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電報

志士仁人に訴う

天災の来たる予め測るべからざるものありこれをもって
惨害の生じる処人をして慄然毛骨を立たしむ。
今回我が管内東海岸一帯の海嘯惨害なるなんぞそ
れ酸鼻を極むるの甚だしき往年濃尾の震災と云うも
斯くの如きの惨にてはあらざりしなり。近くは酒田
の震災秋田山形等の水災と云うも斯くの如きの惨
にてはあらざりしなり。これを東西古今の史に見るも
多くその比を見ず。
須要なる通信機関また惨害の裡に没し去られていまだ
その詳報に接するに由なしといえどもすでに知られたる
一班をもってそれはその南閉伊郡内においては釜石に
ありては全町殆ど覆没流離住民死亡五千余名。
大槌にありては流失家屋数百死傷六百を下らず。
鵜住居沿海部落にありては家屋過半流潰死者千余
名に出づ。その気仙郡内においては盛町にありて死
傷者二千余名。その九戸郡内においては流失戸数数
百戸人畜死傷不尠。その東閉伊郡においては鍬ヶ崎町
にありては全町家屋海水の浸漬を受け破壊流失し
たる戸数三百余死亡人員未詳行方不明の者百名余。
その山田町にありては流失戸数九分通り死亡百余
なりとす。
以上は単に今日までに知られたる一班にしてその精
査孰審の上においては既知未知に拘らず層幾層と倍
幾倍の甚しきものあらん。嗚呼これ天の無情なる。一に
なんぞこれに至るや。
人生悲惨の事ありとせば悲惨直ちにこれなり。人生
酸鼻のことありとせば酸鼻直ちにこれなり。その生命
を失いその財産を失い哭慟悲号の間に父子相離れ
夫妻相失し兄弟相別れ幸いにして万死の中より一
生を得たりとするも傷痍身を悩まし飢餓体に迫り
居るに家なく着るに衣なく累々として天に哭し地
に慟するに至りてはこれを記せんとして筆咽び墨
泣きこれを言わんとして情迫り悲切に惟だ血涙の滂
沱たるのみ。
それ同胞相恤み人々相拯うは社会の通義たり。いわん
や眼底涙あり皮下血あり古来義侠をもって宇内に秀
づる帝国民たるもの這般悲惨酸鼻の状に接して豈
黙止ものならんや。発奮一番踊躍して救助賑恤
の事に斡旋鞠躬せんこと吾人の期する処なると同
時にまた切に嘱望する処なりとす。

刻下焼眉の急務

今回罹災地の善後策としては濃尾もしくは山形秋田
等においてすでにその先例を見たるが如く勢必ず国
庫の支弁を仰がざるべからず。這般の問題については
吾人決してこれが研究を怠るものにあらず惟り罹
災の状況いまだ詳知するに由なし。故に今において敢えて
軽々に論点を下さずといえども差し当たり刻下焼眉の急
且つ要たるは罹災民人の救助賑恤実にこれなりと
す。
当局者もとよりこれが成算ならん。而して吾人は切に
望む。些かの躊躇なく些かの逡巡なく全力を傾注してこれ
に従事せよ。罹災民避難所の急設米膾の支給傷痍者
の治療死体の処置。これらは一刻瞬時も忽かにせざる
べからざるもの大に吏員を派遣せよ。医師を派遣せ
よ。米膾の運搬を便ならしめよ。避難処の設置死体
の処置これらは衛生上と密接の関係あるものにして
その方法実施の上において非常に慎重の上に慎重を
加えざるべからず。而して獨を当事者のみならず我が
県民の全体が他の勘誘刺衝を持つまでもなく各自責
任をもってこれが救恤の大義に出でざるべからず。
(以上二項六月十七日午前八時稿)