1. はじめに
三重県尾騰市は, 宝永, 安政津波など歴史津波によって大きな被害を受けたが, 近年においても1944年東南海津波や, 1960年チリ津波の際陸上に浸水, 特に東南海津波の際は38名にのぼる死者を出し, 倒壌, 流失家屋も多数生じた. さきに筆者らは, 現在でも残っている東南海津波およびチリ津波の際の浸水の痕跡をくわしく調査し, 60個所あまりについて水準測量を行い, 市街地における浸水の高さの分布を求めた(羽鳥・他, 1981, 以後前報Iとして引用する). また1854年安政東海津波の古記録に記載されている地点の浸水の高さも, 10個所余について測量した.
一方1944年東南海津波, および1854年安政東海津波の波源については, 筆者の一人によって広域の数値実験が行われ(相田, 1979; 1981, 以後前報IIおよびIIIとして引用する), 各地の津波の高さ分布をかなりよく説明できる断層モデルが求められている.
また津波が陸上に溢れる場合の数値実験も筆者の一人によって, 高知県須崎および字佐を例として行われ(相田, 1977, 以後前報IVとして引用する), 陸上部の密集家屋などによる抵抗を等価摩擦係数によって表現することによって, 実際の津波の陸上浸水高の分布を, かなりよい近似で計算出来ることが示された.
そこで外海と遡上の数値計算法を組合せて, 尾鷲市街に遡上する津波の数値実験を行い, 浸水津波の挙動を数値的に再現することを試みた.
2. 津波遡上数値実験の方法
津波の遡上を取扱う数値実験の方法としては, オイラー流の浅海波方程式を差分法によって解く方法(たとえぱ岩崎・真野, 1977)と, ラグランジュ流の方程式を, 移動座標によって解く方法(首藤・後藤, 1977; 後藤・首藤, 1979)が行われている. 今回は熊野灘, 遠州灘にまたがる津波の波源域から尾鷲湾奥の遡上域までも一つの格子網によって計算を行うため, 外洋計算域と遡上計第域との連結の容易さから, 筆者の一人が以前に行った前者の方法(前報IV)を採用した.
浅海波方程式に, 断層運動によって生じる海底鉛直変位ξを考慮すると,
式(1)
式(2)
式(3)
が運動, 連続方程式となる. ここにqx, qyは深さについて積分した流量のx, y成分, ζは水位上昇, D=h+ζ-ξ, hは静水面からの水深, ξは海底の鉛直変位であり, feは海底摩擦係数, Q=√((qx)^2+(qy)^2)である. なお遡上計算を含む領域以外では, (1), (2)式右辺第2項以下の, 摩擦項と移流項は省略した.
計算領域は伊豆半島東岸から室戸岬までの海域をとり, 5km間隔の96×81格子の領域とした. そしてFig.1のように, 尾鷲湾付近を格子間隔2.5km, 1.25km, 625m, 312.5m, 156.25mと5段階に順次細分化する. その先に遡上計算領域が連結される.
5km問隔格子の領域で外海境界条件は, 進行長波の水位, 流速の関係式で与えた. 遡上部以外の海岸の境界条件は, 岸に垂直方向の流量を0とおいた. また格子間隔の異る格子接合部では, 水位, 流量を線型補問によって接続した.
最終の遡上計算領域をFig.2に示す. 陸上の高さを実線の等高線で, 海の深さを点線の等深線で, ともに平均水面からの値で示してある. この領域を31.25m間隔の53×91格子に分割した.
今回の計算スキムでは, 外海から遡上域までを含む全域で, 計算時間間隔Δtは, 0.025分にとってある.
後藤・首藤(1980)は, 一様傾斜面をもつ一次元水路の問題で, 津波遡上計算法の精度の険討を行っている. それによると, 浅水理論による差分1eap-frog法の計算においても, 無次元パラメータΔs/αgT^2が10^-3以下ならば, 十分な精度が得られている. ここにΔsは格子問隔, αは海底の傾斜, Tは波の周期である. 今回の計算は2次元ではあるが, 遡上計算域内の傾斜を平均してα=1/100とし, Tは既に非浸水モデルで計算した波形(前報II)により16.5分程度とすると, パラメータが10^-3以下となる条件は,Δs≦96mとなり, 十分な精度が得られることが期待される.
