はじめに
昭和58年5月26日正午ごろ、秋田県能代市西方約100kmの海底に発生した地震は、津波をともなって百余の人命のほか、各種施設、住宅、農耕地や森林に甚大な被害を与えた。マグニチュード7.7という地震は、記録によると既往日本海側に発生した最大規模のものである。この地震によって、秋田・青森両県を中心とする日本海沿岸各地に津波が発生した。東北地方の日本海側には、先人の努力で造成された砂防林が多く、現在もその前線部では砂防植栽等の海岸防災林事業が継続されている。ほぼ連続して帯状に分布するクロマツを主とする海岸防災林が、今次の地震、津波によってどのような被害を受け、また、どの程度の防災効果を発揮したのか。被災後2回実態を調査した。
地震・津波の概要と調査地
調査地は、図-1に示したように、青森県十三湖から秋田県男鹿半島までの区域内にある。図中に震度分布を示したが、秋田県部分は震央から100km以内に、青森県部分は150km以内にあり、震度はいずれも5となっている。津波による海水の陸地への侵入状況は、潮位、そ(遡)上高、侵入距離等によって表現され、これらについてすでにいくつかの報告があり(3,4,5)。筆者らも現地調査の際に概測している。そ上高・侵入距離等は、主に被災後の痕跡調査によるため高精度な値はのぞめないが、最大そ上高は能代市北方峰浜村の砂丘上でT.P.15.6m(4)。最大侵入距離は能代市大開浜で550m(30)等の値が得られている。
図-2は津波被害の激甚だった秋田県北部における地点別の遡上高と越波水平距離を、秋田県林務部の観測資料(未公表)を主体に示したものである。秋田県の男鹿から能代を経て八森に至る海岸や青森県の七里長浜は、汀線がきわめて平滑な砂丘海岸で、しかも遠浅となっている。最大そ上高の記録された峰浜村は、平滑海岸線のほぼ中央部で発生しており、このことは今次津波の最大の特徴といえよう。また、各河川のそ上高は一般に大きく、秋田県の米代川では8km上流まで達したという報告(3)がある。図-3は秋田県北部海岸における最大越波水平距離と陸上の平均勾配の関係を示したものである。津波潮位が地点によって異なるので一概に比較できないが勾配が緩なほど越波距離が伸びている傾向が認められる。
海岸防災林および防災施設の被害概況
上記の調査地は、今次地震・津波による被害地域の代表と考えてよい。青森県七里長浜地区においては、津波による防災林の被害は僅小である。ただ、十三湖畔の市浦村十三地区においては、砂地盤の液状化によるクロマツ新植地の陥没・噴砂害がみられた。この地区では盛土前砂丘が延長約1.3kmにわたって沈下・陥没し、13ヶ所の山腹及び斜面崩壊が発生している。T.P.7m高の盛土砂丘の破壊した部分は、岩木川によって新しく形成された軟弱砂質地盤であった。この背後に位置する新植地(クロマツ)では、約1.2haにわたって居部的に1mも陥没し、顕著な噴砂・噴泥害が発生している。秋田県北の海岸地帯では、八郎潟周辺で一部に陥没現象が認められたが、防災林内では主として津波エネルギーによる物理的障害や浸塩水による生理的枯損が目立った。能代市浅内地区では、人工前砂丘が波浪によって寸断され、峰浜村大沼地区では防潮護岸が破壊され、30mも内陸側に運ばれている。また、同村カッチキ台地区では、重さ2トンのブロックが、100m以上も離れた丘の上まで運ばれている。これらの被害状況を詳細に観察すると前砂丘の破壊侵食は相対的にみて低凹部が顕著であり、防潮護岸の破壊では波返し部分に鉄筋が入らない部分がほとんどであった。さらに、根固めブロックの散乱したのは、相互に確実に連結されていないものが多く、最上部に積み上げたものがほとんどであった。
