岩手縣沿岸大海嘯取調書(甲・乙・丙・丁)

陸前国気仙郡廣田村(現、岩手県陸前高田市広田町)

陸前國氣仙郡廣田村

●本村被害地 字太陽 後濱 泊リ 中沢濱 長根屋敷 集リ及 根崎 堂ノ前
           田屋 六ツ浦 大野 長洞ノ拾二ケ所
○流亡戸数 百五拾四戸 ○潰戸數     拾二戸 ○流亡納屋  二十九棟
○潰納屋    十六棟 ○死亡人口  五百七十人 ○負傷人口   四十人
○流亡牛馬       ○流亡耕地・田畑     ○流亡舩舶
○流亡財産       ○流亡道路・堤防

                       
漁村ノ新位置
一、新住家ヲ設クヘキ地及旧住宅ノ利害
  ○本村内被害ノ為メ 旧宅地 再興ノ見込無ク 新居住地 変更スル部落ハ 第一 本村 港 泊リ是ニ
   中沢濱ヲ合併 軒並ヘ 壹町内ニ変更セシム 其他 字集リ 及大野等ノ三ケ所 改造スルニ 將耒ニ



   大ナル利益アリ 村内協議中一二ノ者ノ為メ 有志者 意ノ如ナラス 亦タ 詳細ハ 部落図ニ 記ス
  ○字大野ノ如キハ 二百年前ニハ 目今ノ所ヨリ 拾五丁計リ 高キ地ニ 住居セシト云 今ニ 大屋ト唱
   ヘ 古屋敷ハ高キ地ニ在リ 目今 戸数 三拾戸 程アリ 此宅地ハ 昔ノ鹿野ナリ(須賀野ノ誤リ成)
  ○廣田村全村寛永ノ比(頃) マテ 家三十六戸 元禄ノ比ニ至リ 七十壹戸 目今 四百五拾二戸
二、海面ヨリ高低及沿岸ノ地形方位
  ○是レハ 被害部落絵図ニ 詳記ス
三、津浪ノ耒ル場所満潮干潮ノ差
  ○是レハ 被害部落図ニ詳細 記ス
  ○本村ハ 東南北の大洋ニ面シ一半島ナリ 是カ為メ 激浪三面ニ打込ミ走 甚敷ハ 東北ヨリ逆浪打込ミ
   詳細部落ニ記ス
四、防風林及防浪林其他堤防必要ノ有無
  ○本村 字堂ノ前 六ツ浦 田谷 大野 長洞五部落 防風潮林 植付ノ急務ナリ 堂ノ前 長洞ノ如キ 
   防風潮林 松立木多ク 元ヨリアレトモ 今回ノ海嘯ニ 皆 破壊セラレ 其他 各地ニ堤防の破壊
   更ニ 築造ノ箇所不少 詳細ハ部落図ニ記入ス
五、魚付場及海湾近傍山林原野ノ景況并林相ノ種目
  ○従前ハ 海岸ヨリ百間以内ノ森林ヲ 官私ノ區別ヲ問ハス 伐木ヲ禁ス 非常 必用アル場合ニハ 村吏


   點検ノ上 粗悪木 抜切リヲ 許可スル事アリ 是レハ海岸 曇ラカシ魚付林 為メナリ
  ○一新以耒 魚付林乱伐セシ為メ 魚類沖ニ去ル
  ○沖漁ノ目標トシテ漁業スルニ(鰹 サカ) 本村漁民ハ 第壹 五葉山 第二 氷ノ上山 第三 本村ノ黒崎
   神社ノ杉ヲ以テ 目當トス 小友村 箱根山モ是ニ次ク
  ○魚付海濱 立木ノミ ナラス 海湾ニ関スル(関スルトハ 海湾 近キヲ云) 諸山 立木 伐木スル 鮪 
   鰹漁ニ大ニ害アリ
六、新道路ノ見込ミ及古道ノ便否
  ○廣田村 中央道路ハ 小友村道ヨリ 大野ヲ経テ 泊リニ至 是 本村 里道トナシ 沿岸 海濱道路ヲ 
   通セシタルニ 大ニ 便アリ
七、漁村沿岸ノ運搬ノ便否
  ○在耒ハ道路不便ノ為メ 沿岸舟ヲ以テ 運搬セシモ 今回 津浪ニ付テ 舟ヲ失ヘ為メ 一時 困難セリ
   是非 車道ヲ開鑿スル 必要ヲ見ル 無産者ノ為メニモ 大ニ 便利也 舟アリ利用スルモ 激浪ノ場合
   ニハ 不便 車道 開通スル事 企望ス