Fig.2で尾鷲港前面には防波堤があるが, 防波堤の天端を越えた場合には, 本間の台形せきに対するもぐり越流の公式(土木学会, 1971)を用いて, q=1.3h√(gΔh)として計算に組入れた. Δhは防波堤をはさむ水位差, hは下流側の水位を防波堤天端からはかった値である.
海底摩擦係数は5m以深では0.005,5m以浅は陸上部を含め0.01とした. また尾鷲港前面の岸壁では, 水深が階段的に変化することによるエネルギー損を考慮し, 等価摩擦係数として0.03(前報IV)を与えた.
Fig.2で左上部に斜線で陰影をほどこした部分は市街地であり, 水流に対して密集家屋による強い抵抗が生じることが予想されるが, このエネルギー損も流速の2乗に比例すると考え, 等価摩擦係数で代表することにした. この数値については後節で詳しく検討する.
なお遡上部浸水の先端は, 各水位計算点における水位と地盤高を比較することによって求め, そこでは流量と水位の間に, qxあるいはqy=C0H√(gH)の関係があるものと仮定した(前報IV). ここにHは乾いた水位点地盤高から測った水位であり, C0は0.5と仮定した.
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3. 波源モデル
さて以上の方法でシミュレーションを進めるにあたって, 波源モデルと市街地の等価摩擦係数を如何に与えるかの問題がある. そこでこの節および次節において,これらの問題について, 若干の検討を行う. この際, 計算時間の短縮をはかるため, Fig.2に示した領域全体(Δs=156.25mおよびΔs=31.25m)を, Δs=62.5mの格子網に再構成して計算を行った.
1944年東南海津波の波源は, INOUCHI and SAT0(1975)が提案した断層の, ずれの量を0.45倍したものが最適であるということが, さきの数値実験(前報II)によって明らかにされている(Fig.1右下挿入図に断層面の位置を示す). この場合の計算格子間隔は最小で, 312.5mであり, 海岸では完全反射が仮定されたが, 尾鷲での津波計算波形は, 第1波の振幅が4.1mになっている(前報II, Table3).
そこでΔs=62.5mの格子網で, 海岸からの遡上を許す条件での計算を行ってみると, 尾鷲港前面での第1波の振幅は3.02mに止まり, 陸上へは僅か遡上するのみであった. そこで尾鷲湾奥の海岸線に全部直立壁完全反射の条件を与えたところ, 振幅は3.36mに増加した. しかし前回の計算値より約18%小さい. また前回は5波目に6.1mの極大値が見られたが, 今回は完全反射の条件で3波目に3.7mとなったに過ぎなかった. このような違いを生じた理由は確認されていないが, 格子細分化のとり方が前回のもの(前報II,Fig.7)と異ったこと, ことに尾鷲湾奥部の格子を細かくとったことにより, 海岸からの反射が散乱する傾向があることなどによるものと推定される.
このため尾鷲市街に津波が遡上するためには, 前回の1.8倍の断層のずれの量を与える必要があることになった. これはINOUCHI and SATO(1975)が当初与えた値の0.81倍である.
それでは前回のモデルで, 布良, 伊東, 内浦, 松坂, 下津, 土佐清水の津波記録の振幅をよく説明出来たことと矛盾を生じる. そこで断層のずれの内, 尾鷲湾前面にあたる部分では, 前回の1.8倍のずれ変位を与え, 断層の南西, 北東の端部はそれより小さい変位とするなど, 数種のモデルをテストしてみた.
その結果は断層南西部長さ40kmの範囲のずれをINOUCHI and SAT0(1975)が与えた値の0.3倍, 中央部長さ94kmは0.81倍, そして北東部100kmは0.45倍(但し断層幅と傾斜角を少し変更した)にした場合, 5個所の津波記録の振幅と, 尾鷲の遡上高さを平均的には満足するようになった.
しかし東側の, 布良, 伊東, 内浦で計算値が小さ過ぎ, 西側の下津, 土佐清水では大きすぎるため, 実測値と計算値の比の対数の標準偏差から求めた, 信頼度係数κ(前報II, Model III'ではκ=1.27)は1.58になり, 各地の津波記録による波高とよく調和しているとは, いい難い結果である.
