岩手縣沿岸大海嘯取調書(甲・乙・丙・丁)

陸中国東閉伊郡田老村(現、岩手県下閉伊郡田老町)

陸中國東閉伊郡田老村

●本村被害地    字田老 小濱 攝待 小成  四ケ所
○流亡戸数 三百四十五戸 ○潰戸数          ○流亡納屋 三百十八棟
○潰納屋    七拾壹棟 ○死亡人口 千八百六十七人 ○負傷人口
○流亡牛馬        ○流亡耕地・田畑      ○流亡舩舶
○流亡財産        ○流亡道路・堤防

漁村之新位置
一、新住家ヲ設クヘキ地及旧住家トノ利害
  ○本村 大字田老 乙部 區域無キ 市街 海面ヨリ平均ノ地 故ニ 年々 「シケ」(ヨタ)ニモ 災害ヲ
      受ル事 不少 今回ノ海嘯ノ為メ 渚端モ  海成トナリ 加ルニ 田老川ノ如キモ 川床モ 宅地ニ 
      平均 霖雨ニモ  害多シ 故ニ 再ヒ 元宅地 家屋建築ノ見込無シ 字館ケ森ヨリ 立花マテノ地ヲ山
     崩シ 平坦ナラシメ 新敷地ノ見込 アレトモ 工事費  不少ル ニヨリ 移轉 如何哉ト 有志者 
      考慮中 此 工事費 凡  五万円ト云 其戸数 三百戸移シ 見込ミ 壹戸 百五拾坪 平均宅 其  坪数
     四万五千坪 壹坪 壹円トシテ 四万五千円 故ニ 凡 五万円ト云 (宗眞 視察スルニ 五万円ハ 
      要スルト 思考セリ 土工 功程ニモ ヨルヘシ)
二、海面ヨリ高低及沿岸ノ地形方位
  ○海面ヨリ 高低 渚端 三尺計リ 今回 津浪 陥落セラレ 海成 宅地モ 大ニ 陥落セラレ 海面平均
      トナリ 地形方位ハ 田老ヨリ 小成マテ 東大洋面シ 其 中央ニ 明神鼻 第一 突出セリ 明神鼻
      ヨリ  南方 眞東ニ 海面セル 一小湾ナリ 平素 海底 根岩 多ク 波浪  激ナルヨリ 小濱ニテ 
      海運ノ便ヲ 計ル所ナリ
  ○元宅地ヨリ 海岸マテ 弐丁位ノ所 宅 三十間位マテ 追々 海成
  ○田老川 床ノ如キハ 田老字大平川 上ヨリ川床 高キ事 宅地 二尺位ナリ 故ニ 河水 供水 海潮
      ノ害 無 常ニ多シ
三、津浪ノ耒ル場所
  ○田老ノ湾口ハ 東ニ面シ 津浪ハ 東南ヨリ 打込ミ 其 反動  北ノ山根ヨリ 東ニ流レタル如シ 
      湾口 僅ノ所 故ニ 激烈ニ  打込ミ 破壊 土迄 陥落セシモノナラン
四、防風林及防浪林其他堤防必要有無
  ○田老ヨリ南 山根ニ 防風林ノ松樹 数十年在リ(四五尺廻リ) 海面ヨリ 二十尺モ高キ 砂利堤防アリ
     今回ノ津浪ニ 立木モ堤防モ 破壊セラレ 海面 平均ノ地トナリ 將耒 田老 海濱ニ 六七百間ノ
   堤防(汐止)ト 防風林植付 尤 急務ナリ 此 田老川 床下ケ  両側 堤防 改築モ必要



五、魚付(林)場及海湾近傍山林原野ノ景況并林相ノ種目
  ○本村 小港ノ東南ニ當リ 高戸島在リ 明治廿九年ヲ去ル 四五十年前  火災ノ為メ燒(樹木ヲ燒キタル
      事ヲ云)ケタルヨリ 魚付 悪クナリ  漁業ヲ 失ヘタリト云
六、新道路ノ見込及古道ノ便否
  ○田老ヨリ 佐羽根通リ 山口ニ至ル 里道及 樫枯内通リ 崎山ニ至ル  濱街道 鍬ヶ崎ニ達スル両道ヲ
      開クニ 便在リ
七、漁村沿岸運搬ノ便否
  ○沿岸 運搬ノ 便否 元ヨリ要セス

住 家
一、海濱住屋ノ建造の方法
  ○旧藩士 工学家 斎藤三平ノ発明トテ 海岸ノ家屋 納屋之建築ハ  土臺下ニ ジン胴(打込)土臺 
      挟ミ ジン胴の間ニ 石ヲ据ヘ  トナシ 建築スルトキ 流亡シカタシト云
二、住家ト納屋ト離合ノ利害
  ○本宅ト納屋 離隔スルニ便アリ
三、海濱住屋建造ノ遺法の有無
  ○住屋 建造方法 聞カス 本村 津浪ニハ 往古ヨリ 舘ケ森ニ  遁カレヘシ云事 當時ヨリ 傳記ナリ