当該地方では、最前線の砂丘面には被覆工により砂草類の植栽・播種を行ない、その背後には低木類(アキグミ、イタチハギ)を植栽し、さらに主砂丘までの平坦砂地にはクロマツ1万本/ha程度の密植を行うのが、一般的な植生導入方式である。植栽に際しては、高さ1m、間隔10〜20mの■垣で防風し、その中にわら立て等の静砂工を行なっている。最前線部のクロマツ植栽は、昭和45〜57年度に実行されたものが多く、したがって被災時において2〜13年の幼齢造林地であった。この部分は秋田県北において今次津波により完全に冠水し、防風垣の竹■などはほとんど流失し、支柱の丸太は頑斜・倒伏して残存していた。流失資材は後方の成林地に集積し、津波による破壊力を増幅させた傾向が認められる。なお、植栽木は浸塩水によってほとんど枯れ、一部に埋砂・洗掘害もみられた。
前線新植地の被害調査結果
細部調査を行なった大開地区の被災状況を、図-4に示した。この場所は前砂丘が津波で破壊され、汀線にほぼ直交する作業道を流入した海水が浸食している。また、前砂丘の侵食土砂は新植地内に堆積し、一部植栽木を埋没させている。汀線に直交させてとった2本の調査ベルト(幅2m)におけるクロマツ植栽木の埋砂深は、図-5に示すとおりであって、低地のNO.1では20〜50cmの埋砂がみられる。古沼丸谷地地区では、前砂丘がコンクリートブロックの根固工で保護されていたため、前砂丘の侵食が少なく、植栽木の埋砂被害も軽微で、しかも、幹折、枝折等の傷害もほとんど見当たらなかった。
両地区における個別調査木の被害状況の明細は、表-1に要約したとおりである。調査時点は被災後5ヶ月を経過しており、この段階で樹葉の3/4以上が緑色で、活力の呈しているものを生存木とした。全体を通して、枯損率が高いが、より若齢の古沼丸谷地の方がその程度が高い。両地区とも、汀線より離れ地形的に高くなっている部分ほど生存木が多い傾向が認められる。枯損の原因は、埋砂・剥皮等の物理的損害よりも、浸塩水による生理的傷害が大きいと推察される。図-6は大開地区で測定した深さ別の砂中塩素含量を示している。被災直後のものは石川ら(2)のデータを引用したが、これによると新植地内■では、常時海水の浸入する汀線から10m付近で得られるような高い塩分濃度を示したことがわかる。高橋ら■は実験によって、砂中の塩分濃度は50〜70mmの降雨があれば、生育上支障がなくなるとしているが、今次被災後の雨量は少なく、能代市で累加雨量が100mmを超えたのは7月上旬で、この間45日も経過している。なお、地元民によれば、前砂丘背後の低凹地では被災後1週間位海水が停滞していたとのことである。
後背成林地の被害調査結果
汀線から約150m付近に所在する主砂丘の背後には、前線部が風衝でわい化し、内陸に進むにつれて樹高が高くなり形態も正常化するクロマツ樹帯が発達している。樹齢は20〜30生のものが多いが、内陸に進むにつれて高齢化し、成立密度は3000〜5000本/haであるが、内陸に進むにつれて除間伐の結果疎になっている。大開、古沼丸谷地の両地区におけるこれらの成林地の被害状況の明細は、表-2に要約したとおりである。両地区とも、倒伏、根返、幹折、幹割、枝折、剥皮等の物理的傷害が多く、それが汀線に近い林線から60m付近に集中していることがわかる。ただ、これらの被害は汀線寄りが大で内陸側に進むにつれ順次軽減するという規則的なものではない。たとえば大開地区の200〜220m区間のように、その海側よりも被害が激甚であるが、これは漂流物がこの付近に集積しその結果傷害木を多くしたとみられる。
林帯に到達した津波の最大波高は、大開、古沼丸谷地の両地区とも4m程度と推定され、波は大開地区では林帯を越え約550mの地点まで達したが、古沼丸谷地地区では林帯内約210mの地点で停止している。立木の生存率をみると、両地区とも内陸側に進むにつれて高まる傾向をみせるが、物理的傷害木の多い林線から60m付近までは生存木が著しく少ない。ただ、古沼丸谷地地区では、物理的傷害のない汀線から170〜210m区間でかなりの枯損木がみられるが、この付近は低凹地であって、浸塩水による生理傷害によるものと推察される。この側線内で根固め用のコンクリートブロック(2トン)3筒が、林内を転動したため立木への傷害を与えている。
