序言
本報告書は,自治省消防庁より安全工学協会に依頼された「海上タンク貯蔵所の保安に関する調査研究」について,当協会に設置された海上タンク貯蔵所保安調査研究委員会が調査検討を行った結果を,まとめたものである。
石油に対する海上タンク貯蔵所は,福岡県北九州市白島及び長崎県上五島において設置の予定であり,特に白島の備蓄施設にあっては,早ければ今年度中にも着工の計画とされている。
消防庁において,こうした海上タンク貯蔵所の防災上の問題についての考え方を整理検討し,既に定められている「海上タンク貯蔵所の規制に関する運用基準」(昭和53年11月)及び「海上タンク貯蔵所の消火設備に関する運用基準」(昭和54年3月)の補足ととしての基礎資料を得ようという観点より当協会に調査研究を依頼されたもので,当委員会では本年6月から10月まで調査検討を加えた。
本報告書は,上途の運用基準を受けて、さらに詳しい検討を加えたものであるが、固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性及び油漏洩時の安全対策を中心に行い、あわせて油入前の実証確認についても触れることにした。
この基礎調査をうけて実際の運用面においていかに活用して行くかが問題であるが,幸い本委員会には,消防関係機関の方,あるいは備蓄会社を含めた洋上備蓄に関係されると思われる業界の技術者の方々が参加されておりますので,趣旨を十分理解され運用面において本報告書を活用して頂き,世界でも類のない初めての洋上備蓄方式が安全なものとなり,ひいては国家石油備蓄としての目的が達せられるよう願っております。
最後に,4ヶ月にわたり調査検討を行われた各委員および幹事の皆様にお礼を申し上げます。
昭和57年10月18日
安全工学協会
海上タンク貯蔵諸保安調査研究委員会
委員長 奥村敏恵
海上タンク貯蔵所保安調査研究委員会委員構成
(敬称略,50音順)
委員長 奥村敏恵 東京大学名誉教授・東京電機大学教授
副委員長 井上威恭 埼玉工業大学教授
委員 秋田一雄 東京大学教授
〃 石井勇三郎 日本大学教授
〃 稲田倍穂 東海大学教授
〃 上原陽一 横浜国立大学教授
〃 鵜戸口英善 東京大学名誉教授・高圧ガス保安協会理事
〃 小倉信和 横浜国立大学教授
〃 加島裕夫 自治省消防庁
〃 亀井浅道 消防研究所地震防災研究室
〃 北川英夫 東京大学教授
〃 清野圭造 自治省消防庁(昭和57年9月から)
〃 久保慶三郎 東京大学名誉教授・埼玉大学教授
〃 佐藤公雄 消防研究所消火第二研究室
〃 高橋 哲 消防研究所消火設備研究所
〃 立石俊一 危険物保安技術協会土木審査部
〃 土井彌高 危険物保安技術協会技術審議役
〃 永尾敏男 危険物保安技術協会タンク審査部
〃 中久喜厚 危険物保安技術協会調査室
〃 難波桂芳 東京大学名誉教授
〃 西野文雄 東京大学教授
〃 長谷川和俊 消防研究所施設安全研究室
〃 樋口芳朗 東京大学教授
〃 福岡正巳 東京理科大学教授
〃 藤田康夫 自治省消防庁(昭和57年8月まで)
〃 堀川清司 東京大学教授
〃 元良誠三 東京大学名誉教授・長崎総合科学技術大学学長
特別参加員 河西醇一 白島石油備蓄株式会社総務部
〃 小池金広 白島石油備蓄株式会社建設二部
〃 建部繁正 福岡県消防防災課
特別参加員 安河内建吉郎 白島石油備蓄株式会社総務部
〃 行本龍男 北九州市消防局警防部
幹事 飯森 裕 日揮株式会社プロジェクト第一部
〃 岩里英幸 丸善石油株式会社環境安全部
〃 梅原 直 自治省消防庁
〃 岡 督 大成建設株式会社土木部
〃 岡林郁夫 千代田化工建設株式会社審議役技師長室
〃 小笠原洋一 日立造船株式会社技術部
〃 荻野英樹 株式会社間組企画部
〃 垣上尚之 自治省消防庁
〃 木内里美 大成建設株式会社土木設計部
〃 蔵田 登 日立造船株式会社技術部
〃 小西誠一 丸善石油株式会社環境安全部
〃 小林勇雄 千代田化工建設株式会社備蓄プロジェクトグループ
〃 佐川嘉胤 鹿島建設株式会社土木技術部
〃 篠崎之雄 危険物保安技術協会土木審査部
〃 下村 修 三菱重工業株式会社化学ブラント事業本部
〃 下村嘉平衛 株式会社間組技術部
〃 鈴木 功 飛島建設株式会社技術部
〃 高瀬次郎 鹿島建設株式会社土木設計本部
〃 高橋良隆 日揮株式会社デザインエンジニアリング本部
〃 西 保 西松建設株式会社技術研究部
〃 橋本武幸 三菱重工業株式会社造船設計部
〃 林 博一 清水建設株式会社土木開発部
〃 久松光世 危険物保安技術協会調査室
〃 福谷光雄 危険物保安技術協会調査室
〃 森下武上 五島石油備蓄株式会社建設一部
〃 山本 勲 消防研究所消火第二研究室
特別幹事 赤松 勲 白島石油備蓄株式会社建設一部
〃 上杉外茂雄 〃
〃 加藤英二 白島石油株式会社建設二部
〃 神山公雄 〃
〃 後藤貞治 白島石油備蓄株式会社建設一部
〃 真山 昇 白島石油備蓄株式会社環境安全室
目次
頁
1.風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性の問題について……………………1
1.1 風・波浪等による海上貯蔵タンクの動揺について……………………………………………2
1.1.1 風・波浪等による海上貯蔵タンクの動揺…………………………………………………2
1.1.2 固定設備に接触する場合の海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響…………7
1.1.3 参考資料—白島洋上備蓄の例(海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響)…16
1.2 風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の問題の把握について…………………27
1.2.1 固定設備と海上貯蔵タンク…………………………………………………………………27
1.2.2 固定設備と海上貯蔵タンク相互における問題の把握……………………………………34
1.3 理論的シミュレーションによる安全性の評価について………………………………………39
1.3.1 概要及び検討フロー…………………………………………………………………………39
1.3.2 静的手法による安全性の評価………………………………………………………………40
1.3.3 動的手法による安全性の評価………………………………………………………………69
1.4 安全性評価のその他の手法について……………………………………………………………78
1.4.1 安全性評価のための現地の基礎調査………………………………………………………78
1.4.2 模型実験によるシミュレーションにもとづく安全性の評価……………………………81
1.4.3 油入前の実証実験によるシミュレーションにもとづく安全性の評価…………………84
1.4.4 油入後の実証実験によるシミュレーションにもとづく安全性の評価…………………88
1.4.5 参考資料—白島洋上備蓄の例(現地の基礎調査及び模型実験)………………………91
1.5 安全性検討の総合的な考察………………………………………………………………………110
参考文献−1………………………………………………………………………………………………112
資料−1 風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性に関する油入前の実証確認について……113
2.海上貯蔵タンク及び周辺設備よりの油漏洩時の安全対策について………………………………117
2.1 油の海上流出の問題について……………………………………………………………………118
2.1.1 海上貯蔵タンクからの油漏洩の問題について……………………………………………119
2.1.2 周辺設備からの油漏洩の問題について……………………………………………………129
2.2 油が海上に流出した場合に考えられる問題点の考察…………………………………………136
2.2.1 流出油の拡がり………………………………………………………………………………136
2.2.2 流出油の蒸発及びガスの拡散………………………………………………………………152
2.2.3 流出油火災及び爆発の可能性………………………………………………………………169
2.3 油漏洩時における個別の安全対策について……………………………………………………172
2.3.1 漏油の拡がり防止……………………………………………………………………………172
2.3.2 油の回収………………………………………………………………………………………174
2.3.3 可燃性ガスの発生抑止………………………………………………………………………179
2.3.4 着火源対策……………………………………………………………………………………180
2.3.5 消火……………………………………………………………………………………………183
2.3.6 延焼防止………………………………………………………………………………………184
2.4 油漏洩時における総合的な安全対策について…………………………………………………190
2.4.1 油の海上流出に関する問題及び個別的安全対策についての要約………………………190
2.4.2 その他配慮すべき安全対策…………………………………………………………………193
参考文献−2………………………………………………………………………………………………195
資料−2 配管損傷部からの漏油量の考察について…………………………………………………196
1. 風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性の問題について
1.1では,海上貯蔵タンクの動揺を基本的シミュレーションによって検討し,大略の挙動を把握することにつとめた。1.2では,固定設備及び海上貯蔵タンクがおかれる自然的状況を静穏時及び長期,暴風・波浪時,地震等の3つに大別してそれぞれについて考えられる問題点をすべて洗ってみた。1.3においては,前節で把握した重要な問題点についての静的な手法による安全性の評価とそれではとらえがたい部分の動的な手法による安全性の評価を論じた。1.4では,前節の理論的なシミュレーションに必要な情報を与えるための現地の基礎調査,模型実験によるシミュレーション,さらに以上の方法では得られない実際の安全性の確認を得るための油入前及び油入後の実証実験によるシミュレーションの手法について述べた。最後に1.5では,第1章を総括して種々の安全性検討に対し総合的な考察を加えた。
1.1 風・波浪等による海上貯蔵タンクの動揺について
海上タンク貯蔵所の保安上の一つの問題は,危険物を貯蔵する海上貯蔵タンクを固定設備によっていかに安全に保持するかということである。この保持方法の例としては、白島石油蓄基地の場合は,1つの海上貯蔵タンクを4つの固定柱で保持し,上五島石油備蓄基地の場合は,3つの固定柱で保持することになっている(その他の例については,1.2.1「固定設備と海上貯蔵タンク」を参照のこと)。このように,海上貯蔵タンクを固定柱で保持する場合,固定柱と海上貯蔵タンクが接触し,力を及ぼし合うことにより生ずる危険性(例えば、海上貯蔵タンク側壁の損傷,防舷材,アーム,固定柱の部材の損傷及び固定柱の過大変位等)が問題となって来る。
この固定設備と海上貯蔵タンクが接触し,力を及ぼし合う現象は,主に海上貯蔵タンクが動揺することにより発生するため,固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を考える場合,海上貯蔵タンクの動揺を把握することが重要な課題となる。
海上貯蔵タンクの動揺に影響を与える外的要因としては,波,風,潮流,潮位等が考えられるが,ここでは,波,風を主たる外的要因と考えて,基本的な解析モデルにより,海上貯蔵タンクの動揺の把握を行なう。
1.1.1 風・波浪等による海上貯蔵タンクの動揺
(1)解析モデル
海上タンク貯蔵所における海上貯蔵タンクは,固定設備により安全に保持(係留)されている。波,風による海上貯蔵タンクの動揺は,固定設備により影響を受けるが、ここでは,海上貯蔵タンク係留時の動揺を把握するための参考として固定設備のない場合の動揺について考える。
海上貯蔵タンクのような浅海域に設けられる大型の箱型浮体の運動については,近年種々の研究が行なわれており,複雑で高精度な計算手法が用いらるようになって来たが,ここでは,海上貯蔵タンクの動揺の概要を把握するため,次のような単純化した基本的解析モデルを考える(図1.1−1参照。)
1)海上貯蔵タンクは,6自由度の運動を行なうが,ここでは,水平方向の運動である左右揺及び漂流のみを考える。
2)海上貯蔵タンクの運動は,相互に影響し合うが,ここでは,それぞれが独立であるとして扱う。
3)海上貯蔵タンク移動時の流体抵抗は無視する。
4)海上貯蔵タンクに作用する波は,三角関数で表される規則波とする。
5)海上貯蔵タンクに作用する風は,定常風とする。
6)不可質量係数,減衰力係数などの流体力係数は,水深の影響を考慮した適切な値とする。
7)風効力係数は,浮体について考える場合,浮体の形状,表面粗度,風の垂直分布などによって影響されるが,ここでは1.0とする。
(2)運動方程式
上記(1)の解析モデルに対する海上貯蔵タンクの運動方程式は,次のようになる。
<1>波風による漂流運動に対するもの
数式……………………(1)
<2>波による左右揺に対するもの
数式……………………(2)
Fo=1/2ρωg(RH/2)^2L
<3>海上貯蔵タンクの波、風による運動の加速度は,
数式……………………(3)
(3)計算に使用した海上貯蔵タンクの諸元
固定柱のない場合の波、風による海上貯蔵タンクの動揺の概要を把握するために使用した海上貯蔵タンクの諸元は,次のとおりである。
<1>海上貯蔵タンクの長さは400m,幅は80m,深さ25mとする。
<2> 〃 の吃水,重量等は表1.1−1のとおりとする。
(4)動揺の計算条件
固定柱のない場合の波,風による海上貯蔵タンクの動揺を次の条件で把握する。
<1>海上貯蔵タンクは,横方向から風を受けるものとし,その大きさは暴風時の最大瞬間風速を60m/sと考え,その状態に対応する10分間平均風速とする。
<2>海上貯蔵タンクは,風と同時に同方向から規則波を受けるものとし,その大きさは海上貯蔵タンクが係留される泊地内で起り得る最大波高50cm及び仮想最大波高2mとする。
(5)計算結果
海上貯蔵タンクが,空艙,半載,満載の状態で波高0.5m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたときの固定柱がない場合(漂流時)の加速度の時刻歴を図1.1−2に示す。まら同様な状態で,波高2m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたときの漂流時の加速度の時刻歴を図1.1−3に示す。
1.1.2 固定設備に接触する場合の海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響
(1)解析モデル
前節で固定設備がない場合の海上貯蔵タンクの動揺について述べたが,ここでは海上貯蔵タンクが固定設備に接触した状態での動揺について考える。
解析モデルは,固定設備がない場合と同様に,単純化した基本的なモデルとし,固定設備に関する条件等として,固定設備がない場合の7項のほかに次の4項を付加える。
1)固定設備は,剛体と考える。
2)防舷材は,線形ばねとし,固定設備と海上貯蔵タンクとは防舷材を介して常時接触している(つながれている)ものとする。
3)歪量より防舷材反力を評価するときは,非線形ばねの反力−歪特性をモデル化したものを使用する。
4)海上貯蔵タンクの回転運動の中心は,海上貯蔵タンクの重心であるとする。
(2)運動方程式
上記(1)の解析モデルに対する海上貯蔵タンクの運動方程式は次のようになる。
<1>波による左右揺に対するもの
数式……………………(4)
<2>波による横揺に対するもの
数式……………………(5)
<3>波、風による海上貯蔵タンクの移動
数式……………………(6)
<4>波、風による海上貯蔵タンクの防舷材接触位置の加速度は
数式……………………(7)
<5>波、風による海上貯蔵タンクの防舷材接触位置の移動量は
数式……………………(8)
<6>防舷材反力は
数式……………………(9)
(3)計算に使用した海上貯蔵タンクの諸元
固定柱のある場合の波,風による海上貯蔵タンクの動揺の概要を把握するために使用した海上貯蔵タンクの諸元は,固定柱のない場合と同様とする。
(4)動揺の計算条件
固定柱のある場合,波,風による海上貯蔵タンクの動揺を次の条件で計算する。
<1>海上貯蔵タンクは,横方向又は縦方向から定常風を受けるものとし,その大きさは,暴風時の最大瞬間風速を60~501m/sと考え,その状態に対する10分間平均風速とする。
<2>海上貯蔵タンクは,風と同時に同方向から規則波を受けるものとし,その大きさは、泊地内で起こり得るであろう最大波高50cm及び仮想最大波高2mとする。(波高2mの規則波は,泊地に防波堤がなく,直接外海の波が海上貯蔵タンクに作用する場合以外には,想定されぬものであるので,仮想最大波高とする。)
<3>潮位は,異常高潮位とする。
<4>防舷材の個数は,横方向6個,縦方向2個で外力を受けるものとする。
<5>防舷材の反力を評価するためのモデル化された反力−歪曲線は,図1.1−5のとおりとする。モデル化の対象とした定反力型防舷材の例を図1.1−6,7に示す。
(5)動揺の計算結果
1)防舷材反力の時刻歴
海上貯蔵タンクが空艙,半載,満載の状態で,波高0.5m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたとき及び,波高20m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたときの海上貯蔵タンクの動揺による防舷材反力の時刻歴を図1.1−8及び図1.1−9に示す。また,同様な外力を縦方向から受けた場合の海上貯蔵タンクの動揺による防舷材反力の時刻歴を図1.1−10及び図1.1−11に示す。また,それぞれの図中に防舷材最大歪量の計算値を示す。
2)加速度の時刻歴
海上貯蔵タンクが,空艙,半載,満載の状態で,波高0.5m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたとき及び,波高2.0m,周期12secの規則波と44m/secの定常風を横方向から受けたときの海上貯蔵タンクの動揺による,防舷材接触位置での加速度の時刻歴を図1.1−12及び図1.1−13に示す。
縦方向については,運動自体が小さいので計算は省略する。
(6)海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響
1)海上貯蔵タンクの動揺の計算結果
上記の計算結果は,解析モデルのところで述べたように種々の仮定にもとづくものであり,実際の現象をそのまま表わすものではないが,単純化した基本計算式による計算結果のみから見ると次のことが言える。
<1>防舷材反力の時刻歴の縦方向外力によるもの(図1.1-10,11)と,横方向外力によるもの(図1.1-8,9)とを比較すると,同じような外力条件においても,縦方向外力による防舷材反力は,横方向外力によるものより,相当小さいことがわかる。
<2>防舷材反力の小さい(すなわち動揺量の小さい)縦方向外力による防舷材反力の時刻歴(図1.1-10,11)にはっきり表わされているように,規則波を受けた場合の海上貯蔵タンクの動揺の振幅は,波高の増加に比例して増加することがわかる。
<3>海上貯蔵タンクの動揺量が,ある程度大きくなった場合,横方向外力による防舷材反力の時刻歴(図1.1-8,9)にみられるように,防舷材反力は,ある上限値に達し,一定反力の状態で,海上貯蔵タンクの運動が継続されることがわかる。
<4><3>に述べた現象は,定反力型防舷材の特性によるものであり,このような特性は,図1.1-14に模式的に示されるように,防舷材の反力がイ−ロの範囲にある場合は,防舷材の歪の増加につれて反力も増加するが,ロ−ハの問では歪が増加しても,反力は増加しないというものである。
ただし,防舷材の歪がある限度以上になると再び歪の増加につれて反力が増加する領域に入る。この限度は,通常の定反力型防舷材では,約50%(防舷材の歪と防舷材の高さとの比)であり,一般の港湾施設の防舷材は,この限度以下で使用されるよう考えられている。
このような観点から,図1.1-8~11に示した防舷材反力の最大歪量の計算結果をみると,仮想波高2mの規則波と44m/secの定常風を受けた状態においても,防舷材の最大歪量の計算値は,ほぼ一般の防舷材の使用範囲にとどまっていることがわかる。
<5>固定柱がある場合(係留時)の動揺の加速度の時刻歴(図1.1−12,13)と固定柱がない場合(漂流時)の動揺の加速度の時刻歴(図1.1−2,3)とを比較してみると,両者とも加速度の変化は,波による動揺に支配された滑らかな変化を示しており,海上貯蔵タンクと防舷材とが衝突することによる急激な加速度の変化,すなわち衝突による特別のショックはないことがわかる。
2)海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響
海上貯蔵タンクの動揺は,固定設備に対して種々の影響を与えるが,長期的には,固定設備を構成する防舷材,アーム,固定柱等の疲労の問題があり,短期的には,防舷材,アーム,固定柱の部材等の損傷及び固定柱の過大変位,転倒等の原因となる。
このような海上貯蔵タンクの動揺にもとづく固定設備の安全性の評価方法については,後の章で詳しく述べる。
1.1.3 参考資料−白島洋上備蓄の例(海上貯蔵タンクの動揺と固定設備に対する影響)