ここでは尾鷲の遡上解析を行うことが目的であるので, INOUCHI and SAT0(1975)の断層パラメータのうち, 断層ずれの量のみを一率0.81倍としたモデルで計算を行うことにした.
4. 市街地の等価摩擦係数
尾鷲の市街地は, 人家がかなり稠密であり, Fig.3に北川河口部付近の様子を抜き出して示してみた. 図中影をほどこした部分は, 人家などの建造物で, 縦横の格子はFig.2に示した計算格子でΔs=31.25mの間隔である. これは現在の状況であるが, 1944年以来, 海岸に沿った部分を除けばほとんど変わっていないといわれている. このような人家の密度に加えて, 津波の浸水による舟や, 家屋の破損材などで道路がふさがれ, 浸水流のエネルギーは大きく減殺されるものと考えられる.
これらのエネルギー損は, すべて流速の2乗に比例するものと考えられるから, その比例係数を等価摩擦係数fにおきかえ, (1), (2)式のfeに与えることにする. そこでfによって遡上分布がどのように変わるかを調べてみることにした.
f=0.02, 0.1, 0.5, 1.0の四つの場合を計箪した結果を, 市街地の範囲に限ってFig.4に示した. なおこの計算でも前述のように,Δs=62.5mの格子網が使われている.図中数字を付した等高線は, 浸水最高水位の分布を示しており, 太い2重鎖線は実測の, そして屈曲した実線は計算結果の, それぞれ浸水最終線をあらわす. また市街地の人家密集域としてfを与えた領域は, 影をつけた点線でかこんで, 右上の図にのみ代表的に示してある. この結果から, f=0.02のように, fが小さい場合は海岸における津波の高さよりも, 陸上の浸水終端部の方が水位が高くなる. しかしfを大きくすることによって, 海岸から市街地の奥へ水位が急速に下降する分布が得られることがわかる. また海岸部の高さは, f=0.02の場合4.7m程度であるが, fが大きい場合5.0m程度に高くなることがわかる.
後藤・他(1981)は, 角柱が並立している場合の水流に対する抵抗について水理実験を行い, その表現式を得ている. そして更に等価粗度として数値計算に組入れ, 実験値と計算値の比較を行い, 良好な一致を示した. この論文を参照して吾々の場合を考えてみると, フルード数0.1(後節で述べるようにシミュレーションの結果ではFr=0.1〜0.2が得られた)とし, 角桂の隙間と, 角柱中心間距離の比βを0.2あるいは0.3とすると, 角柱最前列の縮流の損失のみでも, Δs=62.5mの場合の等価摩擦係数は0.2あるいは0.5程度となる.
しかしFig.3に示したように, 密集建造物の場合, 水流の断面縮少, 拡大, あるいは屈曲などが不規則に組合わされており, また建造物の壁面は水を完全に遮断するのではなく, 内部に水の侵入を許すものである. したがって水流低抗は非常に複雑なものであり, 或る程度実例に即して考えざるを得ないものと思われる.
1946年南海津波の際の高知県須崎や宇佐の密集街区の場合(前報IV), 等価摩擦係数として0.1(Δs=50m)がとられた. 今回の場合Fig.4でわかるように, f=0.1では浸水面積がやや広過ぎ, また浸水先端での水位が実際(後出Fig.5参照)よりかなり高くなり, f=0.5程度が必要であるという結果になった.
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5. 1944年東南海津波の遡上シミュレーション
前節までの結果から, 尾鷲市街をFig.2に示すように二重の影線をつけた密集区と, 一重影線のやや疎の区域とに分け, 前者にf=0.5, 後者にf=0.1を与えて, Δs=31.25mの格子分割によって遡上計算を行った. 波源は3節に述べたモデルを与えてある.
