防潮林の効果と幅に関する一実験
中野秀章(1)
森沢万佐男(2)
菊谷昭雄(3)
1.まえがき
従来,津波・高潮災害の軽減に対して防潮林は、いわゆる漂流物阻止と津波勢力減少の2,転で効果がある2)3)6)とされている。林帯幅が相当に小さくても,前者の効果はかなり認められるが,後者については明りょうでないとされている。そして当然ながら,この両効果の面から,防潮林の幅は土地を得られるかぎり広ければ広いほどよいとされている5)6)。
防潮林はだいたいにおいて海岸防風林,飛砂防止林,風致林等としての効果もあわせ考えられ,林帯幅は現状では100〜200mぐらいが一応の必要目安とされしているが,必要限度幅の解明はなお重要研究課題として残されている。
一方,沿海地域開発の進展にともなって,海岸における林地とその他の土地との競合は、しだいにきびしさを加えている。以上から,海岸防災林帯の必要限度幅の究明は,防風林に限らず重要な問題となっている。この必要限度幅は,まず津波,風の勢力等と幅の関係を明らかにし,ついでこの関係と保護対象物との関係,林帯自身の維持の関係を勘案してきまるが,第1段階の関係の究明においてさえ,現実には津波,風の勢力,海岸の地況,林型などきわめて多数の条件とも関連しているため,解明は容易でない。結局,いろいろの面からみた理諭的,実験的な多数の検討のうえに多年の経験を重ねて明らかにしていくほかなかろう。
従来の現地調査や理論的,実験的研究で,津波の性質,現実の海岸林の実態などがしだいに明らかになってきているので,これらの既往知識をもとにして,少しでも資料を重ねる意味で,防潮林の勢力現象効果の面から簡単な模型実験を行なった。すなわち,津波による海水流の陸上ヘの浸入は段波的なものであると考え,段波の破壊力と幅との関係に着口し,各種の幅,立木蜜度の林帯がある場合の動圧力の減少効果を,林帯がない場合の動圧力を基準として比較することを想定した簡単な模型実験を行なった。
このような実験は現実との相似性に問題が多く,決して十分なものとはいえず,将来いっそう適切な実験を行なうための予備実験として試みたにすぎないが,多少とも参考になれば幸である。
2.実験の方法
(1)防災部治山科長(2)(3)防災部治山科理水研究室林業,試験場研究報告 第194号 昭和41年9月(1966)
実験条件の設定には,筆藩らが先年チリ地震津波直後岩手,宮城両県下で行なった調査の結果5)に根拠をおいた。
両県下には約95か所に防潮林があり,その林帯輻は10〜50mのものがほとんどで,20〜30mのものがいちばん多かったが,5mぐらいのもの,、ちるいは200m前後のものも各数かた所あった。次に植栽本数は大部分は1O,000本/haで,これが、調査査当時5,000〜6,000本/haの立木密度となっていた。なお樹高は10〜25mのものが,まとんどで,枝下高は5〜10m,胸高直径は10〜3Ocmで代表されるとみられた。
津波による海水流の侵人の状態は,津波の性質,海底の状況等の影響により,砕波して段波的な前線をもって進行してくる場合と,段波的でなく,洪水流状となってくる場合とが考えられるが,防潮林では前浜水深が零か、あるいはきわめて浅い場合がほとんどで,前者の型で侵入を受ける場合が多く,かつこの場合が破壊力も大きいと考えられるので,このような津波について検討しておけばよいと思われる。段波の波速は,おそらく砕波したときの水分子の速度と同程度,もしくはそれより幾分小さいとみられる。水分子の速度は津波の伝播速度√gh(g:東力加速度,h:海深)の3/4くらいとみられる。仮にh=10mとすれば,伝播速度は10m/s,したがって表面付近近における水分子速度は7〜8m/sと考えられる7)。筆者らの聞取り調査では,ある程度の砂浜をもつごく普通の海岸で,津被の波高5mぐらいのとき,津波による海水流の陸上速度は中学生の走るぐらいだったというから,普通の海岸では大体5〜6m/s程度とみてよかろう(もちろん,場所によって異なるが)。
また津波による侵入海水深は,湾内の水深,湾形などにより異なるものであるから一概にはいえないが,前述調査では1〜4mぐらいであったようである。古い記録によれば,20mを越す場合もみられたが,これはきわめてまれな現象で,大部分は5mないしはそれ以下のようである1)。
以上から,侵入段波の波高5m,波速7m/sと想定した。
防潮林模型の縮尺は胸高直径をもとにして1/40とした(直径が極端に小さくなり,まったく異常な物理性を示す林木模型にならないようにすることを基準として考えた)。しかも波高を5mと想定したので,これはすべて枝1下高以下の樹体を考えればよいものとして,林木の模型には断面形が円の細い竹棒を川い,これを原版上に立てならべて林帯模型とした。防潮林の現実樹種はほとんどクロマツであり,樹皮の状態の問題があるが,これはとくに考えなかった。林帯模型は棒の太さと棒の間隔の各種組合せ別に,1〜V型の5種類とし,各型について林帯幅を7種類とした。
この実験の場合,主作用力は慣性力と重力になると考えられる。すなわち,相当の流速をもった水流が侵入するのであるから,林帯内では水流はかなり乱れ,粘性力の関係はきわめて複雑なものとなろう。したがって,簡単には相似則をきめられないと考えられるが,予備実験の段階でもあり,この実険の場合,一応力学的相似をFroude数で考えることとした。したがって段波の波速を大体120cm/S前後になるようにした。
