雜 報
●海 嘯 實 視 録 (第七報)
二十日午後九時於小泉 今泉寅四郎
今回の慘?は到る處として斷膓鋿魂の景況なら
ざるはなき事ながら志津川町より北すれば前進
する程其慘?の度を高め來る、余は二十日午前
四時病脚を鼓して北進の途に上る
志津川町より氣仙沼町に達する一條の縣道は多
くは海岸通りなるも志津川町より小泉驛に至る
五里の間は多分海岸より十町乃至半里程山の手
に傍ふが故に濱々の慘?を實見せんと欲すれば
勢ひ本道に由らずして濱より濱に通ずる里道を
通行せざる可からず其里道たるや道路と云ふは
名のみにて或は峻坂を蝓え或は潮水に脛を没す
る等其困難實に名?す可からず先つ志津川より
海岸に沿ふて平磯濱に至る此間十七八丁、途中
險坂あり海面を抜く事二十丈に下らず而して此
地たるや海上に途出し前面は平磯にして後方は
志津川灣なり其最高處に於て今猶潮流の跡を見
る是れ海嘯の當夜巨濤の平磯を蕩盡したる上其
餘勢激越して坂上に達したるもの以て如何に其
波濤の高かりしやを推知す可し
?に平磯に達し是より荒戸淸水細浦(以上志津
川町の内)韮の濱此濱小名濱伊里前久田菅の濱
泊り東崎馬塲大磯中山名足石濱田の浦濱湊(以
上歌津村の中)鞍の濱二十一濱を經て小泉驛に
達す、其間の慘?は何れも甲乙はなけれど小生
の眼に映じて最も悲痛を覺えたるもの而巳を左
に録す
志津川町より小泉驛に至る一々被害地を實見し
て達するには殆んど八九里に餘る可し、此間家
屋の破壞せるもの船舶の吹寄せられたる者を以
て道路を埋めあるが故に旅行者は屋根を渡り船
中に入り木材の破片を以て自然に造られたる墜
道を潜り辛ふじて通行するを得るなり人家の屋
上を上下して旅行するの一事盖し天下只此とこ
ろあるのみ、
田の浦濱は人口二百四十にして生存者は僅かに
二十五名あるのみ、慘害の當夜生存者一所に相
會し一時は互に其無事なるを賀せしが一人あり
曰く吾等の助命せるは幸か不幸か遽かに知る可
からずと雖も已に親子兄弟に別れ家屋田畠船舶
漁具を失ひたる以上今後の生活は迚も覺束なし
溺死を免れて飢餓に死するとせば不幸此より甚
しきはなし如かず相共に死者を追ふて黄泉に苦
樂を共にせんと一同之を然りとなし暗中を模索
して漸やく潮水を掬し形計りの水盃を酌交して
イザと許りに數十丈の斷崖に駈け上り二十五人
手を拉して怒濤中に墜落せんとする一刹那、數
人の松明を振り立てて來る者あり是れなん山陰
の部落より海邊に變事あるを知りて駈け付たる
なり一時死を决したる二十五人も人聲を聞て稍
本心に立ち返り頓て救助の人々に逢ふて深く其
不心得を慰諭され遂に自殺を思ひ止りたりと誠
に危き事なりし
同濱の海上一里許りに一岩石あり方三尺許り岩
頭海面を抜く事一尺に過ぎず溺死者二人岩上に
漂着し又九歳の小兒一人は幸に呼吸を存して是
亦同處に漂着せり小兒は死者の間に立ちたる儘
泣き暮す事二晝夜、一滴の飲一粒の食を得る能
はず殆んど死に瀕したるを十七日午後沖合より
歸りたる漁船の爲に救はれ僅かに一命を全ふし
たり嗚呼何たる慘事ぞや
名足濱の中高上に一素封家あり西地源三郎と曰
ふ歌津村中第二等の金滿家なり高上は數百尺の
岸頭にある部落ゆゑ幸に無難なりし去れば他方
より出張したる醫師看護婦官吏等は就て一掬の
水を貰はんとしたるに源三郎は門戸を密封して
一人を入れしめず死者の不幸は今更如何にする
とも及ぶ事能はず幸に生殘りたる賤人等は貴客
の爲に湯を供し火を進めなば賤人亦遂に窮迫せ
ん官命と雖も應ずる事能はずと、志津川より救
護の爲に出張したる消防夫等は聞くより大に憤
懣し直ちに摺附木を摺りて燒拂はんとせしを他
の人々之を宥め 如 此犬畜生には搆ふ可からず
とて辛くも燒討を免かれたり、同濱區長阿部助
吉氏は其家族の死傷者ありしも自ら率先して救
護に盡力し且つ多數の出張者の爲に湯茶を供し
たる抔頗る感心す可し、同地出張の人々は源三
郎の貪欲を惡むと共に阿部氏の義心を賞せざる
ものなし
馬塲濱より寄木長須賀濱に越ゆる峠は大凡三十
丈 位 の峻坂なるが激潮は苦もなく之を越した
りと云ふ之に依て推測するに此邊の潮勢は少く
も四十丈以上の高さなりしならん
生存者の多分は盡く財産を失ひし事とて自から
死を願ふ者多く醫師の治療せんとするも容易に
應ぜず手を合せて醫藥を謝絶せるを百方慰諭し
て假病院に送るなり併し人足醫師等の手が少く
も災害の翌日頃に回りしならば死亡者は総計の
半分ともなかりしならん死者の多くは災害後醫
藥の遅れたる爲め又は軒下等に潰されて出る事
能はざるが爲見殺しにせしなり
死者五名を菰にて蔽ひ其前に砂もて小高く壇ら
しき者を築き固より供物もなければ生麥の穂を
新佛の前に供ひ一老嫗七十餘の老人の涙ながら
に回向するを見受けぬ是れ一家六口中此老嫗を
殘して皆無殘の死を遂たるなりとぞ何ぞ夫れ慘
酷なる哉(名足濱所見)
此行是にて通信を止む、歸仙の上別に報道洩
の分及び酸鼻談を艸せんとす