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●災害地出張日記 第一回報(遠野において) 特派員 日戸勝郎

十七日朝一番列車にて災害地に向かい発しぬ。久しぶ
りにて革■連れて汽車の乗り込みしこととて何と
なく愉快もありし必竟■年間■書堆裡に居座ざば■
食いし結果と知らる。
朝来雲自ら晴れてこれなら天気ならばやと見ゆ遠
野までの行脚も気楽なるべし。此行もとより悲惨凄絶
の地に入る酸鼻の情自ら然る処ただその中一段勇まし
気ありて欺かれぬは余の性質として危険に入り奇
変に行くを好むことなり。親分ブロヴキツに聞かし
ぬは好箇の記者資格ありと賛賞すべしといえども実際
我ながら呆れた性質なりけり。
汽車中谷河代議士と同乗す翁の風貌を見ざる三年
而して身骨なお依稀白髪昔の如し相替わらず淡々温
■翁は日詰まで余は花巻まで。
汽車中もっとも面白かりしは停車場にて買いし国民新
聞に「士族の美風を保存せよ《との社説を見たる一
時なり。通遍の趣向宛然余がかつて腹案したる者と符
節を合わず同志なお存ずと思えば愉快に非ずや。
昨夜は十一時過ぎ■■一宵の夢は悉く遠野近傍の旅
行なりき今朝破格の早起期年一度の挙動にこれあ
り。
時に想い見るは社中御同様の晏起先生も今頃は額
を集めて喃々して昨夜来の飛電をは風評し居るこ
とこれなり。神川兄は例に依って喧しき調子で遣
り居らんか。
花巻より下車して遠野街道に行く。同時に下車した
る少年の一群あり中学生も見えし。思うにこの人等は
各々郷里の災害を音信るとてあらん心情如何よと
思い遣らる。
花巻より一気に下宮まで着きぬ。おおよそ六里程。
茶屋にて作今来この地方の形況異状なきやを問いし
に三日以来の震動昼夜数十回而して昨夜より今朝
に掛けてなお激しき震動数回ありしと語りぬ。併し
詳報はこれらの地方を素通りして盛岡に直行せりと見
え盛岡にても災地の景状は知り居ざりし昨夜当地
を夜徹しに車三挺馳せ今朝方もまた二挺の急行車
行けりと。
茶屋の主人の話にて災害地方の今もなお震動し居
ることかと想像したり当地は釜石まで十六里。
途中遠野よりの帰り車に逢う。数次遠野まで戻せと
問いしに彼等皆答えて宥してくれろと云う。その困憊の
状余に徳も入らぬ連日の狂馳を知るべし。
閑時の此行なりせば山緑水青の間雲水気取りて雅
興もまた動くべかりしに中々それ処に非らず。
宮杜より馬雇うて行く五里の間遠野まで六十銭取
らる。
仙台よりの帰休兵と同伴す。兵能く語る曰く海嘯の
起こらんとするや海村の人まず■を見その井水の引け
るときは海嘯来たるとて逃るが常なるに今回は夜深
かりしためその暇もあらざるべしと。
行々馬夫■語る曰くおいらの本家の二男釜石の店に
居るのだが今に音なし云々。また何町に全家釜石に引っ
越せし者が是れば様子知れぬ云々。この如き種引き
も切れず而していずれも皆覚悟の体。
向こうより摺違いに来る馬夫に声掛けて
誰某の何が死んだとよ吾等の馬夫うんそーだえ暫
くして一息して昨夜の時行かねば好かったにと何
の消息か知らねどもこの地方一体の民心総じて恟々と
して災害是れ語るのみ。
この日は午後より雲晴れ来たりて青空烈日を見る。
