文字サイズサイズ小サイズ中サイズ大

挿入紙

時下ますます御清祥のこととお慶び申しあげます。
さて、わたしども東京大学新聞研究所「災害と情報」研究班では、この度、報告書『チリにおける地震に関する調査』を作成しましたので、お送りいたします。
皆様方の忌憚のない御批判をいただけたら幸甚です。


東京大学新聞研究所「災害と情報」研究班

はじめに

1985年3月3日(日曜)午後7時47分6.9秒,南米大陸西海岸のチリ共和国のVALPARAISOとALGARROBOの約2km沖の海底kmの地点を震央として,リヒター・マクニチュード7.8の大地震が発生した。この地震により,震源に近い海岸沿いのSAN ANTONIO,VALPARAISO,VINA DEL MAR,さらには首都SANTIAGOやMELIPILLAなどの内陸諸地域は多大の被害を受けた。チリ内務省防災局(ONEMI)の公式発表によれば,被害は死者179名,負傷者約992,500名,全壊家屋約73,000戸,半壊家屋約148,000戸に達している。とくに震源に近い港町SAN ANTONIOでは震度は改正メルカリ震度で7.75以上,首都SANTIAGOでも6.75〜7.25と推定され,アドベ(日乾しレンガ)造りの家屋ばかりか,近代的建築物にも被害が及んでいる。
この地震を契機にわれわれはチリにおいて2回の調査を実施した。ひとつは,その地震の直後に大打撃を受けたSAN ANTONIO市で実施したもので,発災直前から発災直後までの一般住民や行政体の準備状態,とっさの行動,流言や役に立ったメディアなどの情報の問題に関するデータを集めるための調査である。いまひとつは約1年後に首都SANTIAGOで実施したもので,人びとの自然災害,なかんずく地震に対する一般的態度・行動をとらえようとした調査である。本報告書にはそれらの調査結果の概要を示す。両方の調査はともに,近年わが国において機会があるたびにおこなわれているタイプのもので,われわれはすでに日本に関しては多くのデータを蓄積してきている。したがってこれらは,自然環境や社会制度,文化の差によって人びとの災害に対する態度・行動がどのように異なっているかわ明らかにする比較研究のための貴重なデータを与えてくれるであろうと期待される。
また,チリは日本と同じく世界有数の地震頻発国でありながら,社会科学的観点からの災害研究は皆無であるので,これらの調査が同国におけるこの領域の研究の今後の発展に対して多少なりとも寄与することを願っている。


1986年10月 東京大学新聞研究所『災害と情報』研究班
岡部慶三
鈴本裕久
広井脩
三上俊治

第I部 地震前後の状況に関する調査*

1 調査の概要

1.調査目的

チリの市民が1985年3月3日の大地震をどのような状況の中で迎えたか,発災に対してどのように反応したか,また揺れがおさまってからどう行動したか,などを明らかにすることを目的とした。


*この調査は昭和59年度,60年度文部省自然災害特別研究(突発災害研究)によって実施されたものである。

2.調査方法

(1)調査票を用いた個別面接調査(調査実施機関Gallup Chile)
(2)ヒアリング

3.調査対象とその選定

(1)個別面接調査は,もっとも被害の大きかったSAN ANTONIO市(首都SANTIAGOから110km離れた海岸沿いの市)に居住する18歳以上の男女から252名を対象として抽出した。対象の抽出にあたっては,まず,家屋の種類,住民の社会・経済的特性,地震による被害の程度を考慮して全市を7つの地域に分類し,各地域の人口を勘案して126名を抽出した。(男女が半々になるようにした。)さらに,調査時点でまだ活動していた3ヶ所の避難所に収容されている人びとから126名を抽出した。(これも男女がほぼ半数ずつになるように,また同一世帯からは1名のみが対象となるようにした。)
(2)ヒアリングは,チリ内務省防災局の幹部数名,SAN ANTONIO市の市長代理と災害対策本部長,新聞記者,テレビ局幹部職員,ラジオ局アンカーマン,臨床心理学者,一般市民,チリ在住日本人を対象とした。

4.調査時期

SAN ANTONIO市での面接調査は3月29日〜4月3日,ヒアリングは3月27日〜4月8日の期間におこなった。

2 調査結果

はじめに

以下,住民を対象とした面接調査の結果を,ヒアリングの結果を援用しつつ紹介する。まず最初に,対象者の特性を表1および表2に示す。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:377px
  • ファイルサイズ:58.2KB
(表1)サンプル特性—現住居×性,年齢
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:399px
  • ファイルサイズ:55.2KB
(表2)サンプル特性—性x年齢

1.地震発生までの状況

チリは世界有数の地震多発国であり,たびたび大地震にみまわれるため18歳以上の男女のうち約70%の人びとが過去に大地震の恐ろしさを経験していることが今回のデータで示されている。注1) したがって地震に対する関心は当然非常に高かった(表3)ものと推測される。しかも3月3日の大地震発生の前に,50%の人びとが「近いうちに大きな地震が発生するかもしれない」という不安を抱いていた。(表4)


その理由の主なるもの:
(1)以前から揺れが続いていたから(59*),(2)自然環境の変化(海,空の様子,天候の変化,動物の行動異常など)(27),(3)まわりの人びとの噂(9),(4)予言者の話から(7) 注2),(5)聖職者の話から(5),(6)地震は定期的に起こるものだから(4),(7)自分自身の予感,夢など(3)
*()内の数字は理由としてあげられたもの137を100とした%