実験にはFig.1に示す実験水路(幅60cm,長さ12m,深さ80cm,下流端から4mは側壁がガラス)を用いた。
段波はFlg.1に示す段波発生装置で起こした。すなわち,Oを中心としてPP'に回転できる板をPHの索で引張り,OPで水路を閉じ,上流側に水深30cm,40cmで貯水する。次に瞬間的にPHの索をはなすと水灰およびおもり(W)により板はOPから0P'に回転して閉き,段波が発生する。
まず,発生した段波の波高および波速を測定する。つぎに林帯模型を設置し,詞様に段波を発生して模型林帯前方(上流側)40cmの位置での最高水位,模型林帯後方(下流側)10cm,40cmの位置での最高水位とそのときの流速を測定する。流速は流水面から水深の1/10だけ下のところで測定した。
最大波高(最高水位)は側壁に白紙を張り付け,水位痕跡から読みとった。最大流速はFig.2のごとき、試作ピトー管を用いて測定し,流速水頭から算出した。この場含、試作ピトー管による計算流速がどの程度に信頼できるかをみるために,実際,こ流水表面に浮子を流して実測した平均表面流速と対照してチェックした。その結呆を図示したのがFig.3であるが,この両者間に直線関係があるとみとめてよかろう。両者の回帰関係は Y=0.83X+1.0で表わされる(y;実測平均表面流速cm/s, X;試作ピトー管による計算流速cm/s)。この検討こより,試作ピトー管による計算流速は実際の流速を正しく表わしているものとして,上式によって実際の表面流速を求め,この流速から次式により動圧力を算出した。
3. 実験結果と考察
最初に模型林帯(以降,単に林帯と略称する)なしで段波を発生させた揚合の各点こおける段波通過時の最大波高,最大動水位を測定した。これを図示したのがFig.4である。
つぎに前述の1〜Vの型の林帯を7種類の各輻で設置し,これに段波を衝突させ,流れがどのようになるかを観察するとともに,林帯前方40cmの位置の最大波高,林帯後方10cm,40cmの位置の最大波高,最大動水位を測定した。貯水位40cm,30cmの2種類で段波を発生させたが,貯水位30cmの段波では,360cm,450cmの林帯幅のときの動水位は装置の関係で測定できなかった。
林帯に衝突した段波はそこでくずれ,林帯内をある水面勾配をなして通過するが,林帯の抵抗によって一部は上流側に貯留され,反射波が上流側に伝播する。このため,模型がない場合にくらべて,前方の静水位は柑当上昇する。時間の経過につれて貯留された水も,またある水面勾配をなして林帯内を通過する。
Table2は前方の最大静水位を表わしたものである。Table2にみられるごとく,貯水位40cmの場合には林帯のない場合の1.5〜1.9倍,貯水位30cmの場合には1.4〜1.7倍の最大貯水深になって貯留する。この貯水深と林帯の幅および型との間の関係は明りょうでない。
林帯通貨後の流水の,林帯後縁より10cm,40cm後方における最高静水位をTab1e3に示す。
Table3にみられるごとく,貯水位40cmの場合,林帯のない場合の最大波高を100とすれば,林帯後方10cmにおける流水の最大深は51〜133の範囲で変化している。この値は林帯幅が大きくなるにしたがって小さくなっている。また林帯幅90cmまでは,どの型の林帯についてもその値は100以上となっているが,これは林帯幅がある程度小さいと,林帯の抵抗によって,林帯前面に貯留された水があるヘッドをもって二次流となって林帯を通貨するため,林帯後方10cmでは逆に静水位が林帯のないときより大きくなるのであろう。また林帯後縁からわずか10cmの距離であるため,林帯内で乱された流水の乱れがそのままあらわれて波立つため,痕跡による最高静水位が大きくあらわれることもその一囚と考えられる。後方40cmの流水の静水位は,林帯幅90cmまではほとんど林帯のない場合の波高と同じで,87〜104であるが,林帯幅がそれ以上になると林帯幅の大きいほど静水位は小さくなるのは後方10Cmのそれと同じで,最小46にまで減少している。林帯幅9OCmまでは流水の静水位がほとんど減少しない原因は,後方10cmの場合と同じであると考えられるが,ただ10cmの場合にくらべて林帯を通過してからの流下距離が長いため,流水の乱れが少なくなり,波動が小さいために10cmの静水位よりは小さな直になるものと考えられる。
つぎに貯水位130cmの段波の場合,林帯後方10cmにおける静水位は,林帯幅90cmまでは104〜129で,林帯がないときより大きいが,林帯幅が90cmを越すと,林帯幅が大きいほど静水位が小さくなる傾向は,貯水位40cmの段波の場含と同じで,最小64(貯水位30cmの場合には林帯幅270cmの場合までしか装置の関係で測定できなかった)にまで減少している。後方40cmにおけるそれは林帯幅30cmでは,93〜98て林帯のない場合とほとんど変わりがないが,30cmを越すと95〜55となり,林帯幅が大ぎくなるにしたがって流水の静水位が下がるのは貯水位40Cmの段波の場合と同様であるが,発生段波の貯留水位が低いため,林帯前面の貯留水による二次流のヘッドが小さいため,林帯幅が小さくても流水の静水位が大きく下かるようである。