基地に固定される海上貯蔵タンクは風,波,地震等により各種の動揺を生ずる。特に暴風・波浪においては風圧荷重並びに周辺海域における波浪が防波堤にうちよせることにより,泊地内に生ずる防波堤天端からの越波と基礎部からの透過現象による伝達波のために,複雑な動揺を生ずる。この海上貯蔵タンクの動揺は,防舷材を介してその反力が荷重として固定柱に伝達される。従って固定設備は基地において想定される最大級の暴風・波浪条件下においても安全に海上貯蔵タンクを保持できるよう十分な強度と安定性を有しなければならない。
当基地の計画にあたっては,想定される最も厳しい自然条件下においても泊地内の静隠度を十分に確保して,海上貯蔵タンクの動揺を極力小さくするような防波堤施設を計画すると共に,各種の模型実験を行って船舶の動揺に関する理論解析手法をもとに,基地に固定される海上貯蔵タンクの風,波に起因する動揺の形態と防舷材を介して固定柱に伝達される荷重とを理論的に算出するシミュレーション手法が開発されている。以下に,この理論数値シミュレーション手法の概要と,基地で想定される自然条件をインプットして得られる結果について記述する。
(1)理論的シミュレーションの概要
1)海上貯蔵タンクの動揺を解析するための座標軸
複雑な動揺を生ずる海上貯蔵タンクの運動を解析するために,下記の6成分の運動モードに分類し,座標軸を設定する。
2)海上貯蔵タンクの運動方程式
動揺に関する運動方程式は次式で表わされる。
数式………(1)
A及びBは流体力係数であり,この流体力係数と波浪強制力Fb(t)は井島の方法(領域分割法)によって二次元値を計算し,これからストリップ法を用いて三次元値を求めると共に,水槽模型実験の結果及び三次元特異点分布法による計算値により修正を行なっている風強制力Fa(t)については風洞模型実験の結果を用いている。
波漂流力Fc(t)については計画の泊地内波高では微少な値となるが,安全側に考え反射係数を1.0としている。
(1)式の運動方程式は係留力D{η(t)}が非線型であるので非線型方程式となり,従って強制外力を時系列で与え,ルンゲ・クッタ・ギル法による時系列解析を行ない,海上貯蔵タンクの動揺と係留外力をシミュレートする。
3)自然条件による強制外力
(イ)風強制力(海上貯蔵タンクの受ける風圧力)
風の解析は,ダーベンポートのスペクトル分布による変動風とし次式で示される。
数式………(2)
数式………(3)
数式………(4)
(ロ)波浪強制力
泊地内の波浪(沖波)の解析は光II型によるスペクトル分布の不規則波とし,次式で示される。
数式………(5)
数式………(6)
(6)式より沖波の時系列が与えられ,防波堤を通じての泊地内への波高の伝達率は,「港湾構造物の耐波設計」(鹿島出版会)による次式を適用する。
数式………(7)
ただし、北防波堤に関しては消波ブロックの影響があり,模型実験の結果より,(7)式を次式に修正する。
数式………(7´)
沖波より伝達される泊地内波浪の波高に関しては前記の伝達係数に加え,閉鎖領域である泊地内での伝達波の多重反射と,同調による波高増大の影響等を模型実験結果より(7)式及び(7′)式に1.5を乗じるものとし,その結果より泊地内の波浪による強制力を計算する。
(ハ)防舷材静的荷重
海上貯蔵タンクの動揺により防舷材に加わる荷重のうち静的な風圧力及び静的な波漂流力による静的荷重につき検討する。風抗力係数に関しては模型実験の結果を用い,防舷材の反力特性に関してはソリッド型防舷材の既存データを使用する。
(ただし,防舷材反力特性については安全側で考え,傾斜圧縮特性×0.9とする。)
i)横係留静的防舷材荷重
静的荷重は次式で与えられる。
数式………(8)
ii)縦係留静的防舷材荷重
数式………(9)
(ニ)諸計算条件
i)シミュレーション計算実行条件及び計算結果の取扱い
シミュレーション計算時間を30分間としたのは,時系列解析を長くすると計算誤差が累積する恐れがあり,得られた結果がかえって不正確になる恐れがあるためである。
暴風時,最強風が持続するのは3時間程度と想定される。従って運動の極限分布をReileighあるいはGumbel分布と仮定し,30分間のシミュレーション計算によって得られた結果を統計処理し,暴風時3時間における運動及び係留反力の最大期待値を求める。
ii)風,潮位の条件
iii)波,防波堤の条件
iv)風抗力係数
基地に固定された海上貯蔵タンクに作用する風荷重は,防波堤及び相互間の遮へい効果があり,風の方向及び積載状態により種々異なる。
それぞれの状態における風荷重を求めるための風抗力係数に関しては,三次元模型による風洞実験により下記の計算式を設定している。
各風抗力係数
数式………(10)
v)流体力係数
流体力係数に関しては,井島の方法(領域分割法)により求めた値とする。
ただし,模型実験結果及び三次元特異点分布法計算により修正を行なった。
vi)海上貯蔵タンクの諸元
vii)防舷材特性
(2)シミュレーション計算結果の例
シミュレーション計算は,想定される種々の自然条件及び海上貯蔵タンクの積載条件について計算を行なっているが,代表的な条件についての計算結果の例を下記に示す。
1)積載条件 空艙
北側より数えての2番目の海上貯蔵タンクを対象とし,他の海上貯蔵タンクはすべて満載状態である場合。
2)風、波の条件
X=0°及び90°すなわち,N系の風波で海上貯蔵タンク長手方向に直角に作用するもの(X=90°)及びE系の風波で海上貯蔵タンク短手方向に直角に作用するケース(X=0°)とする。
<1> X=90°の場合 風速 44m/sec(10分間平均風速)
波浪(沖波) 有義波高 H1/3=4.6m
有義周期 T1/3=10.0sec
<2> X=0°の場合 風速44m/sec
波浪(沖波) 有義波高H1/3=3.1m
有義周期T1/3=5.5sec
3)計算結果
<1> X=90°の場合
i)動揺量
ii)防舷材歪量及び反力
<2> X=0°の場合
i)動揺量
1.2 風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の問題の把握について
1.2.1 固定設備と海上貯蔵タンク
(1)海上タンク貯蔵所構想の沿革
大規模石油備蓄の必要性が世に認識され始めた昭和40年代後半は,種々の制約条件からそれらの基地の立地難が特にクローズアップされた時代でもあった。そのような背景のもとに,海上タンク貯蔵所構想の源流ともいうべき石油の海洋備蓄システムの開発調査が通商産業省の委託で(社)日本海洋開発産業協会により昭和47年度から昭和53年度の7ヶ年にわたって行なわれた。
この海洋備蓄システムは,周辺を海に囲まれた我が国では沿岸陸域での大規模石油備蓄基地の立地難を海上立地で解決しようというものである。技術者には大きく分けて浮遊式タンクと着底式タンクの2種類のシステムがあり,前者が現在の海上タンクの貯蔵所構想に近いものであり,タンクとなるバージやポンツーンの係留方式等の違いで,次の5形態(図1.2−1参照)が取り上げられた。
<1>浮防衝堤付バージ形
<2>ドルフィン係留バージ形
<3>多点係留ポンツーン形
<4>一点係留バージ形
<5>防波堤付ポンツーン形
いずれの形態も一長一短あるが,大規模な容量のタンクとしてはバージ形の方が現有ドックで製作可能であり,浅海で静隠な海域確保が可能ならば係留ドルフィンが比較的容易に建設できるので占有海域面積においてドルフィン係留方式が有利になる点などが特筆される。
上記の流れとオイルショック後の時代の要請によって,昭和51年頃より具体的な立地計画を有した民間の石油洋上備蓄プロジェクトがいくつか浮上し,そのうちの2プロジェクトが石油公団の国家備蓄計画に取り上げられるに及んで,上記の<2>に近いシステムを用いた世界でも例を見ない海上タンク貯蔵所構想が実現間近となっている。
これらの海上タンク貯蔵所構想は,自然的条件及び人工的な防波堤(防油堤)によってはほぼ閉鎖された静隠な海域に大容量のバージ形海上貯蔵タンクを重力式ドルフィン(固定設備)に係留する形態を採用している。その概略の平面の一例を図1.2−2に,横断面の一例を図1.2−3に示すが,大きくは海上貯蔵タンク,固定設備,防波堤(防油堤),配管橋,シーバースなどの施設に分けられる。ただし,安全防災及び運転のための施設はこれらの図面では省略している。なお、この第1章では防波堤(防油堤)は防波機能のみが関係するので,以後防波堤と記述する。
この防波堤は,捨石基礎マウンド上に鉄筋コンクリートケーソンを設置した形式を想定する。(防油堤としての機能も果たすため,ケーソン相互間の目地はシールされている。)従って,捨石の間隙から海水の出入や波の多少の伝達はあるので,泊地内でも潮位変化や波は生じる。しかし,泊地内の海水の流速は非常に小さい。
(2)海上タンク貯蔵所における固定設備及び海上貯蔵タンク
上記の如き海上タンク貯蔵所においては,安全防災上最も重要な事項の一つに固定設備(固定柱,防舷材,アーム等より成る)と海上貯蔵タンク相互の安全性の問題がある。この安全性の問題を検討するために,現在計画されている海上タンク貯蔵所では固定設備によって海上貯蔵タンクがどのように係留保持されるかの一例を,次のような一般概念図で説明する。
図1.2−4~7でわかるように,一基の海上貯蔵タンクは四隅を固定設備である程度の移動自由なクリアランスをもって囲い込まれている。
また,図1.2−8に示すように,海上貯蔵タンクは,一つは石油積載量の変化によって,一つは潮位の変化によって,固定柱に取付けた防舷材との接触位置及び海面上に出る海上貯蔵タンクの高さが変化する。
上図に示すように,満載時に異常低潮位となった場合,海上貯蔵タンクは最も海底地盤面に近づく,海上タンク貯蔵所は石油の備蓄が目的であるため,このような満載のケースは比較的多いことが予想される。また,満載時には,海上貯蔵タンクへの風の影響は最も小さく,逆に波の影響は大きい。空艙のケースは稀にしかないが,その場合は海上貯蔵タンクへの風の影響は最も大きく,波の影響は小さい。とりわけ異常高潮位が重なる場合には,防舷材接触位置が相対的に下がるために,海上貯蔵タンクの動揺が大きくなることがあるので,固定柱に及ぼす影響が最も大きくなる可能性がある。
海上貯蔵タンクにかかる自然的な荷重としては、上記の風、波の他に潮流がある。しかし,日本沿岸では台風や季節風による暴風,波浪に比べれば潮流の影響は一般に小さい。
波については,陸影や防波堤を利用すればその影響を減じることができる。特に図1.2−2~3のように周囲を防波堤等で閉鎖した場合には,波が海上貯蔵タンクに及ぼす影響は大幅に低減することができるが,防波堤捨石層からの透過波や防波堤天端を超えて泊地内に侵入する越波などの伝達波について考慮することが必要である。一方,風については波の場合と異なり,人工的に大幅に低減することができないので,海上貯蔵タンクに作用する風の効果は重要な要素となるものと考えられる。
次に海上貯蔵タンクについて説明する。図1.2−9に示すように,海上貯蔵タンクは底部,側部及びいくつかのタンク室の仕切部は2重殻構造となっている。この2重殻部は常時充水しておくことによって,1タンク室の万一の火災も他に及ばぬよう,また仮にタンク室の壁に穴が開いても,直接油が海中に流出せぬように配慮されている。さらに,防舷材と接触する側部は板厚も大きく,補強された構造となっている。
1.2.2 固定設備と海上貯蔵タンク相互における問題の把握
(1)概要
固定設備と海上貯蔵タンク相互の問題を考える場合,それらに対し直接に,あるいは片方を通じて他方へ間接に影響を与える自然的状況は,次のように大別される。
<1>静穏時及び長期的な状況
<2>暴風・波浪時
<3>地震時
<1>は海上貯蔵タンクが供用される期間の大部分を占める状況であり,自然条件による荷重はそれほど厳しいわけではないが,長期間継続することと繰り返し作用することがその特色である。<2>は海上タンク貯蔵所における最も象徴的な状況であり,台風や季節風が襲来する日本沿岸では波浪を同時に伴う場合が多い。<3>は日本であれば程度の差こそあれ必ず生じるものであるが,その継続時間は短い。
海上タンク貯蔵所の形態が通常のタンク貯蔵所と異なる点は,海上貯蔵タンクが浮体であることから,風,波等の外力に伴って絶えず動揺していることである。
固定柱と海上貯蔵タンクは,防舷材,アームを介して相互に力を及ぼしあっており,これら相互に作用する力により,海上貯蔵タンク,固定設備及び基礎地盤は応力,変形,変位を生じ,構造物等の強度,安定度によって種々の問題が生じる可能性がある。
上記の3つの自然的状況の中で考えられる問題点を列挙すれば次のようである。
(a)海上貯蔵タンク側壁の強度低下,損傷の可能性
(b)防舷材の性能低下,損傷の可能性
(c)防舷材取付部の損傷の可能性
(d)アームの強度低下,損傷の可能性
(e)アーム取付部損傷の可能性
(f)固定柱の過大変位の可能性
(g)固定柱の損傷の可能性
(h)基礎地盤の過大沈下,破壊の可能性
次項以下では各状況ごとに具体的な現象のフローをとらえ,それぞれの現象において上記の(a)~(h)のうち主な問題点を具体化して取上げ,検討,整理する。
(2)静隠時及び長期的安定の問題の把握
静隠時及び長期的な状況においては,前途したように,自然条件による荷重は厳しいものではないが長期間にわたって継続し,繰り返し作用することと,荷重作用以外の気象・海象条件も影響を及ぼす可能性があることがその特徴であろう。これらの状況が固定設備や海上貯蔵タンクに与える影響を現象のフローとして示すと図1.2−10~11のようになる。
静穏時とは,3~5m/secの風と,1~2mの波がある状況とし,長期とは,静穏時の状況が数十年もの長期間繰り返し継続する状況を考える。なお,防波堤のある場合には泊地内の波は当然小さくなる。
このような静穏時及び長期的安定の状況を考えて,(1)で述べた問題点をさらに検討,整理すると
(イ)諸材料の疲労による強度低下,損傷
(ロ)諸材料の劣化による性能低下,強度低下,損傷
(ハ)鋼材の腐食による損傷
等が構造物によっては問題となろう。
(3)暴風・波浪による問題の把握
海上タンク貯蔵所に特有でかつ重要な状況が暴風や波浪の襲来である。海上であるから波浪については当然であるが,海上貯蔵タンクが浮遊式であるために暴風の影響を受けやすい。
これらの状況が,固定設備や海上貯蔵タンクに与える影響を現象のフローとして示すと図1.2-12のようになる。
暴風・波浪時とは,55~60m/secの暴風(瞬間最大風速)と,3~5mの波浪が同時に襲来した状況を考える。波は島などの陸地により回折し,防波堤によって遮へいされるが,防波堤上を越えた波や防波堤捨石層を透過した波に加え,反射もあって泊地内でもある程度の波は生じる。
このような暴風・波浪時の状況を考えて,(1)で述べた問題をさらに検討,整理すると,
(イ)暴風・波浪による海上貯蔵タンクの動揺,それによって起きる防舷材への衝突の反力による海上貯蔵タンク側壁の損傷
(ロ)海上貯蔵タンクの衝突による防舷材の損傷
(ハ)海上貯蔵タンクの衝突によって防舷材を介して伝わる力によるアームの損傷
(ニ)防舷材,アームを介して伝わる力による固定柱の不安定さ及び過大変位
(ホ)防舷材,アームを介して伝わる力による固定柱部材の損傷
(ヘ)固定柱を介して伝わる力による基礎及び地盤の過大沈下・過大不同沈下,すべり破壊
等が問題となろう。
(4)地震による問題の把握
ここでは地震が静穏時に起きた場合を考え,固定設備や海上貯蔵タンクに与える影響を現象のフローとして示すと図1.2-13のようになる。
上記の現象のフローを考慮して,(1)で述べた問題点をさらに検討,整理すると,
(イ)地盤及び基礎を通じて伝達される地震力による固定柱の不安定さと過大変位
(ロ)地震によって生じる海面動揺が起こす海上貯蔵タンクの過大動揺
(ハ)地震による地盤の液状化
等が問題となろう。
1.3 理論的シミュレーションによる安全性の評価について
1.3.1 概要及び検討フロー
(1)静的手法と動的手法の位置付け
海上タンク貯蔵所における固定設備及び海上貯蔵タンク相互の問題について前章で具体的に記述した。ここでは,これらの問題に対して,安全性を評価するための理論的な手法について述べる。
理論的な手法を大別すると,静的手法と動的手法がある。静的手法は動的な現象を静的な力におきかえ,平易な理論で取扱うため従来から設計に多用されている。一方,実現象をより忠実にシミュレートするために,時間項を導入した動的手法が,電子計算機の発達に伴い、近年急速に発展してきた。しかし,理論が煩雑であり,解析にあたってのモデル化,入力定数等にいくつかの仮定が必要なため,まだ一般的な手法とはなっていない。
従って,ここでは,従来からの静的手法をベースにした安全性の評価手法を詳しく述べ,この静的手法では肥えることの困難な動的現象に対しては、安全性の評価を行なう上で実用的と思われる簡略な動的手法について考察することとする。
(2)検討フロー
海上タンク貯蔵所において想定される外力条件(静隠時,暴風・波浪時,地震時)に対応した静的手法及び動的手法による検討フローを以下に示す。
1.3.2 静的手法による安全性の評価
(1)概要
静的な手法は現象を力としてとらえ,力あるいはモーメントの静的なつり合いから構造物の安全性を評価しようとするものである。これに対し動的な手法では現象を運動としてとらえるため時間を要素にとり入れることができ,実際の現象が運動を伴なう場合には,再現性の高い手法ということができる。
静的な手法の特色は次のようである。
1)静的な手法は,従来からの設計の手法であり,多くの実績や経験を踏まえて基準化がすすんでおり,安全性の評価が容易で信頼性もある。
2)一般に平易な理論を用いるため理解がしやすく,評価が容易である。
3)材料や地盤の特性,あるいは外力そのものを単純化するために,実現象との整合性においては,実績や経験をもとにした安全率によってカバーする必要がある。
4)動的な現象を静的な手法でとらえるには自ずと限界があるので,動的手法と併用するのが望ましい。
数多くの港湾構造物は,大型船舶の接岸,係留を対象としたものも含め,静的な手法により設計され,その安全性も証明されているが,海上貯蔵タンクの係留の特殊性は,大型であるばかりでなく,長期間係留を行なうことと,暴風・波浪時においても安全に係留されなければならないことである。
長期間の係留では,従来は大きな要素として扱われていなかった繰り返し力による疲労の問題もクローズアップされてくるし,暴風・波浪時においては海上貯蔵タンクと固定設備が相互に及ぼしあう力の設定が大きな要素となる。従って静的な手法による安全性の評価は,浮体係留の特殊性をよく把握して行なう必要がある。
風,波,地震などの外力によって固定設備が受ける影響を静的な手法で安全性の評価をするためには、外力と評価すべき対象,項目の関連をよく把握する必要がある。
固定設備における安全性の評価対象は,分類すると
<1>構造物の安定
<2>材料の強度,変形(疲労の影響も含む)
<3>地盤の安定
に集約される。(図1.3−1参照)
海上貯蔵タンクの動揺による外力は,運動に基づくものであるから,動的なシミュレーション計算手法によらなければならないが,動揺量を防舷材の静的な反力としてとらえれば,固定設備の安全性の評価は静的な手法で追跡していくことが可能になる。
(2)構造物の信頼性と安全率
1)構造物の信頼性
構造物に求められる信頼性は,その構造物が耐用期間を通じて,安全性と機能とを十分維持できることにある。構造物が完成するまでの過程には,大別して設計と施工があり,設計の過程においては,作用荷重の推定及びモデル化,部材の応力解析,安全性の評価という段階がある。そしてその過程のそれぞれの段階において,構造物の信頼性に及ぼす要素が含まれているといえる。
設計段階における荷重の設定では,地震荷重や風荷重をとっても,その性状を把握することは非常に難しいばかりでなく,変動荷重を等価と考えられる静的荷重として扱ったり,きわめて単純なモデルに置換したりする。
作用荷重にしても,材料強度にしても,当然バラツキがあり,本来確率的にとらえるべきものと考えられるが,便宜上確定的な値として取扱っている。また構造解析においては高度な理論と電子計算機の開発によって,今までは解析ができなかった複雑なものも扱えるようになったが,一般には構造も単純化したモデルとしているため,その過程で不確定なものが含まれると考えられる。
そのようにしてできあがった設計をもとに,施行される段階においても,材料のバラツキとともに施行精度に伴なう不確定な要素が構造物の信頼性に影響を及ぼすこととなる。
さらに,材料の劣化という,的確にその性状をとらえることが難かしい問題もある。劣化は,自然環境等の中にあって,材料の特性(材質)が時間的に変化して低下していくもので,鋼材の腐食やコンクリートの中性化あるいは風化,ゴムのオゾンによる材質変化など様々なものがあり,後述する疲労も広い意味では材料の劣化であるといえる。
これらの種々の不明量,あるいは不確定量に対し,それを補足する手段として安全率という考え方がとられている。安全率は,構造物の信頼性を確保する方法の一つとなっている。
2)安全率
安全率は本来安全性の指標となるべきものであるが,実際には,構造物の信頼性に影響を及ぼす種々の不明確な要素を補足する便宜的な手段としての性格が強いようである。つまり,設定荷重や使用材料における予測できない確率的な不都合や劣化や定量把握の困難な要素を経験的な安全率という因子で包含しようとするものである。従って,安全率で構造物の安全性を定量比較することはできない,同一条件の構造物においては定性的な比較が可能になる。最近では,これらの非合理性を改めるため,確率的な手法をとり入れ構造物の安全性を定量的に評価しようとする信頼性理論解析も提唱されている。
安全率の大小を決定する要素には,精度,求められる耐用年数,構造物の重要性、経済性などがあるが、精度には荷重の推定,材料のバラツキ,設計計算,調査試験,施行精度など多くのものが含まれ,結局は経験によって決められることが多い。
安全率は耐力の対象により材料安全率,安全性安全率,荷重安全率(構造安全率)などと呼ばれる。通常,荷重安全率は終局状態における荷重と実在荷重の比率をいい,終局強度設計法の荷重係数のようなものをいうが,許容応力度法においても荷重にある程度の余裕を安全率として見込めば構造物の信頼性は向上することになる。つまり荷重を大きめにみておけば,材料の安全率や安定性の安全率が大きくなったのと同じ効果がある。安全率は,その対象によって考慮される要素や背景が異なるため数量的な比較はできないが,安全率を大きく設定すれば構造物の信頼性は増すことになる。そして構造物は全体として安全率がバランスしていることが必要である。