シミュレーションの結果から, 市街地部分(Fig.2左上部)のみに限って, 最高水位の等高線を描いたものがFig.5の右側の図である. また実際の浸水高分布を左側の図に示した. この図は前報I, Fig.7に示したものと同じで, 測量地点にT.P.上の浸水高を記してある. 但し等高線は多少修正をほどこしてあり, 特に前報Iでは5mの等高線が点線のようになっていた. これは北川下流域で家屋がほとんど流失し, 痕跡高の残った測定点が得られたかったので, 止むを得ずこのように引かれたのであるが, むしろ4.8mの等高線として図の実線のように引くことが妥当であり, シミュレーション結果はこれによく調和する. 3.4mの等高線で囲む面積はシミュレーションの方がやや小さく, 浸水先端の浸水高がやや高い結果になった. またシミュレーションでは北川上流に浸水域が延びているが, モデルにおける川の地形の表現が強調されすぎたものと思われる.
さてFig・5右側の図に示したA-A', B-B', C-C', D-D'の鎖線に沿った断面をとり, 浸水水位の時間経過を示すとFig.6のようになる. 各曲線に付した数字は計算開始時刻(海底変動の起った時刻)からの経過時間で, 時間を追って陸上深く浸水していく様子がわかる. 横軸は距離をΔs=31.25mの単位にとってある. 前報I, Fig.9に示してある実測浸水高から描いた浸水横断面分布は, これらの時刻の浸水断面の包絡線に相当するものであり, シミュレーションの結果は, ほぼ実測値に近似している.
北川に沿った断面A-A'では, 約4分間で浸水は陸上深く, ほとんど浸水終端にまで達しており, また水位面包絡線の傾斜もゆるやかである. しかし市街地中央を横切るB-B'断面では, 4分間では未だ浸水は終端に達せず, 水位面の傾斜は強く, 海岸と市街地の奥では浸水高の差が大きい. また高町というやや標高の高い地域(Fig.2の市街地内で4mの等高線にかこまれた場所)を横切る断面C-C'をみると, 海岸からの浸水は地盤の高い所でせきとめられ, 時刻22分では水位が下がって来ており, この地域より奥側の浸水(図でmaxと記した点線)は, 周囲からまわりこんだような形になっていることがわかる.
また各断面におけるフルード数Fr=v/√(ghl)をプロットした. ここにvは流速絶対値, hlは地表面上の浸水高である. 地表からの浸水高が20〜30cm以上ある部分については, Frはほぼ一様に0.1〜0.2程度の値を示しているが, 極く浸水の浅い部分では見掛け上フルード数がかなり大きくなっている. なおここで得られているフルード数は, 計算格子幅で平均された値であるので, 家屋その他で縮流された場所などでは, 実際には数倍にのぼる流速が生じている可能性がある.
次に流速や浸水高と建物の破壊との関係をみよう. 津波の被害は浸水のみで済む場合と, 建物の倒壊, 流失に至る場合がある. このちがいはまず浸水の高さの差が一つの要因と考えられるが. さらに同じ高さにおいても流速の違いによって著しく左右されると思われる. 前報Iにおいて, 尾鷲市街の家屋破壊率と地上の浸水高によい相関があることが示されているが, また前報IVにおいては1946年南海津波の際の高知県宇佐の家屋破壊率と, 数値実験で計算された水流圧力との間に非常によい相関があることがわかっている.
今回もそれらの関係をしらべてみた. Fig.7の左図は,各町単位の家屋破壊率の30%以上のものを, 影をほどこして示した(前報I, Fig.6). ここに家屋破壊率はD=
(a十6/2)(a+b+6)で定義し, %であらわした(相田・影山, 1961). ここにaは全壊, 流失戸数, bは半壊戸数, cは床上, 床下を含む全浸水戸数である. それに対して中央の図はシミュレーションで求めた地表からの浸水高, 右図は水流圧力を代表する数値の等値線である. ここに水流圧力は流速の2乗と, 地表からの浸水高の積をm^2=sec^2の単位であらわし, その最大値を図化した. なお等値線の最大値は8.0m^2/sec^2までとし, それ以上の値については特に区別しなかった.
これからわかることは, 北川河□から川沿いに浸水高が高く, 水流圧力の大きい地域がのびており, それに応ずるように家屋破壊率の高い地域が拡がっていることである. また海岸に沿った地域と市街地南端部にも同様に浸水高, 水流圧力計算値が大きい地域があるが, 家屋破壊率もその地域で大きい. これらは実際の被害状況をシミュレーションがよく再現していることを示している.
