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    雜    報

●海 嘯 實 視 雜 録 (四)       於被害地特派員  今泉寅四郎記

志津川収税署詰本縣収税屬佐々木慶治郎氏は余
の舊知なり、氏の居宅は志津川の市街と今回流
失せし沖の須賀の間にあるを以て或は流失の慘
害に罹りたるに非ず哉と竊かに心配せしに先は
無難にて大に安堵せしも矢張り斷膓の事はこの
人の一家にも免かれざりしなり、氏の舎弟雄之
助子は陸軍々曹を以て從軍し抜群の功を奏した
るを以て金鵄勲章(功七級年金百圓)を拜戴し喜
び勇みて歸家せしは海嘯の前夜即ち十四日なり
き、?に身を君國に捧たる事なれば敢て生還を
期せざりしに其身の無事にて歸省したるさへあ
るに最も名譽ある金鵄勲章を得て再び郷黨の人
々に面會したる事とて一家親戚は云に及ばず、
知己朋友等も以て一郷の榮譽となし盛宴を開き
て其勞を慰さめ一家和氣洋々の間に歡笑せしは
僅か一日一夜の束の間にて翌日の黄昏は古今未
曾有の大奇變にて宿醉猶ほ未だ覺めざるに暴逆
無殘なる狂濤は遠慮なく襲ひ來りて居宅の座上
五尺程に浸水したり、スワ只事ならずと只今迄
靄々たる和氣を以て?充したる佐々木一家は忽
ち狼藉?喚の修羅塲に變り果てたり、然れとも
多少の家財を流失したるのみにて家内には幸に
怪我人もなければ稍愁眉を開きたりしが思へば
長女(六つ)の晝頃より同郡書記諏訪部勝治氏方に
遊び居りしに同氏の家は無慘にも流失せり扨は
最愛の娘も非業の死を遂たるか、一家今更の如
く驚?し上を下へと騒動せしが天未だこの可憐
の小娘を棄てず、流失せしながらも萬死に一生
を拾ふて無事に送られ歸れり(海嘯實視雜録第
一參看)此時全家の驚喜は如何許りなりしにぞ
何れも喜び極まりて出るものは唯涙のみなりけ
り、斯る奇變の中に一家擧て恙なかりしを相賀
し一夜を明せしが圖らざりき其姉梅子の縁付き
居りたる家は悉とく流失し、梅子と二人の幼兒
は無殘にも底の藻屑となり漸やくに死骸を見附
けたるより三人を一棺に収め翌十六日を以て同
家より出棺して其菩提所なる大雄寺に葬りぬ、
悲喜一夜を界して霄 壤 の差をなす、嗟乎酸鼻
の極みなる哉。
本吉郡書記關口德治郎氏も亦舊知なり、其家は
佐々木氏の前面にあり、亦余が心配中の一ッな
りしに幸にも浸水せしのみにて無事なりし、然
れども親戚中には一人の溺死者ありしと聞く、
要するに今回の慘事は假令一家擧つて無事なる
者と雖も親戚中には必らず多生の變死者なきは
あらじ、故に己れの居宅に異?なきも親戚朋友
の變事を聞くものから何れも愁容を帶びざるは
なし、一郡數萬の蒼生悉とく愁顔を作る、其慘
?實に想像の外に出づ。
人間の處世は實に塞翁の馬なる哉、志津川町に
阿部豊治なる者あり、平生身体の虚弱なるより
春秋兩回を以て宿痾を温泉に養ふを常とす、
海嘯の當日豊治は一人の小忰と共に玉 造 郡赤
湯に入浴し居りしが變報の風聞達するや我家に
も或は萬一の事なき哉と倉皇歸装を理し三十里
の長程を飛ぶが如くに歸り來れば豈圖らんや己
れが居宅は跡形もなく流失して留守の一家四人
は未だ死骸の取形付さへ濟まず算を乱して妻子
の肉体の腐敗し居らんとは、慘憺悲痛の?余は
未だ其實際を形容するの言語を知らず、盖し之
を寫すの言語は世間未だ發明せざるなり。
本吉郡長戸澤精一郎氏は春來胃病の爲に病床に
呻吟せり、嘯災の起るや病を力めて東奔西走の
勞を自らせり、現に十七日の夜の如きは勞働の
過ぎたるが爲に病勢頓に劇を加へ胸痛山の如く
に發し、將に殊せんとしたるを救護の爲出張し
居りたる黑澤登米病院長の方劑に依りて辛くも
蘇生したり、秋山登米町長(元本吉郡長)の難を
聞て志津川に急赴するや直ちに之を病床に訪ひ
謂て曰く我今子に貸すに十年の生命を以てす、
願くはこの十年の生命を以て善後の策を劃せよ
戸澤此苦笑して曰く、十年二十年豈道に足らん
や余は百歳の長命を保ちて以て善後策の大任に
當らざる可からずと、秋山の言戸澤の答、慘憺
悲哀の裏に自ら深味の津々たるを覺ふ、併も兩
者の談話中悲涙の交々睫に交はるを見る。
志津川町に栗子團子と稱する者あり、所謂草餅
にして尻を賣て生活する賎業婦の謂なり、同町
には元來貸座敷の公設なき故彼等の跋扈する事
殊に太甚しく八幡町の如きは怪しの飲食店軒を
駢べ何れも四五名宛の栗子團子を飼養せざるは
なし、この輩の血なき涙なきは固より去る事な
がら人々相泣き相悲むの間にありて猶平氣にて
紅粉を装ひシダラなき装をなして街頭を横行濶
歩するに至りては、何たる無情無心ぞ、心ある
もの唾棄して其肉を?はんを思ふ。