しかし,にもかかわらず,今回の調査データ,およびヒアリングの結果でみるかぎり,事前の防災対策は決して十分に立てられていたとはいえなうように思える。ONEMIなど,中央機関の広範囲にわたる熱心な活動はあるものの,地方自治体レベルでは地震発生時に食料,水,医薬品,衣料などが備蓄されていた様子はなかったし,住民の防災訓練もおこなわれたことはなかったらしい。また,マス・メディアも緊急時の報道態勢を事前にととのえておくといったこともしていなかったもようである。住民の地震や防災に関する知識のレベルも決して高いものではなかった。「新聞,雑誌,ラジオ,テレビ,講演,授業などで地震についての話を見聞きしたことがある」ものは59%にとどまり,残りの人びとは「そのような情報に接したことはまったくない」と答えている(表5)し,「地震の際にどのようなことをすべきか知っていたか」という質問に対しても「何も知らなかった」というものが24%もいる。(なすべき行動として多くあげられたのは,「ドアの枠の下にいるようにする」(これはチリでは広く普及している知識である)が全サンプルの27%,「冷静をたもつ」15%,「安全な場所を探す」13%,「壁やガラス,電線など危ないものに近よらない」13%などで,大地震の経験やマス・メディアなどで地震や防災に関する情報に接触した経験がある人びとはさすがにこれらを多く答える傾向がある。)(表6)
また学校教育の中では防災がとりあげられることになっているようであるが,住民にたずねてみると,そのような教育は実際にはまだ十分普及しているとはいいがたいようである。


注1)ただしSAN ANTONIO市の代表サンプルであって(クォータ・サンプリングによる),全国のそれではない。
注2)チリでは有名な自称「地震予言者」がいて,頻繁に地震の発生を予言している。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:341px
  • ファイルサイズ:52.9KB
(表3)過去に強い地震を経験したこと
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:495px
  • ファイルサイズ:72.4KB
(表4)地震がおこりそうだと感じていたか
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:501px
  • ファイルサイズ:70.2KB
(表5)地震についての情報接触経験
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:743px
  • ファイルサイズ:129.5KB
(表6)地震のときどうすればよいか知っていたか

2.地震発生時の心理・行動

地震が発生したとき,人びとは非常に強い恐怖をおぼえたという。これは「周囲の人びとはどのような様子であったか」という質問に対し,79%もの人びとが「非常に恐がっていた」と答えていることに示されている。(表7)とくに女性,子供の恐怖が強かったことはこの種の質問 注3) の回答からも,またヒアリングからも明らかであった。
「揺れているとき,どのように行動したか」を質問したところ,「動くこともできなかった」というものが7%もいた。とくに女性にこのように答えるものが多かった。また「あまりにも恐ろしかったので何も憶えていない」ものも2%いた。もつとも多い行動は「子供や老人,病人を助けに行つたり,家族を落ちつかせ,面倒をみた」26%,次いで「すぐに家から外にとび出した」で14%,「何がおこったかじっと様子をみていた」11%,「頑丈なものにつかまって身を支えた」7%,「安全な場所にかくれた」7%などとなっている。(表8)
これらの回答の分布は日本における地震の調査のデータ(浦河沖地震の浦河,宮城県沖地震の仙台,日本海中部地震の能代におけるもの)と一致する部分もあり,一致しない部分もある。たとえば「動くことができなかった」は浦河9%,仙台6%,能代10%,「家具やこわれやすいものをおさえた」もSAN ANTONIO4%,浦河8%,仙台3%,能代3%と比較的よく似た数字であるが,「じっと様子を見ていた」は浦河15%,仙台33%,能代26%であるし,「火を消した」SAN ANTONIO0%,浦河46%,仙台21%,能代2%と,かなり差異が大きい。注4) また,SAN ANTONIOでは「神に祈った」という回答が2%あるが,これはカトリック国ならではの結果で,日本ではありえない行動である。このような差異はもちろん地震の規模,発生の曜日や時刻などによるが,そのほかにもその地域で歴史的に形成されてきた社会・文化的条件,住民の知識や行動パターン—これらを一括して「災害文化」とよぶことができよう—の差にも依存しているのであろう。
なお,表8のデータからわかるように,多くの人びとが安全な場所を求めて急いで逃げ出すという状況はたしかにあった。しかし,いわゆる「パニック」—多数の人びとが恐怖にかられて先を争って逃げまどい大混乱が生じ,その混乱のゆえに被害が増幅される,といった意味でのパニック—らしきものは発生しなかったことは,行政担当者,マスコミ関係者が一致して述べているところである。(これは,ひとつには,地震発生がたまたま休日の夜であったことにもよるのであろうといわれている。多くの人びとが繁華街に集中するウィーク・ディの昼休みなどに発生したら,ビルの窓ガラスがこわれて降りそそぐ街路ではパニック的な大混乱が発生する危険性は大いにあったと指摘する人もいた。)また,SANTIAGO市内で地下鉄に乗車中に地震にあった市民の話では,地下鉄車内でも大きな混乱はなかったということであった。それは比較的最近建設された近代的な地下鉄に対する信頼が支えになっていたためであろうと説明する人もいた。


注3)調査では「周囲の男の人たち……」,「周囲の女の人たち……」,「周囲の子どもたち……」のそれぞれについて質問している。
注4)回答カテゴリーが多少異なるものがあるので,比較可能にするために部分的に修正してある。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:174px
  • ファイルサイズ:31.6KB
(表7)周囲の人びとの反応
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:786px
  • ファイルサイズ:152.8KB
(表8)地震の最中何をしたか

3.持続的影響

われわれの調査は地震発生後約1ヶ月経過した時点でおこなわれたものであるが,大地震の恐怖がいまだ消えさることなく,持続的な影響を及ぼしていることが判明した。これはもちろん3月3日の地震が極めて強いものであったことにもよるし,その後引続き発生した余震によって恐怖が強化されたことにもよるのであろう。
とくに女性と子供が強いショックを受けたことは先にも述べた。子供の恐怖はかなり長い間続き,おびえて夜1人ではベッドに行かなくなってしまったとか,nightmareを経験するようになったなどといった類の変化がおこったという。また女性も,いままで住んでいた高層アパートに戻ることが恐ろしくてどうしてもできず,そのため購入したばかりのアパートを売りに出さざるをえなくなった,などといった話も伝えられている。(真偽のほどは不明であるが,多くの人びとがそのような恐れを示したがために不動産の相場に変動が生じた,といった噂すらある。)
また,大災害のあとしばらくの間,吐き気,肩こり,腰痛,便秘,胃痛,不眠,いらいら,などの身体的・心理的変調—これを災害症候群と称する—を感じる人びとが多く出るが,今回のチリ地震においてもそのような現象がみられた。余震への不安による不眠はかなり普遍的であったし,薬局でそれらの症候群に適応する薬品の売り上げが増加したといった話もある。 注5)
とにかく,多くの人びとが口をそろえて「恐しかった」といっているとおり,恐怖は非常に強く,本来ならば身の危険もかえりみず取材活動をおこなうはずのマス・メディア関係者すら,「余震のとき,ふと気がつくと局(近代建築で絶対安全)の中には誰も残らず全員が職場から逃げ出してしまっていた」(放送局幹部職員の話)ほどであった。