ここで尾鷲全域の流れの様子をみるため, 各計算格子点における流速ベクトルの代表的なパターンとして, 津波発生より18分, 22分, 32分経過時について示したものがFig.8である. ここに示した領域は, Fig.2の領域全体を含んでいる. 時刻18分では,尾鷲市街およびその南側の矢ノ川地域に浸水が開始されている. 22分では尾鷲市街の浸水はほぼ完了, 南方矢ノ川地域では先端でなお浸水が進んでいる. しかしながら海上では既に津波が引きはじめていて, 流速ベクトルは逆転して湾口方向へ向いている.
ここで尾鷲市街地の南方矢ノ川周辺の広い地域は, 当時はFig.2に示すように未開発の低地であったため, 津波の流れも速く, エネルギーの多くが集中している. しかしこの地域は其の後開発が進み, 現在では津波の状況は大いに変わるものと考えられる.
32分では第2波が湾口方向からおしよせており, 陸上から引いて行く第1波と, 港前面で衝突している様子が流速ベクトルの上であらわれている. 三つの場合を通じて, 港前面の防波堤の両端部付近の流速ベクトルは複雑で, 流速値も約5m/secに達し, 流向の変化も薯しく, このような場所は船舶にとって, 非常な危険を伴うものと考えられる.
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6. 1854年安政東海津波の遡上シミュレーション
1854年安政東海津波の波源については, 前報IIIで検討したが, 石橋(1976)によって提案された断層モデルによって, 各地の波高分布をきわめてよく説明できた .そこで今回もこのモデルによって計算を行った. 但し3節で述べた1944年津波の場合と同様の理由で, 前報IIIのModel AT-1(石橋モデル)の南西側断層のずれの量のみを1.5倍した.
また市街地の等価摩擦係数は, 家屋の稠密度が当時は現在よりも低かったろうとの推定で, Fig.2に影線で示した地域は全域で0.1と仮定した. なおこの津波が満潮時に近い時期に発生したことを考慮して, 静水面が平均水面上0.5mにあったとして計算を開始した.
以上の条件で行ったシミュレーションの結果を, 浸水高の分布で示したものがFig.9の右図であり, 左図は史料の浸水高を示す記事から推定して測量を行い, 得られた津波の高さおよび浸水線である. 浸水線はほぼ両者で一致している. また実測浸水高をみると, 浸水終端部付近では数値はばらついているが, 平均すると約4.2mになる. これは計算において4〜4.2mの範囲にありほぼ一致している. また海岸近くから南の方にかけて, 実測では5.5mという高い値が3個所あるが, 計算ではやや低いが5mの値が同じような形で分布している. しかし北川北岸の6.2m, 5.6mという実測値は計算では説明出来ず局部的なものであるかもしれない. 以上の計算でほぼ安政東海津波の浸水の状況を再現しているものと思われる.
A-A'およびD-D'の断面に沿った浸水高さおよびフルード数Frの時間を追っての分布をFig.10に示した. この場合等価摩擦係数を, 1944年津波の場合より小さく仮定したので, Frは0.2前後となり, Fig.5に示したものよりやや大きくなっている.
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7. まとめ
今回は波源域を含む外洋から, 津波が遡上する陸上部を含めた湾奥までを一つの計算格子網として計算を行った. これによって前報IIIやIVのように, 遡上計算格子域の外縁で, 入射波を仮定する必要がなく, 入力点での境界条件のなやみを解消することが出来た. しかし今回の計算で, 海岸から遡上しない条件を与えても, 前に行った非遡上計算(最終格子間隔が今回よりも5倍大きい)よりも, 18%程度小さい波高が得られた. これはおそらく計算格子網のとり方により, 海岸の反射の相互干渉などが変わることによるものと考えられ, 差分格子の細分化に残された問題であると思われる.
遡上域での水流低抗は, 田畑のような比較的なめらかな地形と, 家屋, 建造物の密集している市街地とでは大いに相違する. このような抵抗を等価摩擦係数で表現することは, 以前から試みているところであるが(前報IV), 今回も数種の値を与えてシミュレーションを行い, 実測した津波浸水高分布(前報I)と調和する結果が得られるような係数を求めた. 今回の結果では, 家屋密集地でf=0.5程度で(Δs=31.25m, 周期16.5min), 以前用いた高知県須崎や宇佐の場合のf=0.1(Δs=50m, 周期20min)より大きい値となった. 今後も他の地域での同様な方式のシミュレーションによって, 一般的に妥当な値が得られることが期待される.
