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杉皮、檜皮を罹災地へ 復興需要として急遽出荷

杉皮や檜皮の出荷については決
戰下の■■資材あるひは槇肌■
料として軍官■はもちろん重要
方面にたいしてそれ々々供出中
であるが、さらに今回の震災で
復舊資材として緊急出荷を要す
ることとなつたので縣では素材
生産者や森林組合などに對して
いつでも急速出荷に應ずること
のできるよう要望するとともに
この出荷に要する努力について
は國民學校、靑年學校の生徒、
兒童や婦人会などを協力させる
よう關係方面へ通牒した

同情衣類を募集 一志地方から震災者へ

一志地方事務所では今次震災罹
災者へ贈る衣類等を一戸一枚づ
つの割で募集に大量となつてゐ
るが二十■日現在中原、戸木、
大三、大井、稻葉、竹原、阿坂
波■、■、八知、多氣の十一ケ
村で計大人用一千四百八十九點
小人用一千九百九十二點、その
他雜物六百五十四點が集積、ほ
か各町村でも目下續々供出され
てをり、本月末をもつて締切り
更に紀州路へ發送するが完了の
■は相當の■に上るものと期待
されてゐる

年内には是非五億へ 縣民貯蓄、先月五十一万圓

十一月末の貯蓄■果が二十七日
縣から發表された、十一月一ケ
月の■果は五十一万八百六十二
円で四月以來の累計は四億八十
三万六千七百七十三円で目標の
五億七千万円に對して七割三分
を達成したが、前年同期の目標
に對する達成率七割九分に比し
て去年の成績に負けないやうに
するにはまだ々々であり、過般
の震災もあつてあと四ヶ月で達
成すべき目標額は一億六千九百
十六万三千三百二十三円を殘し
てゐる、縣では全國に展開され
てゐる〝四百十億决■貯蓄■■
期間〟に呼應して十二月一ぱい
で是が非でも一億円の達成をめ
ざしてをり、これさへできれば
五億円が年内に完成するわけで
■では年末の二日を手持現金貯
蓄日と定め、部落、町内会、隣
組常会で趣旨の徹底を■り眞に
必要以外の手持現金は全部預入
することに強力な申合せを行ひ
非常事體の發生を豫想して漠然
たる不安感から現金を手持ちす
る■■を一掃し政府の非常金融
對策■■にあくまでも信賴する
とともに今般の災害でも手持現
金は悉く流失したが預入したも
のはたヾちに拂戻しをうけるこ
とができ金錢の損失を生じなか
つた點を強調することとなつた
、なほ非常金融對策要項によれ
ば一日二百円、一ヶ月累計五百
円までは取引銀行、信用組合な
どで代■の措置が講ぜられてゐ

短 信

松 殉職警察官に弔慰金
阪 松阪市本町伊藤■■■
市 部經營者山田榮吉氏は
殉職警察官加藤警視に弔慰金と
して五十円、堀江警部補に五十
円、家屋倒壞の災厄を受けた四
日市署中村部長に見舞金として
五十円をいづれもこのほど松阪
署を經由して寄贈した

桑 桑名署へ赤誠寄託二
名 ■ 城南村安永東洋製
郡 網株式会社長木村三藏
氏は二十五日震災罹災者へ五百
円を、また在良村水谷淸六氏は
出征、戰歿遺家族へ歳末見舞と
して金一封をそれぞれ桑名署を
通じて寄託

度 罹災地のヨイコを慰
問 五ヶ所灣各町村の
會 國民学校および五ヶ所
獨立靑年学校の職員兒童は敢然
復興に邁進してゐるが海岸住民
として被害甚大な地方の罹災学
童職員に同情し困窮の中から淨
財を募り高木迫間、板渕■兩國
民学校長は慰問使として罹災地
に出張し懇ろに慰問した

北 罹災現地に■る更生
牟 の意氣 紀伊長島町の
婁 震災罹災者は自力更生
で住宅の破損を補ひ先づ産業戰
力を■へた形で 出漁の 準備中
であり なほ 長島在鄕軍人会の
勤勞隊はさる二十■から連日■
成して出動、人家、道路の整理
に一日も早く起上るやう應援隊
の松阪市勤勞隊と復興に務めて
ゐる

震災義捐金寄附者芳名 廿七日正午現在

一万円 横濱市松尾嘉右エ門
日本勸業銀行津、四
一万円 日市、山田、上野各
支店五千円、ワシノ製機会社航
空■工塲▲三千円、河藝郡一■
田町下津■藏▲二千円、愛知縣
〇〇海軍工廠報國團▲二千円、
山田赤十字病院▲一千円、大阪
府南河内郡生悦住貞太郎▲一千
円、朝鮮 京城 治田利■▲一千
円 鎌倉市市川大治郎▲一千円、
多氣郡大淀町中村十三郎▲一千
円、名古屋市宮木哲▲一千円、
東京都住井辰男▲一千円、東京
都倉田耿介▲一千円、新潟縣八
羽光長▲一千円、東亞酒精興業
楠工塲▲一千円、津市合同瓦斯
会社▲一千円、志摩郡鳥羽町石
原円吉
累計
三十四萬二百八圓三十三錢