注5)この真偽を確認するためのデータは入手していないが,臨床心理学者,行政担当者もあり得ることと述べている。

4.流言

大災害の直後にしばしば流言が発生するが,SAN ANTONIOでもサンプルの88%が流言らしきものを耳にしている。(表9)これは浦河での70%,新潟での約40%とくらべると相当な高率である。
興味深いのは,流言らしきものを耳にした人の比率が,自宅が破壊されて避難所で集団生活をおくっている人びとと自宅に引き続いて居住している人びととで異なることである。避難所暮しの人びとの方が統一的情報をより多く受けとりやすいためか,流言をまく率が多少小さい。この点は災害対策上重要な意味をもっており,さまざまな解釈が可能であるので今後さらに研究をすすめていく必要がある。
流言の内容は(表9)に示すように,津波に関するものがほとんどである。SANANTONIOは海沿いにあるため,津波が主要なテーマになることは当然であろう。
なお,今回の地震に際しては,地震そのものとは直接関係のない社会的・政治的・経済的問題に言及した流言(たとえば反政府グループの反乱,人種暴動,経済的崩壊,外国の侵略など)は一切みられなかつた。 注6)


流言の内容:
(1)もっと大きな地震がくる(17*)
(2)津波がくる(37)
(3)地震と津波がくる(41)
(4)SAN ANTONIOの町は消滅してしまった(2)
*()内の数字は流言をきいたもの222人を100として算出した。


注6)食料等の買い占め,といった類の噂が流れた事実はある。しかし,これは根拠のない噂というよりは,現実に物質が消失し,あるいは輸送が途絶え,入手不可能になってしまったためのもので,上にあげたものとは異質である。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:439px
  • ファイルサイズ:62.4KB
(表9)地震のあと,流言をきいたか

5.役に立った情報とメディア

災害発生後の社会的混乱を最小にするための重要な手段として被災者に対する情報提供があるが,いかなる情報を与えるか,またいかなるメディアを用いるかによってその手段の有効性は当然変ってくる。
(表10)は,「地震直後に不安を鎮めるのに役に立った情報」としてあげられたものである。全体として「安否情報」といわれるものが強く求められていることがわかる。最近ようやくこの安否情報の重要性が広く認識されるようになり,災害後に各種のマス・メディアがこれに力を入れるようになってきたが,チリでもラジオが安否情報を積極的に流し,評価されたという。
(表11)は,「情報のメディアとして有効に機能したものは何か」といった趣旨の質問に対する回答の分布である。このデータから,ラジオがもっとも強い力をもっていることがわかる。のちにマスコミ関係者が集まって災害報道に関する座談会を開いたときにも,今回の地震の報道においては少なくとも初期にはラジオが他を圧倒していたということが全員の一致した評価であったという。チリではとくにラジオが発達しており,その機動力が非常の際に十分発揮されたため,このような高い評価を受けることができたのであろう。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:538px
  • ファイルサイズ:96.4KB
(表10)不安を鎮めるのに役に立った情報
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:799px
  • ファイルサイズ:71.2KB
(表11)地震のあと,何がおこったかを知るのに役立ったメディア

第II部 災害に対する態度の調査*

1.調査の概要

1.調査目的

チリの首都SANTIAGOの市民が災害,なかんずく地震に関してどのような意識をもち,行動しているかを明らかにすることを目的とした。


*この調査は昭和61年度文部省海外学術調査補助金によって実施されたものである。

2.調査方法

調査票を用いた個別面接調査(調査実施機関Gallup Chile)

3.調査対象とその選定

18歳異以上のSANTIAGO市民から900名を抽出した。対象の抽出にあたっては,まずSANTIAGO市を1985年3月3日の大地震で大きな被害を受けた地域とそれ以外の地域に2分割し,それぞれに450名ずつのサンプルを割りあてた。そしてそれぞれの地域で半数の225名を4階以下の建物の居住者から,残りの225名を5階以上の建物の居住者から抽出した。要するに,地域特性(被害の程度による2カテゴリー)と住居特性(建物の高さによる2カテゴリー)という2条件を組みあわせて4つのタイプを設定し,900サンプルを4等分してそれに割りふったことになる。

4.調査時期

1986年5月19日より約2週間。

2.調査結果

1.調査対象者の属性

まず,本調査の回答者の属性を示すと,以下の通りである。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:595px
  • ファイルサイズ:75.4KB
(1)地域特性
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:595px
  • ファイルサイズ:77.6KB
(2)住居特性
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:714px
  • ファイルサイズ:78KB
(3)社会経済階層
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:647px
  • ファイルサイズ:65.6KB
(4)性別
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:958px
  • ファイルサイズ:112.9KB
(5)年齢
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:732px
  • ファイルサイズ:81.8KB
(6)教育年数
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1143px
  • ファイルサイズ:132.6KB
(7)職業
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:945px
  • ファイルサイズ:132.2KB
(8)家族構成

2.1985年3月3日の地震時の対応

はじめに

前述のように,1985年3月3日(日曜)午後7時47分,SANTIAGOは改正メルカリ震度6.75〜7.25(推定)の地震に襲われ,アドベといわれる干乾レンガ造りの家屋をはじめ,種々の近代建築にも被害が及んだ。
最初に,この地震のさいのSANTIAGO市民の被害とその対応行動について述べていく。

