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明治二十九年七月八日 その他

雜報 明治二十九年七月八日

●宮城縣災後の情况 (在本吉郡氣仙沼首藤陸三氏報)

今回の海嘯ハ實に今古未曾有の大災害にして當氣仙沼町ハ幸に其災害を免かれたるを以て其災害當日より被害地の沿岸村落即ち階上村松岩村及唐桑村等に一戸より五人宛の人夫を出し直ちに救濟に從事し財産家ハ炊出を爲し町立病院の醫員及開業醫師ハ負傷者を治療せしが其後赤十字社より醫師及看護者の出張し且つ憲兵巡査の派出するに至るも依然其奔走を持續し靑年振氣會よりハ赤十字社假病院に毎日數十人を出して赤十字社員を助け負傷者を看護し一方ハ當町の婦人より衣類數百枚を義捐し尚繃帶木綿及び味噌醤油を贈り當氣仙沼高等尋常小學校よりハ裁縫女生徒を以て負傷者の汚穢物洗濯の任に當らしめ實に役塲吏員より警察署に至るまで全町六千人の人員一致協同を以て今回の救濟方法に盡力し居れり殊に有力者協議の上別紙趣意書を發布して廣く天下の仁人義士に訴へ救濟を仰げり
拜呈御承知之通り本月十六日本縣牡鹿郡以北三陸の沿海村落總て大海嘯の災害を被り家潰れ入溺れ死屍丘を爲し其萬死の中に一生を得たる者も*栗船具悉く海中に流失して江湖の任侠博愛に浴するの外無之因つて本會奮て之が救恤媒介の衝に當り族者救護の爲め義捐金募集致候間義侠の仁人君子御勸誘被成下何分御奮發被成下度罹災者の爲め此段御依頼まで匆々如斯に御座候
頓首
宮城縣本吉郡氣仙沼町
海嘯救濟會本部
明治二十九年七月八日

●海嘯被害記『十六』 (七月二日午前十一時發)碧泉生

○ソ−ヤこそ日露交戰南九戸郡野田村大字城内に佐藤貞*なる人あり斯の人常に東邦の形勢上日露兩國ハ早暁必ず其親交を破却して干戈の舉あらんと郷黨の人々に話し居りしに果然海嘯の當夜遙かの東海に段々たる巨砲の鳴轟する音響を聞きしかバソリヤこそ日露の海戰ハ初まりぬと逸早く妻子眷屬二十餘人を拉して海藏院と云へるに奔り行きしに程なく山なす激浪巨濤*岬を撲て至り眼下の家屋は悉く潰滅粉砕し救を求むる悲鳴の叫びさへ*んに聞ゆぬれど今ハ逆捲く怒濤に詮術なく茫然高丘に上りて看過し居りぬと云へり平生日露交戰の事を豫想し居りし結果二十餘人の家族と共に無事なるを得たるハ誠に祝福す可き事かな
○頭上斧を戴て死す佐藤貞藏と云へる人ハ野田の巨豪にして家屋の建築も可なり見事なる者なりしかバ居常*漢等より注目せられたる者と見へ日露海戰てう神經的恐怖を起して海藏院に入るや間、一髪一人の泥棒にやあらん斧を撲て佐藤氏の宅に入り携ふる斧もて箪笥の錠前を打ち破り衣服其他を窃取せんとしけるに電光石火の間海嘯襲ひ來りて遂に家屋ハ木葉微盡に打ち碎きしかば是の惡漢ハ憐れ頭上斧を戴き數多の傷*を印して箪笥の前に倒死し居りぬ
○小學訓導大に盡力す野田の尋常小學校訓導川村某ハ海嘯の數日前より久慈に開かれたる教員講習會に列席の爲め出張し居りしに図らずも一大海嘯久慈門前を洗ひ去りて人畜の死傷も少なからず事聞きしかば是の訓導先生大に其不幸を憐憫して救護の爲め盡力せしに聞けば自分の住地なる野田の慘禍ハ猶ほ甚だしとの事故早速四里の嶮坂峻路飛ぶが如く野田に至り見しに無情の海嘯ハ妻を半死半傷の人に化して今やしたヽか潮水を飲みたる結果焔々たる猛火の上に炙ぶられて呻吟し居りしも訓導先生の義侠心ハ獨り妻を顧みるの遑なしとて日夜救護に奔走し居るにハ感ぜぬ人もなしとの事なり
○一片の板子ハ命の親宇部郵便局長の妹にして野田の海岸に嫁せる者海嘯の當夜家屋諸共激浪に浚ハれて遙かの沖合に持ち行かれしが運命如何に強かりけん漂流し來る一片の板子に取付きて波のまにまに浮沈し居りしに暫くありて岸邊近く漂着し遂に或者に救はれて一生を保ち得たりぬ
○六才の小兒桶に入りて助かる是れも宇部村の事なり春秋纔か六才の小兒ハ激浪押し寄せ來りて家屋流潰する途端如何なるハズミにや庭前に在りし桶の中に投げ入れられて其儘兩三回痛く簸弄せられしが最後の巨濤ハ一層凄まじく掀翻し來りて是の桶を髙丘に投げ上げ夫より漸次退潮海上初め平穩に歸したる故小兒ハ辛くも桶の中に在りて一命を完ふしたりとハ幸なり
○石濱に死体漂着多し石濱と云へば福島縣内を貫流する阿武隈川の下流に位する港灣と聞こへぬ是の港灣にハ近者男女の死体ハ勿論家財道具の漂着する事夥しく中にハ母子相抱きし儘死しても猶ほ離れざる者ありと云ふ
○田老村漸く賑ひ來る東閉伊郡田老村ハ慘中最も慘を重ね全戸數三百三十五戸の中纔か萬死の間に殘存したるハ三十七人にして其寂寥悽楚申さん様もなかりしが昨今同地より漁業從事の爲め北海道に出稼せる壮丁三百餘人海嘯の慘状を聞きて歸村せるより丸で死したる如き同村も近者漸く賑ひ來り且つ遙かの海上に漁獲に出でたる十五艘の漁船も無事に歸着したる故憂ひの中にも罹災殘存者の喜び一方ならず
○夫婦ハ只だ十六組三百三十五戸の中兎も角も家屋の体を其儘現存せるハ七十三戸のみなるハ田老村の情状なり然るに死亡者甚だ多き同村の事とて此七十三所の戸主ハ何人ならんかと昨今殘存者に就き*く其戸籍等を糺したるに其結果として同村にハ夫婦兩つながら安全なるを得たるは只だ纔かに十六組にして他ハ悉く夫に別れ若くハ妻に別れたる*々孤獨の者のみなり

欄外
???欄外にあり