3)固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性評価における信頼性の考え方
海上貯蔵タンクによる洋上備蓄システムは今までに例のないシステムであるということばかりでなく,大型でもあり,耐用期間を通じて破壊することが許されない重要な構造物であるから,その安全性についてはあらゆる面からの検討が必要であり,信頼性を高い水準で保つことが大切である。
信頼性を高める基本は,使われる材料のバラツキを収束し欠陥を排除するための厳格な品質管理と,構造物の精度を高めるための十分な施工管理であろう。安全率は予測できない不都合や不明量について使われるものであり,予測できる欠陥等に使われてはならない。
そのような前提を踏まえた上で,特に次に述べるような点に留意し,信頼性の向上に努めることが必要であると思われる。
自然条件の設定においては,それが確率値であることをよく認識し,構造物の重要性に鑑みて通常の港湾構造物よりも期待値を大きくみることが必要であろう。また外力の設定においては,海上貯蔵タンクの動揺が固定設備との間で相互に及ぼしあう力については不明なものがあるので,模型実験や実証実験による確認とともに,ある程度荷重係数としての安全率を見込んでおくことも信頼性の向上につながるものと思われる。
鋼材の腐食や材料の時間的変質など影響を的確に定量把握することが困難な問題については,十分な防食対策を講じたり,交換が可能なものについては,管理基準を設け,必要に応じて交換するなど腐食させないあるいは劣化による障害を未然に防ぐという予防対策が重要である。
さらに,仮定された外力条件を確率的に,あるいは偶発的に上回る可能性がある限り,各種のシミュレーションによって究極の状態での安全性についても把握しておかなければならないだろう。
(3)外力の設定
1)安全性の評価に用いる外力
固定設備にかかる外力には,作用形態によって二種類のものがあると考えられる。一つは風,波,地震力等固定設備に直接かかる直接的外力であり,一つは海上貯蔵タンクの動揺が防舷材を介して伝達される間接的外力である。そして海上貯蔵タンクの長期係留を考えるときには,後者の動揺による外力が主要外力であり,安全性評価のポイントになるといえる。
静的手法における外力は,定常荷重として扱われる。動的な特性を加味する場合には,例えば衝撃係数のように何らかの割増しをして用いることがあるが,この場合には,実情の十分な把握と模型実験や動的な手法などによる裏付けが必要である。
固定設備にかかる定常荷重は,定常的な風荷重,波浪漂流力,潮流力,地震慣性力等が対象となり,実際の現象としての変動風力や周期的な波浪強制力など時間要素のはいった変動荷重は,動的手法でなければ扱うことはできない。
本項では,静的な手法の範囲で係留にかかわる安全性評価に必要な荷重及び外力について考察するものとする。
2)外力の設定
外力の設定には気象・海象条件の設定が必要である。風・波浪等の条件を、静穏時,台風等の暴風・波浪時について設定することになるが,ここでは設定の手法について考察する。地震時の外力についても同時に考える。
<1>風
風に関する諸元には風向,風速があり,風速の表現は平均風速と最大瞬間風速とがある。通常平均風速は水面上10mの位置における10分間の平均値をいうが安全性の評価には1分間平均風速あるいは最大瞬間風速を対象とするのが望ましい。
t分間の平均風速と10分間の平均風速との関係は統計的な推算から次式で表現できると言われる。
U_t={1.45−0.07ln(60t)}×U_10
U_t:t分間の平均風速(m/s)
U_10:10分間の平均風速(m/s)
これによれば1分間平均風速の10分間平均風速に対する比は1.16となる。
また,最大瞬間風速と平均風速の比は突風率と呼ばれ,風速の評価時間によって異なり,評価時間が短いほど突風率は大きくなる。海上の突風率についてはまだ明確ではないものの1.2~1.5程度を考慮すればよいようである。
風速は,大気や地形や地表面の粗度の影響を受け地表面に近いほど速度が小さくなる鉛直分布形をもつ。その分布は一般に対数法則と指数法則とが知られ,簡易な後者を用いることが多い。
対数法則は実用的には次式で表わされる。
U_z=5.75Uγ logz/Z_0 , Uγ=√γ10^2・U_10
γ_10:地表面,または海面の抵抗係数
Z_0:地表面,または海面の粗度定数(m)
指数法則は次式で表わされる。
U_z=U_10(z/10)^n
n:分布形指数,海上の場合1/7~1/10
海上貯蔵タンクの係留を対象とする場合,タンク船の甲板上には大きな設備や構造物がないので,平均的にみて海面上10mの位置における風速を用いれば安全性評価上問題ないと思われる。
風速の設定は,長期間にわたる風の観測資料を適切な統計処理をすることによって定める。一般には,風速の出現回数,出現率から所要の再現期間に対応する風速を求めるが,そのためには30年間程度の観測資料が必要とされ,実際には近隣の気象官署の資料を利用することになろう。
この場合,風のもつ著しい局地性を考え,現地での気象観測を1年間程度実施し,近隣における観測資料との相関をとらえ適切に補正する必要がある。
安全性の評価においては,特に最大風速が重要である。最大風速の設定は,その出現確率分布を二重指数分布(グンベル分布)で推定し,必要な再現期間に対する期待値として求める。
風は密度をもった空気の流れであり,風の中に置かれた物体は,物体の前面と背面で速度差を生じるため風圧力を受ける。風圧力には流れの方向の抗力とそれに直角方向の揚力とがあるが,前者が支配的であることから通常風圧力といえば抗力をいうことが多い。定常風による抗力は次式で求められる。
P=1/2・ρ・Cd・A・U^2
ρ:空気の密度
Cd:風抗力係数
A:風の流れに対する鉛直投影面積(m^2)
U:風速(m/s)
風圧力を求めるには,抗力係数を知らなければならない。抗力係数は物体の形状,寸法,表面のあらさなどによって微妙に変化するので風洞実験によって定めるのが望ましいが,一般的な形状のものについては次表のようである。
<2>波浪
波の大きさは,波高と周期によって決められる。実際の波は不規則波であり,不規則波とは,異なった波高と周期の波が連続している状態である。静的な手法では,不規則波を規則波として扱うことによって問題を単純化する。つまり,不規則波はいろいろな種類の規則波の合成と考えたり,不規則波のうち評価に必要な波を代表波として一つの規則波で表現したりするわけである。
不規則波の代表波には,最大波,1/10最大波,1/3最大波,平均波などがあるが,目視観測による波高、周期とほぼ等しい1/3最大波が有義波と呼ばれよく採用される。これは平均水面を基準としたゼロアップクロス法(平均水面を上昇方向に切る時刻から次に同様の状態になるまでの時間を周期とし,その間の波の山と谷の差をもって波高とする方法)によって統計処理した波群を波高の大きいものから数えて全波数の1/3の数の波について波高および周期を平均したものである。
静的な手法による安全性の評価では,波浪の表示は有義波で扱うか,必要に応じ最大波を用いればよい。最大波高(Hmax)と有義波高(H1/3),最大波周期(Tmax)と有義波周期(T1/3)の関係は統計的にみると
Hmax/H1/3 ≒ 1.07√log_10N (観測波数Nが多い場合)
Tmax/T1/3 ≒ 1.0
とみてよい。
波の設定には,波高計による観測値を統計処理する方法と,風によって発生、発達する波を理論的に推算する方法とがあるが,長期的に亘る実測資料がない場合は両方法を併用し,補正して定める。波浪の推算は,30年間程度の気象資料や特に台風などの異常気象記録をもとに確率的手法によって求める。
波の推算法には、一般に有義波法とスペクトル法があり,前者は有義波で代表させた波高,周期を風速,吹送距離と関連づけたものでSMB法で代表される。スペクトル法は波のエネルギースペクトルの発達状況から波高,周期を推算するもので,代表的なものにPNJ法がある。計算は有義波法がはるかに簡易であるため,工学分野ではこの方法によることが多い。
固定柱等の構造物にかかる波力は,波高が大きいほど大きな波力を及ぼすことから,安全性評価には,最大波における波力を対象とするのがよい。構造物が比較的剛体として扱えるものは,波力による変形が小さく,作用波力によって安定性や強度の評価を静的に行なうことができる。
防波堤などの,いわゆる壁状の構造物に作用する波力は,波の形態により重複波力,砕波力,砕波後の波による波力などに分類されるが,変化は連続的であり明確に区分されるものではない。波圧を求める公式は種々提案されているが,現在では,重複波から砕波にいたる波を連続的に求めることができる合田しきが用いられるようになった。また衝撃砕波圧が作用する可能性がある場合には,模型実験等によって確認するのが望ましい。
これに対し,固定柱のような単体の構造物に作用する波力は,抗力と慣性力の和として求めるモリソンの公式によって計算される。
数式:モリソンの公式
この場合,抗力係数や慣性力係数は,構造物の形状や状況に応じて模型実験や理論解により適切な値を定める必要がある。
海上貯蔵タンクのような浮体では,波の力により動揺すると,動揺することによるエネルギー消費が行なわれるため,海上貯蔵タンクと固定設備の相互作用力は単なる作用波力だけで求めることができず動的手法による浮体の動揺解析が必要になる。
浮体にかかる外力のうち,定常的な漂流力については,静的に扱うことができ,その算定式として次式がある。
数式:漂流力の算定式
<3>潮流力
海における流れには,潮流,海流,風による吹送流などがあり,風力や波力に比べて支配的な外力ではないが,これらのうちの潮流についてとりあげてみる。
潮流は潮汐現象にともなって生じる海面の上下動で起こる海水の流れであり,地形によって流速は様々である。
流れによって構造物に作用する力は,風の抗力と同様に考えることができ次式で表わされる。
数式:潮流力の算定式
抗力係数は,断面形状やレイノルズ数に影響されるもので,状況によって適切な値を定める必要がある。
<4>地震力
地震は,地盤を伝播する波動現象であり,風や波に比べると,周期も振幅も,継続時間も小さいものであるが,構造物を支える地盤そのものが振動し,構造物に大きな加速度を与えることがあるため,安全性の評価に重要な外力となる。
地震が構造物に及ぼす影響には,地盤の変位と加速度とがある。地盤に埋設された構造物では地盤の変位にともなって強制的に生じる相対変位が安全性評価上問題になることがあり,また一般の構造物では地震動の加速度による慣性力が問題となる。従って,構造物が受ける最大変位や最大加速度によって作用する力が,地震時の外力となる。
構造物の固有振動周期が地震動の卓越周期に近い場合には,構造物が共振現象を起こし,振動が増幅されることがあるので,そのような場合には,振動の応答を考慮した修正震度法によるが,動的な手法によって地震の影響を評価することが望ましい。
固定柱のような重力式構造物では,比較的固有振動周期が短かく剛体のような挙動を示すので,構造物には質量に比例する地震慣性力が作用するものと考えられる。地震慣性力は構造物の質量と作用加速度の積で表現されるが,一般には,この加速度を重力の加速度で除した比例係数を「震度」として,構造物の重量と震度の積を地震力とする。この手法は震度法と呼ばれ,地震力が構造物の重心に静的な定常外力として作用するものとして取扱かう。
P=K・W
P:地震力
K:震度
W:構造物重量
震度には,水平方向の成分と鉛直方向の成分があるが,鉛直方向の地震力が構造物の安定に及ぼす影響は比較的小さく,特に必要性が認められる場合を除いて水平方向地震力だけで評価してよいと思われる。あるいは,震度を設定する場合に鉛直成分の影響を水平震度に加味して設定しておく方法もある。
震度を設定する場合には,構造物の耐用年数とその地域にその期間内に発生しうる最大加速度をもとに,地盤の応答性や構造物の重要性を勘案して設定する必要がある。一般には,過去の地震記録から発生確率的に定めた地域別震度と沖積層や洪積層の厚さをもとに定めた地盤種別係数,そして構造物の重要度に応じた重要度係数から次式で求められる。
設計震度=地域別震度×地盤種別係数×重要度係数
地盤に設置された構造物の周辺に水があると,地震動によって構造物が震動する時,静水圧のほかに振動的な水圧が作用する。これは動水圧といわれるもので,地震時の動水圧としてはいろいろな公式が導かれているが,それらの公式のうちウェスタ—ガードの提案式が最も有名で現在でも広く用いられている。
鉛直壁を対象としたウェスタ—ガードの近似式
数式:ウェスタ—ガードの近似式
この公式は,加速度振幅Khgの正弦波振動における動水圧として求められたものである。
(4)評価手法
本項では(1)概要で述べた安全性評価対象に従い,従来の静的手法による理論的な手法を,海上貯蔵タンクの係留という特殊性を踏まえて簡単に整理することとする。静的な手法は,構造物の設計における手法ではあるが,設計においては,想定外力に対して構造物が動かない,あるいは強度的にみて許容応力度内にあり残留変形を生じないなどを前提としているのに対し,安全性の評価においては,非常状態や究極の状態までを対象としており,被害、損害が拡大したり,実害として機能に支障がでないという安全性を対象にしている点で,考え方に多少違いがある。
ここでは,照査の考え方について述べることとするが,実際の評価に当っては,想定外力に余裕を見込むとか,適切な安全率を設定するとかによって構造物の安全性が確保できるようにしなければならない。
1)構造物の安定
<1>滑動(すべり出し)
重力式構造物のすべり出しに対する安全性は,直接作用する波力や潮流力や地震力と,防舷材から伝達される係留力などの水平荷重が,構造物のすべり出しの抵抗力を上回らないことが必要である。すべり出しの抵抗力は構造物の全鉛直力と,壁体底面と基礎との間の摩擦係数との積,あるいは底面での基礎との付着力によって表わすことができる。
P≦fW+cA
P:作用する全水平力
f:壁体底面と基礎との摩擦係数
W:作用する全鉛直力
c:壁体底面と基礎との付着力
A:付着面積
固定柱がすべり出しによって変位しないため,静的なつり合いにおける安定は必要であるが,想定外の異常な外力に対し,わずかな変位を残した場合,それだけで固定柱の機能が損なわれるわけではない。しかし,あらかじめこの許容変位量を設定するには,係留系の動揺や配置に対する十分な検討が必要である。
<2>転倒
転倒に対する安全性は,構造物に作用する転倒モーメントが,構造物のもつ抵抗モーメントを上回らないことによって確認する。
数式:転倒モーメント
構造物が転倒をすれば,その機能を喪失することは明らかであるから,いかなる場合においても転倒するようなことがないように適切に安全率を定める必要がある。
<3>回転
回転に対する安全性は,構造物に作用する回転モーメントが,構造物のもつ回転抵抗モーメントを上回らないことによって確認する。回転抵抗モーメントは,構造物底面の摩擦抵抗力と地盤反力作用重心位置までの距離の積として求める。
数式:回転抵抗モーメント
回転に対する変位についても,すべり出しと同様に,係留系に大きな影響を及ぼさない範囲では固定性の機能は損なわれないが,回転の抵抗力については,まだ十分解明されたものではないので,安全率には十分な余裕を見る必要がある。
2)材料の強度
<1>応力度
構造物の強度と耐久性は,その重要性に応じて,耐用期間を通じ十分な機能を保持できるものでなければならない。
強度に関する安全性の評価手法には,許容応力度法や終局強度法や限界状態法などがある。
許容応力度法はわが国では最も一般的な手法で,材料を完全弾性体として計算した応力度が材料の許容応力度以下であることを確認して安全性の評価を行なうものである。材料の許容応力度は適切に定めた安全率で材料の強度を除したものを用いる。この方法は,簡便であるため最も普及している方法であるが,実際に用いる材料の強度特性は非線形性をもっているため,終局の強度に対して一率の評価ができない難点もある。
終局強度は法は,材料の非線特性も考慮して,終局の強度に対して,安全係数を乗じた作用荷重による断面力が下回っていることによって安全性を確認する方法で,安全の度合いは,荷重にかかる安全率(荷重係数と呼ばれる)で一率に評価される。
限界状態法は,材料の強度と荷重とに安全係数を定め,終局的な安全性の評価と使用範囲における限界の評価とを別々に行なうもので,安全性評価のためには最も合理的な方法であるが,比較的新しい考え方で,わが国ではまだ取り入れられていない。
ここでは一般的な許容応力度法によって安全性の評価を行ない,想定外の外力に対しては,たとえ通常の許容応力度を上回っても,機能的な障害を生じたり,破壊に至ることがないことを確認するものとする。
応力度は,軸力や曲げモーメントやせん断力などの断面力に対して,最大発生応力度を求め,許容値との照査を行なう。
σ=N/Aen+M/Z≦σa
τ=Q/Aeτ≦τa
σ:軸力及び曲げによる応力度
N:軸力
Aen:軸力に有効な材料の断面積
M:曲げモーメント
Z:材料の断面係数
Q:せん断力
Aeτ:せん断に有効な断面積
σa,τa:応力度の許容値
なお材料に圧縮力が作用する場合には座屈の影響を考慮する必要がある。実際の材料では,厳密な意味で形状が不均一であったり,直線でないなどの不整や,断面重心に圧縮力がかからなかったり,残留応力の存在も考えられるので,座屈耐力については,オイラーの理論式などをもとに種々の不整などを考慮して許容耐力を設定し照査するものとする。
オイラーの理論式
Pcr=π^2EI/l^2
Pcr:座屈耐力
E:材料の弾性係数
I:材料の断面二次モーメント
l:材料端部の境界条件によって定まる座屈長さ
<2>変形
変形には弾性的な変形と塑性的なものがあるが,塑性の場合には変形が戻らず残留する。弾性的な変形は平易なはりや版の弾性理論により求めることができる。例えば曲げモーメントの作用するはりでは以下のような弾性方程式が成り立ち,弾性変形はこれを2回積分することによって求められる。
数式:弾性変形
塑性的な変形は,作用したエネルギーとのつり合いから求められる。
重力式固定柱では十分剛性があるので,剛体として扱っても実用上問題がなく,弾性的な変形については考えず,剛体の安定として考える。
係留アームは,弾性体として扱われるものであり,作用外力に対して発生する変形量が,係留システムの安全性上問題ないことを確認する必要がある。
<3>疲労
鋼材やコンクリートなどの材料は,繰り返し荷重を受けると,それによって発生する繰り返し応力のピーク値が,材料の静的極限強さよりも低くても破壊に至ることがある。このような変動する応力に対する材料の強度が,静的な応力に対するよりも低下する現象を疲労といい,疲労によって起こる破壊現象を疲労破壊という。疲労には,比較的低い応力を受けて十分高い荷重繰り返し数で破壊する高サイクル疲労と,塑性域での十分高い応力を受けて,数回ないし数1,000回程度の低い荷重繰り返し数で破壊する低サイクル疲労とがあるが,ここでは波浪等による荷重を対象として,前者について考えるものとする。
材料が繰り返し応力を受ける過程で顕微鏡的観察をすると,微小な疲労クラックの発生が観察される。それが成長して伝播し疲労破壊を起こすものと言われている。
疲労破壊は,繰り返し荷重によって発生する応力振幅のレベルと繰り返し回数によって支配される。繰り返し応力を縦軸にとり,この繰り返し応力によって破壊するまでの繰り返し数の対数を横軸にとって,それらの関係を示したものは疲労曲線(S-N曲線)と呼ばれる。疲労曲線は,ある一定の平均応力を変動応力に重畳して負荷する場合には,その平均応力値が高いほど下方に移動する。また応力振幅が小さいほど破壊に至る繰り返し回数が多くなるが,鋼材では,ある応力振幅以下ではいくら繰り返し回数を多くしても破壊しないという,応力振幅の限界がある。これを疲労限度といい,疲労限度の現われるときの繰り返し回数を限界繰り返し回数という。鋼材の限界繰り返し回数は,通常の空気中雰囲気と通常の繰り返し速度のもとでは10の6乗~10の7乗回程度である。非鉄金属では,さらに繰り返し数を増やしても疲労限度が現われないものもあり,またコンクリートでは明確な疲労限度は確認されていない。したがってこのような材料では一定の繰り返し回数(10の7乗回あるいは10の8乗回)をもって,このときの応力振幅を疲労限度ということもある。
海上貯蔵タンクの長期係留においては,風や波によって海上貯蔵タンクと固定設備の間に,相互に繰り返し力がかかり,例えば10秒のサイクルで一年間繰り返しがあると,その回数は3×10の6乗回以上となり,発生応力レベルによっては疲労が累積して安全性に影響を及ぼすことも考えられるので,疲労の検討が必要と思われる。
疲労による損傷の検討は図1.3−4のようなフローチャートにより,累積疲労損傷度を計算して行なうことができる。
疲労についての評価の必要性は,疲労曲線をもとに応力振幅の程度,繰り返し回数の程度から判断する。海外の規準のなかには規格化されたものもあり,その一例を以下に示す。この規準はコンクリートを対象としたもので,3つの条件のうち1つが満足されれば疲労についての検討は不要であるとしている。
<1>いかなる荷重の組合せに対しても,発生応力が材料の強度の50%を超えない時,および引張応力が生じない時。
<2>荷重の繰り返しが10,000回を超えない時。
<3>10,000回の総り返しに対する応力振幅範囲が2×10の6乗回の繰り返しによる疲労限度(応力範囲)より小さい時。
また,鋼材などでは,疲労を考慮する必要がある場合には,発生応力度をある許容値以下にするように定めた規準もあるようである。
累積疲労損傷度は一般に次式で表わされる。
ΣDi=Σni/Ni
ΣDi:累積疲労損傷度
ni:応力値σiの繰り返し発生回数(応力ブロックiに対し)
Ni:σiに対する破壊繰り返し回数( 〃 )
累積疲労損傷度が1.0になれは,部材は疲労破壊することになり,これに適当な安全率を見込む必要がある。前記のコンクリートに関する規準では,これを0.2以下にするように定めている。