(1)家屋の被害

まず,この地震で回答者が受けた家屋被害については,図1に示すように,何らかの被害を受けたという人が55%と過半数を占め,一方,被害を受けなかつた人は44%となっている。
また,その被害の内訳として,被災者に最大限3つまであげてもらったところ,最も多かったのが「壁に亀裂が入つた」が36%,次が「壁や天井が落ちた」で14%となっており,以下、「ガラス器具や家電製品がこわれた」(5%),「ガラスが割れた」(4%),「屋根やタイルがこわれた」(3%)と続いていた。しかし,この質問は自由回答であり,しかも被害を3つだけあげるという形式をとっていたため,実際の被害はもっと多様でかつ大きかった可能性もある。

(2)とっさの対応行動

次に,3月3日の地震が発生したとき,回答者がまず最初どんな行動をしたかをみると,「ドアのところに立った」という人が16%と最も多く,以下,多い順から「動かないで揺れのおさまるまで待っていた」(13%),「家族を探しに外出したり家族と一緒にいたりした」(11%),「庭に飛び出した」(11%),「道路や広場に飛び出した」(9%),「家族のために安全な場所を探したり家族を落ち着かせたりした」(8%)と続いていた。「何もできなかった」という行動不能者や「泣き叫んだ」,「お祈りをした」など不適応行動者もいたが,その数は少なく,合理的な行動をとった人のほうが圧倒的に多かったといえる。これは,前述のようにSAMTIAGOの震度は改正メルカリ震度6.75〜7.25と推定されており,気象庁震度階でほぼ「震度4の強」にあたるから,建物被害は少なくなかったが,揺れそのものはさほど大きなものではなかったためと考えられる(図2)。
また,この地震時の最初の行動と統計的に有意に関連するデモグラフィック要因は,性別,教育年数,地震時の被害度,および居住形態の4つであった。「庭に飛び出した」,「道路や広場に飛び出した」,「何もできなかった」,「お祈りをした」などの非合理的行動をした人の割合は,男性より女性のほうが,教育年数の少ない人が多い人より,被害の大きい人が小さい人より,それぞれ多くなっており,また脱出行動を除いては集合住宅の居住者のほうが一戸建てに住む人よりも多かった(表1)。
なお,地震時のSANTIAGO市民の行動と,わが国で起こった「長野県西部地震」(昭和59年9月14日)のさいの長野県王滝村民,および「日本海中部地震」(昭和58年5月26日)のさいの秋田県能代市民の行動を比較すると(注1),「じっと様子をみていた」という人(王滝村28%,能代市26%),そして「火の始末,ガスの元栓を締めた」(大滝村16%,能代市20%)などという,いわば合理的行動がわが国の住民のほうが多くなっている。しかし逆に,「なにもできなかった,動けなかった」という人(大滝村24%,能代市10%)も多い。ただしこれは,SANTIAGOの地震が気象庁震度階で4の強,一方,長野県西部地震の王滝村の推定震度は6,日本海中部地震の能代市のそれは震度5であり,相対的に揺れが強かったためと考えられる(図3)。

3.環境上の危険の認知

近隣地域の災害に対する危険度をどの程度認知しているかを,回答頻度の高い順にみたものが,図1である。
近隣環境の中でもっとも危険の認知度が高いのは,交通量の多いハイウェーや通りの存在である。建物の密集やこわれやすさ,狭い街路なども,比較的認知が高い。
性別,年齢別による回答の差はみられないが,学歴別では,「建物の密集」「こわれやすさ」などの認知においては,低学歴層の方が危険認知度は高いという傾向がみられる。
前回の地震で被害を受けた地域と受けなかった地域とをくらべると,大部分の項目で,被害を受けた地域の住民の方が危険認知度は高くなっている。
住居形態で見ると,一戸建て住宅の居住者は,アパート居住者に比べて,「建てものの密集度」「こわれやすさ」などに対する危険認知度が高い,という傾向がみられる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:731px
  • ファイルサイズ:88.4KB
図1 環境上の危険の認知度

4.こわい災害

あらかじめ用意したリストの中から,もっともこわいと思う災害を3つまで答えてもらった。表1は,それぞれの災害について,1番目,2番目,3番目にこわいと答えた割合.および,3つまでのいずれかで答えた合計のパーセントを示したものである。
一番こわいと思う災害をみると,「地震」という回答が69%と圧倒的に多く,二位の「火災」(14%)を大きく上まわっている。チリでは,災害の中でも地震に対する恐怖感がとりわけ強いことを示すものといえよう。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1056px
  • ファイルサイズ:139.2KB
表1 こわい災害

5.大地震への不安

はじめに

次に,地震への不安感を直接尋ねた設問を検討しよう。これらの設問は,東京調査とワーディングを大体揃えてあるので,日本とチリのデータを比較することができる。

a.大地震への不安

まず,「あなたは大地震がいつおこるかも知れないと考えると,不安になりますか」という質問について比較してみよう。東京調査では,この問いにたいして,「不安でたまらない」から「平気だ」までの4段階で不安の程度を尋ねているが,サンチアゴでは,まず「あなたはときどき,大地震がまた起こるのではないかと思うことがあるか」と尋ね,「ある」と答えた人だけに東京と同じ質問をするという方式をとっている。「ある」と答えた人は88%,「ない」と答えた人は12%だった。後者は地震への不安感がないと判断することができるので,単純集計ではこれを「平気だ」のカテゴリーに含めて計算し,東京とサンチアゴのデータを比較することにしたい。
図2に示すように,「不安でたまらない」と「かなり不安だ」とを合わせた数字は,東京都民が54%に対し,サンチアゴ市民は49%である。一方,「平気だ」という人は東京都民では7%しかいないのに対し,サンチアゴ市民では29%にも達している。これを見るかぎり,大地震への不安はチリよりも日本の方がやや強いといえそうである。
大地震への不安感を性別にみると,サンチアゴでは,男性よりも女性の方に,不安感を強くもつものが多くなっている(図3)。東京でも同じような傾向がみられるが,統計的に有意な差を示すには至っていない。
学歴別に見ると,低学歴層のほうが,高学歴層にくらべて地震への不安感が強いという傾向がみられる(図4)。このような傾向は,東京でも同様にみられる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1126px
  • ファイルサイズ:166.7KB
図2 大地震への不安感
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1094px
  • ファイルサイズ:165.7KB
図3 大地震への不安(性別—サンチアゴ)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1236px
  • ファイルサイズ:227.9KB
図4 大地震への不安(学歴別—サンチアゴ)
b.移転希望