住 家
一、海濱住屋ノ建造方法
  ○家屋ハ 石据ハ 多ク流亡ス 土臺造ハ倒レテモ 流レサルハ多シ
  ○今回 海嘯ノ難ヲ さけタルハ 二階造リ居住セシモノ多ク助カリ
  ○土蔵ノ如キハ 物品集積 在ルハ 残リタルヤノ如シ 但 場所ニ寄ルヘシ
  ○納屋ハ建造 粗ナル為メカ 多ク流亡セリ
二、住家ト納屋ト離合ノ利害
  ○水 火災共ニ離隔スルハ便ナリ 且衛生上ヨリ見モ隔スル方 但 地勢ニヨリ 止ヲ得サルトキハ 
   此限リニアラス
  ○字大野 小松曰ク 家 富ミ 分家ヲ出シトモ 本家ノ近傍ニ分地セサルニ 利アリ 近傍ナレハ平素ノ
   便ナリ 天災事変ニ罹リタルトキ 諸共ニ罹ル 故ニ 遠ク隔離ノ地ニアルト 一族 何レカ残リアレハ
   互ニ助合トノ便ヲ 得ル故ナリ
三、海濱住屋建造遺法ノ有無
  ○廣田村 寛永十九年ノ検地ニハ 家六拾三戸在ルノミ 其内ニ今回ノ海嘯 流亡セシ家ハ二戸ノミ如 
   此事ハ 昔モ 海嘯ヲ恐レ 地形高キ所ニ宅地ヲ設ケタルナラン 遺法無ト 雖 是レ等 遺法ナランカ









漁民風俗
一、祭事婚姻家庭ノ状況
  ○漁師ハ養蚕ヲ忌ムナリ 如何トナレハ 漁家養蚕適セス
  ○農家漁民ノ婚姻忌ムナリ 如何トナレハ 農民ハ漁業ニ馴レサル為メ
  ○祭事ハ不漁ニハ神官頼ミ ヱヒシ祭リ 龍神祭(シャジ祭トモ云) 舟ニ乗リ 神酒等ヲ捧ケ 大鼓 
   ツヽミニテ 海岸廻リ祭ルナリ
二、漁民ノ禁物
  ○猿ヲアンコト云 蛇ヲ長虫ト云 長カモノトモ云 死生ノ忌ハ壹周間トス
  ○大漁抔アルトキハ 産室ヲ隔離シ 又タ他ノ家ニ頼ム事モ在リ
三、食物
  ○平年ハ米 麦 稗 大根 凶年ハ メノ子 其他種々海草等食ナリ
  ○味噌モ大豆ト塩トノミ 糀ハ用ヘス
四、衣服
  ○一般 木綿  労働者 半胴ムツリ脚引ヲ要ス
  ○鰹舩 其他漁場出張稼業スルニ 漁師ハ 麻布 表裏ノ服ニ綿ノ代用ニ 赤カダ綿ヲ入レ(此赤カタハ 
   尋常ノ綿ヨリ 塩水ニ ヒタシ  トモカワキ 早シ  故ニ用ヘ) 舩中ノ寝衣等ニ兼テ用
  ○鰹 サカ等ノ漁ニハ漁師ハ 藁簑 前立ツマコ三尺帯 濱刺(四尺 一尺五寸 二尺五寸) 是ニ惣テノ衣食
   ヲ入ル
  ○網引キニハ雨具 藁 簑 モノ腰みの(海草ナリ)ツマコ等ヲ要ス 夏ハ素足ニテ 動クナリ
  ○近比(頃) 軍服 古着 羅紗モノ類 或ハ木綿 チャン引 木綿合羽ヲ用ヘ
五、漁民衣食物供給の時季
  ○年々 旧七月十二日(盆) 旧十二月廿五日 両度ニ 本郡高田町ニテ買入ル
  ○月々ハ本郡高田町 市日 旧五ノ日一ケ月三回 今泉町 旧九ノ日三回  両市ニテ買入ル
六、被害町村漁民年々北海道及其他ニ出稼ノ状況
  ○平年ハ 北海道ニ拾年前后 其他百人前後 宮城縣下牡鹿郡海濱ヘ 春
   旧正月下旬 二月上旬ヨリ 六月比(頃)迄 鮪立アミニ出稼 盆ニ戻リ
   旧七月下旬ヨリ十二月迄
   秋 鮪立アミ 南閉伊郡釜石 東閉伊郡宮古地方ヘ 出稼クナリ
七、良習慣ト不良習慣トノ種類
  ○従来ハ 漁師ニ 舟主ハ 沖漁舟造リ 部分ケ方法ヲ以テ貸与 仮令 鰹舟トセハ 漁師壹組十三人乘
   (舟頭 壹人 親方 壹人 トモ 壹人 カイロ 壹人 脇艪 二人 五丁艪 二人 七丁艪 二人トモ
   廻リ 壹人 豫備 二人)ヲ 貸与 餌差 食料ハ 漁師ノ自費ニテ 稼業シ 捕獲物 賣却代金ヲ 
   拾八半ニ 割 舟主 五分半ヲ取リ 漁師等 拾三人ニテ 十三分 配当 平均トス



