序文
序
昭和35年5月24日は三陸地帯の住民はもとより全県民にとって忘れることの出来ない日になった。
遠く離れたチリの地震によって惹起された津波は,24日の早朝突如として三陸地帯の平和な眠りを破り,尊い人命と汗の結晶である貴重な財産を一瞬のうちに海底の藻屑に化してしまったのである。
これによって「地震があったら津波の用心」と言う過去の経験に新しく「地震がなくても津波の用心」と言う体験を加えたが,この体験は余りにも高価な犠牲を払って得たものであり,現地の地震の有無に拘らず海岸地帯は不断に津波に対する警戒を怠ってはならないと言うことを吾々は銘記すべきである。
従来津波対策は種々実施されて来たが,防潮林も亦有効な対策の一つであり,林帯造成には歳月を要するが,土木施設と長短相補って津波防止の役割を果すべきものと考える。所懐の一端を述べて本書の序に代える次第である。
昭和36年5月24日
宮城県知事 三浦 義男
序
「天災は忘れた頃にやって来る」という災害についての寺田博士の有名な言葉がある。併し今日では各種の災害が忘れる暇もない位やって来る実情であるから,この言葉も災害は毎年やってくるに改めねばならない程,災害の頻度が著しく増して来たようである。
特に昭和35年5月24日突如として我が国の太平洋沿岸を襲ったチリ地震津波は一瞬にし甚大な被害を沿岸住民に与えたが,宮城県下でも死傷者532人,建物被害12,116戸に及び,農林水産関係各種被害の総額は116億1千8百万円の巨額に達したのである。
県においても「チリ地震津波恒久対策研究会」を設置して津波災害の応急復旧を図る反面今後の津波に対する恒久対策の樹立につき検討が行われたが,その際防潮林の造成と整備の必要性が強調された。
本報告書は今回の津波による防潮林の被害状況や,県内防潮林の実体を明にして更に今後の防潮林造成上の諸問題点に関し,記述しているので今後災害防止林造成の指針となれば幸である。
昭和36年5月24日
宮城県立農業試験場長 山本 健吾
序
昭和8年3月突如として襲った三陸沖地震津波は当時世紀の惨害として記録された。
爾来20有8年三陸の海岸は平和な漁業の豊庫として殷賑を極めていた。
然るに35年5月24日の暁を破り突如として,遙かなる彼方チリー地震の余波が三陸沿岸の平和な眠りを破り,一朝にして幾多貴重なる人命財産を喪失して了ったのである。
災害は忘れた頃に来るというが今この現実に直面して,只々驚歎膚に粟を生ずるものである。然しながら備あれば憂なしというが,古来幾多の先覚者は来るであろうこうした災害に対し予め警戒を怠ってはならぬと身を以って示された。
即ち土木施設と相俟って,特に防潮林の造成にはその生命を賭しての努力を惜しまなかった。それによって災害を最少限度に喰い止めたのであった。
殷鑑遠からず今回の津波を契機として再び襲来するであろう津波対策としての防潮林造成の問題は焦眉の急務と思うのである茲に所見を附して本書の序とする。
昭和36年5月24日
財団法人 佐々君治山報恩会 理事長 佐々木 君五郎
現地の様子

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一 はしがき
昭和35年5月24日の朝わが国の太平洋岸を襲ったチリ地震津波(舶来津波とも言われた)は,北は北海道から南は奄美大島に至る広い地域に亘って,甚大な災害を及ぼした。特に宮城,岩手,青森の東北三県がひどく,昭和8年3月の三陸沖地震津波による被害を上廻るものであった。
政府はその対策のため「昭和35年のチリ地震津波による災害を受けた地域における津波対策事業に関する特別措置法」を制定し,「チリ地震津波対策審議会」を設置して,その復旧対策の樹立を図ったが,県においても「宮城県チリ地震津波恒久対策研究会」を設けて,被災地の復旧を急ぐ外地震津波に関する調査研究を行い,恒久対策の樹立を期したのであるが,これ等委員会の現地調査班に同行して得た調査結果の資料と県治山課において復旧対策樹立のため現地調査を行った結果に基いて「防潮林の防災林としての効果」と「今後検討を要する問題」等について述べる。特に林帯をなしていなくても,津波に対し効果の顕著な屋敷の居久根林,庭木等の例から「災害防除樹林」の造成を提唱したい。
なお本文中には説明の都合上海岸砂地造林を含めた部分もあるので予めおことわりする。
二 現地調査について
チリ地震津波の被害調査のため,各関係者の現地調査が行われたが,林業関係においては水利科学研究所理事長武藤博忠氏(チリ地震津波対策審識会委員)を中心とした調査,林業試験場防災部農林技官中野秀章氏の調査班が主なものである。総合的な調査としては「宮城県チリ地震津波恒久対策研究会」及び中央の「チリ地震津波対策審議会」の現地調査がある。
当時農林部治山課(課長 和泉健,課長補佐 金本茂夫,技術総括係長 大沼嘉七,保安林係長 安部倫次,治山係長 山内尚,治山係技師 安藤徳栄外係員,保安林係技師 都築隆外係員)においても対策樹立のため,災害復旧対策に追われた感があるが,独白の調査が行われた。これらの調査の実施期間及び参加者を別表として添付した。
本書は,はしがきにおいて前述したとおり,各調査班に同行した際に得た資料に基いて考察を行ったものである。三陸沿岸はリアス式海岸であり,近くの海中に地震帯を控えている関係上今後も津波は避けられない宿命である。
津波の被害を如何に防止軽減するかが,今後の重要な課題であるが,防潮林が津波に際し如何なる効果があったか,2,3の事例による検討と今後海岸保全対策として防潮林造成の必要性,並びに県内海岸一帯における防潮林の実態調査にもとずいた防潮林のあり方,防潮林と他の防災施設との組み合せ等を考究して,併せて今後の問題点を取り上げて見たいと思う。
三 チリ地震津波と被害の概況
1.津波の概要
(1)津波の経過
