順々掘り出されて行く 行方不明の人々 復興は魚粕拾いから 岩手県気仙郡中心の惨害(3)
末崎村の細浦港から、大舟湾の海岸線に沿って、陽の落ちた暗黒の街道を盛町に走る、この沿道自動車の窓を圧する■並みの家々がみんな柱と屋根ばかり残してうつろ残骸をさらしている。気まぐれな津浪の波涛はこの水際に押並んだ家家を押潰してさらって行ったり、家財道具だけを洗い流していたり中には津浪から敬遠されて全潰の家の隣にシャンとして家がが残っていて、外れた戸障子にアカアカとローソクの火が洩れていたりする石浜部落から細長い下大船渡部落一帯、こうした津浪のいたづれにすっかり奔弄されているのだ。
家財道具の残骸に埋められた真闇な街道には人の影一つなく、大船渡湾の水面が柱ばかりの家並みを透して向うに夜目に明るく見え、丘の惨禍をよそに水際の海苔シダばかりが、型も崩れずにザァーッ!ザァーッ!と海水を浴びている。
下大船渡の海岸線では津浪に胴中をえぐられた水際の家々の間にニョッキリと五十噸級に発動機船が五六艘怪物のように突立っている車の中で同乗の写真屋さんがこの辺の惨禍を説明してくれる。
−一家八人で子供三人と親爺さんが死んだ家がありますヨ、此の親爺さんは二十九年の嘯の経験者でこんな地震では津浪などになりはしないと子供を皆んな自分の周りに集めて悠々と経験談を振りまいていたところ、ドカッと津浪にやられたんです。
自然の動作なんか、とても私達の経験では測量出来ませんからネ、私もよく親爺三と天災に就て口論をしますが、寧ろ頑固な親爺の方が私などよりも科学を盲信してガッチリしています、この節は若いのに臆病な奴ばかりだ!と今度の災害に叱られました。高田町から連れて来たこの若い写真師は、聖道の気まぐれな災害風景を差しながら、
天災に対してはどんなに臆病であっても好い!
という自信をすっかり獲得してしまった。
細長い下大船渡部落から大船渡に入るとアカアカと電灯が輝いて、ところどころ歪んだ家はあるが、恐ろしい三日払暁の津浪の跡はもう忘れているようだ。
だがここを往来する人影は、避難して来た罹災者なのだろう、みんな幽霊のようだ。中にケバケバしい女が一人、リヤカーに米俵を積んで押して行く−盛町に入るとここではもう津浪の暴威もケロリとして、ネオンサインが夜空にかがやき、脂粉の香にむせるような港町のカフェーにが災害見舞に入りこんだ客人の無連を慰めながら、「災害哀話」に花を咲かせている
高田町に車を返して、明くるをまって今泉村長部部落を訪れる。車中高田松原浩養館の火災レポが報道される。
−高田■女の須和先生は浩養館を下宿にしていた。恰度あの日二回目の自信で目がさめたが戸を開けて下を見ると黒い大きな怪物が這って来るのだ−それが波だった!二階から飛出そうとした途端、歪んだ壁の間に押しつけられてしまったのだ。恐ろしい津波の音が死の引導をきくように耳に迫った瞬間−壁に縛られていた身体が急に自由になった−、津浪が壁を洗って行ってくれたのだ。トタンに先生は波に押された松の枝に引懸った−見ると同宿の税務署のA役人も死物狂いで松の枝につかまっているのだ。
顔尾を見合わせた二人はここで帯を解いて二人の身体を、電柱にのぼった電気工夫のようにシッカリと松の木に結びつけて、樹の上から荒れ狂う真黒な怪物を望んでいた。勿論この間に浩養館は流されて主人や番頭三名が行方不明になってしまった−、
川口で車をすてて全滅の長部部落に入る。浜に並んだ七十余戸の家々はソックリ山手の田■の方に将棋倒しに押つけられ鱗のように重り合っている。ところところ山手に歪んだ家が残っているだけ、解体した倒潰家屋や漁舟が渦巻く津浪に奔弄されてバラバラに噛み砕かれて散乱している、塵埃を焼く黒煙が濛々とこの墓場のような廃墟から立昇り魚臭に交って死人を焼く煙のような異臭が漂っている。戦場のように入乱れてこの廃墟を掻き廻している罹災者の郡。高田地方の人夫や救護団の人々が目白押しにブッ倒れた家屋の跡片付けに狂奔しているが中々進捗しない。律儀な地方民は、この非常時にも、他人の物に無断で手を触れてはならないという鉄則を守っているからだ。
この部落三十余名の行方不明で家族全滅のところでは家の取壊しに手が着かないのだという。巡回診療の医者や看護婦は昨日来て広田に行ったばかり、早くも東京から青年団の救護団が入りこんでこの部落で活躍している。
重なり合って押倒された家を、一つ一つほごして行くと取壊した柱のかげや壁の間に行衛不明の死骸が次々と掘り出されて行くのだ。掘り出された死体は戸板にのせて名前を書いた立札を立てている。
−汚れた死体は浜辺で洗い、これを船板や木片を拾って拵えた棺に納められるのだ。海岸の砂地には魚の鱗のように魚粕がキラキラと輝き、子供達がこれを拾い集めて、漁と魚粕のこの港に復興のトップを切っているようだ。この日浜辺の人だかりをのぞくと、十七八の娘の死体が一個、打伏せになっている。よく見ると寝巻の裾をこぼれて、その死体のふくらはぎはキューピーのように桃色に生色がみなぎっている。
長部部落からの帰途、運転手君がこんな■をしてくれた。
−この辺の浜でしょう、築港の工務所で三万六千円の現金を入れた金庫が津浪で押し流されたんだそうですヨ、その金庫は目方が五十貫もあるというから、そう遠くには行っていない筈だ!
−三万六千円入りの五十貫目の金庫行衛不明−ゴールド、ラッシュ真只中だ、誰のデマ?だか判らないが、事実だとすれば、ナヒモフ号よりも手がかりは確かなようだ!(終)