チリ津波 何が復興をはばむか
地球の裏側から秒速二百メートルの超高速で、わが国の太平洋岸を襲
い、三陸沿岸に大被害をもたらした“チリ地震津波”の惨害か
ら、いま被災地の人々は力強く立ち上がろうとしている。津波
の無残なツメ跡も生々しい町に、部落に、復興のツチ音が響い
てはいるが、金も不足、資材も不足、人でも不足というのに加
えて、強力な援助の手をさしのべ、抜本的施策を立てるべき政
府が“安保審議”
の跡始末に忙しく
与、野党がまた政
争に明け暮れて、
災害対策はただ公党としての体面をつくろう程度というので
は、復興の足取りは遅れるばかりだ。このほか、復興をはばむ
幾つかの要因をここに明らかにして、一日も早い復興への道を
見出だし、被災地の人々とともに、三陸漁場の根拠地を復活さ
せようではないか。
警報の遅れそのまま 空白国会巡って置去りに 中央のあい路
チリ津波による宮城、岩手、青森
三県の災害救助は、福田農相、渡
辺厚相、楢橋運輸相、村上建設相
らの現場視察を契機に、ようやく
軌道に乗るようだ。しかし、政府
の乗り出し方は決して早くなかっ
た。むしろ遅すぎだ。何よりも致
命的なのは、気象庁の予報が遅れ
被害を大きくしたことだ。しかも
中央では被害の実体を掌握できな
かったこと、「空白国会」のため
与野党一致して被害対策を審議知
る体制になかったことも痛い。
気象庁の予報は、宮古での津波
観測の二十四日午前二時四十七
分から一時間半以上も遅れ、仙
台管区気象台では五時十五分に
警報を出している。この予報の
遅れはそのまま、関係各省の被
害に対するあまい判断になった
ようだ。運輸省では機構上直ち
に国鉄の被害を知ったが、建設
農林、厚生の各省は二十四日午
後まで、津波被害がこれほど大
きいことを知らなかった。建設
省では津波のあった日の午後に
なっても、「対策本部はいらな
いだろう」といっていたし、ま
た地元代議士が大蔵省に電話し
て、融資の対策を頼んだときも
「いま大きな津波があったこと
を聞きました」ということだっ
た。関係各省がこんな状態だっ
たので、被害の大きかった青森
岩手、宮城選出の地元国会議員
を除いては、政府、各政党とも
マヒした国会の審議と政争に心
を奪われていた状態だった。
それでも関係各省は、まず被害を
調べるため、二十四日のうちに係
官を現地に派遣した。厚生省は自
衛隊のヘリコプターで乾パン二千
七百食と係官を派遣、国鉄は八月
まで三ヵ月間救援物資の運賃を五
割引きすることを決め、建設省も
河川、住宅のための係官を派遣し
た。
しかし、政府、与党にとっては
津波対策よりも空白国会をどう
するかが先決のようにみられ
た。二十四日、参院では自民党
が社会、民社両党に「津波のこ
とがあるから」として国会正常
化を呼びかけながら、二十四
日午後三時、官房長官邸で開か
れた緊急関係次官連絡会議では
「被害状況がはっきりしないの
で二十五日に協議しよう」とい
って別れてしまった。一方、野
党の社会党は、補正予算を組ま
なくても予備費の支出で間に合
うから、津波対策を理由とする
政府、与党の単独審議は認める
わけにはいかないと、国会の各
委員会の活動をするとして、そ
れぞれ視察議員団を送るだけで
お茶をにごした。
こうして二十五日になって、よう
やく対策らしいものが出てきた。
まず建設省は復旧対策本部を設け
自民党では政調会に津波対策特別
委員会、大蔵省も復旧のための特
別融資や税金の減免を指示した。
建設省も住宅対策などを発表した
が、かんじんの政府の津波対策本
部は二十六日になってようやく第
一回の会合を開き「災害の被害報
告を早くする」「天災融資法を発
動するかどうか、効率補助が必要
であるかどうかを検討する」の対
策を示すにとどまった。
また「有効国会」最終日の二十
