死者四百七十七名 五百十四戸流失す 役場、学校等無事なるは六戸 田老村全滅の悲運
三日海嘯に襲われた下閉伊郡田老村の被害は午後五時に至って漸く判明したが流失家屋五百十四戸と倒ほ壊二戸、死者四百七十七名、重軽傷者百五十二名、流失漁船百三十隻、家畜百三十六頭で僅かに免がれた民家は六戸、役場、学校無事であるが同村は全滅の惨状である。同村駐在の照井宇一朗(三五)巡査部長は駐在所は勿論八ツになる愛児まで津波にさらわれたが村民の為にめに涙ぐましい努力をして居る(昭和五年現在人口四、九八三、戸数四八五)
死者三百七十名 唐丹村全滅の惨
(釜石電話)釜石警察署に達した情報に依ると唐丹村小白浜本郷華露部の死者三百五十名の多数に上ると見られて居る。
(同上)唐丹村は全村全滅の有様で流失家屋二百四十戸倒潰家屋二十五戸死者三百七十名負傷者三十三名である。
災害地に対しては 租税減免か猶予 大蔵省昨夜谷口書記官を 罹災地現場に派遣
(東電)大蔵省では三日三陸地方災害状況調査の為め三日夜谷口書記官を同地方に派遣したが同書記官は約一週間に亘り詳細に災害状況を調査する筈でその結果に基き大蔵省は多分租税の減免或は猶予等を行う筈である尚之が為に来議会に震災地に於ける租税その他の減免に関する法律案及び震災地に於ける納税猶予に関する法律案を提出して事後承諾を求める事となるであろう。右の外同地方災害復興に要する内務省その他から要求する経費は恐らく第二予備金支出として応急措置が講ぜられる筈である。
政府に於いても 公報を待ち対策 関係地選出代議士との会見に 首相明答を与う
(東電)民政党の内ヶ崎作三郎、村松久■、政友会の熊谷巌、星廉平その他三陸地方選出各代議士は三日午後二時院内大臣室に於て斎藤首相と会見し
地震被害の善後策を過らず且つ至急これが対策を講ぜられたいと要望したるに対し首相は
治安の方は軍艦及び騎兵隊を急派したから大丈夫と考える尚罹災民の救済についても公報あり次第臨時閣議を開き万遺憾なきよう期したいと思っている。
と答える所があったよって一同は更に山本内相と会見同様意見を述べ後藤農相に対しては米の無償貸付けを要望する所があった。
三政党見舞
政友会 (東電)政友会では岩手宮城両県下の震害甚大なる地方に見舞いとして大石倫治、永田良吉、上野基三、金井正夫の四代議士を急派するに決し一行は三日午後十時三十分上野駅発同地方に向った。
民政党
民政党は震災地見舞いの為め三日左の諸氏を特派することに決定した。
▲岩手青森県下 本田弥市郎、小山倉之助
▲宮城県下 佐藤与一大島寅吉
国民同盟(東電)
三陸地方の大震災救恤救済の為め国民同盟では総務小池仁郎氏を同地に特派することになった。
堀田社会事務官本朝来盛
内務省社会局堀田事務官は四日午前一時四十四分盛岡駅着で来県被害状況を視察する。
政友会代議士けさ来県
政友会本部では本県震災慰問のため四日午前十一時着急行にて大石倫治、永田良吉両代議士を派遣する旨県に入電あった。
政府米 無料配給 熊谷代議士 より入電
三日午後五時在京熊谷代議士より斎藤首相、山本内相、後藤農相に東海岸の状況を陳情の結果三相はいたく同情し早速政府米無料配給の諒解を得た旨県に入電あり。石黒知事から好意を謝しその手配方を乞うた。
釜石緊急町会
(釜石電話)釜石町会は三日午前十時急遽町役場に開き善後策を協議の結果罹災者は小学校その他に収容する事になった。■死者は石応寺に収容する事になって居り救済方法としては町会議員を委員に挙げ食品、学校用品、寝具の供給には加茂、斎藤の両議院が当り土木復興には菊地巳之太郎氏外三名が当る外夫々手配して救済に努める事になった。
午後七時現在
Array 流失 倒壊 浸水 死者 負傷者 行方不明
釜石署釜石 一八九 一六三 一七一 二、〇〇〇 一三 ■五
大槌 二九五 一九九 | 一、二〇〇 二七 一八 二七
流失倒壊合セテ四〇〇戸
鵜住居 一三五 九〇 | 四〇〇 七 三
発動機流失 五
唐丹 二四〇 二五 | 四〇〇 三七〇 三三 |
計 八五九 四七七 一七一 四、〇〇〇 四一七 五四 三二
宮古署宮古 三 三九 | 一三四 二 二 三
山田 三〇〇 | 一三四 二 二 三
船越 五〇 | | | 一 | 四
田老 四〇〇 二 四〇 | 四七七 一五二 |
重茂 三六 | | | 一二〇 | 七
津軽石 四 | | 六 | | |
崎山 六 | | | 一 | |
大沢 八 | | | 一 | |
織笠 | | | 二 三 | |
磯鶏 三七 | | 一一六 | | 三