次に,地震への不安をはかるもう一つの尺度として,地震のことを考えると移転したいと思うかどうかを尋ねる設問をつくった。この設問も東京とワーデイングを合わせてあり,両国のデータを比較することができる。
図5は,この設問に対するチリと日本の回答を比較したものである。いずれの国においても,移転したいと思う人が34%となっている。
この設問の回答と性,年齢など属性との関連は,チリでも日本でもみられない。
チリでは,住居形態,地域の被災特性,心配度との問に有意な関連がみられる。住居構造との関連を見ると,高層アパートに住む人は,それ以外の人に比べて,移転希望が強いという傾向がみられる(図6)。地域の被災特性との関連を見ると,前回の地震で被害を受けた地域に住む人は,それ以外の人に比べて,移転希望が強くなっている。このように,自分の住む家の構造的な脆弱性や,最近における被災経験が,移転志向を促していると考えることができる。
また,心配度スケールとの間にも有意な関連がみられる。すなわち,心配度の高い人ほど,移転希望も強くなる,という傾向がみられる。
サンチアゴでは,移転希望の有無に加えて,「移転したい」と答えた人に,「どんな所に移転したいか」を尋ねた。もっとも希望が多かったのは、「1階建ての家」であり,その次に多かったのは,「頑丈で,安全な家」である。耐震性の高い住居への移転を希望する住民が多いことを示している。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1120px
  • ファイルサイズ:122.6KB
図5 移転希望
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:966px
  • ファイルサイズ:139.1KB
図6 移転希望(住居構造—サンチアゴ)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1021px
  • ファイルサイズ:134.1KB
図7 移転希望(地域の被害特性—サンチアゴ)
c.災害イメージ

地震への不安を,より具体的な項目に分けて把握するために,大地震が発生したときに心配なことを,14項目にわたって質問した。これも,東京調査とワーデイングを揃えてあるので,比較が可能である。
表2は,両国の回答結果を示したものである。回答カテゴリーは,どちらの国でも,「非常に心配だから」から「心配していない」までの5段階の評価で答えてもらっているが,表の数字は,このうち「非常に心配」と「かなり心配」を合わせたものである。
ほとんどの項目で,チリのほうが日本よりもパーセントが高くなっている。これには,回答カテゴリーへの反応の文化的な違いもあるかもしれないが,日本に比べて,具体的な災害への不安を抱く人が東京よりもサンチアゴにより多いことを示すものといえよう。
とくに,「家族が助かるかどうか」という点への不安をもつ人は,サンチアゴでは97%と全員に近いこと,「泥棒が出たり,悪いことをする人が出るのではないか」という反社会的行為への不安を抱く人が東京に比べて著しく多い点は,注目に値する。
東京の方が不安が高い唯一の項目は,「電話が使えなくなり,連絡のとりようがなくなるのではないか」という点である。情報ネットワークが高度に発達しているがゆえに,逆に大地震による情報系の混乱への不安が強いのであろう。
属性との関連をみると,サンチアゴでは,性別と地域の被災特性との間に有意な関連がみられる(表3)。性別では,女性のほうが男性よりも不安を強くもつという傾向がみられる。また,地域の被災特性では,前回の地震で被害を受けた地域の人は,それ以外の人に比べて,「食糧,飲料水,ライフラインの利用可能性」への不安や,「犯罪,流言,伝染病」の発生への不安を強くもつ傾向がみられる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:930px
  • ファイルサイズ:170.7KB
表2 災害イメージの比較
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:924px
  • ファイルサイズ:191.1KB
表3 災害イメージと属性との関連性(サンチアゴ)
d.地震でこわい場所

大地震が発生したときにこわいと思う場所,いたくない場所を,リストの中から一つだけ選んでもらった。この設問もチリと日本とでワーデイングを揃えてある。表4は,両国の回答結果を示したものである。
サンチアゴでは,地震でこわい場所として「エレベーター」という回答が15%でもっとも多くなっているが,東京では5%にすぎない。エレベーターに対する信頼性の違いがはっきりと表われている。
高層ビルに対する不安は,両国とも高くなっている。
しかし,「映画館,劇場,デパート」に対しては,サンチアゴのほうがはるかに不安は強い。ただし,東京でも,これらの施設は大地震に対して安全というわけではないから,むしろ,東京での回答率がやや低すぎるというべきかもしれない。
この他に違う点として,東京では地下街に対する不安感を抱く者が27%ともっとも高く,「繁華街」に対する不安も18%と比較的高いのに対し,サンチアゴでは,いずれについても不安を感じる人は少ないことをあげることができる。これは,東京における地下街の発達と,繁華街における「雑居ビル」の乱立と過密,などを反映したものと考えることができる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1264px
  • ファイルサイズ:97.8KB
表4 地震でこわい所

6.被害予想

(1)家屋の被害予想

次に,大地震が起こったときのSANTIAGOの市民の被害予想であるが,まず「もしSANTIAGOで(改正メルカリ震度)8.5の地震が起こったら,お宅はどうなると思いますか」とたずねた。8.5とは,気象庁震度階でほぼ「震度5の中」にあたり,「堅ろうな建物にもかなりの損害があり,煙突・記念碑・壁などが墜落し,家具が横倒する。また砂やどろなど多少ふき出し,井戸水に変化がある」という程度の揺れである。
こうした地震が起こったとき,回答者は家屋にどのくらいの被害が生じると予想しているかをみると,図8に示したように,「大被害を受けるだろう」と予想する人が43.2%,「ある程度の被害を受けるだろう」という人が44.8%となっている。
なお,家屋の被害予想とデモグラフィック変数との関連では,教育年数の少ない人のほうが多い人よりも,また1985年の地震時に被害が大きかった人のほうがそうでない人よりも,より大きな家屋被害を予想していた(表6)。
またこの結果を,昭和53年1月に東京都民を対象に実施した調査の結果 注7) と比較すると,東京調査では「ある程度の被害を受けるだろう」という人が60%と非常に多くなっているが,逆に「大被害を受けるだろう」という人は26%とかなり少ない。東京調査においては,関東大震災クラスの地震(気象庁震度階で震度6)を想定して被害を予想させたことを考えると,家屋被害に関するSANTIAGO市民の予想は,東京都民にくらべてかなり深刻であるといえよう。これはもちろん,SANTIAGOの家屋構造が地震に弱いことを市民が自覚しているからと考えられる。