今回の津波は所謂「舶来津波」と称せられ三陸沖地震による津波と比較して,かなり違った特徴をもっている。即ち昭和35年5月24日午前4時前後から日本の太平洋沿岸一帯に津波が来襲し,三陸沿岸では大津波となり,甚大な被害が発生した。これは23日午前4時10分頃(日本時間)南アメリカのチリー中部沖合(南緯38度,西経73度)で起った地震により生じたもので,太平洋の丁度反対側より約22時間半を要し日本沿岸に到達したものである。
この地震の規模は極めて大きく殆んど日本各地の観測所の地震計に記録され,地震としては世界最大級のものと推定され,規模は松代観測所(長野県)の推算によると8.75となっており,これは昭和8年3月3日の三陸沖地震(規模8.5)よりも大きく,大正14年9月1日の関東大地震(規模8.2)よりもはるかに大きいものであった。
なお津波の到達状況を示せば第1図の通りである。
震源地 5月21日にチリ南部に地震があり,22日に2回目23日には3回目4回目5回目の地震が発生した。今回の津波をもたらしたのは5回目の地震で,これは観測史上最大M8.75と言う地震波で,その後24日は2回,25日に3回の激震があったと言う。
(2)津波の状況
東北地方太平洋沿岸における検潮記録による第一波及び最大波の状況は次の通りである。
これを見ると第一波は3時前後に到着し,最大波は5〜7時頃になっており,この時の多くの被害が生じたものと考えられる。従って地震が起きてから22時間37分で,最も早い宮古に到着し,震源地との距離は約17,000粁と推算されるので,津波の平均速度は毎秒200米に達するものである。
次に目測による平均水準面より最大の高さは第2図のとおりであるが,これを見ると2.3の点を除いて一般に昭和8年より大きくなっている。
一般的には最大波高の大きいところに被害が集中している。
なお第3図に牡鹿町鮎川における検潮記録をかかげた。これを見ると第一波は午前3時35分の押し40cmで始まり6時35分に最大となり,スケールアウトしたが推定では全振巾430cm位となっている現地踏査の報告にもとづいて求めた宮城県沿岸各地の最人波高は第4図であって,大部分の地域では昭和8年よりも高くなっている。
ただ本占郡歌津町前面の海岸のように昭和8年よりはるかに小さく,又被害も比較的少なかったことは注目すべきことであると考えられる。(以上仙台管区気象台報告より)
2.被害の概況
南米チリ沖の大地震の影響によって,35年5月24日未明より県下沿岸地域に対し,波高3〜6mの津波が数回に亘って襲来し,沿岸一帯は甚大な被害を蒙り,特に県北海岸災害は激甚を極め,気仙沼市外拾ヶ町村に対し災害救助法が適用された(第5図の通り)。沿岸住民の死傷532人,全半壊および流失家屋2,146戸,流失,埋没,冠水耕地面積1,178.8haに及ぶ惨害となった。今その被害の内訳を示せば,第2表の通りである。なお,防潮林造成個所毎の被害概要ならびに津波潮位は第3表のとおりである。
四 宮城県海岸防災林の沿革
1.海岸林の概況
本県海岸線の延長は622粁余に達しているが,海岸は大体著しく異る二つの型から出来ている。即ち牡鹿半島以北から女川,志津川,気仙沼湾を経て岩手県に連る海岸と,石巻市から閖上,坂元を経て福島県に至る海岸がそれであり,前者は岬,湾,半島等が組み合って北上山脈が海岸に迫っており岩浜の出入凸凹に富んだ所謂「リアス式海岸」である。後者は砂浜の単調な海岸で,白砂青松の一帯であるが,常に波浪と風力によって絶えず移動するおそれのある不毛の砂地である。
これ等海岸線一帯には925haに上る砂地があり,春から夏にかけての東南風によって砂塵は内陸をおそい飛砂は住居を侵し,農耕地を埋め,或は港,河口を埋没して甚大な被害を及ぼしている。
併しながら之等を防備するための砂防施設,ならびに砂防造林の事業は旧藩時代から局部的に施行され,現在の国有防災林の如く既に防災の効果が顕著なものがある。併しこれが造成には莫大な経費を伴い,地元住民の力だけでは困難なので民有地は消極的な施設のみにとどまり,飛砂潮風の害は暴風,高潮の度毎に沿岸住民を苦しめていた。
この状態は海岸砂地を持つ各県のなやみであったが,ようやく昭和7年から時局匡救事業の一環として「防災林造成事業」が山林行政に取り上げられ「海岸砂防造林奨励事業補助事業」として3ヶ年
継続事業を以て施行せられ,牡鹿郡渡波町,外17市町村に91ha余の海岸林を造成したのである。
次いで昭和8年に発生した三陸津波に際しては,海岸防潮林の郊果が大いに発揮され,その災害復旧の一部として防潮林の造成が県営事業として初められ,爾来今次大戦まで継続して実施したのである。
昭和24年度から新に計画された治山事業の一環である「災害防止林業施設奨励事業」として,即ち海岸砂地造林及防風林造成,防潮林造成等の諸事業が行われ,殊に昭和28年には「海岸砂地地帯農業振興臨時措置法」が公布され,海岸砂地の利用開発と産業振興のため防災林の造成が益々重要視されて来たので,昭和28年3月に治山事業10ヶ年計画の一部門として,海岸防災林造成事業10ヶ年計画を
樹立し,所要経費664,700千円を投じ,3,298町歩の防災林造成事業を実施せんとしたのである。
なお本県海岸林の種目別成績は第4表の通りであり,昭和35年樹立の防災林全体計画は第5表の通りで,うち防潮林造成についての町村別計画は第6表の通りである。
本県海岸林の実績及び計画は大体前述の通りであるが,海岸線の特質上石巻市以南の海岸林は主として飛砂防止のため砂地造林であり,牡鹿半島以北は防潮を主目的とした防潮林である。
之等の海岸林は終戦後も昭和27年3月の十勝沖地震津波,同年11月のカムチャツカ沖地震津波,28年9月の第13号台風,30年12月の三陸沖暴風高汐,33年7月及び9月の11.21号台風,34年9月の15号台風及び35年5月のチリ地震津波等数回に亘って被害を受けたが,災害復旧は原型復旧を原則として施工されたため数次にわたり被害を受けた個所もある。林相は仙台以南の海岸は比較的良好であるが,石巻以北の海岸林は戦時戦後の乱伐の復旧造林や災害復旧も充分行われていないので,粗悪林が目立っている。