  ○舟主ハ 定雇漁師ニ 平素 壹人ニ付 金拾円 拾五円無利子テ貸与 (是レ敷金ト云)働シ事モアリ
  ○近耒ハ 右方法 破レ 漁師ハ傭トナリ 漁不漁ニ関セス 壹ケ年七八円ヨリ拾五円位 給料ニテ 雇夫
   トナリ 舟主人ニ 舩 其他 器具食料一切 出サシメ漁業スル方法トナリ 之カ為メ 沖合密賣リモ
   在リ 漁業不熱心トナリ 氣仙郡十ニ八九ハ 雇夫使用スル 故ニ 舩主ノ破産 近年多シ
   (方言スロミ雇ト云 是レハ舟子雇ト云義ナリ)
  ○ふのり採収廣田村良習慣
   廣田村 ふのり 蓄殖ヲ謀リタル 以 何人カ 何年ノ比(頃)ヨリ 行耒ルヤ知 能ハス 考ルニ 
   天明前ヨリノ規約 今ニ 格シ 猥レス 実ニ漁業 規約ノ善事ト云ヘシ  秋 彼岸ヲ度トシテ 
   漁師惣代ハ 海濱ノ岩模様ヲ 點検ス 猶 旧十月上旬 村吏 巡回 検査 旧十月廿日 期トステ 
   公賣ニ付シ 第壹高點者ヘ 落札十日間中ニ保証人ヲ立 証書ヲ差出シ 入札高 壹割ヲ 前納セシメ
   若 第壹高點者 落札ト云トモ 十日間ニ 規約 約定金 壹割ヲ 運ヒ兼ル場合ニハ 第二高點者ヘ
   掛下ル 規約通リ 約定証 差出シ 入札高 金壹割ハ 約定証ト共ニ上納 残金額ヲ三分シ 壹分 
   三十日目ニ 上納后 旧正月下旬 第壹番摘取ノ際 三日前ニ 壹分上納 採収ニ着手 村内ヨリ
   老幼ヲ除ク 外一同 壮者 男女出張 採収ス 初メ間摘取リ后 三四十日目 旧二月中ニ 二番摘取リ
   三日前ニ残ル代金三分一上納 壹番摘ミ取ト■ 仝ス 村 一同出張 二日間 摘取リ 買人ニ渡シ 買
   人ト 又タ別ニ 入札金の外ニ 笊 壹箇ニ付(壹銭 貳銭)摘料 村人ニ 与ヘ(是レ 雇人モ夫女子
   ヲモ 皆出張セシメ 稼業セシムル策ナリ)ふのりハ 村民一同ニテ看守ス 他の盗難ヲ防ク 惣テ海草
   ハふのり買入ノ ■托ヲ得ザレハ 其他 海苔 松ボ等ノ海草 村民ト云トモ 採収スル能ハス 則 
   ふのり盗人ヲ 防ク 策ナリ 萬一採収スル者アレハ 金廿五円罰金ニ所分ス(但 細布等如キハ 沖
   海草此限リニアラス)前規約ニ依リ ふのりヲ害スルモノハ 海「チブ」ナリ 此害アレハ 村民一同
   出稼 張 乘 ホーキニテ海苔ヲ ハキ 防クモノナリ ふのり 営業人口 昔ハ二十人位 今日七十人
   位 文化 文政ノ比(頃)近 廣田全村ニテ 三拾両位 入札拂 目今 千貳百円位 賣却 ふのり代
   村内基本財産トス 賣高金三分一ヲ耕地ニ 三分二ヲ人口ニ割与ス
  ○角又ハ ふのり三番口后ニ 採収スル 習慣ナレトモ 時季ニヨリ 異ル 故 ふのり 壹番採収后 
   五日目位ニ 採収スルヲ 企望スルナリ