1944年東南海津波と1854年安政東海津波による, 尾鷲市街の浸水の状況は, 今回のシミュレーションによってほぼ数値的に再現できた. また浸水による家屋破壊率の地域的な差についても, 水流による圧力との相関によって説明されることがわかった・
謝辞
この論文について種々有益な御助言を与えられた地震研究所梶浦欣二郎教授に厚く御礼申上げる. またこの研究は文部省科学研究費補助金, 自然災害特別研究「陸上に氾濫した津波の挙動と津波の流動による被災のメカニズムに関する研究」(代表者堀川清司東京大学教授)の援助を受け, また数値計算は東京大学大型計算機センターを利用して行われた. 併せ記して感謝の意を表する.
文献
前報I: 羽鳥徳太郎・相田 勇・岩崎伸一・日比谷紀之, 1981, 尾鷲市街に遡上した津波の調査─1944年東南海・1960年チリおよび1854年安政津波, 地震研究所彙報, 56, 245-263.
前報II: 相田 勇, 1979, 1944年東南海地震津波の波源モデル, 地震研究所彙報, 54, 329-341.
前報III: 相田 勇, 1981, 東海道沖におこった歴史津波の数値実験, 地震研究所彙報, 56, 367-390.
前報IV: 相田 勇, 1977, 陸上に溢れる津波の数値実験─高知県須崎および宇佐の場合─, 地震研究所彙報, 52, 441-460.
相田勇・影山正樹, 1961, 調査報告─女川・石巻間, 1960年5月24日チリ地震津波に関する論文及び報告, チリ津波合同調査班, 丸善, 東京, 289-302.
土木学会, 1971, 水理公式集, 土木学会, P.265.
後藤智明・首藤伸夫, 1979, 非線型津波の二次元遡上計算, 第26回海岸工学講演会論文集, 土木学会, 56-60.
後藤智明・首藤伸夫, 1980, 各種津波遡上計算法と波先端条件の比較, 第27回海岸工学講演会論文集, 土木学会, 80-84.
後藤智明・首藤伸夫・笹川稔郎, 1981, 陸上大障害物群の津波氾濫時における抵抗, 第25回水理講演会論文集, 土木学会, 125-132.
IN0UCHI, N. and H.SAT0, 1975, Vertieal crustal deformation accompanied with the Tonankai earthquake of 1944, Bull. Geogr. Surv. Inst., 21, 10-18.
石橋克彦, 1976, 東海地方に予想される大地震の再検討─駿河湾大地震について─, 地震学会講演予稿集, 1976 No.2, 30-34.
岩崎敏夫・真野 明, 1979, オイラー座標による二次元津波遡上の数値計算, 第26回海岸工学講演会論文集, 土木学会, 70-74.
首藤伸夫・後藤智明, 1977, 津波の遡上に関する数値解析, 第24回海学工学講演会論文集, 土木学会, 65-68.
17. Numerical Experiments of Tsunamis Inundating Owase City, Central Japan.
By Isamu AIDA and Tokutaro HATORI, Earthquake Research Institute.
Simulations of tsunami inundation at Owase city in Mie prefecture, central Japan, have been carried out by use of a finite difference method on the basis of shallow water equations. The computational area is divided into several regions with different grid sizes. In an open ocean, the earthquake fault model is placed as the tsunami source. In the innermost part of the bay, the inudation of water on land is also considered. The effective friction coefficient is assumed to represent energy losses in water flow due to obstacles like houses on land. Results of simulation with various values of this coefficient are compared with the observed distribution of inundation heights on land to estimate the most probable value. It is found to be f=0.5 for the most crowded housing areas and f=0.1 for other urban areas.
The distribution of inundation heights in Owase city for the 1944 Tonankai tsunami is simulated fairly well by the former source model used by the author, provided that the slip displacement of the fault is 1.8 times the former value. The percentage of damaged houses due to invading water is well correlated to the inundation height above ground or to the hydraulic pressure, represented by the product of the inundation height above ground and the square of the current velocity.