チリ地震津波後,新設或いは改良を要する71ヶ所についての調査概要を記述する。
2.旧藩時代の海岸林政策
伊達政宗公が本県を支配した当初には,亘埋郡坂元海岸から石巻市渡波海岸に至る沿岸約70kmの間は大部分砂原と大葭原で飛砂と潮害のため農作物が全滅することも稀ではなく,このため沿岸地方の開拓事業は殆んど不可能であった。
慶長5年(西暦1,600年)政宗公は,植林による海岸砂防が沿岸農漁業の振興上必要であるとして宮城郡高砂村宇蒲生和田新田(現在仙台市内)領主和田因幡に海岸砂防を命じた。和田因幡は遠く遠州浜松からクロマツの種子を求めて,海岸林の造成をはかり,藩はこれらの海岸林を須賀松と称してその管理に意を用いた。又宮城郡多賀城八幡村の本郷東右衛門は,海岸の松林造成に功労があったため松右衛門と名を改めるよう藩主から許しがあった。
爾後の藩主や藩民は海岸林の維持造成に力を尽した結果,現在海岸の国有保安林として仙台平野に展開する大水田地帯や住民を潮害や飛砂の害から保護している。又三陸沿岸の海浜には既往の津波の経験によって植栽したと思われる松林が見られ所々に残っている。
防潮林の造成はさきに述べた通り,昭和7年度より新規事業として発足した「海岸砂防造林奨励事業」に初まり,海岸砂地造林として防潮を兼ねた事業として実施してきたが,昭和8年3月3日の三陸大海嘯によって津波災害に対する防潮林の効果が認められて以来,昭和1O年度から5ヶ年継続事業を以て「震嘯災害防潮林」として被害箇所の復旧と津波対策の為の積極的な防潮林の造成が行われたのである。
又昭和10年に災害防止林造成規則が公布され,全国的に「災害防止防潮林並に防風林造成事業」が実施されることになり,震嘯災害防潮林事業施行地以外の箇所で暴風,津波の虞れある箇所,潮風害を受ける箇所等に防潮林の造成が初められた。その結果現在見られるような立派な林相になっているが,戦時中の食糧難の際の緊急開こんや戦後の急激な人口膨脹によって一部林相が破壊されてその復旧が充分でない個所もある。昭和10年度以降昭和35年度まで県営事業として施工された個所別実績は第9表のとおりである。
3.現在の防潮林
旧藩時代の海岸保護林は明治維新後も引きつがれ,明治初年には官休は禁伐林,民林は伐木停止林として必要な保護林は存置されて来たが,明治30年に森林法が制定されて保安林制度が確立されたとき,これらの保護林は保安林に編入されている。
現在防潮林は保安林名を「潮害防備林」と称しているが,県下の現況は第8表の通りである。
五 防潮林の機能
1.防潮林の効果
津波災害の内容は次のとおりに分けられる。
(1)津波により海水が浸水して起る災害。
(2)津波そのものの掃流作用すなわち津波の持つ流勢が直接物にあたって,これを掃き流すことによる災害。
(3)津波による漂流物が物に衝突して起る2次的な災害。
(4)海上にある船舶や漁業施設等に与える被害
海上の被害は論外とする。浸水による災害は河川の浸水と同じようなものである。掃流作用については津波が陸に上がった時に水のない場所に向かって激しく流れこみ,又引く時には海に向って流れ落ちるために起きる現象で,周期の比較的短い津波ほど激しいが,高汐のように水面の上り方のかなり遅い場合でも見られると言われている。
次に漂流物の衝突による害であるが,なかなか軽視出来ないもので,押し流されて来た船舶や貯木場内の材木が流れ出して,家屋又は橋梁等に衝突して大被害を与える。実際津波直後に被災地に行ってみると夥しい漂流物に驚き何処からこんなに流れて来たのかと疑われるほどで,これが水田等の耕地に残留すると耕作者はその除去に泣かねばならない。
防潮林の効果は一般に林帯により
(1)防浪効果
(2)海風中の塩分捕捉,防風効果が挙げられている。
防浪効果については津波や高潮が陸地に侵入したとき,海水の浸入勢力を弱め,後方の陸地の被害を防止,又は軽減する作用を言うのである。今回の津波に際しても,海岸に森林があることによって後方にある施設が被害を免かれたり,著しく軽減されたと認められる実例が多数あげられている。
防潮林の効果を具体的に説明すると次のとおりである。
第一の効果は津波に乗り上げられた船や海浜の水産用資材(樽,カキ筏)材木,工作物が波と共に陸上に押寄せて,人家を破壊することが多いが,途中に防潮林帯があれば流出物は樹幹に遮られて止リ,後方が保全される。
第二の効果は津波が防潮林内を通過して内陸へ押寄せるとき,林木の樹幹や,ド木,下草等にさまたげられて水流の水頭損失があり,水位が低.ドすることである。津波が防潮林を通過して開けた土地にくると流路断面が増すので水位,流速が共に落ちて津波の破壊力は一層弱まるので,森林の後方地域は宮しく被害が軽減される。
第三の効果は津波が引くとき,海水は再び森林内を通過するので,その時林木の摩擦抵抗によってその減退速度は低下するため家屋等の流失を防止するのである。
第四の効果は海風中の塩分捕捉の効果であるが,海風には塩分が含まれていて,風速が増加すると塩分の含有量も大きくなるものである。併し森林が海岸にあると,塩分を含んだ風が林帯を透過するとき樹冠に遮られて塩分はこれに附着,或は落下して塩分濃度が薄められるため,農作物に対する塩害防止の効果があることは長い間の経験によって確められている。
第五の効果は防潮林の防風機能であるが,普通防風林とも呼ばれるが海岸に森林があれば森林内或は風下では森林のために風速が減ずる。また風上でも森林の近くはある程度平開地にくらべ,風速が弱まるので,暴風が伴った津波のときは,家屋農作物の被害を軽減されるのである。
防潮林の効果は前記の通りであるが,その効果の解明が未だ不充分の点が多々あるので,防潮林造成の計画に当り,その造成の規模等に明確な根拠を見え出すことが困難な事が多いし,又防潮林も樹木の集合体であるので,強い風や津波によって倒れたり,折れたりするのである。
今回の津波でも波高(T.P.4〜5m)の高い海岸で,特に前画に根止工の施設がない防潮林前面の樹木が根倒しになった個所もあった。
