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論説 明治二十九年七月七日 海嘯被害地後日の觀察

三陸の海嘯が害毒を其他に被らせし事ハ喋々の辧を要せず、社會ハ既に巳に財力を以て其の救濟に力を盡しつヽある事は世の知る所なり、吾人が今ま觀察する方面ハ現在に非ずして将來に屬す。抑々海嘯被害地の社會を按ずるに(第一)田産に由らずして海産によれバ穀作に大なる影響は生せざるべし
(第二)海産によりて生活する者多けれバ選舉權を有する者少し
(第三)水害地ハ後日に毒疫を醸す憂ありと雖も、今回の海嘯ハ淡水に非ざる故に疫病の恐れ少し
(第四)被害の大なるハ漁船漁具等なる可し若し此の觀察をして謬誤の少なきものと爲さバ被害は漁船漁具を以て最大なる者と爲す可し果して漁船漁具を被害の大なる者と爲さバこの漁獵に由りて水産に生活する漁夫ハ如何なる慘状に陥りししや三万の大數は勿論漁民のみならずと雖も其の多數ハ漁戸に在りと斷定するも不可なし、聞く漁村ハ一戸八人を以て平均の數を爲すと、噫−八人の家族仲何人を助け得たるか、父母ハ溺死し兄姉ハ負傷す孱弱の子女ハ明日より誰に由りて朝三暮四の計を爲し得んや、瞑目すれバ呱々と啼く嬰兒と鳴咽する子女ハ彷彿として眼前に現はれ來るなり、赤十字社ハ既に派遣されたり、當路の吏員も出張したり、目下或ハ人意を強くする所あらんと雖も、後日この孤兒を如何んか爲す可き、福田會ハ海嘯地の孤兒を引取りて養育すると云ひ、野州暁星園主の本郷氏も孤兒を引取らんと爲す由なれど、一協會一園主の力のみにて十分の効果ある可きに非ず、世の志士仁人ハ眼を茲に注ぎて孤兒の爲に力を致す可きなり、孤兒ハ後日の壮丁たる事を忘るヽ勿れ。

社告
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