漁村制
一、漁業組合ノ状況及改善ノ策
  ○漁業組合ハ 費用嵩ム故ニ 改善ノ策ニ乏敷 水産伝習生雇入 伝習所ヲ 開ニ 良策アラン 組合モ
   伝習所モ 合併事業トスル 利アルヘシ
二、漁民労働及稼業ノ順序
  ○鯣漁ハ 夕暮方 出帆 漁ノ都合ニヨリ 夜十時 翌未明三時ニ 歸ル
  ○鰹漁ハ 夏季ハ 旧自六月至七月 二日路 七日路沖ニテ漁ス 秋ハ
   旧自八月 至九月戻リ 遠クシテ二日路の沖ニテ 漁獲 歸帆ス



  ○漁民ハ家主ハ漁業営 妻ハ家ニ在リ 網ヲ製造修繕ス(アミ更ニ製造スル
   ニアラス 袋等揃ヘ■ ヲ云)夫の漁獲物ヲ 調理製造スルヲ以 順序トス
  ○女子ハ耕作ニモ 従事ス
三、旧漁場ト新漁場ト位置ノ状況
  ○魚付森林 近耒 伐木ノ為メ 地形ニ魚ハ寄ラス 沖々ト去ル 故ニ 漁業ハ 昔ヨリ難儀 ナリ
  ○津浪ニ付 海底ノ変動ト 岩付海草及魚類漁場ノ変動ハ未詳
  ○防風潮林ヲ 海嘯の為メ流亡(魚付森林ヲモ云)漁場 変スルハ必常ナリ 三十年前 本村字大野ニ 
   火事ノ際 防風潮林ヲ失ヘ 夫カ為メ 十ケ年モ 漁業無 近比(頃) 少々 漁業アリシカ 今回
   津浪ニテ漁場変ルヤモ知レス
四、漁場紛擾仲裁法
  ○別無
五、捕獲魚類沖合販賣ノ利害
  ○旧習慣ヲ破リ 漁民 雇夫ノ方法行ハレテヨリ以耒 沖合販賣多シ 不利益ノ第一ナリ
六、藩政の當時の方法及税法
  ○蚫 海鼠 食塩ハ藩主ノ事業 魚粕 鮪 カタマイ 鰹節 塩造物ヨリ 代價百文ニ付 四文 藩主ノ
   行ヘハ 中等以上商人ニ製造ヲ免ス 小商人ニ免サス