2.津波破壊力の軽減機能
防潮堤或は防波堤は,その設計に当って波圧に対抗する様にしてあり,防潮林設計も之にならって設計すべきであるが,一般に防潮林は完全に津波高潮を防止するものでなく,自らは多少犠牲になってもその後方の農耕地建物等を保護するもので,波圧に対抗するものでなくて,そのエネルギーを減殺するものであると言われている。
岩手大学の武田教授の報告によれば,津波のエネルギーは次式で表わされる。
E = 1/8PgH^2Ltkm/set
但しPは単位重量,gは重力加速度,Hは波高,Lは波長,波高の自乗と波長とは比例する。
昭和8年の津波と今回の津波の場合で,波高が約5mの所では昭和8年の波長は240km位で,今回は480km位で丁度倍位になるので
E=7,35tkm/sec^2 ………昭和8年
E=14,715tkm/sec^2………昭和35年
換言すれば,昭和8年の場合は毎秒約1億万馬力,今回は約2億万馬力の仕事をした勘定になる。
防潮林のような林帯に津波や高潮が押寄せた場合の林帯の防浪機能については,未だ充分な説明資料は出されていないが,東北大学理学部教授加藤愛雄氏は次のように説明している。
津波に対し防潮林は摩擦抵抗の役割をなし,そのため水勢を減ずる。この効果を表わす公式はないが走常流が一列の杭列によって水頭を減ずる式が利川できる。
Headloss h=1.73(s^2/B)^(v^2/2g)
vは水流の速度,gは重力加速度,Sは幹の直径,Bは樹木の間隔
vを4m/sec Bを2m Sを0.3mとすれば,水頭は約1/100減ずる。即ち一列の樹木によってさえ若干の水頭が減ずる密生林の場合はさらに効果が大きい。
即ち波が林帯内を通過するとき,林木の樹幹下木,下草等にさまたげられて波高を低下させ,波のもつ強大な破壊エネルギーを減殺する結果,背後地の被害を軽減する。又津波が引くとき海水が再び林帯内を通過するので林木の摩擦抵抗で速度が減殺され,家屋等の流失を防止する効果がある。
防潮林の津波高汐等に対する破壊力軽減の機能については,前述の通り破壊力或は波圧は推定される。水頭を低下させる程度も算定出来るが,林木が動水圧に耐えられることが望ましいので,その動水圧は単位長について
P=Kra(v^2/2g)
Kは係数で内形断面積では1.0,aは杭の巾,rは水の単位容積重量,Vは流速 gは重力加速度で判明する
樹木の被害は根倒れが多かったが,根系の引張に対する強さは根の張り方によって違うので,一定の動水圧に耐えられる樹高,直径の算定はむづかしい。そして前線の樹木が水圧を受けて倒れても林帯の巾が相当広ければ,後方林木によって充分防潮効果を果し得るから,健全な森林の造成に努めなければならない。
六 防潮林の効果事例
1.桃生郡北上村立神長塩谷防潮林
立神長塩谷は追波湾の北岸,追波川河口左岸寄り約1kmの地点に位置し,追波湾は典型的なV字型をなしており,津波の被害を受け易い海岸なので,過去幾度かの津波を受けている。
長塩谷部落は戸数57戸,耕地7haを有する半農半漁の部落で,背後にはリアス式海岸特有の相当急峻な小山を控え,部落前面には志津川に通ずる県道が走っている。
本防汐林は昭和8年三陸津波後,県道前面の海岸砂地に昭和11〜12年に造成したもので,その面積2.14ha 樹高10〜20mで,5令級に属するクロマツからなり,生育は中庸で平均林帯巾は20m程度となっている。昭和30年33年の台風による高潮で防潮林前面が侵蝕され,一部林木も倒伏する状態となったので,昭和34年に防汐根止護岸工100mを築設し漸次前面侵蝕海岸の保全を計画中であった。
昭和8年3月の三陸津波と今回のチリ津波で,防潮林造成に伴う効果は両津波の体験によって明かに立証されている。即ち計画的な防潮林(多少の天然林はあった)のなかった昭和8年津波は今回のチリ津波より波高が約0.8m低かったにもかかわらず,第10表の通り被害は甚大であった。
今回の津波に際し防潮林の果した効果は第10表で示した通りであるが,大略次のように認められる。
(1)練積根止護岸工は高さ平均2.4mのものであり,津波は護岸の天端を0.5m余も越流したがよく波浪の破壊力に耐え林地の侵蝕,決潰を防止した。
(2)林木により津波の波高,波力を減殺し浮遊物(木材,水産用具)の流動を阻止して各種被害を軽減防止した功果は大きかった。
2.桃生郡河北町大川長面海岸林
本地は追波湾に面し,追波川と長画浦との間に位置する海岸砂地造林地で林帯の巾員は70m内外で延長1粁余に及ぶクロマツ林である。林帯後方の部落は,農家20戸耕地30haを有する半農半漁の部落であるが,海岸砂地造林の実施に伴い内陸部へ砂の移動が防止されたため,昭和30年には約5haが開畑され,内約1haの開田が行われている。
事業は海岸砂地造林事業として昭和28年度より実施したが,砂地造林が進捗して次第に汀線に近くなったので,昭和32年度よりは前画に防浪柵編工を施工して波浪による砂地の移動を防止している。
昭和34年度までの実施面積は7.9haに達した。
今回の津波来襲を現地において,目撃した部落民の言による波高は2m位で,最前線にある防浪編柵を越えて前砂丘に押し寄せたが,この砂丘で津波の林内への侵入が防止された。
この事から考えると次のような効果が認められる。
(1)敷巾が広く砂草によって安定した人工砂丘は,波浪が天端を越流しなければ相当の波浪を防止することが出来る。但し天端が歩道等のため横断されている場合は其所が欠潰の原因になり易いので津波高汐の際に土俵等で補強を要する。
(2)砂丘の根固のため人工砂丘の脚部に施工する防浪編柵は人工砂丘の保護に効果がある。
3.本吉郡志津川町松原防潮林
志津川町は志津川湾に面する漁港であり,地形的には津波の被害を蒙り易い。今回の津波は波高6mに達し,壊滅的な被害を受け,全市街地は一朝にして埋没或は流出の惨状を呈した。
即ち死者行方不明38人,流失損壊家屋824戸,浸水家屋3,049戸,耕地の埋没,浸水346.1haと言う甚大な被害を蒙ったのである。然し同町南西部松原地区にある防潮林がその機能を発揮して,被害を最少限にとどめた。