六日は衆院の建設、運輸、社労
の関係常任各委員会で津波対策
を審議する予定だったが、ち
ょうど安保阻止国民会議の請願
デモもあったので、社会、民社
両党とも審議に応ぜず、この日
衆院本会議で津波の政府報告を
する予定も流会になった。
「変則国会」初日の二十七日にな
って、自民党政調会で対策を立て
て、政府の対策本部に申し入れ、
この日午後五時ようやく与党だけ
で衆院本会議を開会し、政府の津
波報告を災害立法を検討するとい
う政府の方針を明らかにしたが、
結果的には“津波国会を開いた”
というデモンストレーションだ
けに終わった。結局、政府、与党
は津波対策を「空白国会」の解消
という政争の具にしようとし、ま
た社会、民社とも、これを警戒し
ているため、かんじんの津波対策
は国会から置き去りにされたかっ
こうになり、これが災害の復興を
阻む最も大きいあい路になってい
る。
冷たい大蔵省の態度 日の目みるまでなお曲折 特別立法の行くえ
こんどの被害は公共施設よりも産
業施設に多く、それも漁業関係に
集中しているため、本格的な救済
対策には、天災融資法の発動と各
種の特別立法措置をとるほかない
といわれる。地元関係者は一様に
この二つを希望し、東北自治協議
会や宮城、岩手、青森県の各県議
会もこのことを真剣に陳述してい
る。しかし受けとめる側の政府各
省のハラはまだ固まっていない。
ただ二十七日の衆院本会議で岸首
相と村上建設相が「当然と考える」
と答弁し、同じ日に現地視察の
ため仙台入りした福田農相や渡辺
厚相は「被害の実情からみて、ぜ
ひ特別立法を実現したい」と語
っている。しかし、こうした議会
答弁や視察談は多分に「儀礼的」
なニオイもあり、本当に政府部内
の統一意見として固まるかどうか
まだ若干の疑問がある。
特にカギをにぎる大蔵省が「公
共施設の被害は小さいので、特
別立法の必要は全くない。また
天災融資法も漁船、漁具などの
被害が五十億円を越えた場合発
動されるもので、現段階では、
発動するかどうかの根拠は全く
つかめない」との態度を示して
いる。同省のハラは、公共施設
については本年度予算の予備費
八十億円から支出することで間
に合わせ、できることなら高率
補助のための特別立法は避けた
い。それに天災融資法の発動を
せずとも、政府金融機関や各地
銀の自主的な特別融資で間に合
うということであろう。いつも
ながら東北地方に対する大蔵省
の目は冷たい。
このカベを破るものがあるとすれ
ば、現地視察にきた福田農相ら
が、想像以上にひどい被害の実情
をどう政府、与党部内に反映する
かにかかっている。二十八日宮城
県から岩手県入りした農相は、中
央災害対策本部長の椎名官房長官
あてに「ノリ、カキの復旧にはぜ
ひ特別立法が必要だ」と報告し、
同本部長もこれに同調したこと
は、ようやく光明がさしかけてき
たとの感を与えている。
もし政府、与党が踏み切った場
合、天災融資法は行政措置でや
れるからいいとしても、特別立
法は国会審議を経なければなら
ず、目下の変則国会で円満な形
出成立するとは考えられない。
福田農相、渡辺厚相もふれたよ
うに、結局、自民党の「単独審
議」という線が出てこよう。い
ずれにしても、本格的な救済対
策が日の目をみるまでには曲折
がありそうだ。
資金は口約束 何よりも特別立法を 思い切った助成金が必要
立ち上がり資金として被災地のだ
れもが望んでいるのは生業資金と
住宅資金だ。大蔵省はじめ各政府
金融機関、市中金融機関は、いち
早く金融面の措置を協議、一応型
通りの救済対策を決めている。だ
が口でいうことと実行することは
何事によらずズレるのがつね、金
融の場合はとくにその傾向が強い
だけに、どんな立派な救済措置を
講じても、それが被災者へ届くま
でのズレが一番心配されている。
