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明治二十九年七月十二日 ●遺族恩に感じて二師を送る淨土宗西山派

愛知縣宣教團特派員兼子道仙山本勝叡の二師ハ過日來三陸大海嘯被害地を巡回し赤十字社各臨時病院の患者を慰問して手拭一筋宛を贈り且つ遍ねく罹災者の居所を尋ねて慰籍の辭を述べまた溺死者の爲めに各地の海邊にて追吊供養をなし行路に死骸の横ハるを見れバ特に讀經して亡霊を慰むるなど懇篤殊勝の働き到らざるところなかりしが二師ハ一昨十日愈々歸縣の途に就く事となりしを以て各遺族者ハ一同申合せの上特に二師の爲めに總代を選び上野まで見送り來りしといふ

●都座と慈善箱

同座の福井一座初日ハ十四日
と決定す當興行塲代は桟敷一名四十五錢鄕土間同卅五錢平土間同二十錢大入塲七錢なりと又福井は中幕に「大海嘯」を演ずるに付同座運動塲を始め各大小劇塲に慈善箱といふを掲げ何程にても觀客に投入を乞ひ之を三陸罹災者に義捐する由