この防潮林は同町の松原公園内にあるクロマツで,本数約160本,林帯は南北に走り延長約300m,林帯の巾20m〜30m,樹高15m〜20m,樹令200年に達し,平均直径約60cmである。立木度が疎のため完全な林相は形成していない。老大木ため枝下が長いので,空間が多い。もしこの林内に下木が密生していたなら防潮林背後の津波被害はもっと軽減されていたに違いない。
今回の津波は前述の通り,波高6mに達し,特に松原北区は津波の方向に直角に面し,志津川町においては最大の被害を受け易い条件に当る箇所であったが,防潮林の存在が次のような効果をもたらしたものと号えられる。
1)防潮林帯の密な個所の後方は津波の破壊力が減殺され,家屋の倒壊,流失が防止又は軽減された。
2)防潮林によって水産資材(カキ筏,タル)木材(丸太製材)等浮遊物を阻止して被害の増大を防止した。
3)防潮林によって海岸線の砂地侵蝕が防止された。
4)引き汐の時防潮林のある方向へは流れが弱く,防潮林の切れ目の方向に集中して流れたので,防潮林の密なる所程被害が軽かった。
七 海岸防災林特に防潮林造成上の諸問題
1.宮城県海岸の特質
津波は台風時に起る「風津波(うみぶくれ)」と地震によって起る「地震津波」とがあるが,この地震津波も以前は現象的表現として「海嘯」ともいわれていたが,現在では一般に地震津波に統一されている。
わが国のような台風の多い,又地震の多い国は海岸の保全を考える時は風津波(高潮)と地震津波とを切り離して考えることは出来ないといわれており,特に長い海岸線には漁村として人家の密集している個所が多く,従って海岸線における海面の異常な変動は,その地帯に甚大な影響を及ぼすものであるから,海岸の保全対策は津波,高潮両方の見地から考究されなければならない。
この事は本県海岸においても全く同じで,石巻市以北は比較的に地震津波災害に石巻市以南は高潮災害に蒙り易い地形になっているが,保全対策樹立には両方の災害を充分考慮し,将来の海岸線保持を考えるべきであると思う。
資源調査会の資料によると日本は世界一の津波国であり,津波を4階級に分け危険度を図示しているが,それによると三陸沖と南海道沖とは地震は最も多く起っており,東海道沖,北海道,千島沖はこれに次いでいる。今三陸地方の津浪概要を挙げれば第11表のとおりである。(三陸地方における「震嘯小史」より◎印は被害最も甚大なもの)
以上の記録で明かな如く三陸沿岸はしばしば津波に見舞われて居るが,その被害の状況は海岸の地形とくに港湾の形状,深浅の状態が大きな影響を与えるものである。その関係は概ね次のように分類されている。
(A)外洋に面している湾
(1)V字形をなすとき 最も浪は高く勢力も強い
(2)U字形をなすとき (1)に次ぎ浪高く勢は強い
(3)凹凸が少ないとき (2)より稍低い
(B)大湾の内にある湾
(1)V字形をなすとき 浪はA(1)形をとるが稍低い
(2)U字形をなすとき B(1)に次ぐ
(3)凹凸が少ないとき B(2)に次ぐ
(C)湾が細長くかつ比較的浅いとき 浪は概して低い
(D)海岸線が直線に近く海底が緩なとき 浪は(C)より多少高い
(Al)の場合には勿論(A2),(A3)のときにも大地震津波に対して正面から完全に防衛することは殆んど不可能といわれているが古い防潮林が自らの犠牲によって後方の施設を防衛した事例が多い。
(B1)(B2)の場合も前記のような効果が発揮できる。土木構造物が破壊し去られた場合に防潮休の価値が多く認められる。(B3),(C),(D)の場合には防潮林は防災機能を遺憾なく発揮すもるのである。
2.海岸防災諸施設について
昭和35年5月のチリ地震津波による災害を受けた地域における津波対策:事に関する「チリ地震津波対策特別措置法施行令」第2条に規定された防災施設は次の通りである。
1 海岸堤防 2 河川堤防 3 防波堤 4 防潮堤 5 導流堤 6 離岸堤 7 突堤 8 胸壁 9 護岸 10 水門 11 閘門 12 防潮林
(1)から(11)までは津波又は高潮の浸入を防止する人工構造物であり,その目的と築設の場所により最も効果的な工種が選定されるのであるが,如何なる津波にも十分にして且つ安全なものは,経済的工法の見地から自ら限度があるから複合式にして全体的保全を図る方法が考慮されなければならない。
防潮林
防潮林は造成後長年月を要して,始めて整備された林帯を形成するものであるから,幼令林時代と喬林化して下木,下草が充分繁茂した時代とでその防災能力に差異があるけれども,いづれの場合でも森林構造の大小に応ずる効果をもたらすことができる。特に喬林になりその高さも15m内外に達し林帯が厚い場合(100m〜200m)には侵入波に対する抵抗力は非常に大きく,破壊エネルギーの減殺効果は著しいものがある。
このような防潮林に護られた背後地の家屋,その他の構作物が破壊,損傷を免れた事例は少なくなかった。
防潮林は生きた樹木の集団であり,樹木特有の柔軟性ある抵抗体であるが,これに土木的施設を併用することにより,その防災効果を発揮させることが出来るが,しかもその造成経費は他の土木的施設に比較して少額で足りる場合が多く,又その造成方法も技術的弾力性が大きく,防災上の利用性が高いのである。
3.防潮林のあり方
(1)現存する防潮林
現存する防潮林には,大体藩政時代に造成したもの,昭和時代に造成したものの二つに分けられるが,藩政時代のものは樹高は20〜30mの喬木粗林の林帯をなしており,昭和時代のものは樹高10〜15mで比較的密林帯をなしている。
これらの海岸林は過去の災害対策として苦心の結果造成され,保存されてきたものであるため,その防災価値は高いのである。併し海岸利用が高度化して来た為めに,土地の新しい利用上から折角造成された防潮林の一部を伐採して建物を造ったためその箇所が津波の侵入を容易ならしめ,後方被害を増大させた事例は諸所にあった。