これについて宮城県漁連会長菊
田隆一氏は「政府が法律で裏付
けされた根本的な救済策を行な
わない限り、多くの沿岸漁民は
二度と立ち上がれまい。これま
でのようにスズメの涙ほどの融
資ではとても手ぬるい。厳密な
査定をしたうえで思い切った助
成金を出すべきだ。」といい切
っている。
差し当たり沿岸漁民や一般商工業
者たちは預、貯
金の払い戻しで
食いつなぐ。
預、貯金のない
被災者は、災害
救助法による炊
き出しや生活保
護、世帯更生、母子福祉などの
書く資金の貸し付けで食いつなぐ
ほかない。だが、これは長続きし
ない。被災漁民たちは家屋はじ
め生きていく手段である漁船や
共同施設、浅海養殖施設の復旧、
一般商工業者は米屋、八百屋、魚
屋から衣類、雑貨などの仕入れ資
金、加工業者なら加工設備、原料
資入れ、運転の各資金がいる。こ
れらの立ち上がり資金は、金融機
関からの融資と政府または県の助
成金に頼るほかない。だが伊勢湾
台風の事例からみて、借金として
残る融資よりも返済する必要のな
い助成金、補助金に重点が置かれ
なければ救われないことは明らか
だ。
政府と各金融機関の具体的措置
を大ざっぱにみると大蔵省はさ
し当たり資金運用部資金による
二億円のつなぎ融資で応急復旧
工事や災害救済に必要な資金を
手当てする。このほか融資相談
所の開設や貸し出しに対する審
査を簡単にするよう指導する。
各県地銀協会は、通帳なしでも
払い戻しに応ずるほか預金担保
貸し付け、手形の期限延長、復旧
融資のワク拡大などをきめた。
中小企業金融公庫、農林漁業金
融公庫、住宅金融公庫、農林中
央金庫、国民金融公庫、商工組
合中央金庫、郵便局などの政府
関係金融機関は、いずれも融資
ワク拡大、特別貸し付け、最優
先融資、返済の猶予、緩和など
を打ち出した。
また私企業の市中金融機関も特別
融資を始めた。だが「金融機関は
救済機関ではない。程度の違いは
あっても営利機関だ。だから信用
がなければ金は貸せない」という
鉄則がある。だから融資手続きを
簡単に長期低利で貸すといっても
要するに程度の問
題で越え難いカベ
に必ず突き当た
る。ソロバンをは
ずして金を貸すわ
けにはゆかぬから
政府より県の元
利保証が損失補償または利子補
給が絶対に必要条件となってい
る。
政府が伊勢湾台風当時にきめた
災害特別立法は、この点、かゆ
いところに手の届くような措置
で、被災者の負担を軽くするた
め思い切った手を打った。例え
ば漁協が共同利用の小型漁船を
作る場合は、必要経費の八割補
助、カキいかだなどの養殖施設
復旧は三分の二補助。中小企業
者が商工中金の資金を利用する
さいは年利九分九厘を六分五厘
に引き下げ、政府がその差額を
補給するといった具合だ。商工
中金はこの方法で伊勢湾台風の
被災中小企業者に約四十八億円
(ワクは五十億円)を貸し出し
た。このような実績から考え
て、復興資金を手当てする場合
は「特別立法」の裏付けが絶対
必要だ。しかもこのような手を
打ってさえ政府資金対民間資金
の活用割合は二対八だった。こ
れたの実績を検討して一日も
早く立法化を急ぎ、復興を促
進することが被災者の願いなの
だ。
お寒い住宅対策 悪徳業者の暗躍も予想 資材も遅れる
衣と食に追われていた被災者もだ
んだん落ちつきをとりもどすとと
もに、住まいの復興にとりかかっ
ている。差しあたり収容所として
開放している学校などの公共施設
も、いつまでもふさいでおくわけ
にはいかない。ところで復興資材
の手当ては十分だろうか。復興資
材の値をつり上げる悪徳業者に対
する手は打ってあるだろうか。去
年の秋の伊勢湾台風のときは、木
材亜鉛鉄板、クギなどの建築資材
が暴騰した。
宮城県ではこのようなことが起
こらないように県建設資材協会
の協力を求めて、資材の確保と