  ●本縣下海嘯罹災

救恤義捐金人名
一金壹圓    宮城縣廳内   遠藤政次郎
一金壹圓    仝       小岩英次郎
一金壹圓    仝      小林吉右エ門
一金壹圓    仝       佐々木俊宜
一金壹圓    仝      高橋源左エ門
一金壹圓    仝       庄司 保吉
一金九拾錢   仝       眞山 爲壽
一金八拾錢   仝       白島 麟吉
一金八拾錢   仝       山崎 唯次
一金八拾錢   仝       伊藤欽八郎
一金八拾錢   仝       渡邊 光太
一金八拾錢   仝       大波金三郎
一金八拾錢   仝       佐藤 龍橘
一金八拾錢   仝       山崎 忠時
一金七拾錢   仝       木皿判三郎
一金七拾錢   仝       大崎富賀見
一金七拾錢   仝       堀江喜三郎
一金七拾錢   仝       稻岡 精吉
一金七拾錢   仝       中橋  寛
一金七拾錢   仝       齋藤  保
一金七拾錢   仝       吉谷藤三郎
一金七拾錢   仝       須田 謙藏
一金六拾錢   仝       後藤 音治
一金六拾錢   仝       上遠野 音
一金五拾錢   仙臺良覺院町  櫻田 如水
一金貳圓    仝       飯川  勤
一金參拾圓 仙臺醫會総代副會長 中目  齋
一金貳圓五拾錢 宮城縣廳    田中 玉記
一金貳圓    仝       三戸  勝
一金貳圓宛 仙臺市 高橋 景次 横澤  淨
一金壹圓宛 仝   砂澤 右門 熊谷 直行
          河田 安正 大越 直榮
          菅野 二郎 須田 毎六
一金五拾錢宛仝   山田  忍 白石 與道
          杉浦音二郎 杉目安之助
          谷田 敬高 眞山 次郎
          横山彦兵衛
一金參拾錢宛仝   金須 文彌 菊地幸三郎
          亘理 胤禄 大槻寛三郎
          鈴木文一郎 村井宗三郎
一金貳拾錢宛仝   草刈 耕作 高成田要七郎
一金貳拾錢 仝   船越文三郎 碧川 熊雄
          高木文次郎 氏家 義男
          渡邊 義八 國分虎四郎
          黑田靜一郎 武藤又七郎
          松岡 時秀 鹽澤郁三郎
          條川 齋松
一金拾錢宛 仝   新妻  弘 長谷部定晴
          佐々 則友 岩井 貞治
          境野淸之丞
一金壹圓五拾錢 八幡町小學校職員一同 大石 兵藏
一金貳拾圓   仝肴町     靑海平八郎
一金拾壹圓七拾錢 仙臺女子實業學校生徒一同
一金拾圓五拾錢 宮城郡     大童信太夫
一金參圓    仝       永野 榮助
一金貳圓    仝       岩淵 淸秋
一金壹圓五拾錢 仝       嶺岸 大力
一金壹圓貳拾錢 仝      星 左右太郎
一金壹圓貳拾錢 仝       熊谷庄五郎
一金壹圓貳拾錢 仝       菅野  正
一金壹圓    仝       前島勝次郎
一金壹圓    仝       佐藤 賢怡
一金壹圓    仝       高橋義四郎
一金壹圓    仝       高橋 定德
一金七拾錢   仝       長協 男怡
一金七拾錢   仝       櫻田  壽
一金六拾錢   仝       守屋 甚平
一金四拾錢   仝       橋本 正賢
一金參圓    仝      久保田爲一郎
一金貳圓    仙臺市勾當臺通 角懸佐司馬
一金貳百圓  桃生郡前谷地村 齋藤善右エ門
一金六圓    農學校     井原 百介

一小兒單衣等 四點 二日町   高橋 肴店
一單衣等   三點 仝     淺野 忠藏
一袷等    五點 仝     國 見 屋
一單衣等   四點 仝     古川 喜藏
一仝     五點 仝     荒井 啓吉
一袷半纏等  五點 仝     濱田傳三郎
一單衣    一點 仝     庄司 綿店
一仝     一點 仝     渡邊淸治郎
一袷單衣等  三点 定禪寺通  遠藤 道直
一單衣    三点 仝     澤口林兵衛
一雜巾 四百三十点 北一番丁  別所 直温
                 (未完)
 廿九年六月廿五日  宮 城 縣