鋼材の疲労は,環境によって大きな影響を受ける。空気中の水分や酸素は疲労破壊の主要因であるクラックの発生と伝播に大いに関与する。特に水分は鋼材の疲労強度を乾燥した状態よりかなり低下させる。海洋における構造物のように腐食環境下におかれ,全く無防食の場合には,その疲労特性も通常のものとは異なり,下図のように疲労限度が現われにくい傾向を示したり,繰り返し速度の影響を受けやすいといわれている。
銅材やコンクリートのような構造用の材料だけでなく,ゴムや構造物を支える地盤も,繰り返し荷重によって疲労する。ゴムに繰り返し荷重をかけると、やがて破壊することがある。大きな歪を与える程小さな繰り返し回数で破壊し,小さな歪を与えれば比較的大きな繰り返し回数で破壊する。
土は,繰り返し荷重を加えると土の種類により軟化したり硬化したりする性質がある。特に,静的強さに比べて小さい振幅の荷重を数万あるいは数十万回加えると,土は急激に破壊することがあり,これは土の疲労破壊であると考えられている。諦め固めた土に繰り返し荷重を加えると,土は硬化し,強さも増加していくが,ある程度の応力以上の繰り返しでは,やがて破壊する。また,これより小さい応力の繰り返しを与えても破壊しない,いわゆる疲労限度も存在すると言われている。この疲労限度の値は,土の種類や含水などの状態によって異なるが,一般に静的強度の0.7~0.8程度であろうと考えられている。
<4>劣化
構造物を構成する種々の材料は,時間経過とともに大なり小なり変質して劣化する。それが耐用期間内に問題となるものについては,対応をあらかじめ考えておく必要がある。
銅材の劣化の代表的なものは,腐食である。腐食現象は,銅材中のミクロ的な成分の不均一や結晶構造の不均一や応力が不均一に加わって組織がひずんだりすることから電位差が存在し,水分と酸素によって局部電池が形成されて生ずるといわれている。港湾構造物のように特に厳しい腐食環境下におかれているものは,腐食が大きな問題となることがある。腐食の形態は複雑で環境条件や銅材の断面形状によっても左右される。銅材に対しては,必要に応じ腐食に対する措置を講じる必要がある。
防食の方法には,耐用期間中の腐食量に対応できるだけの腐食しろを見込んでおく方法,塗装などの被覆材によって水分や酸素を遮断する方法,水中部に没している銅材では防食電流を流し腐食を抑制する,いわゆる電気防食法や耐腐性銅材を使用する方法などがある。防食対策は,状況と目的に応じて適切な方法を選択することになるが,水面上では塗装による方法,水中では電気防食による方法が一般的である。
コンクリートは気象・海象の作用によって劣化する。気象作用による劣化は炭酸ガスの作用,凍結融解,乾湿の繰り返しなどによるものがあり,特に空気中の炭酸ガスの作用でセメントの水和物が炭酸化すると,乾燥収縮によるひびわれが発生したり,中性化の進化によって鉄筋が腐食環境にさらされ、錆による堆積変化でかぶり部分を膨張はく離させ破壊に至らしめることがある。また海水は,コンクリート中の成分と反応して水溶性物質を生成し多孔質化させるなど化学的浸食をするほか,波浪などによる物理的浸食で劣化を進行させる。
コンクリートの劣化に対する予防対策としては,慎重な施行管理のもとで均一で打継目などに欠陥のない施工をするとともに,水密性の高いコンクリートを使用するとか,中性化に対して安全な十分なかぶりを確保するなどの配慮が必要であろう。
ゴムは熱や空気中のオゾンにより劣化する。太陽熱による劣化はゴムの表面から進行し、酸素の存在によって促進されるが,通常の環境ではあまり問題になることはないといわれている。また繰り返し圧縮を受けると,エネルギーが熱に変化し,内部から発熱する性質があるので,台風時の海上貯蔵タンクの係留などでは注目すべきことであるが,その影響程度は少ないと推定されている。オゾンによる劣化は,表面部分に小さな亀裂を生じさせたりするが,内部まで進行することは少なく,ゴム防舷材がその機能に影響を及ぼすのは,むしろ物理的要因による亀裂やはく離などの損傷がほとんどであるといわれる。ゴム防舷材については,取り替えが可能であるので,定期的な観察により,必要に応じ取り替えるものとし,また取り替えが容易に行なえる構造で対応することができると思われる。
劣化においては,劣化した状態での安全性について検討することも必要ではあるが,できるだけ劣化をさせない措置を講じるなど予防対策によって対応するべきものと考える。
3)地盤の安定
<1>支持力
地盤の支持力は,地盤の土質や構造物の形状に影響される。地盤は,荷重を加えられると沈下を生じ,ある限界をこえると急激に沈下が進行し,せん断破壊を生じる。このせん断破壊を生じる時の荷重強度を地盤の極限支持力という。極限支持力の計算公式には種々あるが,その代表的なものの一つとしてテルツアギの式を掲げておく。
数式:テルツアギの式
土質の性状を的確に把握したり,静的な支持力公式によって地盤の真の支持力を設定することは困難であり,また地盤がせん断破壊を生じる状態に近づくと,急激に沈下量が増大し,構造物に障害を与えることがあるため,通常は十分な安全率を考慮して許容の支持力を定めている。支持力の安全率は構造物の重要度や支持力不足や沈下が機能障害に及ぼす程度を勘案し,適切な定められるべきものである。
捨石マウンドの支持力については,明確な算定方法がなく,地盤の支持力公式によっているが,経験的に最大端趾圧が40~50t/m^2になるように定めている。特に安全性評価上必要である場合には,載荷試験等により確認するのがよいであろう。
<2>スベリ
スベリの検討には捨石マウンド部の直線スベリや,偏心傾斜荷重によるスベリ,及び構造物全体の円形スベリなどがある。地盤のスベリは,ある断面におけるせん断応力がその地盤のせん断強さを上回った場合に生じる破壊現象で,スベリによって構造物の機能が損なわれることが多いので安全性評価上重要な項目である。スベリ面の仮定により直線のスベリや円形のスベリやそれらを組合わせた複合スベリなどがある。スベリ破壊に対する安全率は次式で計算し,所要の安全率を適切に設定する。
a.直線スベリ面のスベリ破壊に対する安全率
b.円形スベリ面のスベリ破壊に対する安全率
<3>沈下
基礎地盤の沈下は,地盤が砂質地盤であるか,粘性土地盤であるかによって沈下の形態が異なる。砂質地盤では載荷と同時に沈下が発生するが,これは即時沈下といわれ,長期間に亘る沈下の進行はない。この現象は主に土のせん断変形によるもので,地盤を弾性体として検討することができる。
粘性土地盤の場合には,即時沈下と長期間沈下が進行する圧密沈下がある。即時沈下には,弾性的な沈下と側方流動によるものが含まれるが,一般に圧密沈下にくらべその沈下量は小さい。
圧密現象には一次圧密と二次圧密があり,一次圧密は飽和粘性土の間際水が載荷重によって徐々に排出されていくために生じる沈下現象であり,細粒土中の排水には長時間を要する。一次圧密による沈下量や沈下に要する時間はテルツアギの圧密理論などによって検討することができる。二次圧密は粘土の粒子骨格が弾性変形をすることによって生じるとされ,一次圧密が終った後にも長く続く圧密現象をいう。
地盤が弾性的特性をもっている以上,載荷による沈下は避けられないが,即時沈下は施行中に処理でき,防波堤や固定柱では,その機能から考えて多少の沈下は問題とならない。むしろ繰り返し荷重による沈下の累積や,不同沈下によって構造物が傾斜し,安定性が欠如することに留意すべきであろう。
<4>液状化
ゆるい飽和砂質土は地震によって液状化を呈し構造物に被害をもたらすことがある。液状化した地盤は著るしく強度が低下し,特に重力式構造物では基礎地盤の支持力低下により,大きな変位を生じたり,倒壊に至ることも考えられる。
地盤が液状化を起こすか否かを予測する方法にはいくつかあるが,ここでは一般に用いられている粒度とN値から推定する方法と,地震時に発生するせん断力と抵抗せん断力を比較する方法を掲げておく。
これらの方法によって液状化が予測された場合には,液状化を生じないような地盤に改良するか,液状化に対応できる構造を選定する必要があろう。なお局部的に液状化しても構造物に与える影響が軽微な場合には安全性評価上問題とならないこともある。
a.粒径分布とN値による方法
土の粒度分布が図1.3−8によって液状化の可能性があると判断された場合には,図1.3−9によってその地震のN値が対象とする最大加速度の限界N値より上回っているか下回っているかにより液状化傾向の判定をする。限界N値より小さい場合には液状化の発生が予想される。
b.液状化抵抗せん断力と地震時せん断力を比較する方法
(σd/2・σo´)は液状化応力比といわれ,液状化試験により,相対密度との関係で示される。またCrと相対密度との関係は以下のようである。
液状化抵抗せん断力が地震時せん断力を下回る場合には液状化が予想される。
1.3.3 動的手法による安全性の評価
(1)概要
海上タンク貯蔵所における固定設備及び海上貯蔵タンク相互の問題に対する安全性を動的に評価する手法を固定設備を中心として述べる。
固定設備そのものの安全性は前章の静的手法によりほぼ評価されるが,静穏時,暴風・波浪時における海上貯蔵タンクの動揺による固定設備の経時的な挙動や,地震時における固定設備の経時的な挙動のような問題に対して,動的手法により解析することは,安全性の評価の上で重要である。しかし,これらの問題を動的に真正面から取組もうとすると,海上貯蔵タンクの動き、水の動き,地盤の動き,固定設備の動きと各々相互の影響を解析対象とすることになり,それぞれにいくつかの仮定が必要な上,計算時間も莫大なものとなるので実用的ではないと考えられる。従って,ここでは問題の本質を失わない範囲でなるべく簡略な安全性の評価手法を提案することとする。
想定外力に対して次の3つに大別して評価手法を述べる。
1)静穏時及び長期的安定の問題に対する動的評価手法
2)暴風・波浪時による問題に対する動的評価手法
3)地震時による問題に対する動的手法
(2)静穏時及び長期的安定の問題に対する動的評価手法
1)外力の設定
想定する外力は静穏時における波及び風により海上貯蔵タンクが動揺し,それが防舷材を通じて固定柱に時間的に変動して加わる力としてとらえる。この時の波力及び風力は固定柱にも作用しているが,この量は,海上貯蔵タンクからの力に較べ小さいのでここでは無視してよいであろう。
海上貯蔵タンクからの外力は海上貯蔵タンクの動揺解析により,タンク側壁の動き即ち防舷材の反力時刻歴,防舷材端部の加速度時刻歴等として,固定設備の防舷材位置に与えられるものとする。なお外力の方向は水平方向のみとする。また,外力の継続時間は各々の部位の繰り返し解析のできる範囲を設定する必要がある。
2)解析モデル
海上タンク貯蔵所における,海上貯蔵タンクの動きを押えるための固定設備は計画地点の条件等により種々の型式が考えられる。解析モデルはその型式により異なってくるが,モデル化にあたっての基本的考え方はほぼ共通した取り扱い方ができるので,ここでは重力式ドルフィンを例としてとてあげることとする。
ここで解析モデルを考える場合,構造系を一体としてとらえるか,単体としてとらえるかの2通りが考えられるが,図1.3-11に示すように固定設備,海上貯蔵タンクを一体として解析すれば,構造系全体としての相互作用を含めた形で安全性が評価できると考えられる。
固定柱はRCのケーソン構造とし,強固な海底地盤に直接支持されているものとし,その挙動を適切に表現する質点系に置換する。
地盤はその剛性や層序によりモデル化が異なるが,通常最もよく用いられていること,評価が簡易であること等の理由によりばね置換とすればよいであろう。
固定柱が海中にあることによる水の影響は,動的にその性状をどのように扱うかについては研究途上でありまだ理論が確立されていないので,現段階では実用性を考慮し,従来の設計で用いられている付加質量の概念を適用するものとする。
海上貯蔵タンクについては,別途海上貯蔵タンクの動揺解析を行なって,その結果をタンク壁側の動きとして,防舷材位置に作用させるものとする。
防舷材は,その材料実験結果の荷重−歪曲線の特性を反映したばねに置換する。
解析モデルは平面モデルとし,海上貯蔵タンクの長手方向と短手方向に分けて解析するものとするが必要に応じねじり等も考慮することとする。
なお,このような対象物の動的挙動における減衰性については未だ不明の点が多いので,実験等により確かめられた場合はそれを用いることとし,それ以外の場合は通常用いられる減衰定数を用いればよいであろう。
以上述べてきた解析モデルの考え方は,静穏時,長期的安定の問題以外の暴風・波浪時,地震時にも共通なものである。これを整理して以下に示す。また,その概念図を図1.3−11に示す。
<1>固定柱はその挙動を適切に表現する質点系モデルとする。
<2>地盤はその剛性から等価なばね即ち,水平ばね,回転ばね,ねじりばね等に置換する。
<3>アーム等がある場合には必要に応じ解析モデルに考慮する。
<4>水の影響は固定柱への付加質量として評価する。
<5>防舷材は材料の特性を反映し、固定柱と海上貯蔵タンクの動きに対応したばねに置換する。
<6>解析モデルは海上貯蔵タンクの長手方向,短手方向に分けて解析する。
<7>減衰定数は,各部毎に適切な値を用いる。
3)解析手法
上記の多質点系モデルの振動方程式は一般的に次式のように表わされる。
数式:多質点系モデルの振動方程式
この振動方程式を
<1>時間領域解析
<2>周波数領域解析
のいずれかの方法により解くものとする。
4)解析結果の評価
静穏時及び長期的安全性の問題については,暴風・波浪時,地震時に比して外力の大きさは小さいが,定常的に続くことから,特に繰り返し外力による安全性の評価に重点を置く必要がある。つまり,ここでの動的解析による時刻歴応答結果から,各部位の発生応力レベル,繰り返し回数を求め,静的手法の項で述べた評価手法を用いて下記の項目の検討を行なうものとする。
<1>繰り返し外力による固定柱の材料の疲労
<2>繰り返し外力による地盤の疲労
<3>繰り返し外力による海上貯蔵タンク側壁,防舷材,アーム等の疲労
(3)暴風・波浪時による問題に対する評価手法
1)外力の設定
想定する外力は暴風・波浪時における波及び風により海上貯蔵タンクが動揺し,それが防舷材を通じて固定柱に時間的に変動して加わる力としてとらえる。この時,静穏時と同様に,直接固定柱に加わる波力,風力は海上貯蔵タンクからの力に比べ小さいので無視してよいであろう。
海上貯蔵タンクからの外力は海上貯蔵タンクの暴風・波浪時における動揺解析のタンク側壁の動き,すなわち防舷材の反力時刻歴,防舷材先端部の加速度時刻歴等が防舷材位置に与えられるものとする。外力の方向は水平方向のみとするが必要に応じねじり等も考慮することとする。
また,外力の継続時間は,海上貯蔵タンクからの最大外力を含む範囲を設定する必要がある。
2)解析モデル
暴風・波浪時における解析モデルは,図1.3−12に示すように静穏時と同様なモデルとする。
3)解析手法
解析手法も静穏時と同様に
<1>時間領域解析
<2>周波数領域解析
のいずれかの方法により行なうものとする。
4)解析結果の評価
以上の解析により得られた応答時刻歴(加速度,変位,せん断力,曲げモーメント等)から,その最大値あるいは代表値,繰り返し回数等を求め安全性を評価する。暴風・波浪時においては,繰り返し外力に対する評価の他に,瞬時の最大応答値に対しても静的手法の項で述べた評価手法により,以下の項目について安全性の評価を行なう必要がある。
<1>固定柱の変位,応力
<2>固定柱の安定性(滑動,転例,回転,接地率)
<3>地盤の安定性(支持力,すべり,残留変形)
<4>海上貯蔵タンク側壁,防舷材,アーム等の耐力
(4)地震による問題に対する評価手法
(A)地震による固定設備の動揺と海上貯蔵タンクとの相互作用に対する評価手法
1)外力の設定
想定する外力は地震時に固定柱の基礎地盤がある加速度時刻歴で振動し,それが固定柱に加わるものとしてとらえる。
この時の地震加速度波形は
<1>既往強震記録(例えば,エルセントロ,タフト,八戸波など)
<2>計画地点の観測記録
<3>計画地点と類似の地盤条件をもつ地点の観測記録
等から選択して用いるものとする。
入力する際の最大加速度振幅は,計画地点における過去の地震歴調査や,基準等の静的地震力を勘案し定めるものとする。
なお,固定柱に直接加わる波力,風力は地震力に比べ小さいので,無視してよいであろう。
2)解析モデル
地震時における解析モデルは静穏時,暴風・波浪時と基本的には同様なものであるが,図1.3−13に示すように外力が固定柱の基礎地盤表面より入力させるものとする。なお,地震時については,海上貯蔵タンクは,固定設備の振動によってはほとんど動揺を励起されないため、固定しているものと見なしてよいであろう。
3)解析手法
解析手法も静穏時,暴風・波浪時と同様に
<1>時間領域解析
<2>周波数領域解析
のいずれかの方法により行なうものとする。
4)解析結果の評価
地震時における加力時間は短時間であるため疲労等に対する評価は行われないものとし,以上の解析により得られた最大応答値(加速度,変位,せん断力、曲げモーメント等)を用いて,静的手法の項で述べた手法により,以下の項目について安全性を評価するものとする。
<1>固定柱の変位,応力
<2>固定柱の安定性(滑動,転倒,回転,接地率)
<3>地盤の安定性(支持力,すべり)
<4>海上貯蔵タンク側壁,防舷材,アーム等の耐力
なお,地盤が砂層等で構成されている場合は,繰り返し作用する地震力によって砂層の間隙水圧が上昇し,地盤が液状化の傾向を示すことにより,地耐力が低下することがあるので,ここでも静的手法の項で述べた手法等で,地耐力に対する安全性の評価を行っておく必要があろう。
(B)地震による泊地の海面動揺に対する評価手法
海上タンク貯蔵所が防波堤等により外海と周囲を仕切られているような場合には,この泊地内は一種の巨大なタンクとなり,その泊地内の海水が地震力を受けスロッシング現象を呈する可能性が考えられる。
しかし,通常の地震波の周期範囲は0~10秒程であり,それ以上の周期についてはいわゆる長周期地震動としてその存在が確められているものの振幅は小さく,工学的に影響があるかどうかは未だ研究途上にある状態である。
一方,500×1,000m程度の泊地となるとそのスロッシング周期は50秒を超え,このような泊地では泊地内の海面動揺が励起されても,その海面上昇は小さいと思われるが,ここでは上述したことを確認することを目的として,既往のスロッシングに対する解析手法により考察することとする。
1)外力の設定
10秒を超える長周期地震動の性質は明確ではないが過去の記録や,過去の大地震を再現することにより,次のような形で外力を設定できる。
<1>過去の記録からの平均応答スペクトル
<2>長周期成分を多く含んだと思われる観測記録や大地震を再現した模擬地震波等
2)解析モデル
解析モデルとしては泊地を全体または部分に分け,矩形等のタンクに置換する。
3)解析手法
泊地の海面動揺をスロッシング問題としてとらえると、解析手法としては以下のものがある。
<1>加速時刻歴を入力とした時刻歴解析法
<2>速度ポテンシャル理論にもとづく応答スペクトル法
<3>質点系置換理論による応答スペクトル法(Housner法)
<4>ポテンシャル理論にもとづく簡便法(三波共振法)
4)解析結果の評価
以上の解析より
<1>海面動揺の周期
<2>最大海面波高
を求め,
<1>防油堤の越波
<2>海上貯蔵タンクの動揺
について評価するものとする。ここで泊地に励起される海面動揺の程度によっては,静穏時及び暴風・波浪時で述べた解析手法により,固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を評価することになる。
1.4 安全性評価のその他の手法について
1.4.1 安全性評価のための現地の基礎調査
(1)概要
海上タンク貯蔵所は,通常の形態の貯蔵所の場合よりも気象,海象条件が厳しいと考えられる海上という環境において,長期にわたって大量の石油を貯蔵することを目的としているので,その安全性が事前に十分確認されることが何よりも望ましい。そのためには,基礎的な要件となる自然条件,地理的条件及び環境条件について現地の基礎調査によって広範に把握する必要があるが,なかでも固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を評価するためのものは重要である。また,それらは固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を評価する理論的なシミュレーション,模型実験によるシミュレーションなどの建設前の安全性評価手法に十分反映できることを念頭においたものでなければならない。
固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性評価のための主要な現地の基礎調査としては,海上である特殊性から来る波及び海底地盤,一般に陸上りよりも強くなるといわれる海上風,そしてどんな形態の貯蔵所であっても関係の深い地震の調査が挙げられる。上記のうち風については,波の原因ともなるため2重の意味でその調査は重要である。
その他,潮位,海流,潮流,土砂の堆積,洗掘,津波,高潮等の調査も,海上タンク貯蔵所の計画される海域によってはかなり重要なものとなろう。
(2)風の調査
安全性評価のための風の調査には大別して2種類ある。一つは,海上貯蔵タンクに荷重として直接影響を与える風の調査であり,一つは,海上タンク貯蔵所が設置される海域の波浪を推算するための風の調査である。後者については波の調査の項で述べることとする。
前者は,長期間の実測値に基づく観測資料に適切な統計処理を施して,風速の出現確率分布を推定した後,所要の再現期間に対応する風速を求める。一般に海上タンク貯蔵所が計画されるような地点では,長時間の実測値にもとづく観測資料は得られないことが多く,近隣の気象官署等の観測資料を利用することになろう。この場合,計画地点では最低1年間の観測を行なって,同一期間中の当該気象官署等の観測資料と比較し,風向及び風速の相関を解析する。しかし,風については局地性が大きく,観測機器の設置高度や周辺の地形などによって風向や風速が著しく異なる。従って,高度補正及び地形条件等の相異についての補正方法の確定と実行により,上記の相関解析を補完する必要がある。なお,近隣の気象官署等としては複数の地点をとることが望ましい。