漁民風俗
一、祭事婚姻家庭ノ状況
  ○不漁ニハ 浦祭リヲ 神官ニ托ス 祭ルナリ
  ○漁民 男子七八歳ニハ 釣魚 連レ行 鯣釣リニ 又タ 十二三歳ニハ  鰹漁 餌差付 連レテ 行ク 
      之レ 家庭ノ教育ナリ
二、漁民ノ禁物
  ○産婦ハ 大ニ忌ム 七日間 多分 里方ヘ 産婦預リ 分娩セシムル  一般の風 又タ 家ニテ 産スル
      トキハ 夫ヨリ他の家ニ サクルナリ  死亡者アルトキハ 格別 嫌ハス
  ○猿ヲ ヱヒシト云 蛇ヲ太脂(フトユヒ)ト云 鯨ヲ母ノ神ト云
三、食物
  ○稗 粟 布ノ粉 麦 一日五回ノ食事ナリ
四、衣服                                    
  ○木綿 三分 麻 七分
五、漁民衣食物供給ノ時季
  ○本村 月 三回市(六ノ日)アル 故ニ 是ニテ 衣食調(達)又タ 宮古町ニテ 供給ス


六、被害町村漁民年々北海道及其他出稼の状況
  ○北海道 出稼 百人位 亦 近傍ニ 夏・百人 秋・二百人位 出稼
七、良習慣ト不良習慣トノ種類
  ○漁民ノ習慣ハ 漁ニ 舟ヲ出帆 川口ニ先着スレハ 先トナシ 前后  争ハス 順序 正敷 コキ出シ 
      又 戻リ(歸帆)ニハ 寄島ノ前ニ  着クヲ 以テ 順序 正シ 入津スルナリ
  ○田老ト 乙部 區域アレトモ 争ハス 入合 稼ヲナシハ 從耒ノ良風ナリ 古キ 規約書 アレトモ 
      流亡 故ニ 無シ 郡衙ニアルト云
  ○沖漁 サカ 赤魚 配縄 用スルニ 潮下ヨリ 順序ヲ 定ム  又タ 沖ヘ 着ク 順序 ニテモ 定ム
      (夜分 火揚ケテ 定ム)

漁村制
一、漁業組合ノ状況及改善策
  ○組合全体 必要 本村 小本村 漁業組合 成立居 此 規約中  鮑ノ如キハ 繁殖 季節 解 捕獲
      セシムル事 企望ス  (宗眞ハ 何ノ為メカ 解セス 村長 曰ク)
二、漁民ノ労働及稼業の順序
  ○農漁 兼務 農 三分 漁 七分  女ハ 漁獲物 調製ト賣却ヲナシ  金錢ヲ取締 男ハ 漁業ニ從事
      スルナリ
三、旧漁場ト新漁場ノ位置ノ状況
  ○明治八九年ノ比 発見ノ鮪立アミ場 明治十二三年ノ比 大漁アリ
  ○往古 鮪立アミ 箇所■■■不漁ノ為メ 廃(五六■■■■前)トナリ 近比(頃) 新規発見ノ箇所ハ 
      昔ノ場所ナリ
四、漁場紛擾仲裁法
  ○沖漁ノ喧疑ハ 陸ニ耒リ 争ハ 決而 云モノニ アラス
五、捕獲魚類沖合販賣ノ利害
  ○本村ニモ 遠沖ニ 賣買 無 近海ニテ 宮古辺ノ者ト 賣買アリ  是レヲ 防クニ 困却セリト云
  ○舟主ハ 漁舩ニ漁具 渡 漁民 貸付 漁師ハ 食費 餌差ヲ出シ  漁獲物ヲ 相庭ヲ立テ 主人ニ納メ
     舟頭ハ 貳人分 引取リ 平均ニ 配當スルナリ (主人トハ 舟主ト云)相庭立ルニ 舟主  舩頭 
      本村 漁民一同 集合ニテ 豫テ定ム
六、藩政ノ當時の方法及税法
  ○舟ノ数ニ寄リ 干鮑ト 干シヱヲ 納ム 小漁舟ハ 無税
  ○沖漁舟 御極印ト唱ヘ 鑑札舩 此 税 右の干鮑 干シヱヲ納ム
  ○漁區ハ 七尋建ニテ 岸漁場トス 七尋ヨリ 三十三尋立迄 沖  漁舩 御極印 漁獲場トス




凶荒調査
一、海産物凶年備荒品及製造
  ○布ノ粉 かも頭 海苔(四月 海ヨリ採リ 干シ置キ 生ニテ  三盃酢ニテ 食スルニ美味ナリ) 
      (秋田地方ニモ在リ)
二、凶年ノ状況
  ○未詳
三、凶年ノ際藩政ノ救助方法
  ○仝
四、凶年及津浪后ノ流行病
  ○仝