注7)東京大学新聞研究所編「地震予知と社会的反応」(東京大学出版会)1979年

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:631px
  • ファイルサイズ:95.4KB
図8.1985年3月3日の地震による家屋の被害 (1)家屋の被害
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:665px
  • ファイルサイズ:67.3KB
図8.1985年3月3日の地震による家屋の被害 (2)被害の内訳
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1095px
  • ファイルサイズ:130.5KB
図9.地震時に最初にした行動
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:841px
  • ファイルサイズ:137.2KB
表5.地震時の最初の行動と関連する要因 (1)性別
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:873px
  • ファイルサイズ:141.9KB
表5.地震時の最初の行動と関連する要因 (2)教育年数
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:759px
  • ファイルサイズ:135.9KB
表5.地震時の最初の行動と関連する要因 (3)被害程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1053px
  • ファイルサイズ:157KB
表5.地震時の最初の行動と関連する要因 (4)住居形態
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1216px
  • ファイルサイズ:146.2KB
図10.地震時のとっさの行動(長野県西部地震・日本海中部地震との比較)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:539px
  • ファイルサイズ:64.5KB
図11.家屋の被害予想(昭和53年東京調査との比較)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:406px
  • ファイルサイズ:61.6KB
表6.家屋の被害予想とデモグラフィック変数との関係 (1)教育程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:300px
  • ファイルサイズ:49.2KB
表6.家屋の被害予想とデモグラフィック変数との関係 (2)1985年地震における被害程度
(2)延焼火災

また地震後の延焼火災の危険については,「危険がある」と答えた人が55%と過半数を越え,逆に「危険はない」という人は41%であった(図12)。
この広域火災の予想と統計的に有意に関連するデモグラフィック要因は,家屋構造と1985年の地震被害度の2つであり,家屋構造では一戸建て住宅の居住者のほうが,また被害度では被害の大きかった人のほうが,それぞれより深刻な広域火災を予想していた(表7)。
またこの結果を東京調査と比較すると,東京調査では「危険がある」が60%,「危険はない」が34%となっている。若干の差であるが,東京都民のほうが地震後の延焼火災を危惧する人の割合が高くなっており,これもまた当然,東京では木造家屋が多いという家屋構造の相違のためであろう。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:503px
  • ファイルサイズ:59.6KB
図12.広域延焼火災の予想(昭和53年東京調査との比較)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:427px
  • ファイルサイズ:68.1KB
表7.広域延焼火災の予想とデモグラフィック変数との関係 (1)家屋構造
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:376px
  • ファイルサイズ:55.6KB
表7.広域延焼火災の予想とデモグラフィック変数との関係 (2)1985年地震における被害程度
(3)爆発物の危険

次に,地震による爆発物の危険や,有毒ガス・有毒物質流出の危険については,「危険がある」と予想する人が53%,「危険はない」と考えている人が43%であった(図13)。
この爆発物の危険予想と関連する要因も,広域火災の場合と同様に,家屋構造と1985年の地震被害度の2つであった。しかし,その関連の内容は異なっており,被害度については地震被害の大きかった人のほうが予想は深刻だったが,他方,家屋構造については集合住宅の居住者のほうがより大きな被害を予想していたのである(表8)。
これに対して昭和53年の東京調査では,「危険がある」という人が37%,「危険はない」という人が57%であり,この項目についてはSANTIAGO市民のほうが深刻であった。
以上が被害予想の概要であるが,これを総体的にみると,SANTIAGO市民の被害予想はかなり深刻であり,特に家屋倒壊と爆発や有毒ガス・有毒物質流出については,東京都民のそれよりも一層厳しいということができる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:462px
  • ファイルサイズ:56.3KB
図13.爆発物の危険予想(昭和53年東京調査との比較)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:450px
  • ファイルサイズ:69KB
表8.爆発物の危険予想とデモグラフィック変数との関係 (1)1985年地震における被害程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:357px
  • ファイルサイズ:53.2KB
表8.爆発物の危険予想とデモグラフィック変数との関係 (2)家屋構造

7.日頃の災害準備

次に,日頃の災害準備に触れる。日頃から地震に備え家庭でどんな準備をしているかについてたずねたところ,「懐中電灯の準備」が最も多く48%であり,次いで「充電式ラジオの準備」(47%),「家具や危険物の固定」(29%),「建物・家屋・壁の補修・強化(27%),「緊急持出し書類の準備・整理」(25%),「救急医薬品の準備」(25%),「非常用食糧・水の準備」(22%)と続いていた。なお,「とくに何もしていない」という人が25%とほぼ4分の1の割合で存在した(図14)。
この結果を昭和53年の東京調査と比較すると,まず全般的に,一部をのぞいて東京都民のほうが災害準備は周到だといえよう。
これをもう内容に即してみると,東京都民の地震準備も最も多いのが「懐中電灯の準備」で76%,次が「トランジスタラジオの準備」で66%であり,この1、2位は同じであった。しかし,その他は顕著な相違があり,東京調査では,以下,「非常用食糧・水の準備」(49%),「緊急持出し書類の準備・整理」(46%),「消火用具の購入」(40%),「救急医薬品の準備」(36%)となっていた。
日頃の災害準備に関するもっとも大きな特徴は,SANTIAGO市民の地震準備が家屋の倒壊を防止するための,「家具や危険物の固定」とか「建物・家屋・壁の補修・強化」に重点が置かれているのに対し、東京都民のそれは地震後の生活のための「非常用食糧・水の準備」や,地震火災の避難に備えた「緊急持出し書類の準備・整理」,地震火災防止のための「消火用具の購入」が主体となっている,ということである。
次に,SANTIAGO市民に対し,防災行政機関などが日頃からどのくらい地震に関する準備をしているかの評価をたずねると,災害時の情報伝達体制に関する評価は比較的高く,「十分整っている」とする回答が,「ラジオ放送の情報」で64%,「テレビ放送の情報」で50%,「新聞の情報」で48%となっていた。しかし,それ以外の対策についてはかなり評価きびしく,地震後の「電気・ガス・水道の補修体制」が「十分整っている」という人が35%であり,また「防火対策」については26%,さらに「緊急救護組織」,「防災行政体制」,「耐震建築関係法規」,「地震時の対応に関する知識」などにいたってはそれぞれ25%を下回っている状況であった(表9)。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:943px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:96.7KB
図14.日頃の災害準備(昭和53年東京調査との比較
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:634px
  • ファイルサイズ:109.8KB
表9.防災行政機関などの地震準備に関する評価