凶荒調査
一、海産物凶年ノ備荒品及製造
  ○メノ粉 ヒツキ 若布
二、凶年ノ状況
  ○未詳
三、凶年ノ際藩政ノ救助方法
  ○仝
四、凶年及津浪后ノ流行病
  ○天明四年ノ 凶年ノ后 黄乱(ヲーラン)ト云 病気流行 人 多ク死シ 断絶セシ 家モ 多クアリ
  ○明治十四年 コレラ 流行 病四十壹人余 死亡 仝十九年 コレラ 再ヒ 流行 二十三人 死亡

漁民需用品
一、海岸山林原野ノ状況及將耒ノ企望但材木薪炭木ヲ云
  ○本村 材木需用便利ノ地ハ 本郡 横田村関根官林ヲ云 (建築木造舟木)皆杉樹ナリ
  ○薪ハ 宮城縣下 本吉郡下 只越 小原木地方ヨリ買入 炭ハ 本郡 高田町ニ賣入




二、竹木大麻藁物消費年額
  ○木樹類ハ 一項ニ記スル如ク 竹ハ 本郡内産ヲ以テ足ル 麻ハ 水沢 八分 若柳 壹分 東京 壹分
   其代價 凡 五千円ト云 藁ハ 小友村ヨリ買入 凡 五千円
三、造舩ノ種類及年々造舩員数
  ○左ノ表ノ如シ
 舩 名  員 数  間 数   代 價   寿 命  需用場所  年々新造員数
 合コ舟 四百五艘  自二間  自 十五円  自十四年 近傍根付物   三十艘
           至三間  至 二十円  至十八年
 サバ舟   拾艘  自三間  自三十五円  自 十年  中沖漁   自 二艘
           至四間  至 五十円  至十二年        至 三艘
 流 舟  二拾艘  自四間  自 四十円  自 十年  沖 漁     三艘
                至 五十円  至十二年  
 鰹 舟  拾二艘  自五間  自百三十円  自 七年  沖 漁   自 二艘
                至百五十円  至 八年        至 三艘

    合古舩 合コ流舩 鰹舟 古舟ヲ胴舟ト称シ鮪アミ舟ニ用ヘル
四、木材ヲ需ル便宜ノ場所
  ○本郡 小友村官林 矢作村官林ニ便トス
五、將耒漁舩漁具改良ノ方法
  ○改良ノ精神ハ 漁師ニモ 稍氣アレトモ 縣廳ノ奨励セシ舟ハ 漁民 手慣レサルト 價ノ貴キニ恐ル 
   沖合ニ乘出シ 波浪 逆風ニ 案全抔ヲ顧ル者 末タ 使用セス 故ニ 折衷改良舟ヲ造ルハ可ナラン 
   漁具ニハ 別 説 無シ
六、漁民衣食供給ノ場所
  ○衣服ハ 本郡高田町 宮城縣下 仙台  食ハ 胆沢郡 江刺郡及石巻

海 湾
一,旧漁場ノ位置及変更ノ状況
  ○末タ 判然セス 多分 変更アラン 他日 調査ノ上 報スルナリ
二、海湾主産
  ○鰹 鯣 鮪 青魚 鰯 昆布 ふのり 角又 細布 海苔 松藻 鮑
三、海湾捕魚ノ種類及時期
  ○自一月 至二月 鰈類  三月若布 東海婦人 自四月 至五月 青魚鮪鯛 六月 鰹 鮑 自七月 
   至八月 ホヤ 鯣 鰹 九月 鮹 鰹  十月 鰯 鮭 鮪  自十一月 至十二月 赤魚 サカ 鱈 
   海鼠  (年中かきホヤ)


四、沖合漁業ノ位置里程
  ○鰹舟 夏ハ 自六十哩 至百二十哩 沖ニ走ル 秋・鰹 自十哩 至三十哩 マンボ鮫 十五哩  
   ナメタ鰈 三十哩
  ○目標山ハ 小友村ニ仝ス
五、製塩所ノ位置
  ○本村 無

