雑報
●大槌通信(六月二十一日)
◎大海嘯後人心恟々たる折柄風声鶴唳も悉く是れ
海嘯の襲来かと疑いしむ。本日午前十一時五十分偶
々向山にて樹木の倒るる反響を聞きスワまた海嘯よ
と町内の老蒻悲喝号泣上を下へと騒ぎ立てたるが
その中漸々虚説なりしこと分明しアタラ膽を冷やしも小西
り腰を抜かしたる老人もあれどまた負傷したる壮者
もあり現に大砂賀の漁師何の某の子供(八年)は之が
ためその場に卒倒即死せり。なお同日の騒ぎに逃げ走る群
集の人を推し退け推し退け真っ先に山手の方へと逃げ出した
る一巡公を見受けたり。非常の場合には保護の官もこ
んなものか去りとは。
◎当町役場の町の片隅に在り甚だ不便極まるを以
て本日より更に八日町源兵衛方店頭に非常事
務所を仮設せり。
◎第二師団附き陸軍三等軍医某氏は二名の看護卒を
従いて来槌。負傷者に対し治療を施しつつあり。
◎東京日々新聞記者石塚剛毅氏及び中央萬朝報の記
者三名災害地視察として気仙釜石を経て昨日来槌。
悲惨の状を実地目撃了し今朝山田方面に向て出発
せり。
◎本郡々長の倉貫一氏は新任匆々今回の一大変
事に際し日夜不脱衣苦心憂慮以て罹災死亡者の遺
族に対する救助策を講じつつなり。聞らく同氏は世
にも悲しき罹災者遺族者に向かって内諭するところ
なりと曰く余不肖といえども乏しき此土に受けて郡長
たる以上は汝等に対しては情固より父子も■なら
さるものあり焦眉の急にして命の親たる噌米余之
を天下公衆に訴えてももしくは之を国庫に仰ぎみ
すみす汝等の餓死を坐視せず。もしこの事にして成ら
ずんば余たとえ身は八裂にせらるるともまさに第
二の大塩平八郎たらんと嗚呼この際此場合義奮如此
郡長を得たるは本郡被災害人民の幸と謂う可し。
◎海嘯の起こりたる日より今日まで殆んど一週間なれ
ば被害各地方は悪臭粉々実に堪え難きも人夫不足
のため腐敗物の取り片付け思うに任せず今後このまま打
ち捨て置きなば衛生上如何なる惨毒を被るや知るえか
らず。当局者は層一層の奮発を望む。
◎海嘯の難に乗じ潰家散乱たる辺を徘徊しあるいは舟
を海上に浮かべて沖より漂流し来たる目星しき諸道具
衣装金銭等を窃取する者多く就中釜石山田地方は
もっとも甚だしとこの際探偵吏の出張を乞う亦必要なるを
覚ゆ。
◎その筋の確かなる調査によれば当大槌町区内にて被
害者戸数及び死亡人数は左の如しと云う(但し被害
戸は流失家屋及び全潰家屋なり半潰家屋浸水家屋は
もっと取調べ中)。
○吉里々々
一 被害戸数 二百三十三 死亡 二百八十八人
○渡板
一 被害戸数 三十五 死亡 五十一人
○赤濱
一 被害戸数 二十三 死亡 三十人
計二百六十八戸 死亡三百六十九人
○大槌安渡
一 被害戸数 百六十二 死亡 九十七人
○大槌向川原
一 被害戸数 百二 死亡 四十六人
○小槌大砂賀
一 被害戸数 百四十三 死亡 八十八人
右総計被害戸数
計二百五十四戸 百四十三人
六百七十ニ石 死亡 五百九十九人
大海嘯大惨害救恤義捐人名
一 金二十五銭 盛岡市内丸 関安五郎
一 金五十銭 同呉服町 入江源吉
一 金五十銭 同同 入江とみ
一 金 五十銭 同仙北町 吉田福次郎
一 金二十銭 同上衆小路石井方 福田さわ
一 金五十銭 磐井区裁判所涌津出張所 兼子徳太郎
一 金二十五銭 盛岡市六日町寄留 菊池松太郎
一 金二十銭 同同 阿部駒吉
一 金二十銭 同同 谷村善五郎
一 金十五銭 同同 種村直蔵
一 金十銭 同同 藤澤直吉
一 金十銭 同同 細川與吉
盛岡停車場前北上株式会社出張所倉夫
一 金二十銭 武本喜三郎 一 金二十銭 澤里初太郎
一 同 菊池多助 一 同 中村倉吉
一 同 藤澤辰五郎 一 同 藤原清之助
一 同 平澤保太郎 一 同 三上武次
一 同 吉田萬平 一 同 泉田直吉
一 同 小山田長右衛門 一 同 吉田駒吉
一 同 吉田清之助 一 同 北井崎五助
一 同 瀬川清次郎 一 同 藤澤市之助
一 同 吉田千松
一 金二円 盛岡市呉服町 地理学協会
盛岡市内丸盛陽会社鉄工場
一 金一円五十銭 星山徳治
一 金一円 同所 及川他人
一 金一円 同所 阿部留吉
一 金一円 同所 上川権八郎
一 金五十銭 同所 長岡春松
一 金三十銭 同所 宮田與惣吉
一 金五十銭 同所 圓子欣一
一 金二十銭 同所 中市常?
一 金十銭 同所 植村徳應
一 金十銭 同所 佐々木次郎
一 金十銭 同所 澤野末吉
一 金十銭 同所 木村松次郎
一 金十銭 同所 工藤宇八
一 金十銭 同所 淺沼茂
一 金一円 東京日本橋区中洲町四十五号 岩田榮一
一 金一円 水沢区裁判所内 眞山綾人
一 金一円 同所 樋口竹次郎
一 金三十銭 同所 齋藤實章
一 金二十銭 同所 森田秀徳
一 金二十銭 同所 茂賀益治
一 金十銭 同所 郷古環
一 金十銭 同所 吉田源蔵
一 金十銭 同所 藤田榮右衛門
一 金十銭 同所 平澤重明
一 金十銭 同所 小野監次郎
小以金十九円六十五銭
通計金三百六十六円十一銭七厘
◎正誤 昨日の本紙義捐者小野尋常小学校姓名
中「佐藤文二郎」とあるは「佐山文二郎」「中川六郎」
とあるは「中村六郎」といづれも誤植。