以上によって現地の海上風の風速及び風向を求める。
さらに,風向にかかわりなく上記により求めた30年程度の長期間の各年の最大風速を用いて,風速の出現確率分布を求める。一方所要の再現期間については,海上タンク貯蔵所にあっては大量の石油を貯蔵し,その安全性は特に重大であるから,通常の供用条件下において,すなわち満載から半載状態の海上貯蔵タンクに影響を与える風速については再現期間100年とし,稀にしかない半載から空艙状態の海上貯蔵タンクへの風速については別の再現期間を採ってもよい。
現地の風観測は,原則として毎時刻の風速,風向について実施し,10分間平均風速とその風向を求め整理することが望ましい。また,必要に応じて強風時の突風率やスペクトルを求め,風の時間的変動を調査する。
(3)波の調査
安全性評価のための波の調査は,海上タンク貯蔵所においては風とならび最も重要な調査である。
波も基本的には風と同じく長期間の実測値にもとづく観測資料に適切な統計処理をして,波高の出現確率分布を波向ごとに求めることが望ましいが,風とは違って30年程度の長期間の波の実測値は現実には得られていないことが多く,短期間の実測値及び長期間の推算値を整理した波浪資料を用いることとなろう。
波の推算は,計画地点に大き波を襲来せしめたと思われる気象上のじょう乱を,30年以上にわたって毎年主要なものをいくつか地上天気図上で選び,等圧線から傾度風を求め,さらにそれらを海上風に換算するとともに風域図を作成し,風域の条件に最も適切な手法を用いて波の発達,減衰を計算するという手順で,計画地点近傍の深海での有義波の波高,周期,波向を求める。こうして推算された深海波を用いて,諸々の条件による波の変形を考慮して計画地点における波高,周期が波向ごとに得られる。ただし,対岸距離が短lい波向の深海波については,天気図あるいは近傍の気象官署等の風資料や海図から求めた風速,吹送時間,吹送距離を用いて推算できる。以上の波の推算法は有義波法と呼ばれる。
一般に波の推算には不確実な要因もあるので,実測値がある場合には推算値と比較したり,近傍の観測資料を参照して補正を試みるべきである。また主要な高波については,有義波法とスペクトル法の両者を併用し,大きい推算値の方を採用することが望ましい。
以上により,主要な波高について30年程度の年最大有義波高を求めて,波高の出現確率分布を求め,風の場合と同じく所要の再現期間に対応する波高をとる。
現地における波の観測は原則として,定時的に波高,周期について実施し,有義波高と有義波周期を求め整理することが望ましい。また,必要に応じて波向や波スペクトルも調査する。
(4)地盤の調査
海上タンク貯蔵所が計画される地点は,一般に海底地盤の調査はもちろんのこと水深すら把握されていない場所であることが多い。固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性の問題という観点からは,固定柱の基礎地盤の性状がかなり重要であり,その地盤の調査としては広い意味で地盤に関連した調査と考えることが望ましい。
上記の広義の意味では,次のようなものが地盤の調査ということになろう。
<1>計画地点近傍の地形図,地質図,海図等の既往資料の調査
<2>現地踏査による陸上部を中心とした概略調査
<3>磁気探査等による機雷,爆弾等不発弾,その他埋設物についての調査
<4>音響測深等による水深の調査
<5>音波探査による成層,基盤の位置の概略調査
<6>弾性波探査による成層,基盤の位置,性状の概略調査
<7>コアボーリングによる成層,基盤の位置,性状の調査
<8>標準貫入試験以外のサウンディングによる土層の性状の調査
<9>標準貫入試験によるN値の調査
<10>ボーリング孔を利用した物理検層による地層の性状の調査
<11>ボーリング孔内水平載荷試験によるK値の調査
<12>ボーリング時の採取試料を使用した土質試験
<13>ボーリング時の採取試料を使用した岩石試験
これらの調査はすべてを実施するということではなく,資料調査,現地踏査,概略調査,精密調査の各段階に応じて,また,地盤の性状や固定柱及び基礎の計画に合わせて,最も適切な調査を組み合わせて実施する。例えば,コンクリートケーソンを捨石層の上に設置するタィブの固定柱では<11>などは不要である。
さらにこれらの調査の結果,地盤が固定柱の基礎地盤として不適当ということがわかった場合には何らかの地盤改良が必要となるが,改良効果の確認のための,地盤改良工事の前中後に実施する調査もここでは地盤の調査の一部と考える。
(5)地震の調査
固定柱は海上貯蔵タンクを保持する重要構造物であり,地震による安全性への影響については十分な検討を要する。理論的なシミュレーションによる地震についての安全性の評価のベースとなる事前の地震の調査としては,既往地震の調査が主であるが,前項で述べた地盤の調査の一部ではあるけれども,各種の土質試験を含む地盤液状化の可能性調査等も重要である。さらに固定柱にできるだけ近似した港湾構造物の過去の被災例を計画地点近傍にとどまらず,全国的に調査することが世界でも類例を見ない海上タンク貯蔵所の安全性を高める上で役立つと
思われる。
1.4.2 模型実験によるシミュレーションにもとつく安全性の評価
(1)概要
固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を事前に評価する方法として模型実験は非常に有効な手法であり,理論によるシミュレーションでは把握しにくい現象や理論によるシミュレーションに用いる種々の仮定を,できるだけ現実に近いものにするために,あるいは理論と模型との相互チェックを行なうために,必要とされる。
海上タンク貯蔵所という新しい石油備蓄システム実現のためには,模型実験が必要な,または望ましい技術項目は多いが,ここでは固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性に関係の深い模型実験のみに言及する。
それらは次のように4つの実験目的に大別される。
<1>海上貯蔵タンク泊地の静穏度等の把握
<2>防波堤等による波の変形等の把握
<3>海上貯蔵タンクの動揺に関する基礎データの把握
<4>海上貯蔵タンクの動揺状態の把握
(2)海上貯蔵タンク泊地の静穏度等の把握
いうまでもなく海上タンク貯蔵所は陸上と異なって波浪や潮流のある海上に設けられるために,島などの陸地や防波堤によって静穏な海域を確保してそれを海上貯蔵タンクの泊地とせねばならない。
泊地の静穏度の把握のための模型実験は,一般に海底地形や防波堤等の3次元模型を組み込んだ平面水槽における波の実験が主で,場合によっては風・潮流を加えることもある。
これにより,泊地外での波の屈折・回折・浅水変形・反射・砕波等,及び防波堤の透過波・防波堤上の越波・それらの重なった泊地内の伝達波及びその反射等,また防波堤が一部開放されている場合の侵入波の回折・反射等の状況が把握できる。また,泊地内各地点の波高が計測できるので,この海上タンク貯蔵所が計画通り十分静穏であるかどうかの大略を判定することができる。
ただし,この平面水槽3次元模型実験はどうしても縮尺が小さくなりがちなため,砕波や越波のような非線形性の変形で,かつ海上貯蔵タンクにも大きな影響を与える可能性がある要素が不正確になる傾向がある。
(3)防波堤等による波の変形等の把握
前述の欠点を補い,かつ数多くのケースの波の変形を把握し,海上貯蔵タンクの動揺のシミュレーション計算にその結果を活かすために,大縮尺の2次元模型による波の実験を実施する必要がある。
水深が浅い場合の砕波を対象とする場合もあるが,一般に海上貯蔵タンク泊地の水深は-25~-30m程度あって砕波の可能性は少ないので,ここでは防波堤による波の変形を対象とする実験について述べる。
この実験は一般に2次元水槽で実施し,場合によっては越波に対する風の影響を把握するために風洞付水槽を使用することもある。防波堤模型の縮尺は大きいことが望ましく,マウンドの捨石粒径には特に注意を払う。入射波はできるだけ実際に近いスペクトル型を有する不規則波を用いるのを原則とし,有義波高が現地の波高とほぼ同じ値になっていること,ある程度以上の入射波高の大きさが得られることなどが望まれる。
この実験において泊地側に越波量を量るマスを置いたり,海上貯蔵タンク位置に壁を立てたりすることによって,越波量や反射の影響の測定が可能となる。
これらの一連の実験によって,越波量,越波の泊地へのうち込みによるじょう乱波,防波堤捨石層の透過波,これらが重なり合った伝達波などを把握する。
さらに,防波堤で完全に囲い込まれた泊地の場合には,防波堤と海上タンクの間の水面において両者間の多重反射や水面の固有周期及び伝達波周期との関連による波高増大の程度を把握することも重要なことである。
(4)海上貯蔵タンクの動揺に関する基礎データの把握
ここにいう基礎データとは,海上貯蔵タンクの波浪中の動揺特性,海上貯蔵タンク海上部分の風抗力係数,防舷材の非線型効果をさし,これらの諸量を把握して海上貯蔵タンクの動揺のシミュレーション計算の精度を上げるのに用いる。
海上貯蔵タンクの波浪中の動揺特性については,流体力係数や波漂流力等いずれも浅海影響がある諸量を得るために,海底地盤も含めたなるべく大縮尺の模型で水理実験を行なう。
海上貯蔵タンク海上部分の風抗力係数については,実際の使用状態を考慮して適切に設定することが重要である。また,防波堤天端が高い場合にはその影響も大きいので,防波堤を模型の一部とすることもある。これらを合わせ2次元・3次元模型によって風洞実験を行なう。
実際に用いる防舷材の静的圧縮試験やそれを小さくした模型防舷材による動的特性,繰り返し性状,傾斜圧縮特性,温度特性を知るための模型実験は,理論的なシミュレーションに必須な条件を明らかにするのに役立つ。
また,海上貯蔵タンクの動揺実験に用いる防舷材の模型については,その模型化にあたって歪特性,特に非線形特性について実際のものにできるだけ近づける必要がある。
このような防舷材の模型を用欧海上貯蔵タンクの動揺実験は,動揺解析上の重要なチェックとなる。
(5)海上貯蔵タンクの動揺状態の把握
(3),(4)では把握できない波の変形効果や海上貯蔵タンクの配置効果等を把握するための実験であり,実験模型は(2)のものと共通するとこが多いので,同一の平面水槽実験の一部として実施することもできる。
(3),(4)により主に2次元的な効果,単一の海上貯蔵タンクについての効果及び地形影響を無視した効果を把握できるのに対し,この実験により3次元効果,複数海上貯蔵タンクの配置効果,地形影響効果等を把握できることが特徴である。しかし,広範囲の模型を使用するため縮尺が小さくなりがちで,そのためにそれらの大略しか把握できない可能性もあり,ここに現地における実証実験の意義がある。
1.4.3 油入前の実証実験によるシミュレーシヨンにもとつく安全性の評価
(1)油入前の実証実験の目的
大型浮体の長期係留は初めての経験である。巨大タンカーなどにみる浮体そのものの動揺,強度,安定性や防波堤,係留構造物の安全性は数多くの実績から船舶工学や土木工学の分野で理論的手法の妥当性とともに確認されているといえる。しかしながら大型の浮体をあらゆる気象,海象条件下においても係留した例はなく,特に係留システムと浮体が連成運動をする動揺については,理論的シミュレーションや,模型実験によるシミュレーションと実際の現象の整合性を確認することによる安全性の評価を,油入前の実証実験で行なう必要がある。
従って,油入前の実証実験では,動揺量の実測を中心に行なうものとする。
(2)実証実験の期間
実証実験の目的から,異常な気象,海象下での安全性の確認が必要でそのような環境を何回か経験することに意義がある。つまり実証実験に供する期間より遭遇回数に重点をおき,確率的に見て実証実験の目的を全うしうる期間を定めるものとする。
(3)実証実験の方法
実証実験では,気象,海象の記録をとるとともに,海上貯蔵タンクの動揺量及び防舷材等係留設備の変位を直接計測するものとする。
理論計算では,波の不規則性,風の変動性,防舷材のバネ特性など多くの仮定を含んだり,地形,構造物の影響を完全にとらえることは困難であるが,実証実験では,それらの要素全てを含んだ実現象が観測されるので,動揺に対する全体的な整合性がとらえられるよう実験の方法には配慮する必要がある。
また,海上貯蔵タンクの動揺に及ぼす影響が大きいと思われる長周期の風や波にも留意して観測する必要がある。
(4)実証実験の項目
1)風,波浪,地震に関するもの
海上貯蔵タンクの動揺に影響を与える気象,海象条件を中心に自然条件の観測を行なう。観測位置は,泊地内の静穏度の把握のため,海上と泊地内でそれぞれ行なう必要がある。
<1>風
風については風向,平均風速,最大風速等を観測し,海上での突風率,変動風の周期,エネルギースペクトルを求める。
<2>波浪
波浪については波向,波高,波の周期を観測し,ゼロアップクロス法によって波の不規則性を統計処理したり,エネルギースペクトルを求める。
<3>潮流,潮汐
流速,流向,潮汐による泊地内の水面変動を観測する。
<4>地震
地震については油入前の実証実験中に有意の加速度をもつ地震が発生する確率は小さい。一応の観測体制は整えるものとするが,近隣の地震観測で代用できる場合にはこれによってもよい。
<5>気温,水温
一般的な気象の定時観測を行なう。
2)防波堤(防油堤)に関するもの
防波堤の効果は波の減衰であり,泊地の静穏度の確保である。回折,反射などの波の変形効果や透過による伝達については,海上の波浪観測と泊地内の波浪観測の比較から全体的な効果としてとらえ,理論値との整合性をみるものとする。
また越波については,海上の最大波高と越波の程度(あるいは越波の可能性)を観測するとともに,越波による泊地内のじょう乱波の大きさを観測するものとする。
防波堤(防油堤)の構造物については,相応の波浪に対する変位(移動),沈下などについて異常の程度を計測する。
3)海上貯蔵タンクに関するもの
海上貯蔵タンク本体の現地における油入前の実証実験では,次に掲げる項目のチェックを行なうものとする。
<1>外観観察にょる異常の有無
<2>吃水の計測による重量の確認と全体的なバランスの確認
4)海上貯蔵タンクの動揺に関するもの
実証実験による安全性の評価項目のうち,海上貯蔵タンクの動揺量の計測は,最も重要な項目である。風の変動性や波の不規則性や,地形やいろいろな環境の影響などを含んだものが最終的に海上貯蔵タンクの動揺量として観測され,理論値と実測値の整合性評価が最も容易で,かつ直載に安全性評価につながる。
海上貯蔵タンクの動揺には6成分が含まれているが,実際に問題となるのは固定設備に影響の大きい前後揺や左右揺であるので動揺量の観測はこの2成分に注目して行なうものとする。
海上貯蔵タンクの動揺は外力の不規則性に呼応して不規則な運動をするであろうから,時系列観測により,動揺量の平均値や最大値や周期等を適切に統計処理して理論値との照合を行なう。
観測位置は,固定設備と相互に連成する運動の様子をとらえるため,係留点付近で計測する。
5)固定設備に関するもの
重力式の固定柱においては,海上貯蔵タンクの係留に支障となるような沈下,移動,傾斜などが生じないことを確認する必要がある。沈下,傾斜は地盤の変形に伴うものであるから,地盤における安全性評価として扱われるべきものであるが,固定柱の変位を観測することによって容易に掌握される。
固定柱については,まず施工直後において機能上問題となるような,沈下や傾斜がないこと,必要な固定柱間距離が保たれていることを構造物の位置やレベルの測量によって確認する。
実証実験期間中においては,特に暴風・波浪の影響を受けた後,海上貯蔵タンクの動揺によって固定柱が沈下や移動や傾斜などの変位を残したかどうかをよく観察し,いかなる気象条件,海象条件下においても,機能を損わない範囲の若干の変位にとどまることを確認する。
係留アームなどは重力式固定柱に比べると剛性が小さく弾性体として扱われるものであるから。海上貯蔵タンクの動揺により,ある程度の弾性変形を繰り返すものと思われる。動揺時における変形量を計測するとともに,暴風・波浪時においても,係留に影響を及ぼすような残留変形を生じないことを確認する必要がある。
防舷材は係留システムの中で,海上貯蔵タンクとの唯一の接触点であり,重要な部分を占めている。ゴム防舷材は多くの岸壁やシーバースに取付けられ,船舶の接岸に供されているが,繰り返し力を受ける長期間の係留に用いられたことはないので,そのような状況での特性をよく観察し,把握することが大切である。
ゴム防舷材は,高分子化合物である合成ゴムによって作られるため,鉄鋼製品などに比べれば製品の性能のバラツキが大きいと思われるので,製品の静的圧縮特性を確認し,数値シミュレーションとの整合性を照合しておかなければならない。
実証実験中には,海上貯蔵タンクの動揺による各防舷材の変形量を観測する。防舷材の変形は水平方向が主体となるであろうが,3軸方向に変形できる構造をしているので,その点にも留意して観測する必要がある。特に長期係留のために繰り返し荷重がかかるので,繰り返し圧縮回数の程度や静穏時に受ける荷重が防舷材のクリープ荷重以下であることも確認する。
6)地盤に関するもの
固定設備が設置される海底地盤については,施工前の現雌溺る地質調査で十分な検討を加えておくことが重要である。現海底地盤が特に大きな沈下や変形が予想される場合には,地盤の載荷試験も必要になると思われる。
基礎マウンドについては,固定柱の安定性に大きな影響をもつので,その耐力や摩擦抵抗について確認しておくことが望ましい。固定性の設置水深は相当深くなるであろうから,設置位置での実験は困難と思われる。従って,実験が容易に行なえる水深で,現地盤と同等に評価できる場所を適切に選定し,実際の施工と同一の方法で形成した基礎マウンドで実験してもよいであろう。摩擦抵抗の確認は,相似性を損わない程度の適当なコンクリートブロックを載荷し,水平力を加えて滑動抵抗を計測することによって行なうことができる。
海上貯蔵タンクを係留した後には,繰り返し荷重による残留変形が累積して,固定設備の機能を損うような不同沈下につながることも考えられるので,沈下や傾斜の状況を固定柱の測量や水深測量によって十分把握しておかなければならない。
また固定柱基礎部の洗掘や埋没も安全性評価上重要であるので水深測量などによって確認しておくものとする。
1.4.4 油入後の実証実験によるシミュレーションにもとづく安全性の評価
(1)油入後の実証実験の目的
海上タンク貯蔵所が実際に稼働する前,つまり油入前において,このシステムの安全性を十分確認するための評価手法を前節で述べたが,油入後においても,この種のシステムが初めての経験であることを考え,同様に安全性を評価する必要がある。
油入後においては,実証実験の対象となる期間が長期間となるため,長期間ゆえに問題となるものに対して,継続的または定期的に安全性の評価を行なうことが必要となる。以下この観点から述ぺることとする。
(2)実証実験の期間
油入後は海上タンク貯蔵所が稼動している状態全てを含むためその期間は相当の長期にわたるものとなる。従って,この期間を一義的に定められないため,安全性評価の為の実証実験の項目は
1)常時行なうもの
2)異常時に行なうもの
3)定期的に行なうもの
の3つに分けることになろう。したがってこの区分にそってそれぞれの実証実験の目的に合致した期間を適宜設定するものとする。
(3)実証実験の方法
実証実験の方法は基本的には,油入前と同様であるが,対象となる期間が長期にわたることに留意すると,繰り返し力,それによる疲労損傷なども重要なものとなる。これらを考慮し,気象,海象,地震等を観測するとともに,海上貯蔵タンクの動揺量や吃水,固定設備の変形や変位量,防舷材の変形や損傷,海底面の洗掘や堆積等を継続的または定期的に計測するものとする。
なお,計測方法は油入前の実証実験と同様とする。
(4)実証実験の項目
1)風,波浪,地震に関するもの
基本的には油入前と同様であるが,油入前の実証実験は期間が限られており,その間に安全性の評価の上で,海上貯蔵タンクの動揺や固定設備に十分大きな影響を与えるような自然現象が起こるとは限らないため,油入前の実証実験を補完する意味でも観測を継続する必要がある。
<1>風
常時の風については油入前で観測されているため継続観測は行なうが,ここでは台風のような異常時についての観測結果を必要に応じて解析するものとする。
<2>波浪
波浪についても継続観測は行なうが,台風のような異常時についての観測結果を必要に応じて解析するものとする。
<3>潮流,潮汐
潮流については油入前に十分な実証が行なえるので,油入後は観測を行なわないものとするが,潮汐については継続することとする。
<4>地震
地震については油入前の短期間に大地震が生起する確率は小さいため,主として油入後の項目となる。従って,油入前の観測体制を常に継続しておき,地震が発生した場合には,その観測結果を必要に応じて解析するものとする。
<5>気温,水温
油入後は対象外とする。
2)防波堤に関するもの
防波堤に関しては油入前の実証実験により安全性の評価は十分なされると考えられるが,必要に応じて,外観観察により防波堤の変位や,斜面の崩れの有無等の確認を行なうものとする。
3)海上貯蔵タンクに関するもの
油入後においては海上貯蔵タンクは満載状態から空艙状態まで大きく変動するため,その吃水を計測することにより重量の確認と全体的なバランスの確認を行なう。また海上貯蔵タンク側壁の固定柱との接触部の損傷の有無を確認する。
4)海上貯蔵タンクの動揺に関するもの
海上貯蔵タンクの動揺に関しては油入前にほぼ評価されるが,油入前に大型台風や大地震時の挙動が観測できなかった場合にはそれを補完する意味で計測するものとする。
5)固定柱に関するもの
固定柱については,油入前の実証実験以後の長期間にわたる繰り返し外力により,損傷の有無を観察するとともに,変位,沈下,相対位置等を定期的に計測するものとする。
6)防舷材,アーム等に関するもの
防舷材は本来消耗品としての扱いとなるが,定期的にその歪量,劣化状態を計測し,設計時の耐用年限の確認を行なう。また,アーム等についても目視観察等により定期的に損傷の有無を確認する必要がある。なお,暴風・波浪時や地震時等の異常時には特に入念な観察が必要である。