8.地震予知への信頼

本調査では,地震予知に関する信頼度についても質問している。この点については最初に,地震予知全体の信頼度を調べるため,「あなたは巨大地震が発生する前にそれを予知することができると思いますか」と質問した。これに対する回答としては,「予知できない」という人が52%と過半数を占めており,逆に「予知できる」が32%,「ある程度予知できる」が11%と,地震予知に信頼を置いている人は半数以下となっている。
次に,予知できると答えた人に対して,予知の可能性を要素別にたずねた。まず地震発生時期については,「正確に予知できる」が4%,「ある程度正確に予知できる」が72%,また地震の発生場所については,「正確に予知できる」が9%,「ある程度正確に予知できる」が71%,さらに地震の規模については,「正確に予知できる」が6%,「ある程度正確に予知できる」が57%となっていた。この結果から,SANTIAGO市民は,地震発生時期や発生場所にくらべて,地震の規模の予知がもっとも難しいと考えていることがわかる。
昭和53年の東京調査でも,これらの諸要素について,地震予知の信頼度をたずねている。本調査では地震予知が可能と考えている人だけに質問しているが,東京調査ではすべての調査対象者にたずねているので,結果を単純に比較することは難しいけれども,東京調査の場合には,地震発生時期を「正確に予知できる」と考えている人が8%,「ある程度正確に予知できる」という人が61%,地震の発生場所については,「正確に予知できる」が11%,「ある程度正確に予知できる」が63%,さらに地震の規模については、「正確に予知できる」が8%,「ある程度正確に予知できる」が56%となっており,それぞれ「正確に予知できる」が若干多くなっているものの,「ある程度正確に予知できる」が減り,逆に地震発生時期と発生場所については,「予知できない」が増えている(図15)。この結果は,東京都民はSANTIAGO市民にくらべて,地震予知に大きな信頼を寄せる人と,逆に信頼度が低い人とが分極化していることを示すものと考えられる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:891px
  • ファイルサイズ:105.1KB
図15.地震予知への信頼度(昭和53年東京調査との比較) (1)地震予知の可能性
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:582px
  • ファイルサイズ:104KB
図15.地震予知への信頼度(昭和53年東京調査との比較) (2)発生時期の予知
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:602px
  • ファイルサイズ:109.6KB
図15.地震予知への信頼度(昭和53年東京調査との比較) (3)発生場所の予知
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:569px
  • ファイルサイズ:103.8KB
図15.地震予知への信頼度(昭和53年東京調査との比較) (4)地震規模の予知

9.災害観

次に,SANTIAGO市民の災害について触れておく。まず,「地震は人々への罰として神様が起こすものである」という意見(いわゆる天譴論)に関する賛否をたずねると,「賛成」の人が10%,「どちらかというと賛成」の人が10%と,合わせておよそ2割がこうした意見に共感を示した。
また,「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見(いわゆる災害進化論)については,「賛成」が41%,「どちらかというと賛成」が27%であり,こちらのほうはほぼ7割の共感度であった。さらに,「人が災害で被害を受けるかどうかは,その人の運命によって決まっている」という意見(いわゆる運命論)については,「賛成」が11%,「どちらかというと賛成」が18%と,その共感度はほぼ3割であった(図16)。
また,こうした災害観と関連するデモグラフィック要因をみると,まず天譴論については,男性より女性のほうが,教育年数の多い人より少ない人のほうが,一戸建て住宅に住む人のほうがそうでない人よりも,また災害進化論については,男性より女性のほうが,若年者より高年者のほうが,教育年数の多い人より少ない人のほうが,1985年の地震被害が小さなかった人より大きかった人のほうが,さらに運命論については,教育年数の多い人より少ない人のほうが,一戸建て住宅に住む人のほうがそうでない人よりも,それぞれ共感者が多くなっている(表10)。
この結果を,昭和61年3月にNHK放送文化調査研究所が首都圏の住民を対象に行なったアンケート調査の結果 注8) と比較すると,天譴論,災害進化論,および運命論のいずれも首都圏住民のほうが共感度が高くなっている(天譴論(共感+かなり共感=31%),災害進化論(そう思う+どちらかといえばそう思う=84%),運命論(そう思う+どちらかといえばそう思う=59%))。これは,こうした災害観が日本人に特有なものであることを示している。