計 八四四 四一 四〇 二五八 六〇六 一三二 一四
盛署 流失 倒壊 焼失 浸水 死者 負傷者 行方不明
大船渡 二 四〇 | 三四二 二 | |
高田 二 | | | 二 二 二
気仙 五四 | | | 一七 一一 八
米崎 | 二〇 | 二一八 五 八 二一
赤崎 九四 三四 | | 六九 五 三四
吉浜 一一 五 | 五 三 | 一四
越喜来 | 一一〇 | 二八 二一 五 五四
綾里 九〇 三四 | | 六九 五 三四
広田 | 一〇 | 二〇 一六 八 三〇
小友 | 三四 | 二六 | | 二〇
米崎 | 一二七 | | 一一 | 二一
計 二五三 四一四 | 六三九 二一五 四四 二三八
久慈署
久慈 三 | | | 一 | 一
野田 四三 一五 | 四〇 六 | |
種市 六二 | | | 三〇 | 六九
侍浜 四七 | | | 一 | 二
中野 二 六 | 一 四 | 六
夏井 六 | | 一〇 一 | |
長内 二九 | | | 一 三 九
字部 五 五 | | 一 | 六
計 二一五 二六 | 五一 四五 三 九三
岩泉署
小本 八七 五 | 五〇 五八 七 八九
田畑 一二三 二 | 二〇 二二 二五 一二七
普代 七二 六 | 二六 一七 一一 一〇三
計 二八二 一三 | 九六 九七 四三 三一九
出動将兵に後顧なきよう 石黒知事の告諭
沿岸の海嘯に就き三日午後四時石黒知事は県民に左の告諭を発した。
告諭
今暁三陸沿岸における強震に伴える海嘯並に火災は被害甚大にして往年の惨害を想わしむるものあり。之が同罹災胞の救援について各方面において同胞共済の精神に基き至大の努力を致されつつありと信ずるも此際特に県民心を協せ万難を拝し罹災同胞並に被害地町村の復興に当らるべし時恰も郷土将兵は熱河掃排のため尽忠報国の至誠を輸しつつあり希くは忠勇なる出動将兵をして後顧の憂なからしむるに努めらるべし。
罹災地派遣兵士の 遺家族に金一万円 被害程度次第第二次救恤に 陸軍省発表
(東電)三日朝東北東海岸の大津波で目下判明せる流失家屋約二千五百戸、此の方面より満洲派遣兵約四百二十名ある旨盛岡連隊区司令官の報告に接し陸軍としては罹災の出生将士家族及び遺族救恤の為め取敢ず恤兵金一万円を電報で送金し尚被害程度判明次第次の救恤を講じ万全を期することとなった。尚盛岡衛戍病院より救護班を編成、被害地に急行せしめ且つ第二師団、第八師団留守■令官に対し至急の処置を講ぜしめたり。
衣食品発送
Array県救護品配給係り農務課では三日午後三時半迄に次の如く被害地方に衣食品を発送した
釜石方面 宮古方面 盛 方面 久慈方面 岩泉方面
白米 四〇俵 五〇 三三 二〇 二〇
味噌 三樽 一三 三 三 三
漬物 四樽 四 六 四 二
毛布 一二七 七一 八六 一七 二〇
軍隊四〇〇 軍隊二〇〇 軍隊二〇〇 | |
乾麺麭 | 軍隊 六箱 軍隊三三〇食分 | |
鑑詰 軍隊 一二箱 軍隊 六箱 軍隊八〇〇個 | |
靴下 六四八足 三六五 四三九 九二 一〇八
タオル 四七七本 二七〇 三二六 七〇 八一
足袋 五一〇足 二八八 三四六 七二 八四
砂糖 一俵 一 一 一 一
蝋燭 五、〇五〇本 二、八二五 三、四二五 六七五 八二五
憐寸 六九〇個 三七〇 四五〇 一〇〇 一一〇
提灯 三五個 二五 二五 一二 一三
軍手 一、〇二〇組 五六四 六七二 一五六 一六八
莚 五〇〇枚 | 五〇〇 | |
白米 花巻より 四〇 味噌遠野より七樽 寝具遠野より五〇人分
遠野より 三五 花巻より一〇 漬物花巻より一〇
衣類黒沢尻より四五〇
暴利取締
釜石署下罹災民救護状況に関し三日午後六時警備司令部に左の如く報告あった。
事故発生と共に即時関係各町村に応援巡査を急派し町当局と協議をなし協力罹災民の救護に努め一先ず関係町村内の物資の融通を計り炊出救護に努めつつあり他に此の際不利得を獲んとする者及漂流物置失物持出物その他他人の財産を領得せんとするものに対し警告を発し厳重取締をなしている。
市青年救済協議
市では三日午後六時半より市役所楼上に於て青年団女子青年団幹部会を開き罹災者救護慰問に就いて協議するが県の救護方法に基き青年団総動員で市内より慰問品義捐金の大募集を行い災害者の救済に全力を傾注する筈。
侍従御差遣
東電)畏き辺りにおかせられては三陸地方における震災被害甚大なるを痛く御念あらせられ■に丹後地方の震災の時の例もあり今回はそれ以上の惨害なるに鑑み特に同地へ侍従を御差遣親しく状況を視察せしめられ御慰問あらせられるやの御趣きである。