7)地盤に関するもの
地盤については,海中のためその状況を直接計測することは難かしいが,定期点検時のような海上貯蔵タンクがない状態を利用して特に固定設備近辺の海底面の洗掘,堆積等を計測するものとする。
1.4.5 参考資料—白島洋上備蓄の例 (現地の基礎調査及び模型実験)
(1)白島石油備蓄基地気象海象観測調査概要
(2)白島石油備蓄基地地盤調査概要
(3)白島石油備蓄基地に関する模型実験概要
1.5 安全性検討の総合的な考察
風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性において,最も重要な要素は海上貯蔵タンクの動揺とそれによる固定設備への影響の把握である。
海上貯蔵タンクの動揺についてはその重要性に鑑み,基本的なシミュレーションによって実際に考えられるよりもさらに厳しい条件下での挙動を把握し,安全性のめどをつけることができた。海上貯蔵タンクの動揺を固定柱の安全性の観点から見ると,その間に介在する防舷材の役割の大きさが注目される。当報告書の解析モデルで想定したように,定反力型防舷材の特性をベースとしてこの係留システムが安全に成り立つので,防舷材の選定とその特性の確認は重要である。この防舷材の特性確認も含む油入前の実証実験によって海上貯蔵タンクの動揺に関する安全性を事前により確実に評価できるものと考えられる。
固定設備については,海上貯蔵タンクから力を受ける静穏時(及びその長期的な状況)と暴風・波浪時,さらに地盤から直接力を受ける地震時について,問題を把握し,安全性を検討・評価することになる。
固定設備のような構造物の安全性を評価するものさしとして安全率という考え方がある。耐力の対象によって材料安全率,安定性安全率,荷重安全率等種々の安全率があり,それらを大きく設定すれば構造物の安全性は増すことになるが,それらの安全率が構造物全体としてバランスしていることが重要である。また,固定設備の重要性を十分考慮して自然条件の再現期待値を通常の港湾構造物の場合よりも大きめにとるなど,安全性と機能性を含めた構造物の信頼性を向上させる必要もあろう。
固定設備の安全性の評価の手法として最も基本的なものは,理論的シミュレーションによるものであるが,これは静的手法と動的手法に大別される。特に暴風・波浪時の主として海上タンクの動揺による力を受ける防舷材を含む固定設備の挙動や,地震時の地盤から直接力を受ける固定柱の挙動については,静的シミュレーションに加え動的シミュレーションを行なって,静的シミュレーションではとらえにくい現象を検証しておく必要があろう。
理論的シミュレーションの他に安全評価の手法として,現地の基礎調査,模型実験によるシミュレーション,油入前及び油入後の実証実験によるシミェレーションがある。いずれも重要な評価手法であるが,海上貯蔵タンクのような大型浮体の長期係留は初めての経験であるため,現地の基礎調査,模型実験によるシミュレーション,理論的シミュレーションによって評価された安全性を実地に確認する油入前及び油入後の実証実験によるシミュレーションの重要性は高い。特に油入前の実証実験によるシミュレーションの意義は大きく,これにより最も重要な海上貯蔵タンクの動揺とそれによる固定設備への影響を事前に把握してその安全性を確認することができよう。
以上の調査研究の成果が世界でも類例を見ない石油備蓄システムの実現とその安全性確保のために活かされれば幸いである。
参考文献−1
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8)岡本舜三編「材料力学通論」東京大学出版会昭和43年11月
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10)木村俊彦「構造の原理と解法」彰国社昭和51年2月
11)三島良績「最新金属材料学」日刊工業新聞社昭和45年4月
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15)関博,上田茂,輪湖建雄「海洋コンクリート構造物の設計と施工」鹿島出版会昭和56年10月
16)長崎作治「海洋構造物の設計と施工」森北出版昭和45年10月
17)堀川清司「海岸工学」東京大学出版会昭和48年4月
18)石原研而「土質動力学の基礎」鹿島出版会昭和51年8月
19)土質工学会編「土と構造物の動的相互作用」土質工学会昭和48年10月
20)日本機械学会「機械工学便覧」昭和38年9月
21)土木学会「コンクリート構造の限界状態設計法試案」昭和56年4月
22)日本立地センター編「石油地下備蓄技術調査研究報告書」昭和54年9月
23)本州四国連絡橋公団「本州四国連絡橋下部構造設計基準・同付則」昭和51年4月
24)望月重・小林浩「海洋建築物の設計と実際」鹿島出版会昭和51年11月
資料−1 風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性に関する油入前の実証確認について
〔1〕実証確認の目的
油入前に行なう実証確認の目的は,今までに経験のない海上貯蔵タンクの長期係留に際して,いかなる気象・海象状況下にあっても,実害となるような損傷等を受けることなく,その機能を安全に維持できることを,実物を観察あるいは観測することによって供用前に確認することである。
実証確認においては,安全性の確認を次の2つの観点から行なうものとする。
ひとつには,実証期間中に遭遇する暴風・波浪等の状況下において,機能を損なうような構造物の損傷や異常がないことを,直接観察することによって確認し耐用期間を通じて安全であるという確証を得ることであり,もう一つは,理論的シミュレーションによる動揺と実物による動揺の整合性を見ることによって,理論的シミュレーションの信頼性を確認し,耐用期間中に想定される最悪の状態においても十分な安全性があることを評価することである。特に前者は,理論的シミュレーションだけでは定量的な把握が困難なものや,係留システムの総合的な安全性の確認のために重要な手段であろうと思われる。
〔2〕実証確認の内容
〔3〕関連調査項目
風・波浪等による固定設備と海上貯蔵タンク相互の安全性を確認するための実証確認では,耐用期間中に泊地内の環境条件が,たとえ理論や模型実験から想定されるものを多少上回っても,十分安全に係留できることが確認されなければならない。
一方,防波堤の効果は,泊地内の環境条件をコントロールするうえで重要な役割をもち,係留の安全性向上に大いに寄与するものと思われる。従って実証確認においては,固定設備と海上貯蔵タンク相互の影響ばかりでなく,関連調査項目として防波堤もとりあげるものとする。防波堤が防油堤の機能を併せ持つ場合には,その機能が暴風・地震等に遭遇しても支障なく維持されることを確認しなければならない。
防波堤(防油堤)の実証確認は,以下の項目について観察を行なうものとする。
<1>防波堤(防油堤)の変位等
本体の変位等及び目地部の異常の有無を観察する。観察は定期的に行ない,暴風・地震等異常時の後にも観察する。
<2>防波堤の効果
泊地内外の波の観測による。
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海上貯蔵タンク及び周辺設備よりの油漏洩時の安全対策を検討する上で,油漏洩の発生要因,位置及び規模を把握し,また油が海上に流出した場合を想定した油の拡がりを把握することは重要である。従って本章では油漏洩時の安全対策を検討するにあたり,2.1節では対象を海上貯蔵タンクからの油漏洩と周辺設備からの油漏洩とに分けて,油漏洩の発生要因と漏油規模を把握することとした。
次に2.2節では2.1節で把握した油漏洩事象ならびに海上タンク貯蔵所のモデルプランをもとに,油が海上に流出した場合の問題点として,流出油の拡がり,流出油の蒸発及びガスの拡散,流出油火災及び爆発の可能性をとりあげ,その様態を現在一般的に用いられている理論式及び実験例等により定量的に把握し,2.3節の安全対策を検討する際の基礎資料とした。
さらに2.3節では,前節における検討結果を踏まえ,油が海上に流出した場合有効と考えられる個別の安全対策について,さらには、万一火災が発生した場合の拡大防止対策などを述べ,2.4節では本題の海上貯蔵タンク及び周辺設備よりの油漏洩時の安全対策について総合的見地から考察を試みた。Array
2.1 油の海上流出の問題について
先にも述べたように,油漏洩時の安全対策を検討する上で,油漏洩の発生要因及びその規模を想定することが重要となる。海上貯蔵タンク及び周辺設備からの油漏洩の規模は,海上貯蔵タンク及び周辺設備の損傷等の程度及び油漏洩後の応急措置の程度により大きく左右される。
例えば,海上貯蔵タンクからの油漏洩の場合,海上貯蔵タンクが大破損するケースを想定するか否かで漏洩の様態は大きく異なり,それに伴い油漏洩に対する安全対策も必然的に左右されることになる。
そこで,油漏洩の規模を想定するにあたり油漏洩の発生要因となる事象を洗い出し,これら発生要因に対し有効と考えられる対策が,海上タンク貯蔵所に関連する現行の基準等にどのように盛り込まれているかを整理・把握した。
この結果,海上貯蔵タンク及び周辺設備よりの油漏洩に対する未然防止対策に関し現行基準等に定められている事項は,油の海上流出の問題について検討を進める上で,既に海上貯蔵タンク及び周辺設備にこれらの対策が施されているものとした前提に立って,油漏洩の規模及び様態を想定することとした。
この際,海上タンク貯蔵所に関連する基準等としては,以下のものを対象とした。
<1>海上タンク貯蔵所の規制に関する運用基準等について
(昭和53年11月消防庁次長通達)
<2>大型の石油貯蔵船の船舶安全法上の取扱いについて
(昭和53年11月船舶局長通達)
<3>港湾の施設の技術上の基準を定める省令について
(昭和55年5月港湾局長通達)
<4>海上タンク貯蔵所(仮称)の安全指針について
<5>浮遊式海洋構造物(貯蔵船方式)による石油備蓄システムの安全指針に関する答申
(昭和53年4月運輸技術審議会答申)
<6>危険物の規制に関する政令(昭和34年9月,政令306号,
昭和56年1月改正)
<7>危険物の規制に関する規則(昭和34年9月,総理府令第55号,
昭和54年9月改正)
<8>危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示
(昭和49年5月,自治省告示第99号,
昭和54年10月改正)
2.1.1 海上貯蔵タンクからの油漏洩の問題について
(1)油漏洩の発生要因
海上貯蔵タンクからの油漏洩の発生要因は以下のものが挙げられる。
<1>外力による海上貯蔵タンクの破損
(イ)固定設備との衝突,接触による破損
(ロ)隣接海上貯蔵タンクとの衝突,接触による破損
(ハ)海底,海中工作物との接触による破損
(ニ)浮遊物等との衝突,接触による破損
<2>内部要因による海上貯蔵タンクからの漏油
(イ)火災,爆発による破損
(ロ)内圧の異常低下,上昇による破損
(ハ)各タンク室,油積付の不均衡による破損
(ニ)オーバーフロー
<3>経年劣化による損傷
(イ)腐食による損傷
(ロ)繰り返し荷重による疲労,損傷
(2)油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策
(1)でとりあげた海上貯蔵タンクからの油漏洩の発生要因に対し,有効と考えられる油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策を前記の関連基準と対応をとって整理すると表2.1-1及び表2.1-2となる。
この表より現行の海上タンク貯蔵所の関連基準は,海上貯蔵タンクからの油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策について十分配慮されていることがわかる。特に海上貯蔵タンクを二重殼構造とすることは,油の海上流出を防止する上で有効な対策となっている。
(3)油漏洩の規模及び様態
(1)で述べた海上貯蔵タンクからの油漏洩の発生要因に対し,(2)で示した油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策が確実に実施されるならば,海上貯蔵タンクの大規模な破損及びそれに伴う大量の油流出の可能性はほとんどない。
従って,現実に起りうる可能性が想定される油漏洩は,下記に示す極めて限定された発生要因と位置に集約されるものと考えられる。
<1>海上貯蔵タンク側壁及び底板
保全不良による腐食,劣化
<2>海上貯蔵タンク頂板
(イ)オーバーフロー等の誤操作
(ロ)保全不良による頂板部配管類よりの漏洩
しかしながら,これらの油漏洩に対しても,<1>については海上貯蔵タンクを二重殼構造とすることにより,また<2>については海上貯蔵タンク頂板上にコーミングを設けることにより,油が海上流出する可能性は,さらに少なくなる。
2.1.2 周辺設備からの油漏洩の問題について
(1)油漏洩の発生要因
周辺設備(固定設備等に設置される油配管及び連結可撓管等)からの油漏洩の発生要因については,以下のものが挙げられる。
<1>外力による周辺設備の破損
(イ)地震による破損
(ロ)車輛等の衝突・接触による破損
(ハ)海上貯蔵タンクの動揺による破損
<2>内部要因による周辺設備からの漏油
(イ)異常圧力上昇による損傷
(ロ)弁類の誤操作または故障等による漏油
<3>経年変化による周辺設備の損傷
(イ)腐食による配管等の損傷
(ロ)繰り返し荷重による連結可撓管の疲労損傷
(ハ)配管等接続部の損傷
(2)油漏洩の防止及び漏油量の抑止対策
(1)でとりあげた周辺設備からの油漏洩の発生要因に対し,有効と考えられる油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策を前記の関連基準と対応をとって整理すると表2.1-3及び表2.1-4となる。
この表より現行の海上タンク貯蔵所の関連基準は,周辺設備からの油漏洩の防止対策について十分配慮されていることがわかる。
(3)油漏洩の規模及び様態
海上タンク貯蔵所の配管系は屋外タンク貯蔵所,移送取扱所等の配管系と本質的には変らない。従って,油漏洩の可能性もこれらの場合と同程度と考えられる。
(1)で述べた周辺設備からの油漏洩の発生要因に対し,(2)で示した油漏洩の防止対策及び漏油量の抑止対策が確実に実施されるならば,過去の漏油事例から見て周辺設備の大規模な破損及びそれに伴う大量の油流出の可能性はほとんどない。
従って,現実に起りうる可能性が想定される小規模な油漏洩事故について,その発生要因と位置は,次の点に限定されるものと考えられる。
<1>配管本体
腐食による小破口
<2>連結可撓管
疲労劣化による小亀裂
<3>配管接続部
弛緩による間隙
<4>ドレン・ベント弁
締め忘れ
本節においては,油漏洩の発生要因及び位置について,海上貯蔵タンク及び周辺設備に区分し,検討・把握を行った。
この結果,2.2節の油が海上に流出した場合に考えられる問題の考察においては特に周辺設備における連結可撓管附近からの油漏洩を前提とし,油漏洩の規模及び様態を想定して検討を行うこととした。
2.2 油が海上に流出した場合に考えられる問題点の考察
油が海上に流出した場合,油は海面上に拡がりつつ油の中の揮発成分は蒸発し拡散する。この場合,何よりも重要な事は油の拡がりの防止と着火の防止である。そこで,まず,油の拡がり,蒸発及びガスの拡散について,現在一般的に用いられている理論式または実験式を調査整理し,これらを海上タンク貯蔵所に適用する際に必要な事項を配慮し,海上タンク貯蔵所のモデルブランに適用する。次に油の拡がりについての計算結果から拡がり防止のための対策を考察する際の基本的事項を明らかにする。
また,考えうる着火源をもれなく拾いあげ,油の蒸発及びガスの拡散の計算結果と合わせて着火の可能性について検討を行い,着火防止対策を考察する際の基本的事項を明らかにする。
2.2.1 流出油の拡がリ
(1)現在一般的に用いられる理論式
流出油の拡がりについての理論式は以下に示す項目に従って表2.2-1に示すように分類,整理される。
<1>流出モデル
(イ)瞬間流出モデル
一定量の油が瞬間的に放出されたとするモデル
(ロ)連続流出モデル
一定流量の油が連続的に放出されるとするモデル
<2>拡がり領域
(イ)重カ−慣性域
油の拡がりの過程が油の重力と慣性力のつりあいに支配される領域で,拡がりの初期の状態にあたる。
(ロ)重カ−粘性域
油の拡がりの過程が油の重力と油・海水の粘性力のつりあいに支配される領域で,拡がりの中期の状態にあたる。この領域では,粘性の取り入れ方として,2種類の式が存在する。一つは油の粘性が大きいため,油の厚さ方向の速度勾配が小さく,油の粘性力の影響が無視できると仮定するものである。油の拡がりを妨げる粘性力としては,海水の粘性が,海水一油の境界に作用するとしている。
一方,油の拡がりを妨げる力として,海水と油との境界付近の速度勾配を無視し,油内での粘性を重視する元良の式がある。日本海難防止協会の報告書1)によると,海上保安庁が八丈島沖で実施した実測結果を良く説明できるとされている。
(ハ)表面張カ−粘性域
油の拡がりの過程が,油・海水の表面張力と油・海水の粘性力のつりあいに支配される領域で,拡がりの終期にあたる。油の拡がり先端に働く表面張力を <数式1:表面張力1> とすると,油を拡げる方向に,
数式2:表面張力2
の力が働く。その表面張力により油・海水の粘性に妨げられながら,油は拡がる。この領域では,油の拡がりが大きく,また油膜の厚さも薄い。
<3>拡がりの次元
(イ)一次元拡がり
例えば一定幅の水路を拡がる場合
(ロ)二次元拡がり
例えば円形状の油の拡がり
表2.2-1からわかるように流出油の拡がりの理論式は,瞬間流出モデルにおいては,拡がりの全領域(重カー慣性域,重カー粘性域,表面張カー粘性域)について整理されるのに対し,連続流出モデルにおいては,初期の拡がり域である重カー慣性域についてのみ整理されている。
従って,今回の計算では全領域に対しては瞬間流出モデルを使用し,このうち重カー慣性域については,連続流出モデルでの計算結果も併記することとした。また瞬間流出モデルのうち,二次元拡がりについては,実測値と良く合うとされている元良の式を,一次元拡がりについては米国ガス協会(A.G.A)の報告書(2)にも採用されているFannelopらの式を用いる。
なお以上の理論式は,風や,波,潮流の影響を無視しているので,別途の考察が必要となる。
(2)海上タンク貯蔵所のモデルプランに基づく試算
ここでは次に示す海上タンク貯蔵所のモデルプランをベースとし,防油堤内に油が流出した場合のモデルケースを仮定として,油の拡がりを試算する。
<1>海上タンク貯蔵所のモデルプラン
海上タンク貯蔵所のモデルプランとして図2.2−1を採用する。
<2>モデルケース
漏油位置を連結可撓管附近と考えた場合,固定柱と貯蔵船の間隔がせまいので,油の拡がりは図2.2-2に示すケースA及びケースBを想定する。
また参考として海上貯蔵タンクからの漏洩ケースCを想定する。
<3>適用計算式
適用計算式は流出モデル及びモデルケースごとに以下の計算式を用いる。
(イ)瞬間流出モデル
・ケース(A)の拡がりは漏油点を中心にした1/4円状に進行する。そこで,推算式は計算上の漏油量を想定漏油量(V)の4倍として,元良の式を使う。
なお表面張カ−粘性域はFannelopらの式で補うこととする。
すなわち,拡がり半径(rA)は,次のようになる。
数式:拡がり半径(rA)
・ケース(B)の拡がりの推算式は,Fannelopらの式を使用する。拡がり距離(lB)は,次のように表せる。
数式:拡がり距離(lB)
・ケ一ス(C)の拡がりは1/2円状に進行する。従って誰算式は漏油量を想定漏油量(V)の2倍とし,ケースAと同様の式を用いる。
(ロ)連続流出モデル(重カー慣性域のみ対象)
・ケース(A)の拡がり半径の推算式は,Shaw-Briscoeの式に基づいて,次の様に表せる。
数式:半径の推算式
ただし,油の流出完了後(t>to)は瞬間流出モデルに従う。
・ケース(B)の拡がりの推算式は,Shaw-Briscoeの式に基づいて次の様に表せる。
数式:ケースBの拡がりの推算式
ただし,油の流出完了後(t>to)は,瞬間流出モデルに従う。
・ケース(C)の拡がり半径の推算式は,漏油量を2Vとすること以外は,ケース(A)と同様の式となる。
<4>前提条件
(イ)漏油量の設定
流量5,000m^3/Hにて原油を受入れ中に,連結可撓管(口径20B)附近に配管断面の1/10の漏油口が生じたものとして流出量を求めると約20m^3/minとなった。
従って,連続流出モデルに対しては20m^3/minで5分間継続するものとし,瞬間流出モデルに対しては,5分間の流出量約100m^3をそれぞれ漏油量として設定した。(章末添付の資料−2参照)
(ロ)計算に用いた物性
油の拡がりの計算に用いた定数
(1)の推算式の表面張力σの値は,安全側をとりσ=70×10^-3N/mとした。
<5>計算結果
図2.2−3 ケースAの油の拡がり(瞬間流出モデル,連続流出モデル)
図2.2−4 ケースAの油の拡がり(瞬間流出モデル)
図2.2−5 ケースAの平均油膜厚(瞬間流出モデル)
図2.2−6 ケースBの油の拡がり(瞬間流出モデル,連続流出モデル)
図2.2−7 ケースBの油の拡がり(瞬間流出モデル)
図2.2−8 ケースBの平均油膜厚(瞬間流出モデル)
図2.2−9 ケースCの油の拡がり(瞬間流出モデル,連続流出モデル)
図2.2−10 ケースCの油の拡がり(瞬間流出モデル)
図2.2−11 ケースCの平均油膜厚(瞬間流出モデル)
(3)海上タンク貯蔵所のモデルプランに基づく考察
<1>流出モデル
瞬間流出モデルと連続流出モデルでは,油の拡がり速度は瞬間流出モデルの方が速いが,拡がり半径は大差がなく,油漏洩発生後5分(連続流出モデルにおける流出終了時間)でほぼ同程度の値を示す。
従って,流出モデルとして瞬間流出モデルを用い,検討を行うことで問題はないと考えられる。
<2>油の拡がりの時間(瞬間流出モデル)