(2)改良又は撫育を要する防潮林
藩政及び明治時代に造成された防潮林は喬林老令に達したもの,或は造成後の災害により林帯が粗悪化したもの,或は局部的に穴状になって防潮林として充分の機能を発揮できないもの等がある。
このような海岸林は老大木の林帯には下木の植栽や補植等改良事業を実施して補強を行う必要がある。又昭和時代に造成したもので特に10年生以下のものについては,肥培管理を行って,その生長を促進すると共に,幼令林は落葉落枝の採取禁止等保護管理を積極的に行うことが大切である。
(3)新しく防潮林を造成することについて
(1)地域開発の将来性から防潮林を必要とする場合
海岸線に広い砂浜があり,直接隣接地を保護するのでなく,遠い背後地のため又その地域の将来発展のため,海岸林を造成して長期育成によって防汐林の機能を発揮させる場合(例えば山南地方の海岸線の如き)がある。
この場合は,汀線附近の不安定地帯の後方で植生の安定線より内陸画に出来得れば100m以上の林帯を造成することが理想である。林帯の最前線が平常の最大波浪,又は前方砂丘が飛砂によって不安定である場合は,2〜3mの高さの人工砂丘又は防浪編柵,蛇籠護岸等を築造することが必要である。
海岸を水産事業の干場や,漁船の曳上場に利用することが多いけれど,このための通路は海岸線に直線にならぬようS字形又は電光形等の通路とすることが肝要である。
樹種はクロマツを主林木とし,下木としてマサキ,ツバキ,グミ等を併用することにより,より一層防潮効果を上げることが出来る。
(2)早急に効果の上る防潮林を必要とする場合
海岸附近が工業化,都市化されて土地利用が高度化された場合は保護対象物の価値も高いので,その破損を防止する必要を益々強く要求される箇所が相当多くなってきた。この場合は多額の経費を投入してかなり強度の防災施設を設置する必要がある。即ち保護対象が農地の場合より道路,住宅地の場合は多額の投資を行いより強い土木工作物を築造し得ることは明かである。この場合でも防潮林との兼ね合いにより,一層その機能を発揮することが出来る。
全く人工工作物を造らない場合も防潮林自体,直接その機能を充分発揮するよう計画するのであるがこの場合は従来の体験からして林帯の前面に必ず根止護岸を併設することが大切である。
この場合もクロマツを主林木とし併せて成長の早い肥料木となるハンノキ類,アカシヤ類等を混植して二次的にクロマツ林に移行することがよいと考える。併し何れの場合でも下木(灌木類)を密生させることを忘れてはならない。
(4)津波対策としての防潮林造成計画
今回の津波により前述のような被害を蒙ったが,その復旧は公共土木事業の施設災害復旧事業と津波に対する恒久対策事業の二本立により防潮林造成事業の全体計画が樹立されている。
計画の構想と概要
本県の県営防汐林造成事業は昭和8年三陸津波の直後,東大の本多林学博士,今村埋学博士,東北大の中村,加藤理学博士等の現地調査の結果,次のような効果が認められて開始されたのである。
即ち防潮林は林帯の造成により
(1)津波の波頭を下げ水勢を減ずる。
(2)浮流物を阻止して後方の農耕地建造物の破壊を軽減する。
(3)平素潮霧を濾過して塩害を防止する。
以上の効果があることが報告されている。
今回の津波により県内海岸沿線70余ヶ所の調査を行い,防潮林造成地を選んだが,今後発生のおそれある三陸沖地震津波をも併せ考えている。
津波対策として農林省林野庁の現地調査を受けた箇所は
(1)防潮林護岸の被害があり,この復旧と関連して新設,改良等を施行する必要のある箇所
(2)他所管の施設が被害を受け,これ等の施設の災害復旧と併せて防潮林の新設をすることにより,より一層の効果を上げ得る箇所
(3)新に防潮林の造成を必要とする重要な箇所
を選び現地調査を受け,その結果は既施設災害復旧箇所を除き,一般防潮林造成事業と関連して施行することになっている。
津波対策事業の施行の方針としては
(1)他所管の防潮堤の計画があっても,林帯の造成に重点を置き,海岸の低湿地に対しては盛土を行って,クロマツや他の下木の植栽を図り平均20m以上の林帯を造成すること。
(2)護岸は隣接施設との関連を考慮すると共に,津波に際し造林木が枯死しない程度の高さとし,老朽護岸は改良を図ること。
(3)盛土根止工,排水工等を施工して植栽木の保護を図ること。
以上の諸点に留意し林帯の早期造成に重点をおいて計画されている。
事業計画の総括は次表の通りである。
施設災害復旧とは「公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法」により実施される事業で津波の被災個所に限られる。
津波対策防潮林は「チリ地震津波による災害を受ける地城における津波対策事業に関する特別措置法」により実施される事業で,災害復旧個所の関連,又は他事業の災害復旧と関連して行うものである。
一般防潮林とは「治山治水特別措置法」に基く治山10ヶ年計画で実施する事業である。
4.災害防除樹林の造成について
今回の津波により体験した多くの事例として,海岸に樹林があったため,この樹木に登って一命を取り止めた者,或は庭木として2.3の大木があったため住家の流失をまぬがれた住民があり,又密植した生垣があったため,住宅の破壊が軽減された等一本の樹木数本の屋敷林居久根林や庭木で津波の被害を防除又は軽減した実例は各所で見聞された。そこで海岸には事情が許すなら次のような災害防除樹林の造成を奨めたい。
(1)道路には風致防潮防風をかねた行路樹を造成すること。
(2)住宅地には屋敷林庭木の植付を積極的に行うこと。
(3)学校,役場等公共建造物の周囲は樹林を以て囲み災害坊除林を仕立てること。
(4)公園又は遊園地等には風致林としての効用を考え海岸線寄りに数列の防潮林を造成すること。
5.今後の問題点
(1)技術上の問題点
(1)海岸線の変化について