漁民需用品
一、海岸山林原野ノ状況及將耒ノ企望但材木薪炭木トモ云
  ○本村 木材 乏敷 薪炭 沢山 方今 杉 一箇人 能ク 植立居
二、竹木大麻藁物消費年額
  ○網ハ 水沢 岩谷堂  麻ハ 岩泉地方 麻網 宮古地方ヨリモ 買入ル
  ○藁縄ハ 氣仙地方 本吉地方(鮪縄)
  ○網 六千円余 縄 四千円
三、造舩ノ種類及年々造舩ノ員数
  ○惣 数   五大力  傳 馬  サッハ   仝     新 造
         命八年  命十年  命七年  平  八ケ年 壹ケ年
   五百五十四 二十二  百三十 三百九十六  均    六十艘宛
四、木材ヲ需ル便宜ノ場所
  ○千徳官林
五、將耒漁舩漁具改良之方法
  ○改良舟具 不適ト云 舟ハ 浦々 波浪ノ都合ニヨリ 地方  在耒ヲ 改良スルニ 便アリ
六、漁民衣食供給ノ場所
  ○本郡宮古町 本村 市日ニテ需(鍬ヶ崎町)

海 湾
一,旧漁場ノ位置及変更ノ状況
  ○今ニ 調査セス(舟 無キ為メ)場所ニ寄リテ 変更アルハ 必定ナリ



二、海湾ノ主産
  ○鮑 鯣 昆布 鰹
  ○東海婦人 発生九ケ年間マテ 肉アリ 其后 肉無 失セルト云  (漁獲期 六ケ年 適當)
三、海湾捕魚ノ種類及時期
  ○春・鰯 赤魚 鰈    夏・かつ 鮪 昆布 鮑
   秋・鱒 鮭 鯣 ぶり  冬・鱈 サカ ホヤ 海鼠 
四、沖合漁業ノ位置里程
  ○鰹舩 百哩内外  赤魚 サカ 四十哩
五、製塩場位置興廃
  ○二ケ所 本村 水沢及攝待ニアリ 皆 破壊 再興ノ見込ト云

海事考
一、四季ノ氣候
  ○雪 旧十月ヨリ 三月マテ 降ル 積ル事 壹尺五寸
  ○梅ノ花 旧四月 初咲
  ○夏氣ハ 土用后 暑アリ(土用前ニ暑アルト不里)二百十日比 雨多シ
二、起風雨前知
  ○日月ニ笠アレハ 雨天ナリ
三、不漁前知
  ○不詳
四、大漁前知
  ○カモメ 多 耒ルトキ 漁アリ
五、潮流ノ状況
  ○沖 冷ナルトキト 霧等アルトキハ 陸(海岸)鰹ハ 寄ルト云   陸ニ 霧アルトキハ 沖ニヨルト云
     之レ 潮流ノ為ナリト云
六、海湾ニ関スル事歴
  ○記スル事(無)
七、固有漁場ノ変遷ノ状況
  ○仝
八、津浪ノ歴史
  ○安政三年七月廿三日 津浪 本村 惠 壹尺位 浪打上 川ニ随テ  八幡マテ 走リ浪行ト云
  ○明治廿九年旧三月 ヨタ 川随ニ 百八十間 浪 押込ミ
   川口ノ舟 打上ケラレタリト云


九、津浪耒ルヘキ前兆
  ○未詳

漁村挽回
一、迅速ナル業務
  ○小舟 早ク造ニアリ
二、造舟職工有無
  ○欠乏 他ニモ無キ為 殆ト困ル

漁民將耒ノ企望
一、管内沿岸一致漁業組合設ル方法
  ○一致の方法 出耒限リ 漁村 富ミ 近キ■■■■無シ
二、授産方法ニ付便利見込有無
  ○漁民 一致 共同ニアリ
三、他ヨリ團体ヲ造リ漁業ニ耒ルモのアルトキハ如何スルヤ
  ○耒ルトキ拒ム

陸地産業被害調査
一、家畜ノ関係
  ○
二、耕地被害
  ○人民 死亡 多キ為メ 耕地 作毛■■■■不少 津浪ノ害 無キ所モ  ■■■ ナリ

商業調査
一、物價相場魚類販路
  ○鯣 海中 多シ  舟無キ 苦ム  物價 三割高シ
二、貸借変動及金利質屋ノ景況
  ○質屋 無   金利 壱分
        戸   籍
田老 乙部  家 三百三十五戸流亡 死亡人口   千八百人
小港     家     五戸 仝 死亡人口    三十人 宮古の者
                          十八人 地元ノ者
攝待     家     拾戸 仝 死亡人口    五十人