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養殖の漁業開拓 東北海区水研谷田増殖部長にきく

先月の二十四日三陸沿岸
を襲ったチリ地震津波は
浅海養殖事業を中心とす
る零細漁民に再起不能な
までの打撃を与えました
もっと早くから安定して
生産性のある養殖専業を
やっておれば備荒貯金の
ゆとりもあったでしょう
し、防波堤建設もかなり
進んでいたはずです。こ
れを機会に国は積極的に
漁業の整備と開拓に本腰
を入れてもらいたいもの
です。そこで東北海区水
産研究所の谷田専治増殖
部長にこれからの養殖は
どうしたらよいか「漁場
開拓」の話をきいてみま
した。

まずうねりを防ぐ  農業同様に肥料も必要

 海底の農業化
ただでさえ不安定な水産業ですか
ら、それを安定させ、生産性を高
めるためには土地を耕し、肥料
を与え、手入れをするといった
「海底の農業化」が必要です。農
業も原始時代は計画性がなく、野
生の作物を収奪するだけでした。
この意味では水産業のほとんどの
分野は農業でいえばまだ原始時代
といえましょう。ただ漁法ばかり
が極端に発達したので、漁業資源
は枯渇する一方です。ですから水
産業ではノリ、カキ、アワビ、コ
ンブ、ワカメなどの養殖のほか、
ブリ、フグ、ウナギなどの蓄養に
よって積極的に増殖事業をやる必
要があります。こうした立場で、
いろいろな角度から漁業開拓を考
えてみましょう。

 深海には不適

 ◇防波堤、防波さく◇ 養殖事
業にとって風波、うねりは禁物で
す。だからなるべく風波をなくす
ことが漁場の価値を高めます。そ
こで農業の土地改良に相当するも
のとして防波堤、防波さくによる
漁場の開拓があります。宮城県気
仙沼湾では現在着工中ですが、こ
れが完成するとノリの漁場はいま
の約三倍になる予定です。また石
巻市長談にも同じような計画があ
ります。しかしこれは水深四−六
メートル程度が限度で、どこの海でもで
きるというものではありません。
岩手県の陸前高田市で最近実験の
結果、あまり深いので企業価値が
ないことがわかりあきらめたよう
です。特に三陸沿岸のようにリア
ス式海岸では遠浅のところが少な
く一部の湾内に限られるようです
九州大学では海中にパイプを施
設して空気を噴出させ、波を静め
る方法を研究中です。またコンク
リート製テントラポットを積み上
げて波をなくすことも考えられま
すが、いずれも企業化するには金
がかかり過ぎていまの漁協の力で
はむずかしいと思われます。防波
堤をガッチリ築いて波を静めるこ
とに成功したとしても一方では潮
の流れを止めますから欠点がない
わけではありません。

ぺタ流しが一番

 ◇施設の改良◇ 養殖技術の一
番進んでいるのはノリですが、施
設の改良にまつところが大きかっ
たといえます。最も原始的な方法
は竹を海底にさし込んでノリヒビ
を張った固定式です。これは深い
ところや海底が岩盤ですとなかな
か施設が困難ですから勢い漁場が
限定されます。また津波や高潮に
は簡単につぶされる欠点がありま
す。そこで改良されたのがイカダ
式です。これだとかなり風波のあ
る外洋まで養殖ができます。さら
に外洋に出るためにはベタ流し式
があります。宮城県代ヶ崎浜の漁
民が考案したもので風波に順応し
て遊動するので破損率はイカダよ
りずっと少ないわけです。こうし
てノリの漁場は沖へ沖へと出てい
ます。この場合、自然採苗は到底
できませんから、人工採苗施設が
充実して大量の種付けをする準備
が必要です。ノリのペタ流しと同
じ方式でワカメの養殖も沖合いでで
きます。

 人工採苗へ移行

 ◇品種改良◇ 宮城県の鮎川ではフ
グ、女川町尾浦ではアワビの蓄養
をやっています。捕獲してきた魚
貝類を海中に飼い、栄養を与えて
増殖するわけです。同じ方式で、
ブリやアオなど回遊性の強くない
魚を養殖すれば生産費は漁船漁業
一本ヤリに比べてはうかに安くあ
がるはずです。こうした方式での
漁業開拓を今後もっと極めて行く
必要があります。