つぎに、動圧力についてみるに,Table4およびFig.5(a)〜(d)から次の事実が指摘できよう。Flg.5(a)〜(d)は林帯幅と動圧力の関係を図示したものである。
a)林帯がない場含にくらべて,林帯があるときにはすべての場合に動圧力は減少しており,林帯の段波勢力減少効果を示している。
b)林帯幅が増すにつれて,動圧力はますます減少する傾向を示す。
c)しかし,林帯幅と動圧力減少の関係は直線的ではなく,指数曲線というか幅90cmを境として2つのグループに分けられる。たとえば貯水位40cmの段波の場合,林帯後方10cmの位置における動圧力を見ると,林帯のない場合の8.2g/cm2に対して,林帯幅90cmの場合にはII型の3.9g/cm2から,
V型の5.4gcm2まで約48〜66%まで滅少するのに対して,幅がその倍の180cmの場合の動圧力はII型の3.5g/m2から、V型の4.6g/cm2まで約43〜56%までしか減少していない。要するに,90cmの林帯幅があれば,林帯のない場合の動圧力を大体半減させることができるが,これをさらに半誠させるためには,4〜5倍の林帯輻すなわち,360〜450cmの林帯幅が必要であるということである。
d)1〜V型の林帯模型のちがいによる動圧力減少効果には顕著なちがいが指摘できない。すなわち,この程度の棒の本数,太さのちがいでは,効果に明確な差が生じない。
e)以上の結果は,林帯後方40(cmの地点についても,また,貯水位3Ocmの段波の場合の林帯後方10)cm地点,40cm地点についても同じである。
また小山4)が手ウイ安下潮速と防潮林との幅との関係式
<式が入る>
を用い,防潮林に侵入する潮速を5m/sとした場合の防測林林帯幅Yと,その防潮林を通過したときの潮速Vとの関係を計算してみるとつぎのようになる。ただし現地調査やその他文献調査による資料をもとにして,Cx=0.5,α=10と仮定した。
<表が入る>
この流速から,動圧力を求めると,つぎのようになる
(P=1/2pv2=Kwv2は単位体積あたりの水の重量,vは流速,gは重力加速度,K=1として計算)。
<表が入る>
これによれば,林帯幅20m以下でも動圧力は羊減されることになり,われわ君の実験結果による40mより幾分小さな幅となるが,筆者らの実験で用いた林帯漠型は竹を丸く削ったもので代用したから,林本表皮の抵抗が実際のものより小さく,したがって小山の式による計算値より動圧力の減少割合いが小さくでたとも考えられるので,林帯の動圧力減少効果としては大差ないとみてよかろう。
つぎに動圧力と静圧力との合計圧力,すなわち全圧力についてみると,Table5およびFig・6(a)〜(d)から明らかなように,林帯がないときにくらべて林帯がある場合には,その全圧力は減少しており,林帯幅が大きくなるにしたがって全圧力はますます減少する傾向がみられるのは動圧力の場合と同じである。また,林帯幅と全圧力減少の関係が直線的でなく,林帯幅90cmを境として2つのグループに分けられることも動圧力の場合と同じである。I〜V型の模型の違いによる全圧力減少効果には明らかな差異はみとめられなかった。
日本建築規格による建築物の構造計算に用いられる風圧力はP=c・qなる式で計算されるが,風力係数c,速度圧qにそれぞれ最大値をあてはめて,風圧力Pを計算すると,Pは大体500kg/m2となる。家屋などの構造物は,この数字にある程度の安全率を見込んだ1ton/m2くらいの風圧力には耐えられるくらいの強度をもっていると考えてよかろう。一方,5m/sの瀬速の津波の動圧力は,前述のP=w・v2/2gの式から計算すれば1.28ton/m2となり,この圧力に対しては構造物は破壌される計算となるが,われわれの実験結果からみれば,この1.28ton/m2の動圧力は林帯幅90cm(現実では36m)の防潮林により,少なくともO.83ton/m2ぐらいにまでは減少されるという計算になり,構造物はかなり安全になるといえよう。もちろん,水と風のちがいがあり単純には考えられないが。以上のことを勘案して,津波勢力減殺効果からみた防潮林の林帯幅は最小限30〜40mは必要であるといえよう。
要約
チリ地震津波来襲時の岩手・宮城両県下の防潮林の実態を参考にして,防潮林の林帯幅と侵入津波勢力
減殺効果との関係を知るための模型実験を行なった。この実験結果からっぎのことがいえるようである。
1)段波津波は防潮林に衝突して,林帯前面にある程度貯留するため,林帯がない場合の波高こくらべ
林帯前面では約50〜90%静水位が上昇する。
2)林帯帯通過後の段波の波高は,林帯幅が90cm(現実には36m)ぐらいまでは林帯のない場合の波
高よりも大きいが,林帯幅が90cm以上になると幅の増加にともなって静水位は低下し,林帯幅450cm
で大隊50%ぐらいの波高となる。
3)段波津波の動圧力は,林帯によって減少されるが,林帯幅が大きいほどこの動圧力減少効果も大き
い。
4)しかし林帯幅と動圧力減少の関係は直線的ではなく,林帯幅90cmを境として勾配の変わる折線状の関係が考えられるようで,林帯幅が90cmをコスト動圧力減少割合が相当小さくなるようである。 5)棒の太さ,棒の間隔の異なった林帯模型の差による動圧力減少効果には顕著な相違が指摘できなかった。
文献
1)岩井淳一:三陸沿岸の地形及地質,防潮林経営研究録,pp.6〜12,(1948)
2)加藤愛雄:防潮林の防浪効果について,防潮林経営研究録,pp.46〜49,(1948)