注8)NHK世論調査部「昭和61.3.関東地方住民世論調査「災害と情報—地震を中心に」」 1986年

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:605px
  • ファイルサイズ:114.4KB
図16.災害観(昭和61年NHK調査との比較) (1)「地震は人々への罰として神様が起こすものである」という意見に賛成ですか
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:545px
  • ファイルサイズ:92.4KB
図16.災害観(昭和61年NHK調査との比較) (2)「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見に賛成ですか
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:517px
  • ファイルサイズ:91.7KB
図16.災害観(昭和61年NHK調査との比較) (3)「人が災害で被害を受けるかどうかは,その人の運命によって決まっている」という意見に賛成ですか
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:408px
  • ファイルサイズ:69.6KB
表10.災害観と関連する要因 (1)「地震は人々への罰として神様が起こすものである」という意見に賛成ですか (1)性別
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:352px
  • ファイルサイズ:53.7KB
表10.災害観と関連する要因 (1)「地震は人々への罰として神様が起こすものである」という意見に賛成ですか (2)教育程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:388px
  • ファイルサイズ:59.8KB
表10.災害観と関連する要因 (1)「地震は人々への罰として神様が起こすものである」という意見に賛成ですか (3)家屋構造
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:405px
  • ファイルサイズ:77.9KB
表10.災害観と関連する要因 (2)「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見に賛成ですか (1)性別
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:333px
  • ファイルサイズ:54.9KB
表10.災害観と関連する要因 (2)「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見に賛成ですか (2)年齢
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:323px
  • ファイルサイズ:57.5KB
表10.災害観と関連する要因 (2)「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見に賛成ですか (3)教育程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:308px
  • ファイルサイズ:55.9KB
表10.災害観と関連する要因 (2)「われわれの社会が文明化すればするほど,災害はますます発生しやすくなり,また被害もますます深刻になる」という意見に賛成ですか (4)1985年地震における被害程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:435px
  • ファイルサイズ:73.3KB
表10.災害観と関連する要因 (3)「人が災害で被害を受けるかどうかは,その人の運命によって決まっている」という意見に賛成ですか (1)教育程度
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:386px
  • ファイルサイズ:64.1KB
表10.災害観と関連する要因 (3)「人が災害で被害を受けるかどうかは,その人の運命によって決まっている」という意見に賛成ですか (2)家屋構造

10.地震予知情報への対応行動

地震予知情報が出たときに,サンチアゴ市民はどのような対応行動をとるだろうか。この点を調べるために,次のような想定質問を行った。すなわち,もし平日の午後2時ごろ,「いまから数時間以内に大地震が起きる」という放送を聞いたとしたら,どのような行動をとるかを予想してもらった。表11に示したのは,自由回答の結果である。
これによると,もっとも多いのは,「安全な場所に避難する」という回答である。これに次いで多いのは,「家族といっしょになる」という行動である。つまり,サンチアゴ市民は,地震予知情報を聞いたときに,自分自身や家族の安全をはかるための行動をとると予想しているのである。
この設問に続いて,日本との比較を行うために,東京調査と同じ形式で,次のような設問を行った。すなわち,あらかじめ作ったリストを提示し,平日の午後2時ごろに,いまから数時間以内に地震が起きるというニュースを聞いたときの行動をいくつでも選んでもらった。その結果は,表12に示す通りである。比較のために,東京調査の結果を併記してある。
両市を比較してみると,「テレビ・ラジオに注意する」という項目を除いて,いずれの行動においても,サンチアゴの方が高い回答率を示している。東京でもっとも回答率の高い項目は「テレビ・ラジオに注意する」というマス・メディア型の情報行動であるのに対し,サンチアゴでは,「火の始末をする,ガスの元栓を締める」という防災行動である。
また,「子供を学校等に迎えに行く」「非常食を買いに行く」などの移動行動の予想も,サンチアゴの方が東京よりもはるかに多く,地震予知情報への対応は,東京よりもサンチアゴの方が活発に行われるものと予想される。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1191px
  • ファイルサイズ:129.8KB
表11.地震予知情報への対応行動(自由回答方式)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1018px
  • ファイルサイズ:144.4KB
表12.地震予知情報への対応行動(複数選択方式)

11.情報ニーズ

次に,地震に関連した情報について,どんなことを知りたいと思っているかという,情報ニーズを検討してみよう。この点について,まず自由回答方式で尋ねたところ,表13のような結果が得られた。
これとは別に,「もし大地震が起きたときには,どんな情報を知りたいと思うか」という質問をして,あらかじめリストに用意した項目の中から,2つまで選んでもらったところ,表14のような結果が得られた。
「知りたい」という回答がもっとも多かったのは,「家族の安否」であり,「被災地の状況」,「地震の規模,震度,震源」などの情報がこれに続いている。大地震の発生にともなって,家族が離れ離れになり,消息不明になることへの不安感が,こうした情報ニーズとなってあらわれたものと考えられる。

オリジナルサイズ画像
  • 幅:764px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:113.2KB
表13.地震関連の情報ニーズ(自由回答方式)
オリジナルサイズ画像
  • 幅:px
  • 高さ:px
  • ファイルサイズ: bytes
表14.地震発生時の情報ニーズ(複数選択方式)

12.流言への接触と受容

大地震のあとには,必ずといってよいほど流言が発生することが知られている。今回の調査で「まもなく大地震が起きる」という流言を聞いたかどうか質問したところ,ほぼ半数にあたる48%の人が「聞いた」と答えている。
流言を聞いた人に対して,その流言を信じたかどうか尋ねた。回答結果をみると,信じた人は22%と比較的少なく,「まったく信じなかつた」という人が40%でもっとも多かった。
流言を「信じた」もしくは「ある程度信じた」人に対しては,さらに,「流言を聞いたとき,どの程度不安になったか」と尋ねた。その結果,「非常に不安になった」人が28%,「ある程度不安になった」人が51%おり,流言を信じた人の約8割の人がなんらかの不安を感じていたことがわかった。
なお,流言への信用度,不安度と属性など他の変数との間には,統計的に有意な関連は見出されなかった。

附属資料

1/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:708px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:123.1KB
2/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:779px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:138.4KB
3/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:767px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:154.1KB
4/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:754px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:163.7KB
5/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:836px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:172.1KB
6/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:772px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:149.7KB
7/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:745px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:122.4KB
8/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:830px
  • 高さ:1024px
  • ファイルサイズ:152.6KB
9/9
オリジナルサイズ画像
  • 幅:1280px
  • 高さ:1000px
  • ファイルサイズ:92.2KB
附属資料 1986年調査質問票

奥付

チリにおける地震に関する調査
昭和62年3月12日 印刷
昭和62年3月30日 発行
編集兼発行 東京大学新聞研究所
東京都文京区本郷7丁目3番1号
印刷所 三鈴印刷株式会社
東京都文京区小日向4-4-12
電話(941)1181