海事考
一、四季ノ季候
  ○雪・旧九月下旬 至二月 雨・入梅ニ多シ 風・旧九月多シ 梅ノ花・旧三月咲 桜・三月中旬開花
二、起風雨前知
  ○西北・戌亥ノ風 漁ニ害アリ  丑寅・風 耕作ニ害アリ
  ○古老曰ク 道芝ノ(野草)節  近キ時ハ 暴風雨多シ
  ○昼夜晴天 三日アレハ 其内ニ雨アリ
  ○沖合ニテ 海上 泡ノ立トキハ 大シケの兆ナリ 五十年前(明治廿九年ヲ去 弘化四年六月十八日)如
   此事アリ 六月十八日 本村 鰹舟 流亡 顛覆 漁民四十八名死亡セシト云
三、不漁前知
  ○本村 民蔵ト云 老漁師ノ話ニヨルト 鰹 腹線ヲ 調査ステ 鰹ノ漁 不漁ヲ知ル 漁 無キト 見認
   メタルトキハ 沖 永居セスニ 歸帆スル 皆 是レハ潮流ノ加減ナリ
  ○岩城地方マテ 鰹ハ 此辺ニ永ク居ルカ如 何ヲ視察スルニ 鰹ノ目玉ニテ 知ルトモ皆 潮流ノ加減ナリ
四、大漁前知
  ○春・辰巳 風多キ時ハ漁アルヘシ(鰹鮪鰯) 秋・戌亥 風 子丑 風ニ漁在ル
   赤楊ノ葉虫 早ク付トキハ 鰹 早ク 漁アル 晩トキハ 漁 後レルナリ
五、潮流ノ状況
  ○春ハ 南ヨリ北ニ流ルトキハ 漁 多シ 秋ハ 北ヨリ南ニ流ルトキハ 又 漁多シ
六、海湾ニ関スル事歴
  ○未詳
七、固有漁場変遷ノ状況
  ○仝
八、津浪歴史
  ○仝
九、津浪ノ耒ルヘキ前兆
  ○地震 永キトキハ  津浪ノ前兆 急ニ起ル 地震ニハ 津浪 無



漁村挽回
一、迅速ナル業務
  ○鯣業ハ 佐渡地方ヨリ 二三戸 ふか縄 青森地方 若ハ大分地方ヨリ三四戸
   製造ハ 静岡地方ヨリ 二三戸 移住方法ヲ設ルトキハ 挽回早キニ在リ
二、造舩職工有無
  ○多ク死亡 殆ト困却

漁民將耒ノ企望
一、管内沿岸一致漁業組合設ル方法
  ○一管内一致ノ方法ヲ以テ 一大會社ノ設ルニ大ニ利アレトモ 人物ニ乏敷 為メ行ハレ難シ
二、授産方法ニ付便利見込有無
  ○早ク 合コ舟 本村ニ 百五十艘ヲ要ス 海中遊泳ノ魚類捕獲スルニアリ
三、他ヨリ團体ヲ造リ漁業者耒ル者アルトキハ如何スルヤ
  ○敢テ拒ム能ハスト雖(沖漁)コハムニ宜敷限リハ 拒ム方法ヲ設ルヨリ 他ニ無

陸地産業被害調査
一、家畜ノ関係
  ○
二、耕地被害

  ○田三拾貳町余被害

商業調査
一、物價相場魚類販路
  ○魚商モ 津浪ノ當時ヨリ 一時 三十日間計リ 買入モ無ク 漁スルモ人形 食居 故ニ 買手 無ト
   云カ如シ 然ルニ 近比(頃) 常ノ如ク 常ニ鮪アミニ漁アリ 本村ニハ 四箇 鮪網在リ 何レ
   修繕シテ用ヘル易シ 鮪漁アル アラハ 今販路ニ苦ム抔ト云事無
  ○物價 二三割口 騰貴 米 壹石 拾壹円 塩 二十五舛入 六十五銭
二、貸借変動及金利質屋ノ景況
  ○金利六十円ニ 月ニ 壹円ノ割合  別 年二分  質屋 無