世 は 樣 々
伊藤首相老少の詩人を滄浪閣に集めて頌賢相の
詩を賦せしむ、天下泰平國土安穩なるが如し、
尋て西鄕海相と相携て臺灣巡視の途に上らる、
到る處の歡迎其德を頌し其功を賛する其聲や洋
々たり、寧ろ知らんや其洋々の聲は一轉して怒
濤澎湃の聲に變し、三陸の沿岸數十里の部落を
一掃して死する者三萬傷く者算なし、財産の損
害は其幾何なるを知らず、災變の至大なるもの
と謂ふべし、二侯新領土を巡視し了り未た其の
?を闕下に奏せざるに警報は到れり、曩に視て
以て昇平無事の境と爲したる處、今は變して彈
雨硝煙の區となり、土匪猖獗官軍の將校士卒奮
戰して難に殉する者數十人、兩侯歡迎の酒未た
醒めざるに烽煙は?に南天に蓬々焉たり、殊に
哀悼に堪へざるは外征の百戰に身を全ふしたる
將校士卒が名譽ある外敵に死せすして躅爾たる
土匪に死したるの一事なり、嗚呼一面には重賞
の恩に浴して醉飽歡樂に日も亦足らざるの幸福
兒あれば地方には久しく遠境に戌守して幾多の
艱苦を嘗め盡したる末身を鋒彈に委し骨を沙塲
に曝す不幸者あり、運命の差天淵も啻ならず、
實に樣々の浮世と謂ふべし