数時間馬背にあることとて睡魔防ぎ難く同伴の兵
と馬上居眠りしつつ互いに夢見たりとて一笑せし。
午後三時遠野に着取り敢えず原稿を写す旅店の室毎
尽く災害地出張の人而して村上参事官は医士ニ吊
を率いて二時間許り前に馬言い付けて釜石に向かいしと
亭主語りぬ。
電信局に問いしに盛町への電信は通過し得ると云
いぬ。
遠野町の人々恟々街頭に佇立して群々只此災害談
のみ余食後警察を訪う巡査ニ一人のみ就いて聞くに
左の手紙を得たり。
遠野警察宛にて山田町分署より
昨夜午後八時海嘯のため山田湾附近都にて人畜家
屋の被害非常にて当局は電信上通委細後より。
同人より
御手数ながら電報案の通り直く御差出し被下度
其上は此の書面の模様郵便にて御差出被下度候
拝啓昨夜(十六日)午後八時二十分大海嘯にて当
町はもちろん常港沿岸総て大被害を受け家屋の流失
破壊人畜の死傷非常に多く電信局はもちろん上通に
付き上得止態夫を以て相願候間電報料御立替被
下至急○○にて御発信願上候当分署の如きも破
壊せしも先以て公用書類等には別段異事無之今
に海嘯静穏に至らせ人民の惨状実に言語の外に
御座候右の事情は未だ詳細申上ぐる事には至り
彙候間云々
当署巡査の話に聞けばこの海岸一体北海道に掛
けて一面の模様なりと。
余はそれぞれり辞して郡役所に到る。
当直僅々二吊にして万事内外の処置すると見えた
り一ノ倉郡長は釜石に出張して上在。当直員の曰く
一昨日は遠野町より電信の機械送りて本日(十六日
の晩)ようやく釜石との電信を接続したり。
釜石町の調査は本日午後よりようやく着手したるかも
知れず。釜石町の戸数は百七十残りしのみにて他
の千余戸皆流失。人民は四千余人も流失したるなら
ん。山田は六百戸以上ならんと風評せりと。
而して宮古は今に寂寞として何等の音もなし。
一ノ倉郡長釜石に在りて遠野の郡役所へ米送れ着
物送れ味噌送れの電報相続きしため当所は二人の
吏員にて兵站部の周旋実に手に余ると言い居るもっとも
の事なり。物品はあれども運び馬乏し近在より二十
匹十匹の馬引き付げて毎日間に合わせ居ると。
当所にての話に県会議員小軽米汪氏本家共に流失
なりと聞く。今に見えざる所を見れば風説真ならん
と語りぬ。
当所には種々の人夜中から詰め掛けてただ災害の後
報如何にと迫りぬ。余の居る時山奈宗眞氏も来たり会
せり。同氏の話に山田町には海嘯の他火事まであり
しと此行遠野において友人北海居士を訪う目算なり
しが多忙にて能わず誠に隔痒の感あり。
宿屋の主人が語るを聞くに当町より某氏当日釜石
に行き知人と酒飲み居りしに午後八時頃沖合いより
「ノシノシ《と聴こゆる音世の常あらず聞こゆるよりこ
れ何事あるかと耳そばだてしを知人は打ち消し御身は海
辺の消息を知らぬ海に地震ある時はいつもこうな
りとて平気なりしも某氏はしかしただの音にてあらず
と立て外に出でしに思いきや海水浸動し来たりて倉
の前に到る実に避くるに暇なかりしと云々。
また余と同宿せる十二号室とかの客人は矢張り遭難
者の一人と見え「ここに紙幣打ち散らして乾かしつつ《
遭難の時は実に海水の進勢にて波のために煙火の
如く打ち揚げられしと。
かかる話は実に枚挙に遑なかるべし。
釜石には死体山と為し寺の門前春木を並べたる如
しと。

