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    雜    報

寄 書   海嘯誌の編纂   櫻井 周助稿

記録して後世に垂れ編述して末代に遺し以て人
をして其事蹟の顛末を領得し將た觀感せしむる
所以の者は東西古今に論なく實に識者の一大責
務に属す且つ夫れ史家の參酌に資するに至ては
區々たる雜記散録と雖國家に鴻益を存せずと謂
ふべからず古人の筆を片割隻箋に忽かせにせざ
るもの盖其旨深し矣
明治二十九年夏六月に於て天の三陸に降せる嘯
災は生民あつてより以來宇宙間の史上に多く其
比を見ざる所とす而して其至慘極烈の?悲?哀
喚の聲悽愴愁悶の情等は如何なる筆を用て之を
録述すべきや嘯聞一發するや遠近唱和して援救
恤護の聲は四方に湧き怒潮岸を噬むの勢を以て
數十百萬の金品は實に彼の道途に泣ける裸跣の
窮氓を賑はしたりき而して如何なる豈瀝か亦能
く之を細寫し得べき此他天地の氣象嘯動の源由
等仔細に之を叙述して大に來世の爲めに警戒を
促がさんと欲せば海嘯誌編纂の業は頗る至難に
して亦其体裁を得る事容易ならざるを知る也」
由來本邦人が紀録の事に冷淡なるは彼の淺間噴
火及び明暦の炎災安政の大震等に徴して歴々知
るべし凡そ是等は人畜の死傷より山林田澤の荒
廢に至るまで亦是れ兩間希有の出來事たりしな
り然るに之れが本末を明らかにして當時に於け
る悲慘の光景を了悉し今人をして些少たりとも
應急善後等の工夫に稗益を與へしむるが如き者
あるや惜むらくは只好事家の手に大概を雜記せ
られし三兩冊子あるに過ぎざるのみ
抑も生死は人世の大故にして存亡は社會の重事
たり能く之れが?末終始を詳紀して吊往撫來の
道を明らかにせずんば何を以てか後賢に見ゆる
ことを得んや然れども往時文曰具はらざるの世
に在ては事を記するに次第なく文を行るに統理
なきを以て随て後人をして眞相を知悉せしめ難
き塲合も少なからざるべしと雖今の時に當ては
區々たる編輯に体裁の完美を望むが如きは固よ
り易々たる業のみ世間有識の士須らく海嘯慘害
の原果を裁録して一部の良誌を完成すべし盖し
數閲月の勞にして止まんのみ
支出の多少は姑らく別問題と見做し政府は實に
第二豫備金を以て救援の費途に充てたり 陛下
は特に御使として侍從を臨派し給へり板垣内相
は俄然として車を西天より回らせり日本赤十字
社員と三陸の縣吏は殆んと眠食を廢せり夫れ然
り國家は斯くの如く東西に搖き南北に煩ふも尚
ほ罹災嬰婆の慘苦に比すれば九牛の一毛にだも
價せずと云ふに至ては彼蒼たる者の意思竟に窺
ひ難しとす余輩は切に望む此間に旁午たる諸般
の材料を網採羅知して仔細なる觀察を下し以て
實際的に秩序的に一大海嘯誌を叙述せんことを
彼の往に徴せず來に惠せず一時の牟利に因根せ
る孟浪輕薄なる兎園册は梨棗に災して百千巻を
累ぬるも余輩の取らざる所なるは勿論抑も亦斯
くの如き大變象を傳録するの道に非ざるなり具
眼者以て如何となす

  ●義捐金募集 延 期 廣 告

 海嘯慘害の報一たひ達するや本社は江湖に
 率先して救恤金募集に着手せしが慈善諸君
 は爭ふて義捐金を投ぜられ將に八百圓の巨
 額に垂んとす本社は被害地人民に代り茲に
 其高誼を感謝す、扨募集期限は昨二十日迄
 の豫定なりしも爾後四方諸君よりの申込續
 々ありて今日に於て〆切たらんには諸君が
 折角の厚誼を空ふするの憾あり依て更に義
 金募集期限を本月三十一日迄と
 定む江湖の慈善諸君願くは同日迄に續々投
 寄せられよ
  七月廿一日 奥 羽 新 聞 社