文字サイズサイズ小サイズ中サイズ大

大震、火災、津浪地の救護 免税か、納税延期か  大蔵省罹災者救助策

今回の三陸地方大震災はその被害程度甚大なる模様で大蔵省でもその救済策を講じているが未だ公報なきため公報到着をまち適当なる応急策を講ずる模様で多分丹後、沼津等の大震災の前例に鑑み特に同地方の租税免除或いは納税の延期をなす外災害復旧費として予備金或いは昭和八年度追加予算を計上する予定である。

罹災民救済  遺憾なきを期す   首相、関係代議士に答う    米の無償貸付要望

民政党の内ヶ崎、村山(久)政友会の熊谷、星その他三陸地方出身の代議士は三日午後二時院内大臣室において齋藤首相と会見し地震被害の善後策を誤まらぬよう、且至急これが対策を講ぜられたしと要望したるに対し首相は
 治安の方は軍艦及び駐兵隊を急派したから大丈夫と考えるなお罹災民の救済については公報あり次第臨時閣議を開き万遺憾なきを期したいと思っている
と答えた。一同は次いで山本内相と会見し同様要望し最後に後藤農相を訪問し応急対策として米の無償貸付をせられたしと要望する所であった。

罹災者救済には  万全を期す   お気の毒と三邊知事

宮城県内被害に関し三邊知事は語る
 被害地方民に対してはまことに御気の毒に絶えず、それぞれ係員を急派して調査及■機救護にあたらせることにした。費用に関しては急施を要するものについては知事の責任支出により、その他のものは追って参事会を開いてその承認を求めることになるであろう。とにかく各方面は他の機関の協力も得て万全を期したいと思っている。

十六班の調査員  被害地調査のため急行   県当局大童の活動

三月三日節句の朝、午前二時三十分二十秒突如宮城県下を襲う強震は海嘯を伴い、牡鹿、本吉、桃生、亘理四郡沿岸各村に家屋の流失、倒潰、浸水するもの無数、死傷者、行方不明相つぎ船の流失また夥しく明治二十八年の三陸大海嘯に次ぐ参事である、被害地の大半は交通、通信ともに不便な土地とて正確な状況を知るべく県当局は大童の活動をなし左記十一班の被害地調査員を派遣することとなり
 鈴木統計課長は桃生郡十五濱村及び本吉郡十三濱村へ、北條衛生課長は牡鹿郡大原村へ、大谷、志津川各町村へ、佐藤健康保険課長は本吉郡気仙沼、唐桑、大島各村へ指導をかね総括的状況視察のため三日午後一時六分発の列車で急行、
 △大島、佐藤属△気仙沼、唐桑鹿折、壹岐主事補、武藤属△松岩、階上、玉谷主事補△大谷、郷岳、西村属△小泉、庄司属△歌津、阿部属△志津川、戸倉、高澤属△十三濱、木村属△鮎川(金華山まで)加藤属△大原、庄司主事補△女川、窪田属△石巻、渡波、荻濱、浅■属△大川、岩井属△十五濱、菅原属△坂元、閖上、高橋属
また警察部からは同様左記のとおり派遣した。
 ◇三村部長鮎川村◇古関部長大原村◇上野部長女川町◇千葉部長十五濱村◇吉田部長十三濱村◇千葉警部補歌津村◇佐藤部長小泉村◇中村警部補唐桑村◇菅原部長大谷村
罹災者の救護については県衛生課赤十字社支部、第二師団、東北医科大学から救護班を左記へ派遣した。
 本吉郡小泉、大谷両村へ(県衛生課)同郡唐桑村へ(赤十字支部、陸軍)同郡歌津村へ(医大)同郡十三濱村へ(衛生課)桃生郡十五濱村へ(赤十字支部、陸軍)牡鹿郡大原村へ(赤十字支部)同郡女川町へ(陸軍)

仙台署から応援

宮城県桃生郡十五濱村の惨状調査応援のため仙台署の鹿野、加茂、廣木、山崎、鎌田五巡査は三日午後四時五十五分発列車で飯野川署へ急行した。

財政不如意の 岩手県へ補助  四千円を急送

岩手県財政逼迫のため救護班、警官の旅費欠乏し活動意の如くならず内務省に請訓支給方電請あり内務省では即時承認四千円を三日午後急送した。

政友会でも慰 問使を特派

政友会は三日早朝の岩手、宮城地方における震災見舞いのため大石倫治、永田良吉、上野基三、金井正夫の諸氏を特派するに決し三日午後十時三十分発にて同地に向った。

震災地見舞  民政党から四 氏特派

民政党は震災地見舞いのため三日左の諸氏を特派することに決定した、
 岩手青森県下 本田彌一郎、小山倉之助
 宮城県下 佐藤與一、大島寅吉
 国同は小池氏を
三陸地方の大震災救恤救済見舞いのため国民同盟では総務小池仁郎氏を同地に特派することになった。