モデルケースAの油の拡がりは図2.2-4に示されている。漏油が発生した後10分以上時間が経過すると,油は防油堤に到達し,推算した時間よりも,実際はさらに早まると推察される。油が防油堤で囲まれた海面全体に拡がるのは,ケース(B)と同様に30分程度と考えられる。
また,ケース(A)は10分程で防油堤内の2/3以上に拡がり,ケース(B)でも10分程度で防油堤内のほぼ半分に拡がる。また参考として計算したケース(C)もほぼ同様な拡がり傾向を示す。従って,油の拡がりを防止するにはいずれの場合も未然の拡大防止対策が決め手となる。
<3>風の影響
風により油膜全体が風と同方向に移動し,その移動速度は風速の3~4%程度であることが知られている。例えば風速が5m/secの場合,10分間で約100m程度移動することになる。従って,油膜全体が風下へ移動し,油の拡がりはさらに速くなると考えられる。
<4>潮流,波の影響
流出油は潮流と同じ速さで移動するといわれているが,泊地は着定式の2次防油堤で囲まれているので潮流,波の影響は少ないものと考えられる。
2.2.2 流出油の蒸発及びガスの拡散
(1)現在一般的に用いられる理論式
<1>揮発性液体の風による蒸発
(イ)PowellandGriffithsの実験式
ω=2.12×10^-7 x^0.77y(P_1−P_0)(1+0.12V^0.85)
水だけを用いた実験から得られたもので,蒸発物質の蒸気密度の項がなく,他の液体への適用には問題がある。
(ロ)山本の理論式
ω=k_1(c−c1)Vxy(ν/Vx)^0.2
次元解析及びKarmanの運動方程式による摩擦抵抗の計算を蒸発の問題に拡張することにより得られたもので,液面はなめらかであるとの仮定のもとにk1=0.036を得ている。
この式はMillerの実験式と比較すると,k1=0.051である以外は良い一致を示している。Millerの実験におけるk1が大きいのは,風によって生じる波の影響であると考察している。
(ハ)佐藤の実験式
ω=0.033(P/P_0)ρVxy(ν/Vx)^0.2
1m角の容器にペンタン,ヘキサン,ヘプタン,エチルエーテル,メタノール及びアセトンを別々に入れ,1~8m/secの風速の下で,蒸発速度を求め,液温が一定になった時点での蒸発速度のデータを山本の式で整理して得られたものである(山本の式において,c1=0,c=(P/P0)ρと置いている)。
以上の式において,xは風方向の容器長(cm),yは風に直角方向の容器長(cm),ωは蒸発速度(g/sec),Pは液面温度における飽和蒸気圧(㎜Hg),P1は大気中に予め存在する蒸気圧(㎜Hg),P0は大気圧(㎜Hg),Vは風速(cm/sec),Cは液面温度における飽和蒸気の密度(g/m^3/),C1は大気中に予め存在する蒸気の密度(g/m^3),ρは蒸気の密度(g/m^3/),νは液面温度における飽和蒸気の動粘度(cm^2/sec)を示す。
<2>ガスの拡散
(イ)点源からの運続拡散
(a)Bosanquet‐peasonの理論式(地上濃度)
数式:Bosanquet‐peasonの理論式(地上濃度)
鉛直方向の拡散係数を高さZに比例すると考えているため,濃度分布は正規分布ではなく指数分布で表され,横方向の拡がりは距離の二乗に比例する点を特徴としている。水平及び鉛直の拡散を表す定p,qの値として,実験によりp=0.05,q=0.08を得ているが,実際には大気の安定度や地形の影響などを受ける。
(b)正規分布型の一般式
数式:正規分布型の一連の式
(c)坂上の理論式
数式:坂上の一連の理論式
(ロ)面源からの拡散
面源からの拡散については次の坂上の式がよく知られている。
(a)連続面源からの拡散
数式:連続面源からの拡散
l,mはそれぞれ風向に平行な一辺の1/2の長さ,風向に直角な一辺の1/2の長さであり,A,Bは(イ)(C)と同一記号,Q′は発生量(m^3/m^2・sec)を示す。
(b)瞬間面源からの拡散
数式:瞬間面源からの拡散
Q’’は瞬間発生量(m^3/m^2),tは経過時間(sec),他は上記(a)と同一記号を示す。
(ハ)その他,SIGMETの蒸気拡散モデル
上記(イ)及び(ロ)の他に,極低温LNG蒸気の拡散を予測するシミュレーション・モデルとしてサイエンス・アプリケーションズ社のSIGMET MODEL3)がある。
これは,運動量保存方程式,質量保存方程式,エネルギー保存方程式,及びガス濃度保存方程式を,境界条件を設け,有限要素法を用いて解き,ガス濃度の時間的,空間的変化を高速コンピューターにより数値解析を行う精密なシミュレーション・モデルである。
従って今後,極低温LNG蒸気の拡散予測に関しては,このモデルが使用される場合が多くなると思われるが,一方,海上に漏洩した油の蒸発,拡散に適用する場合には,原油ガスの組成が複雑多岐にわたるため,物性としての条件設定,LNGと原油ガスとの温度の相違,及び境界条件の設定について充分な事前検討が必要であると考えられる。
従って,本調査・研究報告書においては,単にSIGMET MODELの概略的紹介にとどめた。
(2)海上タンク貯蔵所に適用する際の配慮事項
<1>油の蒸発
(イ)液体の物性
適用する液体は多成分系の石油であり,蒸発成分は低沸点炭化水素であるので蒸発とともに液体の組成,密度,蒸気圧及び蒸気組成,密度は変化する。
これに対して,まず,Powell and Griffithsの式は水を用いた実験に基づいているので適用には問題がある。山本の式と佐藤の式は蒸気圧,蒸気密度の項があるので油に対して適用できる。
とくに佐藤の実験は低沸点炭化水素も含んでいるので,最も適しているといえる。ただ,佐藤の実験は純物質について行っているので,液体の経時的な組成変化の影響をどう取扱うかに配慮が必要である。また,油中のどの成分までを蒸発成分とするか,その量も含めて仮定する必要がある。
(ロ)液層の厚み
この問題も液体が多成分系であるのに由来し,蒸発の進行に伴い液層の上部は重質化し,比重差により下部との置換が起る。
この液層内の置換速度は蒸発速度と相関関係にあり,液層の厚みが薄い場合は無視して差しつかえないが,厚い液層では考慮に入れる必要がある。
(ハ)液面寸法の経時変化
佐藤の式から,液面の単位面積あたりの蒸発速度ω′は次式で表される。
数式:蒸発速度ω′
すなわち,ω′はx^0.2に反比例する(X:風方向の液面の長さ)が,ωはxy/x^0.2に比例する。一方,適用するモデルの液面は時間の経過に伴い拡大するので,ω′は次第に減少するが,ωは逆に増加する。従って,ω,ω′は経時的に把握する必要がある。
(ニ)風の影響
液面の拡がりについてのモデルに取込まれていない風の影響を考慮すると,蒸発面積,流出油層の厚みの分布など蒸発に寄与する因子も変化する。
しかし,漏油の恐れがあると考えられる荷役作業中の風速として1~3m/secを想定すると,蒸発面積等に対する風の影響は少ないと考えられる。
<2>ガスの拡散
(イ)拡散モデル
適用するモデルにおいては液面は時間とともに拡大し,液面領域がそのまま蒸発領域すなわちガス拡散源となる。従って,拡がりの初期段階で点源拡散として扱い,ある程度液面が拡大したあとは面源拡散として扱うのが妥当であるが,液面の拡がりの性質上,拡がりの初期段階では拡がり半径は急速に増大するので点源拡散と見なしうる期間はごく短かく,全過程を通じて面源拡散として取扱ってよいと考えられる。
一方,瞬間面源と見なすか運続面源と見なすかは,蒸発の継続時間による。連続面源と見なす場合,面源の大きさ,l,m及びガス発生量Q′をどの時刻で考えるかが問題となる。
以上により,拡散モデルとしては瞬間面源または連続面源あるいはその双方が考えられ,拡散式としては坂上の式を用いることになる。
(ロ)障害物の存在
坂上の式に限らず,他の拡散式も障害物は考慮されていない。従って,実際には面源(海面)は一次防油堤,陸岸,海上貯蔵タンク等に囲まれているが,計算上は,面源を陸岸等と同一レベルにあるものとして,また陸上や海上貯蔵タンク上には障害物はないものとして取扱うことになるので,得られる結果は,これらを考慮して取扱う必要がある。
(3)海上タンク貯蔵所のモデルプランに基づく試算
<1>モデルケース
油の蒸発及びガスの拡散についての計算は2.2.1項(2),<2>に示されたモデルケース<A>,<B>,<C>のうち,陸上への影響,計算の難易等からケース<C>について行う。
図:モデルケース
<2>適用計算式
(イ)油の蒸発については,瞬間的に流出した100m^3の油からヘキサンまでの低沸点成分が蒸発するものとし,その蒸発速度,蒸発終了時間及び油中の蒸発成分の残存率の時間的変化を求める。なお,蒸発成分は,ヘキサンまでの低沸点成分の平均物性をもつ純物質と見なす。
これらの計算は,拡がりつつある油面から蒸発するケースと上図の一次防油堤内全域(100m×100m)に瞬間的に油が拡がった後蒸発するケースについて行う。計算式は佐藤の式を用いる。なお,佐藤の式は長方形液面からの蒸発に対するものであるので,油面は,風向に直角な辺yを100mとし半円形状の場合と同じ面積をもつ長方形とする。
(ロ)ガスの拡散については,上述の2ケースの蒸発形態に対応して計算する。すなわち,拡がりつつある油面から蒸発するケースに対しては蒸発成分の油中残存率が50%となる時点での蒸発速度ω′(m^3/m^2・sec)をガス発生量Q´として,連続面源拡散モデルにより風下方向の地表におげる濃度分布Cxyを計算する。
また,油が拡がり終った後蒸発するケースに対しては,蒸発成分総量からガス発生量Q´を求め,瞬間面源拡散モデルにより風下方向の代表的地点における地表濃度の時間的変化Cxy,tを計算する。
両ケースとも面源は地表と同レベルにあるものと見なし,計算式は坂上の式を用いる。
<3>前提条件
(イ)油及び蒸発成分の物性等
漏油量 :Vl=100m^3
油の密度 :ρl=850kg/m^3 @30℃
油の飽和蒸気圧 :P=0.27atm @30℃
蒸発成分の含有量 :Vv=1,500m^3/100m^3油 @30℃
蒸発成分の密度 :ρv=2.32kg/m^3 @30℃
蒸気−空気混合物の動粘度:ν=823m^2/sec @30℃
(ロ)風速,温度
風速は1,2,3m/secの3ケースとし,大気,海水及び油の温度はいずれも30℃とする。
(ハ)拡散パラメータ
拡散パラメータは,気象条件が「安定」のときの値を用いる。
<4>計算結果
(イ)油の蒸発速度及び蒸発時間
図2.2-12は2.2.1項で得られた半円形状に油が拡がる場合の拡がり半径を用いて,拡がりつつある油面からの蒸発速度ω´(m^3/m^2・sec)及びω′×AT(m^3/sec)の時間的変化を求めたものである。拡がり半径及び油膜厚さの時間的変化も合わせて示した。
図2.2-13に蒸発速度ω′×AT(m^3/sec)から求めた蒸発成分の油中残存率の変化を示す。また図2.2-14(a)~(c)に油の拡がりと蒸発成分の油中残存率の変化状況を図示する。
これらの図を用いて,蒸発速度ω´及びω′×AT,蒸発成分の海中残存率が50%となる時間及び蒸発終了時間を油が瞬間的に拡がった後蒸発するケースと比較すると表2.2-2のようになる(連続的拡がりにおけるω′,ω′×ATは残存率50%の時点のもの)。
(ロ)ガスの拡散濃度分布
図2.2-15(a)~(c)は,連続的拡がりケースに診ける蒸発成分の油中残存率が50%となる時点での油面からのガス拡散濃度分布(地表濃度)を示したものである。海上タンク貯蔵所で取扱う代表的な原油種の蒸発成分の組成から,混合物としての爆発下限界をLe Chatelierの法則により求めたところほぼ2%となった。従って図中には爆発下限界(LEL)の100%,1/2及び1/4に当る2%,1%及び0.5%のラインを示した。
図2.2-16(a)~(c)は,瞬間的拡がりケースにおけるx軸上のカス拡散濃度(地表灘Cx,o,o)の時間的変化を風速1,2,3m/secについて示したものである。
(4)海上タンク貯蔵所のモデルプランに基づく考察
計算結果から蒸発速度は極めて早く,油面が陸側の防油堤に到達するよりもかなり手前で蒸発は終了することがわかる。
しかし,(2)に述べたように,実際には油中の蒸発成分は多成分系であること,油の拡がりの初期の段階では油膜はかなり厚いことなどのため,計算結果より蒸発時間は長くなると予想される。
次に,連続的拡がりのケースにおける蒸発成分の拡散濃度は一次防油堤内海上のほぼ全域(100m×100m)及び海上貯蔵タンク頂坂上の一定区域において爆発範囲内となるものの,陸上においては,2%(LEL)まで上昇しない。
しかし実際には油面は陸上や海上貯蔵タンクよりレベルが低いので計算値よりも濃度は下がると考えられる反面,風の影響により油の拡がり速度は計算結果より早くなると考えられ,これに伴いガスの拡散範囲も陸側に寄ると考えられるので安全を見て1%(LELの1/2)以上の範囲では着火源があれば着火の可能性があると考え方がよい。
瞬間的拡がりのケースは当然のことながら連続的拡がりのケースに比べてガスの拡散濃度は高くなるが,蒸発時間は短いとはいえ3~7分を要し,その間の全蒸発量が瞬間的に一挙に拡散するというモデルであるので非現実的であり,油の拡がり防止,着火防止等の対策を検討する際は,連続的拡がりケースをベースとする方がよい。
その場合,平均的な蒸発及びガス拡散の傾向性を見る面からは,蒸発成分の油中における残存率が50%となる時点の蒸発速度及びガス拡散濃度分布が参考となろう。
2.2.3 流出油火災及び爆発の可能性
(1)着火源
海上タンク貯蔵所で油が海上に流出した場合,着火源となりうるものには電気設備からの電気火花,静電気火花,衝撃火花,火気,喫煙,補修時の溶接火花,落雷等がある。これらの発生しうる場所を整理すると表2.2−3のようになる。
一方,油が海上に流出した場合の着火の形態としては,拡がった油面から揮発成分が蒸発している間に,同表に示した着火源のうちのどれかが油面近傍に発生して着火するケースと,蒸発した揮発成分が風に乗って拡散し,その濃度が揮発範囲内である区域に着火源が発生もしくは存在したために着火するケースの2つが一応考えられる。
そこで,同表に示した着火源のうちどれが,この両ケースにおいて発生または存在するかを次に考察する。
<1>油面近傍における着火源
油が海上に流出した場合に油面近傍に発生する着火源としては油が加圧状態で流出した場合に考えられる油の飛沫帯電による静電気火花と,緊急処置のために油面に接近した作業員が帯電していたことによる静電気火花が考えられる。
前者は油面近傍では放電を起させる物体の存在が考えにぐいことから可能性は極めて小さいと思われる。後者については揮発成分の蒸発が終了する前に作業員が接近しなければ着火源とはならない。
<2>ガス拡散範囲における着火源
爆発範囲内の濃度の区域内に存在するか否かを別とすれば,表2.2-3に示した電気設備及び火気等は着火源として_応考えられる。しかし,電気設備が防爆構造のものであり,かつメインテナンスが十分になされている場合は,油の海上流出時に電気火花や漏電による過熱が同時に起ることは,確率的にみてほとんどありえないと考えられる。
火気については,常時使用あるいは油の受払い時に使用されるものについては,着火源になりうると考えなければならない。
このほか帯電した人体からの静電気火花も可能性は小さいものの一応着火源と見なしうるが衝撃火花・摩擦熱及び落雷は電気火花と同じぐ油流出との同時発生の確率から考えて,着火源となりうる可能性は少ない。
(2)着火の可能性
<1>油面近傍における着火の可能性
油面上に上記(1)<1>に述ぺた静電気火花が発生したとしても,蒸気濃度が爆発範囲内となるのは,油面上のわずかな高さであるので,着火の可能性は低いと考えられる。このことは過去の海上における油の燃焼実験において着火させるのが極めて困難であったことからも推察される。
<2>ガス拡散範囲における着火の可能性
2.2.2項の拡散濃度の計算結果から見て,仮に着火の可能性がある区域を濃度1%(LELの1/2)以上の範囲とし,風速を1m/sec以上とすれば100m^3程度の油流出時には,陸岸から約30mの範囲が着火危険区域になると考えられる。
従って,常時または油の入出荷時に使用される火気や,帯電した作業員がこの区域に存在した場合,着火は起りうると考えられる。しかし,設備の配置,構内の火気使用管理及び人体の帯電防止等が考慮されるなら,看火の可能性は極めて低くなると考えられる。
(3)爆発の可能性
仮に着火が起った場合,着火が油面で起った場合も,ガスが拡散して行った先で着火した場合もいずれも火災あるいは爆燃現象の発生は考えられるが,周辺設備に被害を及ぼすような大爆発は起らないと考えられる。これは,過去のタンカーの事故において海上に流出した油による爆発は皆無であり,いくつかの燃焼実験においても爆発は発生していないことからも推察される。
2.3 油漏洩時における個別の安全対策について
前節において定量的に検討把握した油の海上流出による油の拡がり,流出油の蒸発及びガスの拡散,流出油火災及び爆発の可能性に関する基礎的な事項をもとに,油が海上流出した場合の事故・災害の拡大防止を主とした個別の安全対策の基本的な在り方について以下に検討・把握を行った。
2.3.1 漏油の拡がり防止
油が海上に流出した場合,油の拡がりを防止することは,第一に拡がりの範囲を局部的に抑え漏油の回収を容易にし,第二に,万一火災等の災害が発生した場合,その規模を極力小さくする上で有効である。
すなわち,流出油に何らかの着火源が作用し火災・爆発を引き起すか,あるいは泊地外の海上へ油が流出し海洋汚染を引き起すといった二次災害への拡大を阻止する上からも流出油の拡がりを積極的に抑止することは極めて重要である。
このためには,防油堤の設置,オイルフェンス等防災資器材の配備とさらには流出油の早期検知システムの導入は必要不可欠といえる。
(1)一次及び二次防油堤
<1>一次防油堤
海上貯蔵タンク及び周辺設備から万一漏油事故が発生した場合に,油の拡がり範囲をその海上貯蔵タンク泊地内に限定し,油が隣接海上貯蔵タンクの泊地へ拡大することを防止するため,各海上貯蔵タンク相互間に一次防油堤を設置することが重要である。
この場合,一次防油堤は常時海水に浸漬するため腐食等の対策を施し,越波及び潮の干満による流出油の隣接海上貯蔵タンク泊地内への乗越えを防止し,さらには万一海上に流出した油に引火した場合,泡消火の効果が十分発揮できるエア・フォームダムに相当する高さを保持する等の機能と耐火性を有したものであることが重要である。
<2>二次防油堤
一次防油堤は個々の海上貯蔵タンク及び周辺設備からの油流出に対し隣接する海上貯蔵タンクへの油の拡がりを防止することに主眼が置かれるが,二次防油堤では海上貯蔵タンク全体を包括し,泊地内に流出した油がさらに外海へ流出する事を防止するためのものである。
従って基本的には一次防油堤のもつ機能と同程度,またはそれ以上であることが望ましい。
(2)オイルフェンス
固定設備上に設置される連結可撓管周辺部からの不測の漏油事故に備え,油の受払時には,その都度固定設備近傍の海上に可搬式オイルフェンスを展張することが重要である。万一漏油が発生した場合にも漏油の拡がり範囲を泊地内の漏油位置近傍に限定し,油の回収を容易に,かつ早急に実施できる状況に置くことが必要である。
オイルフェンスは上部からの波の乗り越え,下部からの油の洩れがなく,操作性,強度等の性能面にすぐれている事が必要条件といえる。
(3)二重殼構造及びコーミング
水封式海上貯蔵タンクはそれぞれのタンク室間を充水隔壁で区画し,また側壁及び底板部は二重殼とし,さらに空間部は常時充水された状態にある。このためタンク室から油が何らかの要因によって漏洩した場合でも水封タンク内に充水量または充水液位ならびに漏油検知等の計器を設置することにより油漏洩の初期段階で油漏洩事故を把握することが可能となり,海上への油流出の未然発生防止の上からも有効な手段となる。
また,海上貯蔵タンク頂板部及び固定設備の周囲にコーミングを設置することは,誤操作等により海上貯蔵タンク頂板部及び固定設備上に油が漏洩した場合,海上への油の流出を防止し,油を回収する上で有効な対策といえる。
(4)排水口等の開口部の縮減及び閉鎖
陸上部の油配管フランジ継手部及びドレン弁等から万一油が漏洩した場合,排水口等の開口部から海上へ油が流出することを防止すため,閉塞弁を設置し,事故発生時速やかに閉止できることが必要である。
また,油の海上への流出につながる排水等開口部の縮減を積極的にはかることも重要である。
また,排水口の縮減及び閉鎖に伴い,漏油が陸上部の他の場所へ拡大することを防止するため,油漏洩の可能性がある施設の近傍には土堰堤などを設置し,万一の漏油発生時には油の拡がりの範囲を限定し,かつ油を容易に回収できる様な対策を考慮することが必要である。
(5)流出油等防止堤
陸上部の配管等から油の漏洩が発生した場合,排水等の開口部の縮減及び閉鎖等により,陸上部に滞留した油がさらに海上へ流出することを防止するため,陸上部の周辺に流出油防止堤を設置することが重要である。
この防止堤を護岸等で代替できる場合にはこれを活用することも可能であると考えられる。
また,排水溝等に漏油検知器及びガス検知器を設置して漏油の早期発見と速やかな油の回収をはかることも必要である。
2.3.2 油の回収
泊地内に流出した油の回収は,油回収船のような大型の作業船による回収は難しい。従って油回収器,油吸着材による回収,さらには必要に応じ,油処理剤による処理が効果的である。
<1>海上に流出した油は,短時間内に軽質留分が蒸発飛散し,引火の危険性がなくなると考えられるが,油回収作業に先立ち,ガス検知器を用い,ガス濃度が爆発下限界以下であることを確認する。
<2>油回収効率を高めるには,例えば流出した油が泊地内の海上に拡大した状態にある場合には,流出油の回収を行う範囲を幾つかに分割区分し,オイルフェンスを展張する。さらにオイルフェンスの展張範囲を絞り込みながら油膜層を厚くした上で油回収器を用い作業を行うことが有効である。
<3>油回収器で回収できない薄い油膜層に対しては油吸着材を用い行う。なお,漏洩後2日間程度経過するとエマルジョンを形成し,油の回収及び処理の効率が低下する。この場合ポンプ等により回収することも考慮する必要がある。
また,油処理剤を用いた場合,長期間海底に残留する恐れがあり,泊地内での使用は可能な限り避けることが好ましい。