3)川口武雄:昭和21年南海地震に於ける和歌山県防潮林効果調査,防潮林経営研究録,pp,70-78
、1948)
4)小山 悌:防潮林経営の計画資料,防潮林経営研究録,pp.95〜143,(1948)
5)中野秀章ほか3名:岩手・宮城両県下防潮林のチリ地震津波時における実態・効果と今後のあり方,
林試研報140.pp.1〜88,(1962)
6)農林省山林木局:津浪災害予防林(防潮林)造成に関する技術的考察,山林局,22pp,(1935)
7)高橋竜太郎:津波,防災科学(3)水災と雪災,pp,3〜67,(1935)
An Experimental Study on the Relation between the Width of Tidal Wave Control Forest and it's Effect.
Hidenori NAKANO, Masao MORISAWA and Akio KIKUYA
(Resume)
The authors studied by model experiment with a flume to determine the relation between
the width of tidal wave control forest and its effect on the reduction of destructive force of
tsunami, as applying to the actual state of tidal wave control forests in Miyagi and Iwate
prefectures at the tsunami caused by a Chilean earthquake. From the experiment, the
following points were revealed,
1) The hydraulic bore dashing against tidal wave control forest models measurably
dammed up in front of the forest models, and the water level of hydraulic bore rose about
50-90 percent more than that in the absence of the models.
2) In cases in which forest models do not exceed 90 centimeters (Corresponding to 36
meters actually) in width, the water level of hydraulic bore that passed through forest models
was higher than that in the case without forest models. 0n the contrary when the width
of forest models exceeded 90 centimeters, the water level dropped with the increasing width
of forest models, and the model with the width of 450 centimeters (180 meters actually)
lowered the water level to about a half as high as the level which might stand in the case
of no forest models.
3) The dynamic pressure of hydraulic bore was diminished by the forest model, and
the wider a forest model became the greater was the effect of forest on the diminution of
dynamic pressure.
4) The relation between the width of model and diminution of dynamic pressure was
not linear, but it seemed to follow the broken lines changing the slope at a point corres-
ponding to 90 centimeters of model width. The rate of diminution of dynamic pressure
considerably decreased when the model width exceeded 90 centimeters.
5) The authors failed to observe any significant difference between the effects by diffe-
rence of diameter and density of tree models on the diminution of dynamic pressure.