は時々修繕を加ゑたるのみにて數百年間繼續
し希臘の彫刻物には二千年來存續せるもあり
埃及の三角塔の存續は五六千年の間に亘りた
らんも此等の永續物は生産の用に供せらるヽ
者にあらず、實業に使用せらるヽ營造物にし
て其存續の百千年に亘る者を枚擧すれば鐵橋
暗渠或は堤防の如き二三を除くの外指を屈す
べき者なく総て生産に使用する建築物は使用
の爲めに破損を脱かれず又之れを堅固にして
永續的の者と爲すは年所に依つて變更を要す
る實業に取りては經濟の道を得たる者にあら
ざるなり、去れば富實の代々保續せらるヽは
之れを保存するが爲めにあらずして常に復生
するに依る富實なる者は其生産後間もなく皆
な使用破壞せらるれども其次第に增殖するは
之れを消費する者が使用破壞よりも更に多額
の生産を爲すが爲めなり、之を譬へば富實の
增殖は人口の增殖に異ならず、生まるヽ者は
死せざるはなしと雖も年々生まるヽ者の死す
る者よりも多きが故に人口次第に增殖するな
り、然れども千年は愚か百年前の人すら生存
するもの稀なるにあらずや、富實の新陳代謝
も亦斯の如きのみ(經濟學原理第一巻第五章
第六節) 希臘 → ギリシャ
右譯文甚だ佳ならざるべしと雖も現在の富實ハ
現在の勞力に依るもの多く勞力即ち勞働に堪ふ
る民人のあるあれは富實の回復難からさる者あ
り荒癈の慘状に對しても獨り其慘を悲しまんよ
りは善後の要務として民人の散逸を防遏するの
切要なるを概見するを得べし以下更に適切に説
明を續くべし (以下次号)