前掲図4でもみられるように、林帯内には汀線にほぼ直角方向の作業道や平行方向の防火線■場所によっては作業道が配置されていた。これらは津波の挙動に著しい影響を与えたことが認められた。直角方向の作業道は前砂丘を越波した水流が集中して路面を侵食し、流出土砂を林内に堆積させ一部立木を埋没倒伏させた。平行方向の防火線等は林帯を越流した水流が■立木地帯で解放状態になって、流速を低減させた結果多数の漂流物を林緑部に集積させた。なお、林帯内の下降斜面部や汀線方向とほぼ直角に発達する低凹面では、乱流による表面侵食が顕著にみられ、流水と反対方向の樹幹基部周辺が円孔状に洗掘されている。
防災林帯による津波被害の軽減結果
東北地方の日本海岸の海岸防災林は、防潮というよりも防風、飛砂防止を主目的とするものであった。今次の地震・津波ではこれが直接対応する結果となり、上記のように林帯自体が被災しながら、後背部の森林・田畑・各種施設の被害を軽減されている。その効果を具体的に述べると、まず林帯による漂流物の阻止効果が大きかったことである。林帯は浜小屋、漁船といった大型のものから、竹■やゴミのような小型のものまで、多くの漂流物を林緑・林内に抑止し、背後の保全対象地への流入を少なくしている。また、ハマニンニク等の砂草密植地やクロマツ植栽地では、裸地に比べて流砂を少なくし、侵食防止に効果的な役割を果たしている。
漂流物や侵食防止のような外見的な効果のほかに、越流水に対し林帯は摩擦抵抗体として働き、水勢を減じた結果は大きかったと推察される。同様な越波条件で林帯の有無、林相の差異等によって、津波エネルギーの減殺効果を定量的に比較しがたいが、この現象を抗群列への走定流とみなせば、水頭損失は樹幹の直径合計が大で、樹木間隔が密なほど大となる。立木の折損等の物理的傷害は、林内に入った海水の波圧あるいは動水圧が、立木に直接または漂流物や流砂を含めて働いた結果である。既知の式(6)から大開地区を例にとって計算してみると、津波流速7m、水深4mと仮定すると胸高直径10cmの立木には約0.5トンの流水の動水圧が加わったと推定できる。換言すれば、このような波圧に抗して津波エネルギーを減殺したと考えられる。
秋田県林務部が大開地区で調査した結果(1)によると、クロマツ22年生、胸高直径10cm、樹高5.5m、平均傾斜角70度の立木を、平均30度まで倒すには0.75トンの荷重を必要とし、荷重1トンでは17度まで傾斜し根の切断や根元折が生じた。さらに、これを上方に引き抜いたとき荷重は1トンであったと報告している。津波は津波は衝撃エネルギーが主であって、津波エネルギーの減殺効果をこのような引張り試験で直接表現できないが、参考となる数値と思われる。ともかく、樹幹群は林内に侵入した津波の流速を低下させ、その破壊力を弱めたことは確実であり、大開地区では防火線までの約100mの林帯は、津波の当初のエネルギーの10%いかに軽減し、速度も1/10程度に低下させたと推定される。
おわりに、本研究は林業土木施設研究所の助成により、現地調査や資料の提供は秋田県林務部、青森県農林部、秋田・青森両営林局治山課と各出先機関によっている。ここに厚く感謝の意を表する次第である。
引用文献
(1)裾野正夫:第3回治山研究発表会(口頭発表),1983
(2)石川政幸ほか:治山 28
(3)飯田汲事ほか:愛知工大土木工学科防災研究室資料,1〜29,1983
(4)乗富一雄:第20回自然災害シンポジュウム,21〜28,1983
(5)佐々木康ほか:土木資料 25(7),55〜60,1983
(6)資源調査会(科学技術庁):防潮林の効果,1〜55,社団法人資源調査会,1960
(7)高橋啓二ほか:林試験法 183,131〜151,1965