価格安定にのり出した。同協会
は二十七日緊急役員会を開いて
差しあたり木材、亜鉛、鉄板
クギ、合板、ガラス、セメント
など復旧に必要な資材の手当て
と、ブローカーの暗躍防止に万
全の体制をととのえることをき
めた。
一方、仙台通産局も復旧資材の確
保とあっせんの便をはかるため需
要調査を進めている。復旧には住
宅ばかりでなく、カキイカダなど
の漁業用の木材需要も相当な量に
のぼるものとみられるので、青森
営林局ではその数量を調べ、被災
市町村からの払い下げ申請があれ
ば復旧用材として一般の払い下げ
より安く国有林を払い下げる方針
である。
住宅については、住宅金融公庫
から災害復興住宅資金と災害特
別貸し付けが行なわれるが、こ
れらは返済能力のない貧困家庭
は対象とならず、本当に住宅に
困る人たちは雨露をしのぐ術を
失うことになる。それでこれら
自力で住宅を建てられない人の
ためには、災害救助法に基づい
て一戸当たり十万円で五坪の住
宅を建て、二年間無償で貸し付
けることになっている。現在そ
の建設予定戸数は宮城県三百八
十戸(五百戸くらいにふえるか
もしれない)岩手三百戸、青森
県数十戸にすぎず、全壊二千数
百戸、半壊約二千戸という住宅
被害に対する対策としては、い
かにもお寒いかぎりである。
この応急対策と並行して、各市
町村では二種の公営住宅の建設
を推進する計画をもっているよ
うだが、こんどのような特別な
災害の場合は、国庫補助率を三
分の二から四分の三に引き上げ
るような特別立法が必要だろ
う。
復旧資材の確保と価格安定は復興
を進めるカギである。需要数量を
つかんでから現物の手当てを考え
るという“お役所仕事”では、悪
徳業者の暗躍を許し、被災者に二
重、三重の犠牲を払わせることに
なりかねない。
県対策本部の悩み すべての悩みは金不足 個人の借金もやがては重荷
各県対策本部は自衛隊や各機関の
応援をえて、次々と応急対策を進
めているが、そろそろこの法令や
予算の裏付けのない復興対策はカ
ベにぶつかっている。宮城県の場
合、七万二千世帯のうち家屋補修
生活、生業各資金のテコ入れを待
つ世帯は二万三千四百世帯といわ
れる。その所要資金は、県社会福
祉協議会の調べだと約十四億七千
万円だが、現行法だと国庫負担率
は三分の二だから、県は約五億円
の資金が必要になる。赤字再建団
体の指定をうけ、ツメに火をとも
すようにして貯金した財政調整金
一億二千万円をはたいても間に合
わない。おまけにこれは低所得階
層に対する救済必要資金だけで、
このほか対策本部は、防疫、応急
住宅、食糧、衣料と、被災者当面
の不安をなくす資金がいくらあっ
ても足りない現状だ。もちろん災
害救助法で、各応急対策費はある
程度政府が面倒をみてくれるが、
それでも県や被災市町村はその二
三〇パーセントを負担しなければならな
い。被災者からは「一体、県や町
は何をしているのか」という不濁
も多い。が、対策本部は、応急対
策は別として、本格的復興対策に
なると、つい消極的な態度しかと
れないのが実情である。
一方一般復興対策の建て前は貸
し付けである。県市町村の対策
本部はその審査、保証にあずか
ることになっているが、被災者
の大半はその日暮らしに追わ
れる零細漁民だ。長期低利で
融資することは結構なことだが
将来はいずれこれが借金となっ
て、その整理が地方公共団体の
重荷になってしまうことは目に
見えている。こんな事情で各県
対策本部は、復興施策を打ち出
すにも打ち出せずといった立場
に追い込まれているわけだ。
こんどの津波災害の特徴は、こう
して日ごろ政治から忘れられた人
たちが災害にあい、しかも法によ
る抜本的対策がないことだ。各県
災害対策本部は、政府が特別立法
措置を実現してくれることにただ
一つの期待を寄せている。