(1)油回収器
油回収器は回収する方式により次のように大別されるが,想定される漏油量,油膜層の厚さ,操作性及び泊地内の静穏度を考慮し,これらの条件に見合った油回収器を保有することが必要である。
<1>油水吸収方式
フロート部の浮力を調整レ,吸引口を油膜層の厚みに合わせ,油分のみを吸引する方式。油膜層が薄い場合や風浪のある場合は効果が小さい。
<2>吸着分離方式
親油性,疎水性のベルト又はドラムを油面上で回転させ,吸着させた油分を絞り取る方式。
<3>油水導入方式
傾斜板または傾斜回転ベルトを利用して油水を取り入れ,溜り部において比重差を利用して油分を濃縮回収する方式。
<4>遠心分離方式
油の浮いている海面上または油水をとり入れた箱の中で渦流を起し,比重差によって中心部に集ってぐる油分を回収する方式。
(2)油吸着材及び油処理剤
油吸着材には次のようなものがある。
<1>天然のもの
<2>粉体状のもの
<3>繊維状のもの
<4>スポンジ状のもの
<5>紙状のもの
いずれも漏洩した原油を物理的に吸着捕集するもので,後に影響を残さないという点からは便利であるが,配備に当っては次のような点に留意することが必要である。
<1>吸着材の使用量に比べて回収量が少ない。
<2>使用後の処理(主に焼却処理)が必要である。
<3>使用後の処理のための運搬が難しい。
<4>回収船及び回収器による作業上からは,障害物になりやすい。
<5>天然のものは,緊急時の大量集荷や長期保管が難しい。
油処理剤には次のようなものがある。
<1>乳化分離剤
<2>沈降剤
<3>集油剤
いずれも使用が容易で使用後の処理が不要であり,乳化分離剤が一般的に使用されているが,沈降剤及び集油剤については,次のような問題点が挙げられる。
<1>沈降剤は長期にわたって海底に残留し,海産物に影響を与える恐れがある。
<2>集油剤は風浪のある海面での効果は小さい。
(3)泊地内漏油回収方策
油が泊地内に流出した場合の油回収方策については,おおむね次の要領によることが望ましい。
なお,漏油回収手順フローを図2.3-1に示す。
<1>漏油検知器またはバトロ一ルにより漏油洩が検知・発見された場合,直ちに基地内外の関係機関に通報を行うと共に,作動油ポンプの緊急停止,遮断弁の緊急閉止,損傷部の応急閉封等の漏油量の抑止処置を行う。
<2>可搬式検知器を用い,ガス濃度が爆発下限界値以下であることを確認する。
<3>ガス濃度が爆発範囲内に存在する危険な場合には,爆発下限界値以下に達する間,随時ガス検知を行い待機する。
また,2次災害の未然防止の面から流出油によるガス蒸発,拡散を抑止する必要がある場合には,流出油表面に泡消火溶接を放出し被覆する。
<4>ガス濃度が危険な状態でないことを確認した後,泊地内にオイルフェンスを展張し漏油の拡がりを抑止する。
<5>油回収器を泊地内に配備し,回収作業に着手する。
なお,回収作業中も継続してガス検知器によりガス濃度を確認する。
また,オイルフェンスを回収状況に応じて絞り込み,油膜層を厚くし,回収効率の向上をはかる。
<6>油回収器による回収が困難な油膜層の厚さ(1mm程度)に達した後,油吸着材による吸着回収を行う。
<7>回収した油水はスロップオイルタンク,またはこれに類する用途のタンクへ貯留する。油水分離処理をした後,要すれば油分を海上貯蔵タンクへ移送処置を行う。
<8>使用した油吸着材は着火または延焼等の事故併発防止等に留意し,焼却設備による処理を行う。
(4)泊地内流出油の回収時間・能力
泊地内に流出した油(想定量100m^3)の火災及び泊地外への流出等2次災害の発生防止の観点から流出油を短時間に回収することが極めて重要である。
漏油事故の発生が夜間または昼間のいかんにかかわらず,直ちに回収の準備作業に着手し,その後,約8時間程度で流出油の約90%に相当する油を回収することにより,事故発生後10時間以内で2次災害が完全に回避できる状態を確保することが望ましい。
上記の回収時間を勘案した油回収器の能力及び台数を決定し,保有することが必要である。(2.3.2(1),(2)参照)
回収器による回収が困難な薄い油膜層については油吸着材により可能な限り短時間で事故発生前の状態に復することが重要である。
2.3.3 可燃性ガスの発生抑止
可燃性ガスは,ガス濃度が爆発限界内に達していると何らかの原因により着火し,火災・爆発を引き起す等の二次災害につながる恐れがある。
この様な事態を引き起さないため,予め対処しておくことが重要と考えられる。
(1)ガス濃度検知
油検知器やガス検知器は漏油発生の可能性の高い場所に予め設置することが必要である。万一漏油が発生して海上に流出すると,その周辺の雰囲気ガスの濃度は気象条件により時々刻々に変動していると考えられる。
このような状況下で油回収作業を行う場合には,可搬式ガス濃度検知器を携帯して常にガス濃度を監視する体制を整えることも重要である。
(2)油の拡がり面積の絞り込み
油の拡がりを局限し,油面の表面積を小さくすることは,外気との接触面積を小さくすることになり,油面からの可燃性ガスの発生を抑止する非常に有効な手段である。このために防油堤が設けられているが,漏油は放置しておくと防油堤全面に拡がり,全面から蒸発することになる。そこでより積極的に油面の表面積を小さくする方法として可搬式オイルフェンスを用い油の蒸発面積を絞り込むことも重要である。
(3)日照等入熱の遮断
海上に流出した油の蒸発を促す要素としては,日光,風等に支配されるが,さらに気圧,気温等の影響によるものが考えられる。これらの気象条件をコントロールすることは非常に難しいので,基本的には,泡消火システムを利用して,油面上を泡で覆い,日光や外気を遮断する方法が効果的であると考えられる。
(4)暗渠,排水溝の滞留防除
暗渠,排水溝等に原油ガスが滞留すると,爆発範囲内のガス濃度を形成し,不測の火災を引き起す可能性が考えられる。このため,予め次のような対策を考慮することが必要である。
<1>流出した油,または可燃性ガスが滞留しにくく,かつ排出,通気性の良い構造にする。
<2>流出した油が滞留する可能性が高い個所,あるいは可燃性ガスの滞留しやすい個所に油検知器,またはガス検知器の検出端を設け,早期発見をはかる。
2.3.4 着火源対策
海上貯蔵タンク及び周辺設備から漏洩し,海上に流出した油にある種の着火源が近傍に存在・作用したために,単に油の漏洩事故にとどまらず,火災事故へと拡大し,さらには大規模な火災災害へと波及すると言つた2次災害への展開は絶対に阻止しなければならない。
2.2.3項における考察の結果,表2.2-3に示した着火源により実際に着火が起る可能性は極めて限定されることが明らかとなったが,ここでは上記の趣旨に従い海上貯蔵タンク及び周辺設備より火災事故を引き起す可能性のある着火源の全てに対してその対策について検討・把握を行った。
(1)電気設備
電気設備において着火源と考えられるものに起動器のスパーク及び漏電による過熱が挙げられるが,これら電気設備による漏油への着火を防止するためには,漏油の恐れのあるポンプの設置場所と動力設備・計装設備等の分離,危険場所分類に従った防爆構造の機器の使用,アース・ボンディングの確実な施工等が必要である。
また,海上タンク貯蔵所の設置場所の特殊性(海上設置)を考慮し,長期間使用による経年劣化に加えて,塩害による絶縁不良防止のため機器,コネクター,ケーブル等に対して清水による定期的な洗浄を配慮することが望ましい。以上のほか,海上タンク貯蔵所における各種電気設備に対する配慮事項を次に述べる。
<1>受・配電設備
波浪及び海水飛沫が浸入しないよう設置場所・建屋の仕様等に十分配慮するとともに,使用開始前に絶縁性について点検を実施することが必要である。
また,ケーブル・機器等は仮設を含めて,特定・指示された個所にまとめて設置することが必要である。
<2>動力設備
動力設備は熱の放散が可能なものとし,過熱防止に注意するとともに,接地のためのアース線付きのケーブル・機器の使用が必要である。
<3>照明設備
照明設備の漏電検査等,ケーブル・コネクター等の定期点検が必要である。
<4>計装設備
計装設備の漏電検査等定期点検を行うとともに計測器取付個所を不燃性ガスでシールすることが望ましい。
<5>通信設備
電話・スピーカー等の通信設備の漏電検査等定期点検を実施するとともに,携帯用トランシーバー等の電源交換は陸上で行うことが望ましい。
<6>仮設電気設備
受・配電設備,動力設備,照明設備等の仮設設備についても,不燃性カバーを使用する等,常設設備と同等の配慮が必要である。
また,仮設設備の使用前に陸上部で点検・テストをすることが望ましい。
(2)静電気
油が流出した場合,油面近傍及びガス拡散範囲における着火源として配管,人体及び自動車等の帯電ならびに油流出時の飛沫帯電などによる静電気火花が考えられる。
以下に静電気火花による流出油の着火を防止するための対策について述べる。
<1>配管の帯電
管内の流速を制限する。また,配管途中に接地した大口径管を配置することは配管内の油の帯電を除去する上で効果がある。
また,配管の接地及び配管相互間のボンディングを行う。
<2>人体の帯電
(イ)無帯電服を着用するなど人体への帯電を防止するとともに,緊急処置のために油面近傍に作業員が近づく場合には流出した油から揮発成分の蒸発が終了した事を確認することが重要である。
(ロ)海上貯蔵タンク及び固定設備上には,可燃性ガスが存在するものとして,作業員がその地域に立入る場合には,各所に設置した除電棒にその都度触れ,人体の帯電を除去すること等の配慮が必要である。
<3>クリーニング時の飛沫帯電
クリーニング時の飛沫帯電による着火を防止するため,事前に海上貯蔵タンク及び配管等を不燃性ガスでシールするとともに,洗浄器,配管等のアースを確実にとることが重要である。
<4>波浪飛沫による海上貯蔵タンク及び周辺設備の帯電
海上貯蔵タンク及び周辺設備の塗装には導電性塗料を使用するなどして,波浪飛沫による帯電を防止するとともに,海上貯蔵タンク上及び固定設備上の諸設備にはアースをとることが重要である。
<5>動揺による貯油の帯電
海上貯蔵タンクの周囲に防波堤を設け,また海上貯蔵タンクの固定設備に充分配慮するなどにより海上貯蔵タンクの動揺を極力小さくし,動揺による貯油の帯電は海上貯蔵タンクの防食装置を介して接地排流することが必要である。
(3)衝撃火花・摩擦熱
油及び可燃性ガスが工具・装置類の落下及び接触,回転機器の損傷等による火花または摩擦熱によって着火することを防止するため,次のような対策を施すとともに,作業手順の確立等マニュアルの整備及び作業員に対する指示の徹底,保守点検を充分に行う等の配慮が重要である。
<1>工具・器具類の使用時の落下・衝突
ノン・スパーク工具の使用,落下防止用ネットの採用,転がり及びすべり防止のため固定物に緊結する等の対策を施すことが必要である。
<2>回転機器の損傷
回転機器の軸受部・動力部の過熱及び異物の吸込等による損傷を防止するため機器周囲に防護カバーを設置するとともに機器の定期点検を実施することが望ましい。
<3>係留装置
係留装置は海上貯蔵タンクと固定設備との衝突や異常接触による衝撃火花及び摩擦熱を防止するため,材質及び強度に十分配慮する必要がある。
(4)火気等
不燃性ガス発生設備,蒸気発生設備,廃ガス等焼却設備等火気使用設備にあっては,設置場所を充分考慮するとともに,漏油時には緊急処置に必要なものを除き,直ちに消火することが必要である。
補修時に使用する火気や溶接火花による着火を防止するため,火気使用の管理,使用場所の指定,事前の可燃性ガス濃度検知等を行うとともに,マニュアルの整備及び安全教育の徹底が重要である。また,建屋内での火気使用や喫煙等についても十分な管理を怠つてはならない。
(5)落雷
海上貯蔵タンクにはオイルタンカーと同様に避雷針を設置する必要はないと考えられる。すなわち,万一落雷が起つた場合,それ自体が金属性であり,全体が電気的に接続しており,かつ海上貯蔵タンクは海中の電気防食装置を介し接地されているため,落雷電流は海中に排除され,着火源とはなりえないと考えられる。
2.3.5 消火
海上貯蔵タンク及び周辺設備から海上へ流出した油に,何らかの着火源が作用し,火災事故を引き起した場合あるいは,海上貯蔵タンクの1区画が火災を発生した場合を想定し,消火ならびに延焼防止活動の面から求められる消火設備の考え方について検討・把握を行った。
海上貯蔵タンク及び周辺設備に設置する消火設備は,機能,方式,能力,個数を考慮し,また必要に応じて複数の異った方式の組合せにより設置する必要がある。
これらの設備の配置・取付位置等の決定に際し,その肯旨力を十分に発揮できるよう配慮することも重要である。特にバックアップ・システム(監視,操作,制御及び補強)は,火災時にあっても,その能力を保持し,機能するよう,定期点検を実施することが重要である。
(1)海上貯蔵タンク
各海上臓タンクの頂板部に固定泡放出口方式の固定式泡消火設備及び,遠隔操作可能な固定式泡放射砲(泡モニターノズル)方式のものを,その放射能力範囲が当該海上貯蔵タンク及び危険物を包含するよう設置する。
また,可搬式の泡消火器,あるいはこれと同等以上の能力を有する消火器を設置することも必要である。
(2)海上貯蔵タンクのポンプ駆動機室
海上貯蔵タンクのポンプ駆動機室には固定式のハロゲン化物,二酸化炭素,加圧水噴霧,あるいはこれらと同等以上の能力を有する消火設備を,その放射能力が当該区域の全てを包含するように設置する。
また可搬式のハロゲン化物あるいはこれと同等以上の能力を有する消火器を設置することも必要である。
(3)海上貯蔵タンクのポンプ室
海上貯蔵タンクに設置するポンプ設備には,固定式の泡消火,二酸化炭素,加圧水噴霧,あるいはこれらと同等以上の能力を有する消火設備を,その放射能力が当該設備の全てを包含するように設ける。
また,可搬式の泡消火器あるいは,これと同等以上の能力を有する消火器を設置することも必要である。
(4)海上貯蔵タンクの制御室等
海上貯蔵タンク内の制御室,電気設備室等には,可搬式の炭酸ガス,ハロゲン化物,あるいはこれらと同等以上の能力を有する消火器を,各設備の区画に設置することが必要である。
(5)固定設備
固定設備上には,固定式の屋外消火栓設備,及び屋外泡消火栓設備,あるいはこれらと同等以上の能力を有する消火設備を設置するとともに,可搬式の消火器を設置することも必要である。
(6)泊地内
泊地内火災に対しては,海上貯蔵タンク頂板部に設置する固定式泡モニター,固定設備上の泡消火栓,及び近傍の陸上設備に設置する屋外泡消火栓により対処することが必要である。
2.4 油漏洩時における総合的な安全対策について
前節までの考察により,油の海上流出の可能性と災害拡大の態様,これらに対する基本的な配慮事項,及び必要と考えられる個々の安全対策について把握することができた。以下にこれらの結果を要約するとともに残された問題について触れ,油漏洩時の総合的な安全対策としてまとめる。
2.4.1 油の海上流出に関する問題及び個別的安全対策についての要約
(1)油の海上流出の可能性
海上貯蔵タンク及び配管等周辺設備において想定される油漏洩の発生要因に対して,海上タンク貯蔵所に関連する法規・基準等に定められている漏油の発生防止対策及び漏油量の抑制対策を確実に実施すれば,海上貯蔵タンクまたは周辺設備の大規模な破損及びそれに伴う海上への大量漏油の可能性はほとんどない。
現実に起りうる漏油は誤操作や保守不良に基づく小規模のものであると考えられ,これとても,海上貯蔵タンクが二重殼構造で,かつ頂板部が漲水構造となっている場合には,二重殼内への漏油や頂板部での漏油が起ったとしても,それが直ちに海上に流出することはない。
従って油が海上流出する可能性は,周辺設備(とくに固定設備)において漏油が起り,これが海上に流出するケースに限定してよく,漏油量は,従来の屋外タンク貯蔵所や移送取扱所等の配管系に想定されるものと同程度と考えられる。
(2)油の海上流出時における災害・拡大の可能性と基本的な配慮事項
(1)に基づいて想定した油の海上流出量100m^3を用いて,海上タンク貯蔵所のモデルプランにおける一次防油堤内での油の拡がり方を検討したところ,油は約10分で防油堤面積の略半分に,また約30分で防油堤内全域に拡がるとの結果を得た。
この結果に基づけば,油の拡がりを漏油場所附近で抑止するためには,漏油のごく初期段階での発見と,敏速な抑止措置が必要である。またこのことは海上タンク貯蔵所における防油堤の重要性はもとより,特に油の受払時に漏油の可能性が考えられる固定設備周辺の海上に予め可搬式オィルフェンスを展開しておき,油の拡がりを極力防止すべきである。
次に海上に流出した油からの揮発成分の蒸発及び拡散の態様については,実際の現象に近いと思われる,連続的拡がり油面からの蒸発及び拡散のモデルによる試算を行った結果,平均的なガス拡散濃度は海上貯蔵タンク周囲では着火危険範囲に入るが,その持続時間は短く,また海上貯蔵タンクから100m離れた陸上部においては,揮発生分の爆発下限界(LEL)と考えられる2%まで上昇しない。ただ計算において考慮されないファクターの影響を加味して1%以上の濃度範囲を着火危険区域と見なせば、陸岸から約30mの範囲は危険区域に入ることになる。
これらの計算結果と,着火源についての検討結果とを合わせて考察すれば,油の拡がり面近傍における着火の可能性は極めて低く,またガス拡散による着火危険範囲においても,設備の配置や人体の帯電防止等に対して適切な配慮がなされるなら着火の可能性は大幅に減少すると考えられる。また,過去の漏油事故例等から見て,万一着火が起った場合でも爆発には至らず,火災にとどまると考えられる。
(3)個別的な安全対策
表2.4−1は,2.3節において検討把握した安全対策について,対象とする場所及び対策の機能によって分類したものである。
2.4.2 その他配慮すべき安全対策
上記に示した個別的な安全対策は主として設備面における対策であり,油漏洩時における総合的な安全対策としては,これらの設備を設置するだけでなく、万一の場合にこれらの設備が十分に機能を発揮するよう配慮が必要であると考えられる。
(1)油入前及び油入後における運転試験
海上貯蔵タンクの油入前及び油入後において、海上貯蔵タンクならびに,周辺設備の安全防災設備等に関する機能の確認、適正な運転要領の習熟、安全性確保のために、下記諸設備に対する運転試験を実施することが重要である。
<1>海上貯蔵タンク関連
(イ)頂板部に対する散水,漲水設備
(ロ)充水隔壁及び水封二重殼構造に対する充水設備
(ハ)タンク室内に対する不燃性ガス封入設備及び安全防災に係る諸計器(酸素濃度・漏油検知等)及びそのシステム
(ニ)防消火設備全般
(ホ)原油出荷ポンブ及び遮断弁等
<2>周辺設備関連
(イ)周辺設備に対する防消火設備全般
(ロ)周辺設備の安全防災に関連する諸計器(漏油検知,ガス濃度等)及びそのシステム
(ハ)海上貯蔵タンクと固定設備側油配管とを結ぶ連結可澆管及び遮断弁等
(ニ)火災報知設備等
(2)自衛消防組織・防災体制の確立
万一の油流出事故ならびにその拡大に備えた基地要員による安全防災体制を編成し、その中で流出油の防除、防除用資器材の調達、通報及び防消火等の個別組織の任務と緊急呼集システムなど具体的な行動基準ならびに対策を確立することが必要である。
また,流出油事故または火災などの緊急事態を想定した防災予防訓練の実施も重要である。
(3)各種マニュアル類の整備及び教育訓練
現実に起りうる油漏洩の発生要因としては、これまでに述べた通り、誤操作や保全不良といった初歩的な人為ミスや不注意によって起る場合が多いと考えられる。
たとえば弁の諦め忘れ,誤操作,サンプリング,液抜き等の大気解放操作時の不注意によるもの及び腐食、劣化等の保全不良によるものが挙げられる。
従って設備面で安全対策を施すことは勿論のこと運転マニュアル及び保守点検マニュアルを整備し,これに従って正しい操作,定期的かつ確実なパトロール・点検・保守等を遵守・徹底することが最も重要であり,さらには,基地要員に対する教育訓練を実施することは安全対策上,不可欠な要素と言える。
参考文献−2
1)元良誠三「大型タンカーによる災害の防止に関する調査研究」完了報告書
日本海難防止協会 (昭和43年度)
2)D.N.Gideonetal.FinalReportonA.G.APROJECT
SI-3-7(1974)
3)Havens,J・A.,「A Description and Assessment of the SIGNET LNG Vapor Dispersion Model,」6th lnt.Symp.Transp.Dang,Good by Sea and Inland Waterway,B3,p.121(1980)
4)湯本太郎,中川登・佐藤公雄「大規模石油火災からの放射熱の推定」
安全工学Vol.21,No1(1982)
資料−2 配管損傷部からの漏油量の考察について—海上貯蔵タンク及び周辺設備よりの油漏洩時の安全対策—
〔1〕目的
油が海上流出した場合の問題点を検討するに当り,その前提となる油漏洩量に関し,固定設備上に設置される配管等施設の損傷部から油が流出した場合に想定される漏洩量について以下に検討を試みた。
〔2〕計算モデル
(1)漏洩箇所
連結可澆管まわりの2箇所(Point1,Point2)を漏洩箇所として想定した。(図−1参照)
Point1:連結可撓管との接続部
Point2:下部ドレン弁
(2)流出量の算定モデル
漏洩箇所からの流出量を算定するに当り次のモデルを設定した。(図−2参照)
(3)流出量の算定式
以上の7つの式より漏洩口からの流出量Q1は求められる。
ここにおいて
〔3〕計算結果
Point1,Point2における漏洩口と時間あたりの流出量及び一定時間後(5分,10分,15分後)の流出量を求めると表−1,表−2及び図−3のようになる。
〔4〕漏洩量の算出
(1)Point1の漏洩口を配管断面の1/10,漏洩時間を5minとすると漏洩量は表−1より97m^3となる。
(2)Point2はドレン弁であり,ドレン弁サイズを2Bとすると漏洩口の断面は,配管断面の1/100となり,漏洩時間をPoint1同様5minとすると漏洩量は表−2より14.5m^3となる。
(1)及び(2)の結果から配管損傷部からの漏洩量は100m^3と設定する。