三邊知事震 災地を視察

三邊宮城県知事は被害実況調査のため、四日現地に出張の予定、時間方面党には今までは未定。

師団から 救護班 取敢えず師団長 から見舞電報

岩手、宮城両県海岸地方を襲うた激震津波の被害甚大なるに鑑み、第二師団司令部では三日午前取敢えず師団長の名を以て岩手県知事宛見舞電報を発したが、午後山田参謀は救護(約三十名)を率いて渡ノ波方面へ谷津副官は気仙沼方面、土田大尉は閖上方面へ夫々被害状況視察のため出勤、又連隊区司令部からも瀧本少佐は志津川方面
伊藤曹長は亘理郡坂元方面へ赤木曹長は閖上方面へ出動情報集収につとめている。

師団救護班 被害地へ  石巻で二年に  分れて

第二師団軍医部、仙台衛戍病院、■軍第二大隊、歩兵第四連隊の各隊より選抜された救護班三十二名は山田参謀総指揮の下に三日午後二時石巻警察署に到り打合の上被害最も甚だしい地方に二分して派遣することとなり佐藤一等軍医外十六名は大原村谷川へ、千田二等軍医正外十六名は十五濱村雄勝へ向け三時出発した、なお山田参謀は石巻に留まり派遣隊の状況によって更に増援する準備中。

聖上御軫念 両県下罹災者に 御内帑御下賜か  宮廷の御関係者には何ら被害なし

畏き邊りでは三日払暁岩手、宮城両県下が強震におそわれ被害極めて甚大なるを聴こし召され痛く御軫念遊ばされ直ちに側近者より被害状況等を御聴取遊ばされたが天皇、皇后両陛下には罹災者御救恤の思召で近く御内帑金を下賜遊ばされる事となり宮内省■■総務課では内務省よりの報告に基き取急ぎ被害程度を調査中である
×
なお今回の強震では宮城大宮御所各皇族殿下邸をはじめ御用邸■に福島県翁島の高松宮御別邸には被害なく、また葉山御用邸に御滞在中の照宮、孝宮、淳宮三内親王殿下にも御変りを御拝せぬ御由である

罹災者物資  救恤金無賃輸送   復旧材料は五割引

仙台鉄道局では昨報の強震罹災地救恤として罹災者用物資救恤金に対し向う一ヶ月間無賃輸送、復旧材料を向う二ヶ月間五割引輸送を本日から行う予定であるが大体の到着駅は塩竃、石巻、気仙沼、千厩、陸中矢作、平津戸、種市、久慈、岩手軽鉄の遠野、千人峠三陸汽船の各荷扱所宛のものである。

被害地の煙草 と塩を調査

三陸沿岸各所に直轄販売所をもつ仙台地方専売局では被害地方の煙草、塩等の在庫品が何うなったか目下の所一切不明なので三日正午大曽根副参事が長岡書記を同伴して釜石方面に宮古地方には盛岡出張所の香田所長を急派し実情を調査することになったが派遣員の報告に基き現品配給の処置を講ずる方針である。

宮城県下の漁船  被害は百万円   低資を借入れ対策考究    農林省に調査員派遣方を申請

今回の海嘯による宮城県下漁船の損害は未だ正確に判らないが、大体において百万円を突破するものと見られているので県水産課ではこれが善後策につき考究中で取敢えず農林省に対し被害状況調査員派遣方を申請した。この調査によって県が斡旋の上内務省から低利資金を借入れ応急救済方法を講ずることとなった。

東京の救護班  医師、看護婦  十名を派遣

岩手、宮城方面の地震につき東京市では取敢えず保険局衛生課長酒井菊雄氏を班長として医師看護婦十名の救護班を組織し三日午後十時上野発列車で出発する事となった。

東北帝大地質 学教室動員  震災地を調査

東北帝大理学部地質学教室の田山利三郎学士は青森県鮫港から本県金華山に至る青森、岩手、宮城三県に亘る海岸線に就いて地形、断層等を調査研究中であったが三日早暁の地震海嘯起るや同学士は宮吉釜石方面を調査のため即夜現場に急行した、
 同時に馬淵理学士は女川方面の半島地方、井口理学士は志津川大島地方へ何れも今回の地震に関して調査のため両氏とも田山氏と前後とし現場向った。三氏とも約一週間に亘って詳細調査を遂ぐる筈である。