石巻以南の海岸線は大体砂浜が次第に発達して,汀線が次笛に前進しつつあるが,部分的には河口の河川改修や人工突堤等の海岸構造登物によって,海岸が意外の侵蝕や堆砂を生じておるような現象も見られるので,この海岸前進の現象と相待って,之等の海岸線の変動を或る期間調査研究する必要があると考える。
(2)防潮林の理想型について
防潮林は単木の集合体であり,その構造の如何が防潮機能に大なる影響を及ぼすのであるが,防潮林の理想型は如何なる型式のものが最も有効であるか,又その林帯巾は最小何程で最大は何程までかを科学的に説明したものはない。少くとも防潮機能を発揮する最小の巾と最も,経済効果の高い防潮林型の方式を考究して防潮林造成のため基準を示す必要があると思う。
(2)行政上の問題点
現在海岸防災を担当している主務省は,本省では建設省と農林省及び運輸省であり,これが本県における担当課は土木部河港課,農業水産部漁港課,農地林務部治山課,耕地課の四課であり,夫々の主務省主管課の方針指導により海岸防災の施策を進めているが,その海岸防災施設にはそれぞれの特質があるので,その長所を巧みに組合せて総合効果を発揮するよう計画さるべきであると考える。
只海岸防災投資には自ら限度があるので,津波に対して最も弾力性があり,且つ比較的経費のかからない防潮林の造成については箇所毎に充分検討して最大の効果が挙るよう連かに実施されることを望んで止まない。
八 あとがき
以上今回の津波を契機として,周期的に来襲すると言われる津波対策としての防潮林造成の問題について,現地調査の資料に基き又過去の災害報告書等を参考にして,防潮林の効果と今後考究すべき問題点について述べて見た。
併しその効果の判定等については未解決の事項が多く,将来の調査研究を必要とするのであるが,防潮林の存在が各種被害を軽減した事例は余りにも多いことから,今後恒久対策の設計樹立には三陸沖地震津波(昭和8年3月)と今回のチリ地震津波の貴重な体験を生かし,公共投資の効率的綜合的な効果が発揮できるよう工夫すべきである。
終りに本報告書取纏めに協力された農地林務部治山課長 鎌田和平氏,治山係長 菊地徹氏,林務課長 大立目謙誼氏外両課の関係職員に深謝する。
なお末尾に水利科学研究所の現地調査後における現地座談会記録を附したので,今後防潮林施策遂行上の参考になれば望外の幸である。
参考資料
科学技術庁資源調査会報告第17号:伊勢湾台風における防汐林の効果について
林友会青森支部:防潮林経営研究録
土木学会:海岸保全施設設計便覧
読売新聞社:科学読売(1960年8月号)
日本林学会東北支部会:第12回大会講演集
宮城県:宮城県昭和震嘯史
林野庁治山課:治山事業の実績と経過
林野庁:治山計画と実行
友文堂書房:三陸大震災史
国土計画協会:季刊国土(1959年No.4)
東北開発研究会:東北研究(チリ地震津波特集号)
宮城県:宮城県の海岸林(1953年11月)
仙台管区気象台:チリ地震津波速報
附録 チリ地震津波と防潮林に関する現地座談会記録
(1)日時 昭和35年7月1日(金)
(2)場所 気仙沼市
(3)出席者(敬称略) 水利科学研究所理事長(元林野庁造林課長) 武藤 博忠 所員 玉城 哲 岩手大学農学部教授 武田 進平 宮城治山課 課長 和泉 健 保安林係長 安部 倫次 治山係長 山内 尚 宮城県森林組合連合会 専務理事(元宮城県施業課長) 石川 ■記
和泉課長 現地について防潮林の実態を調査していただき御苦労様でした。さて防潮林は戦時中食糧の欠乏,塩の欠乏,燃料不足等のため荒され,それが戦後惰性となって続いたが今回のチリ地震津波を契機として強化を要する所は強化し整備を要する所は整備する。
事業の実行は漁港区蜘ま漁港,道路は道路と分れ,以前防潮林を施行した所でも漁港又は建設に切り換えて施行する所がある。
防潮林造成を如何にしてゆくか御意見を伺って参考にしたい。
武藤氏 三陸震嘯災害の際の計画がよく実行されているが,戦争によって折角造った林帯が破壊されただけでなく開墾等をされたのは遺憾である。
行政的な問題は防潮淋をやる時は何時も問題になるが,箇所毎に解決する以外に抜本的な対策はない。
防潮林造成事業は昭和10年度に着手したが昭和15年度以降は戦争のため,国において殆んどそういう仕事をする意志がなかった。
今後海岸林整備事業と云う根本的な対策をたて整備補修をして整備する必要がある。
又防潮林の効果を最もよく知っている部落自体の認識が足りない。防潮林に対して,部落自体から伐採させてくれと云う様な要求がある。防潮林は津波を防ぐ以外に汐風害を防ぎ農作物の増産に物果があると云うことを知りながら破壊的行為をしている。
石川氏 三陸津波後の施行において土地買収費がなく補償費を出した。これは畑ならば離作料の様なもので,全部地上権を設定した。防潮林造成予定地の地上権設定については,町村長に責任を負わせ,土地所有者と接衝してもらった。
補償費は当時の金額で30万円である。
武藤氏 地上権設定は,国の指導方針でもあった。
アメリカでは公益事業で復旧事業をする時は先ず普及宣伝を行う。最初に設計書を持って行って,地元とか充分接衝して地元の意見も取り入れる。地元が納得して協力することが必要である。
防潮林造成についても青年層に呼びかけることが必要である。
和泉課長 海岸砂地造林施行地には,保護組合が結成されて事業等について毎年打ち合わせがあり,充分な協力を得られる態勢にあるが防潮林造成地にはその様な組織は少ない。
石川氏 防潮林造成事業は,昭和10年から5ヶ年計画で完了し,その後3年間補植費として5,000円をもらい,県で巡視員をおいた。その後町村に引きつぎ町村から手当をだしてもらった。昭和22年に保護組合を結成させた。
(河北新報気仙沼通信局記者鈴木友次郎氏来訪)
鈴木記者 今回の津波について現地調査の感想を伺いたい。
武藤氏 今回の津波の特微として
(1)南東に面した浜は被害が大きい。従来は外洋に面した所の被害が大きかったが,今回は被害が少ない。
(2)志津川町は高潮に弱い所である。高潮に弱い所は一般に津波に強いのであるが,今回は志津川が大被害をうけているので,今度の津波は高潮に類似していると考えられる。