津波後ワカ メが好値段  気仙沼地方

【気仙沼】チリ津波でカキいかだ
を押し流された沿岸漁民にとって
ワカメ、コンブが大きな収入源と
なっていますが、気仙沼、本吉地方
ではチリ津波後ワカメが好い値段
で取り引きされ、しかも案外被害
も少ないようです。
宮城県水産研究所気仙沼支所の調
べによりますと、チリ津波で、成育
しきった大きなワカメが多少流さ
れましたが、ことし同地方のワカ
メが全般的に落着きで、盛漁期が
ズレていたのが幸いして被害が少
なくてすんだということです。価
格も津波子、三・七五キロで九百七
十円(去年は八百九十円、津波前
は八百七十円)を好値を出してい
ますから、こんごのワカメ開口が
期待されています。
現在までの集荷量は六万六千キロ
で、去年より九千キロ減となってい
ますが、これも開口の遅れによる
もので、去年の総収量四十六万二
千キロ、八千万円に数量では多少落
ちるとしても、津波による高値で
十分カバーできる見込みです。た
だ**別では去年は八割まで一等
品だったのが、ことしは7割程度
に落ちていますが、これは乾燥や
選別の悪さが原因です。乾燥はつ
ゆにはいっていますので、とくに
念入りに行なうことが大事です。
またワカメは*の大きなものより
小さいものがよいので選別をよく
するよう注意しています。

 東北六県は六億円  共済金の契約目標

全国水産業協同組合共済会は三十
五年度の契約目標を決めましたが
東北六県では総額六億円になって
います。三十四年度の実績は二億
六十六万七千円でしたから、約三
倍の目標をかかげたわけです。同
共済会宮城県事務所は、チリ津波
の災害を機会に、加入をするよう
呼びかけています。各県別の目標
額と実績は次のとおりです。(カ
ッコ内は実績、単位千円)
▽青森三〇、〇〇〇(二、五〇〇)
▽岩手二三〇、〇〇〇(一一〇、五
一〇)▽宮城、二〇〇〇、〇〇〇
(七四、三八〇)▽秋田五〇、〇
〇〇(四、五〇〇)▽山形四〇、
〇〇〇(一〇、七一一)▽福島五
〇、〇〇〇(七、七〇五)

漁協人⑦ 農学校出の変り種  漁場埋め立てに対策練る

 ○…この赤*地区は大船渡
湾の左手の、約一二キロにわた
る曲がりくねった海岸線で
す。こんどの津波で手ひどい
打撃を受けましたが、この浜
の大きな収入源は養殖カキ
で、去年は七千万円も稼ぎ上
げました。それでお隣の気
仙沼とともに「三陸カキ」の
産地で通っています。この養
殖カキのすべてを扱っている
のが赤崎漁協組、金野さんは
その組合長です。金野さんの
**がちょっと変わっていま
す。この町で生まれ、この町
の*農学校をでて六年ほど教
ぺんをとりました。そして同
じ赤崎農協の専務に迎えられ
たのです。これが昭和二十二
年。二十四年には漁協の専務
になり、二十五年からは組合
長として現在に至っていると
いうのです。ですから農業か
ら漁業へ「いつの間にか移り
変わっていた」ということで
す。このことは同組合の特別
な一面をよく物語っているよ
うです。
 ○…それというのも、組合
員八百四十人のほとんどが農
協の組合員でもあるのです。
つまりが半農半漁。「漁協が農
協を忘れ、農協が漁協とケン
カのできない関係、いや、し
てはいけない関係」にあるの
だと金野さんはいうのです。
組合長”十年選手”の金野さ
んは大正生まれのまだ四十三
歳ですが、このことをよく
キモに銘じ、漁協の販売代金
を農協へ払い込ませているの
です。「信用事業を第一とする
のが農協、だからお互いに助
け合うことです」と割り切っ
ていま
す。この
金野さん
は自らも
カキ養殖
をやって
います
が、自慢
のタネは
「なんと
いっても
ほかの業
者をおさ
え、集出
荷を漁協
一本にし
たこと。
それに仲買いをのぞき、東京
市場と直接取り引きをするよう
にしたこと」だというので
す。そして「これも組合内外
の人たちの協力があってこそ
…」とつけ加えるのを忘れな
い金野さんです。
 ○…ところでここの漁協に
もやはり悩みはあるのです。
これは工事用地などをつくる
ために漁場が埋め立てられる
ことで、津波から立ち直った
としても「いい漁場が埋められ
るので、収入は半分になる
でしょう」というのですが、
このため金野さんは組合員の
人たちとよく話し合い、いま
からいろいろの手を打ってい
ます。まずカキ養殖のできそ
うなところはつとめて開拓し
ようというのが第一。それに
三年前からはワカメの養殖を
始めました。それに金野さん
が口グセのようにいっている
のは「カキの養殖は年配の人
だけでいい。若い人たちはほ
かの仕事に進むことだ」とい
うことなのです。そしてでき
たら若い人たちは漁船に乗り
込んで技術を身につけ、やが
ては「小型船でも経営するよ
うに仕向けたい」と語ってい
ます。また農協の方もこの漁
協の、いや浜全体の悩みを少
しでも軽くしようとニジマス
の養殖や、ブドウの共同栽培
を一緒になってやっていま
す。この中心に立っている金
野さんは頭の中にある青写真
通りの”新しい浜”をつくり
上げようと、きょうも駆け回
っているのです。