文字サイズサイズ小サイズ中サイズ大

    雜    報

  ●慘話一束

幌泉警察署より津浪被害地は歌別、歌露、 油駒、

●斷 膓 録(二) 今泉生手記

本吉郡役所員坂本良太郎氏は余が前年志津川に
奉職せし頃は同郡御岳村役塲筆生にして其後小
泉 村 長に推薦せられ今は郡役所員となりて今
回慘害に罹りたる荒戸濱(志津川町より半里餘)
に卜居せり、罹害の當夜氏は所用ありて志津川
町に宿泊し居たるを以て幸に無事なりしが氏の
老父母と息女は當夜荒戸濱の自宅にありて爐邊
に團欒し四方山の談話に餘念なかりし折柄何事
かは知らず屋外にザハ々々と聞慣れぬ音のする
と思ふ間もなく濁潮混々として屋内に漲ぎり忽
ちにして五六尺に及べり、息女は其時當才の小
兒に乳房を■ませ居りしに第一回の狂潮の押し
寄すると同時に無殘なる哉乳呑兒を懐中より浚
ひ奪はれぬ、ヤレと思ふて矢庭に右手を差し伸
べ愛兒を激浪より奪ひ返し其身は手早く赤條々
となり湯布一点身に着けず辛くも屋外に泳ぎ出
して危ふき一命を萬死の中に拾ひたり、去るに
ても老祖父母の身の上は如何にましけむと今は
氣も半狂乱、愛兒をば小高き處の木の根に括し
置き再び漲ぎる濁潮に身を躍らせ漸やく我家に
泳ぎ着きたる頃は激潮次第に跡を晦まして僅か
に膝下を浸すに過ぎざりければ今は心安しと矢
庭に雨戸を押破り辛ふじて我家に入り見るに人
の氣はひもなく家財道具は何一ッなく跡も留め
ずなりにけり、扨は祖父母を始め參らせ五才の
長女をも底の藻屑となりける歟如何にす可きと
暫しは途方に暮れ只茫然と彳ずみ居りしが斯て
は果てじと聲を限りに「祖父樣や祖母さま」と呼
び?べば遙かの底に微かに人聲の聞えてけり、
これに力を得て漸との事にて椽板を剥し見るに
祖父母長女の三人は比目魚の如くなりて蹲まり
居たりぬ、如何にせしぞと問へば祖父は激潮の
押し寄するや孫女を片側に抱へたる儘暫らく屋
内を泳ぎ回り居りし際如何なる機會なりけん椽
板の引くり返ると共に其下に敷かれ今は身動き
さへならねば只萬一を神佛に祈り居りたる處な
りとの事に何は兎まれ一命に別條のなかりしは
勿怪の幸ひなりと五人相抱きて感喜の涙に一夜
を泣き明せしとぞ、坂本氏は一の關藩士にて豪
膽の人なり其息女亦父の氣風を受けて雄々しき
性なりしかば斯る非常の塲合にも狼狽ひ騒がず
遂に五人の生命を萬死の中より拾ひ出したるは
男耻かしき女性にこそ。
歌津村伊里前驛の一男子は嘯災の當夜婚姻の儀
式を擧げ花嫁も來りて一家親類一堂に寄り集ひ
靄々たる和氣堂上に滿ち三々九度の儀例も濟て
來客の献酬織るが如き塲合こそあれ四海波靜か
に納まらで前代未聞の嘯災にて花嫁は勿論一家
來客とも悉とく無殘の死を遂げ花婿のみは幸ひ
に一命を助かりしが非常に驚?せし爲め正氣を
喪ひて今は全くの發狂人となれり、人々其不幸
を吊らへば只ゲラ々々と打ち笑ふのみ、豈海若
の暴逆人間無上の快事を羨やみてこの慘虐を逞
ふする歟、何ぞ悲慘なる哉。
志津川町淸水濱佐藤いよ(三八)と云へるは?笥の
引手に手を掛けたる儘壓死し居りたりしと、該
婦人は倉皇の中に辛くも身を脱して一度は無事
に屋外に逃げ出でたるも偶々其前日志津川町の
得意先より三百圓の魚代價を受け取り?笥に仕
舞ひ置きたる事を思ひ出し再び取て返し?笥に
手を掛けたる一刹那其家屋の倒壞したる爲め斯
くは非常の最期を遂げたるなりと。
伊里前尋常小學校長高屋明定氏は舊知なるを以
て伊里前驛に達するや直ちに役塲員に就き其安
否を尋ねしに同氏一家は幸にも無事なりし、但
氏は當時罹災者救護中にて親しく面會して當夜
の實?を叩く能はざるは頗る遺憾なりき、同小
學校訓導梶原喜左エ門氏は都合十一人の家族な
るが兄一人存命せしのみにて喜左エ門氏を始め
十名は悉く溺亡せり、又同村収入役三浦音吉書
記佐藤初太郎兩氏の流亡せし事は實視録中にて
?に報道せしが三浦氏は六人家内の中助命者は
八十餘の祖母と幼弟のみ、佐藤氏は一家四口の
中辛くも一命を助かりたるは弟初吉の一人のみ
罹災者慘?の甚だしきは同處も同じ事なるが此
村に於て殊に酸鼻なるを覺や。

   文   苑

   大海嘯にあへりし人のつつかなきを
   よろこひて      喜 代 子
五月雨のふりみふらずみさためなき今日この頃
の空につれ々々なる草の庵のましてとふ人なけ
れは何となふ淋しさまさりきぬいつもかかる時
心をなくさむるは親しき友の文ともなれは例の
如く手箱よりさま々々なる 文とり出しぬ 一つ
々々よみ下してはおもはすほほえむもあり又か
なしさにたへやらぬもあり中にも一しほ親しき
君のいまは遠くへたたりたる其の上野にて別の
かなしかりしことともくさ々々かき送りたまへ
るを幾度かよみたりしを又とり出しくりかへし
々々涙にかすむ眼元手もてをさへつつよみゆく
あまりにこひしければ君の寫眞とり出し身にそ
へてなかめ居る中玄關に號外とさけふ聲す何事
にやといつも出しことなき身の如何にして走り
出けんふと見れは宮城岩手兩縣下の海嘯の急報
なりあな悲し君は如何なし玉ひしや釜石に近き
ほとりときく其にさかまく浪にたヾよはれしや
如何なりけんとり出せし君のおもかけそいまは
かたみとなりけるか電報にてとひ合せんも郵便
局潰れしとあれはせんなしかなしみに身をもた
ゆれと何のかひもなしさるにてもかほとのさわ
きありしなれはつま子諸共財寳をつんて一時に
巻こまれし家もあらんうへになく兒、なき母の
懷さくる乳呑子もあらんあヽあはれなることか
な我か友もおなしかなしみに逢ひたまひしやと
くさ々々あんしわすらふ折ふし電報の友より來
りぬ皆つつかなくておはす由其を見し時のうれ
しさは何にたとふるものなし其れにつけてもき
のふまて家居ゆたかにとみさかえし人も今日は
ぬきかゆる衣もなく途にさまよふ有樣とならん
おもひみれは身もふるはるる如くおほゆあらお
そるへきは天の災なり