岩手県保安課 から内務省へ

午前九時三十分岩手県保安課より内務省に達した報告左の如し
 釜石町の被害倒潰家屋八百戸津波のため流失したるもの三百戸倒潰家屋九戸、火災を起したため約三百戸焼失人の被害目下■取調中

愛婦義金募集  緊急幹部会協議

愛国婦人会宮城支部では三日緊急幹部会を開き、義捐金募集につき協議した。

出征将士の 罹災家族救恤  陸軍省一万円電送   程度判明次第更に救恤

【陸軍省公表】三日朝東北東海岸の津浪で目下判明せる流失家屋約二千五百戸この方面より満州派遣兵約四百二十名ある旨盛岡連隊区司令官の報告に接し陸軍としては罹災の出征将士家族及び遺族救恤のため取敢えず恤兵金一万円を電報送金し尚被害程度判明次第次の救恤を講じ万全を期することになった、なお盛■衛戍病院より教護班を編成被害実地に急行せしめ且第二師団、八師団留守司令官に対し応急の処置を講ぜしめたり。

横須賀鎮守府から飛行艇を急派  場合によっては救助艦を派遣   宮城県にあてて電報

被害に対し横須賀鎮守府司令長官より左記電報あり、飛行艇を急派されることとなった。
 今暁貴地方に強震あり、被害甚大のおもむきお見舞申し上げ取敢えず飛行艇派遣、状況により救助艦を派遣す。

臨時県会招集か  震災善後処置講究のため

宮城県沿岸漁民の被害中、漁舟、漁具、網ヒビ、(筏)舟溜、舟揚場、舟付場、網乾場、加工場、貯蔵場等は可なりの程度に達する見込でこれをこのままに放置しては漁民はまったく生業を奪われる。しかるに罹災救助基金より出し得る就業費は一戸三十円以内にかぎられかつ前記漁村土木工事被害にまでは及び得ない。この外土木課で調査中の沿岸道路、防波堤、砂防工事等の被害も少くない見込なので場合によっては臨時県会の開会も必要となるではないかと見られている。

偵察機二台 現場に向う  塩釜港を基地として活躍   更に数台出動の予定

三日払暁の大地震で岩手、青森、宮城地方の遭難状況視察のため霞ヶ浦飛行隊では横須賀鎮守府からの命令に従い、伊藤大尉指揮の下に水上偵察機二機が午前十一時霞ヶ浦を出発、現地に向ったから基地を塩釜に置き釜石方面を中心に三、四両回に亘って偵察し五日帰隊の予定である、なお被害状況は偵察機より無電によって刻々報道することとなり、そのため同隊から中野機関大尉指揮の下に燃料補給自動車、乗用自動車が同じく塩釜に向った。なお横須賀よりは第六駆逐艦及び立川耐■隊より水上機数機が出場する予定。

盛岡部隊配備

岩手県地方一帯の震災救済のため盛岡衛戍司令官は救急のため左の如く陸軍の移動を即日命じた。
 ◇久慈方面工兵八大隊◇釜石方面騎兵二十三連隊◇宮古方面同二十四◇高田方面同二十三◇盛釜石同二十三、将校一名、下司官十名

本社慰問班  昨夜罹災地に急行

本社では事業部を総動員し三陸沿岸地方の罹災者各位に対して心からなる慰問を行う可く食糧品や日用品を携えた慰問班が三日夜、岩手県宮古、釜石、釜石、大船渡、盛、高田方面に急行したが宮城県下女川志津川方面にも慰問班を特設急派した。

八師団からも 救護班特派  騎兵両連隊員も出動   物品給与にあたる

岩手県海岸方面の震災に関し第八師団留守司令部では取りあえず原田留守司令官から岩手県知事宛て見舞電報を発すると共に陸軍省に報告した。また同留守司令部では盛岡騎兵旅団に対し釜石方面に救護班を特派するよう命ずる一方久慈町には留守司令部から軍医一名、看護長二名、看護兵五名を急派し、また盛岡騎兵旅団似たいし騎兵第二十三、四両連隊から毛布五千枚及び外套在庫品全部を遭難地に送るよう命じ、一方岩手県には対し乾パン四千食を送った。騎兵第廿三、四両連隊から一班十名づつの十錮班を三日朝各遭難地に急行地形を債察せしめ引続き救護隊を送り渡■兵各家族の状況を調査するよう命じた。

廿八年来の記録的強震  英国でも感受

【ロンドン発■合】パーミング近郊ウエスト・ブロッチ気象台では二日夕午後五時四十三分(日本時間三日午前二時四十五分から)より午後九時に至るまで二十八年来の記録的強震を感受した震源地の距離はプロミッチを距る六千里と測定される。