(3)明治29年,昭和8年の津波は何れも波高が高いが,その場で折れた。今度の波高は高くないが何処までも追いかけてきて低い所の水量が多く浸水区域が広い。波高がなくても週期が長い為と思う。
(4)津波の因子は一般に
(イ)湾の形
(ロ)海の深さ
遠浅か深いかにより違う。
遠浅の場合は波が高いが破壊力は減じ,深い程破壊力は強い。
(ハ)湾の向きである。
(5)津波の大きさを分けると
明治29年 波高20m 三陸の死亡者2万人
昭和8年 〃10m 〃3千人
〃35年〃 5m 〃百人
で今度の津波の波高と死亡者が前より少ないと言う見方で,津波の対策を軽じてはいけない。防潮林と防浪堤を組み合わせて,万全の策を講ずべきである。昭和8年の津波の際は防潮林により津波の力を弱めることに主眼をおいた。
防潮林は高い波を押え,防潮林自体は折損する。防浪堤もよいが,より以上の波が来たときはより一層被害を大ならしめる場合も考えられる。昭和8年の際は防潮林の根止工は高さ1.5m位であったが,今後は特に充分強化しなければならない。防潮林を川に沿って植栽すればなおよい。砂地の広い所は植栽のみでもよいが,砂地の狭い所は沈降性で海が深く津波の被害も大きいので,防潮林を育てたいが土地利用上漁業用にも使いたいので問題がある。
和泉課長 防潮林の効果として
(イ)波のエネルギーをそぐ。
(ロ)津波の波高を低める。
(ハ)漂流物を押さえる。
(ニ)高潮の場合等の汐霧を押さえて,平素潮害防備の役目をする。
石川氏 仙台市六郷の故山田勘助翁は六郷の名取川北岸堤防の松並木を古来「龍神除け」の林として保護されて来たものであると話されて居ったが,味のある御話であると思う。
和泉課長 防潮林を作る為の障害は
石川氏 土地の問題である。防潮堤と違い広い巾を必要とするので問題が生ずる。地上権設定により施行した場合,内陸の人達はよいが土地所有者が困るので今後は土地買収でゆくべきである。
和泉課長 防潮堤と防潮林との組み含わせはどうすべきか。
武藤氏 海寄りに防潮林をつくり,その背後に防浪堤を造るべきで中村左衛門太郎博士の説である。
武田教授 宮城県の被害を見て感じた点は
(1)昭和8年に被害を受けない所は今回被害を受けている。殊に川口から1〜2kmも遡った所が被害を受けている。
(2)昭和8年の津波は来襲した時は衝撃があったが引き潮の強さは大したことはなかった。今回は引き潮が強かった。その為に引き潮に護岸の裏がやられたが護岸の裏にも表と同様に法をつけて固めることが必要である。基礎はパイリソグをすればよい。
(3)岩手県田老町の防浪堤の効果が誤り伝えられている。今度の津波は防潮堤の根元まで行かなかった。
(4)今度の津波の来た時は時刻がよかった。夜中なら被害が甚大であったろう。
(5)津波に対する日頃の訓練が必要である。大船渡は訓練ができていなかったから被害が大きい。
(6)津波警報は火災警報と同じであるから区別するを要する。
石川氏 効果のあった防潮林としては
北上村 立神長塩谷
志津川町 長清水
〃 波伝谷
〃 戸倉折立等である。
(鈴木記者退場)
和泉課長 町村青年団等に絶えずPRすると共に保護組織の強化を図る。
石川氏 組合育成の方法としては
(1)海岸林保護組合連合会総会には町村長の出席を求めること。
(2)監視員を設置すること。
(3)制札をたてること例えば岩手県長岡森林組合(盛岡の近くの志和町所在)では山の手入れに対して制札を立てて効果を上げているが,そうしたことも必要である。
安部係長 海岸林保護組合の総会には関係町村長の出席をもとめ必ず係員が出席している。
和泉課長 防潮林製造用地の関係はどうするか。
石川氏 地上権は失敗であった。買収がよい。
玉城氏 代替地を与える方がよい。部落の皆で土地をだし合えば出来るが,そうでなければ狭い土地であるから難しい。
和泉課長 林野庁と土地買収費を設計に組み人れることについて打ら合わせた結果,ダムの水没地と異り,局所防災であるから現段階では困難である。
武藤氏 漁港の場合は経済効果が大きいから地元負担させてもよいが,防潮林の場合はマイナスを防ぐことなので,受益負担は難しい。
玉城氏 30年に一席災害救助費を支出することを考えれば買収費はだせると思う。
武藤氏 防潮林の護岸を建設省にまかせてよいか,又護岸を高くする必要性について意見あれば
山内係長 防潮林の護岸を建設省にまかせることは結構であるが,然し建設省にも予算の枠があって計画全部を短期間に実行することは難しい。
又施行の際に順位があって,人家道路等の経済物果の高い所は優先的に実施されるが,防潮林の様な個所は防潮林があるからと云う理由で却って施行順序が下位になり,折角造成した防潮林が欠潰してしまうことも考えられる。従って私は林地を確保するために防潮林の護岸は林野庁の手で造成しなければならないと思っている。
又護岸を造る以上高潮の越える様な護岸では防潮林のみならず地元民を保護する点から言っても充分ではないので,高潮に負けない防汐護岸を造った方が良い。殊に昭和8年の津波以後約30年を経過し,土木技術が非常に進歩しているので,建設,漁港は現在の要求に即応した護岸を造っている時その近くにある防汐林の護岸が旧態依然として他官省所管の護岸と接続するならば必ず次の災害を惹起する弱点となるので,他官省所管に劣らない護岸が必要である。
石川氏 護岸には波返えしをつける必要がある。
又防潮林の下木としてマルハマサキを植栽した方が良い。
和泉課長 今までの皆さんの御意見を総括して
(1)林帯の残存する個所は林帯を保護する根止工を強化する。
(2)林帯の残存しない個所は他所管で護岸を実施してもらう。
(3)新設個所には従来の考え方を改めて新規構想をもって充分研究の上事業を実施したい。
以上について個所毎に実態調査の上に実施計画をたてたい。
ではこの辺で長時間有難う御座いました。
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