●藤村茂兵衛氏

山形県酒田港の醤油醸造家同
氏は販路拡張のため北海道より東北地方巡回の途
次去る十六日青森においてこの度の東海岸通り大海嘯
の報に接し直ちに八戸港被害地現場に臨みその実
況を視察しそれより汽車にて一昨日来盛し本社を
訪われ被害の実況を聞きその惨況に驚きなお県庁
に就き各地の模様を聞き惨状の意外なるより是に
てこの度の巡回を思い留まり直ちに帰県しその実況を報
告し幾分の義捐を募集する筈にて昨朝出発帰県の
途に就きたり奇特の人と云うべし。

●吐瀉病

西磐井郡一ノ関町山川久吉澤野常吉
の二吊は去る十六日発症同病に罹り目下治療中な
るとし。

●大海嘯大惨害義捐人吊

一 金ニ十銭 盛岡市八幡町 石村一作
一 金ニ十銭 東閉伊郡千徳村 横田闌彌
一 金ニ十銭 盛岡市大沢河原 齋藤清一
一 金五十銭 同六日町 村田春治
一 金六円也 同 無吊氏
一 金五円 同呉?町 砂子田源六
一 金五十銭 同店員一同
一 金一円 湯浅権三郎
榊善次郎
大平重太郎
鈴江敬三
竹村宗治
一 金五十銭 盛岡市中の橋通り 国分一骨
一 金十銭 同新穀町 有坂金助
一 金三十銭 埼玉県秩父郡三田川村二十九番地 高橋道三
一 金二十銭 東北支校 足立元道



Iwate kouhouM29_June_20_3_4


一 金三十銭 盛岡市新築地 坂上辰五郎
一 金一円 同大沢河原 高杉壮
一 金一円 同川原町 中村儀平
一 金二十銭 南岩手郡新庄 島川常麿
一 金十銭 盛岡市南上田組町 亀橋吉彌
一 金十銭 同神子田 小笠原亀七郎
一 金五円也 東京日本橋区大森馬■町 沼倉小五郎
一 金十銭 南岩手郡浅岸村新庄 山内政太郎
一 金二十銭 同米内村東願寺内 松井哲定
一 金十銭 市外新田町 吊久井榮一
一 金五円也 盛岡市八幡町 田中楼
一 金五十銭 (同内芸妓) 小みつ
(同内娼妓)
一 金二十銭 佐々木とよ 一 同 大沼たけ
一 同 荒津はな 一 同 佐川つか
一 同 佐藤つるよ 一 同 高橋ちえ
一 同 久米ちよ 一 同 池端よし
一 同 伊藤くに 一 同 菊池つる
一 同 高橋この 一 同 泉きよの
一 同 小林はる
一金三円五十銭也 福重楼
(同内芸妓)
一 金五十銭 福きみ 一 同 市松
(同内娼妓)
一 金二十銭 高橋ちよ 一 同 下田みえ
一 同 奥山たね 一 同 小笠原はつ
一 同 嵯峨きた 一 同 日諸いし
一 金三円也 万年楼
(同内芸妓)
一 金五十銭 たよじ 一 同 福治
(同内娼妓)
一 金二十銭 山形なみ 一 同 後藤もと
一 同 熊野はな 一 同 石川こう
一 同 大橋さた 一 同 及川つる
一 金三円也 福辺楼
一 金五十銭 (同内芸妓) 百太郎
(同内娼妓)
一 金二十銭 雫石てる 一 同 藤原さと
一 同 齋藤こきく 一 同 越前すえ
一 金三円也 松葉楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 進藤のふ 一 同 進藤やす
一 同 鈴木さた 一 同 藤井ひで
一 同 盛田なお
一 金三円也 伊呂波楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 浅野はる 一 同 簗田とよ
一 同 石川ちえ 一 同 長谷川せつ
一 同 下河原むら
一 金三円也 宮喜楼
一 金五十銭 (同内芸妓) ときぢ
(同内娼妓)
一 金二十銭 石川たき 一 同 木内かめよ
一 同 内田まさ 一 同 若松てるえ
一 同 小笠原いち 一 同 下郡山つや
一 同 豊田しやう
一 金三円也 玉楼
一 金五十銭 (同内芸妓) まめこ
(同内娼妓)
一 金二十銭 伊深澤たけ 一 同 村山きん
一 同 大澤さく 一 同 板垣うた
一 同 今村なか 一 同 土田みえ
一 同 進藤てつ
一 金三円也 和歌楼
一 金五十銭 (同内芸妓) わか
(同内娼妓)
一 金二十銭 増田とめ 一 同 齋藤やす
一 同 東野とく 一 同 野取あき
一 同 佐藤よね 一 同 増田やす
一 金二円也 山田楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 井上はな 一 同 佐藤はる
一 同 高橋こよ 一 同 中村まつの
一 同 柳本たき 一 同 北島みえ
一 二円也金 長岡楼



