明治三陸地震津波

溯上シミュレーション(岩手県田野畑村島越)

(製作:防災技術コンサルタント,監修:首藤伸夫)
現在の岩手県田野畑村島越を明治三陸地震津波が来襲した場合(山側から見る)




 島の越は、明治・昭和の大津波で大被害を受けたところです。 南北に山があり、その谷間に 集落があります。明治大津波の時、谷間の平地を津波に追われて逃げた人は皆津波に追い つかれました。逃げ遅れた人が家の裏山によじ登り、助かりました。津波の時は、津波から 遠ざかるのではなく、高さを稼ぐのが命を守る鉄則です。
 この集落は漁村ですが、第4種漁港、即ち避難港です。海が荒れてくると、この近くで操業 している漁船が一時的に避難してきます。こうした暴風浪を防ぐために、沖合いに大きな防 波堤が作られています。しかし、船の出入りのために、港の口は開いています。風で起る波 は、周期が3秒から30秒位で上昇下降を繰り返す、周期の短い波です。防波堤はこうした短 周期の波は効果的に防いでくれますが、津波には殆んど効きません。津波は、短いものでも 3~5分の周期を持っており、防波堤背後にやすやすと入ってきます。 ですから、チリ津波後、高さ8メートルの防潮堤を海辺に作り、これで津波を防ぐこととしました。 しかし、これでは大津波に対して高さが足りません。この防潮堤を14メートルに嵩上げするの が、ここ40年来の住民の願いでした。やっと実現することとなりましたので、果して14メートル なら充分なのかを数値計算を行って検討しました。
 高さ14メートルの防潮堤であれば、昭和の大津波を防ぐことが出来ることが分りました。 では、明治の津波が来たらどうなるでしょうか。その結果を示すのが、このシミュレーション です。この津波は、まず引浪が先行します。防波堤で守られた港内の海底が干上がって 行き、ついで港口から入り込み、発生後32分頃遂に防波堤を乗り越えて、津波がやって 来ます。 そして、32分57秒頃、高さ14メートルの防潮堤をも乗り越えて集落に侵入します。
 こうなりますから、いくら防潮堤で守られているにしても、巨大津波が発生すると、万全 と云う訳には行きません。命を守るには、やはり避難する、それも高いところへ避難する と云う行動が必要です。この集落を明治三陸大津波に対して安全に守るには、高さ22m の防潮堤でなくてはならないことも分りました。  もう一つ、このシミュレーションから分ることは、防潮堤を乗り越えた海水が、今度は防潮 堤にさえぎられ、戻れなくなるという事です。引浪で、港の中が干上がっている時でも、 防潮堤の陸側で大きな水溜りが残されました。例えば、43分頃の状況を見てください。 陸上に溜まった水の水深は、10メートルにもなりました。 この水を自動的に排除できる水門の設置などが必要となります。
 防潮堤の陸側に水が溜まって、なかなか引かなかったのは、1960年チリ津波の時の 岩手県山田町、1993年北海道南西沖地震津波の時の北海道大成町太田と、 今までに2例あります。