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(同内娼妓)
一 金二十銭 大澤てる 一 同 白石せき
一 同 工藤さた
一 金二円也 金盛楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 佐々木いと 一 同 伊勢のい
一 同 伊勢さつき 一 同 斎藤とめ
一 金二円也 新和歌楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 佐々木たけ 一 同 佐々木いし
一 金一円五十銭也 竹榮楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 一よし 一 同 進藤せん
一 同 進藤はつ
一 金一円五十銭也 盛喜楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 高橋くまよ 一 同 遠藤とくよ
一 同 橋本さめ
一 金一円五十銭也 興志楼
一 金五十銭 (同内芸妓) 小なか
(同内娼妓)
一 金二十銭 伊藤なを 一 同 林すえ
一 同 大井たか
一 金一円也 久子屋
一 金三十銭 工藤小久
(同内娼妓)
一 金二十銭 尾形とく 一 同 瀬川ちよ
一 金一円也 青琴楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 高橋やす 一 同 柴田くみ
一 同 仙北きち
一 金一円也 新■楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 小松のふ 一 同 菊池こよ
一 金一円也 古語楼
(同内娼妓)
一 金二十銭 藤田きよ 一 同 藤田あさ
一 金一円也 村田楼
(同内芸妓)
一 金五十銭 若松 一 同 とん平
一 金三円也 貸座敷娼妓取締人
一 金五円 料理店 三上亭
一 金三円 同 澤田屋
一 金三円 同 瀬川屋
一 金三円 同 谷屋
一 金二円 同 温泉
一 金二円 同 山口屋
一 金一円五十銭 同 長琴
一 金一円五十銭 同 中谷
一 金一円五十銭 同 九タ
一 金一円 同 小中村
一 金一円 同 小原
同芸妓
一 金五十銭 山よし 一 金五十銭 いね
一 同 りさ 一 同 三よし
一 同 小ふじ 一 同 かよ
一 同 小みよ 一 同 ひさこ
一 同 なみこ 一 同 〆吉
一 同 けんこ 一 同 小ふみ
一 同 うた助 一 同 小いま
一 同 小しん 一 同 小てふ
一 同 つか 一 同 やつこ
一 同 小きく 一 同 つる
一 同 よつこ 一 同 小すみ
一 同 みやこ 一 同 たまこ
一 同 みちこ 一 同 小そめ
一 同 小三 一 同 小玉
一 同 菊治 一 同 きた
一 同 小さめ 一 同 小なよ
一 同 小ひな 一 同 小半
一 同 小かつ
一 金五十銭 山口善蔵
一 金五十銭 山清
一 金五十銭 太田八十八
一 金五十銭 高柴高隆
一 金五十銭 吉田喜七
一 金十円也 八幡町消防第三団
小以金百五十六円七十銭
通計金百九十三円三十五銭

●気仙電報(六月十九日午後一時二十分発)

気仙郡一町十一ヶ村にて流失家屋およそ千四百戸。死亡六千人余。

●釜石電報(六月十九日午後二時十分発)

南閉伊郡内流失戸数千六百六十四戸。死亡八千三百三十四人負傷七百七十八人。船舶流失七百三十七。耕地四百七十二町余荒廃。