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緊張し切つた  極 秘 の 會 議   地方長官會議を覗く

非常時局の重壓で昭和八年度豫算
は無創のまヽ貴衆兩院を通過した
ものヽ政局に對する國民の不安が
日一日と募る一方、總辭職は五月
か六月か、次の内閣は鈴木か、平
沼か、山本伯か、内田伯か但しは
宇垣かと世間ではワイ々々騒ぎ出
す、これぢや新豫算の實施も何も
出來たものではない。そこで政局
安定と云ふまでは行かずとも小康
を保たせるだけの方途を講じなけ
れば世間で納得せぬ、かうと見た
齋藤首相は新年度に入つて二日目
興津坐漁莊に西園寺公を訪問した
、すると『時局重大、輕擧を愼み
政局に善處されたい』との御宣託。
    ◇
然しこれだけでは未だいかん、議
會中からの懸案である小山法相問
題を解決し高橋藏相の遺留を形の
上に現はさねば世間で承知しない
そこで齋藤首相は先づ文書を以て
上奏し小山法相に優渥なる御諚を
拜せしめた結果、法相の留任は確
實となつたが高橋藏相の氣まぐれ
病氣は容易に治りさうもない。仍
て『希望に副ふのも遠くはない。
五・一五事件の落着するまで……
一蓮托生で……』と氣短な藏相を
慰撫して有耶無耶のうちにあげか
けて藏相の尻をまた元の椅子へ引
き戻した。これで先づほんの一時
ではあるが、政局は小康を保つや
うな形を整へたので、本年度豫算
實施に入る序幕である地方長官會
議を開くに至つた。
    ◇
然し會議に集つた地方長官は『樂
屋のうちは一向存じません』と云
つた調子で十七日から豫定のプロ
グラムで會議は進んでゐる。その
三日目に記者は幾年ぶりかで内務
省の門をくヾる。大正十二年大震
災直後急造したバラツクそのまヽ
が日本全國に號令する内務行政の
最高府となつてゐる。門の内外に
ズラリと並ぶ地方長官用の自動車
五六十臺と玄關眞正面の大時計だ
けは一寸目につくが暗くて狭くて
穢くて正に非衛生的な建築物の標
本である、世の中に醫者の不衛生
と云ふことがあるが國民保健の總
本部衛生局もこのうちにあると思
へば全くあきれざるを得ない。然
し武井道路課長の話では警視廳の
直ぐ隣りに堂々たる廳舎を新築中
で今年の秋には移轉し得ると云ふ
ことだ。
    ◇
會議塲は玄關の突き當りの大廣間
で『地方長官會議塲』と筆太に書
いてゐる、入口に守衛が頑張り大
きな目玉をグル々々させてゐるが
十九日は共産黨取締關係の會議で
あるが軍部の代表までが參加し速
記者を議塲外に追ひ出したこの極
秘ぶり、塲外で感ずる氣配からし
ても頗る緊張した會議らしい、會
議塲に隣室した控室には各府縣知
事の随行が控へてゐる、此處では
姓名を呼ぶことは禁物?で福島さ
ん靑森さんと云つた呼び方、大抵
随行は官房主事、秘書課長と云つ
た人達『賴森さん』と云はれて『
アイ』と返事したのは秘書課長小
山内彌次郎氏の聲であつた。
    ◇
記者は久しぶりで武井道路課長(
元本縣學兵課長)に敬意を表すべ
くノツクしたら會議へ出てゐると
のこと、そこで會議塲の前方廣い
廊下にある應接所に腰をおろして
會議の終るを待つた、都合よかつ
たら多久知事にも敬意を表したい
と思つたが會議は四時過ぎまで繼
續しても尚終らぬので記者の豫定
の時刻が切迫して來る……内務省
では應接室と云はぬ、應接所と云
ふ、それもその筈室でなく所だ、廊
下に二枚の衝立を置いてその内に
テーブルと腰掛があり一見安洋食
屋の食卓■たやうな所から應接室
たるの資格がない、此一事を以て
も内務省の質素ぶり、貧弱さぶり
を察し得る。
    ◇ 
本縣關係の人々で會議に來て居る
人達も少くない。
 遠藤愛知縣知事(元本縣知事)、
石垣長野縣知事 (元本縣内務部
長)、福嶋埼玉縣知事 (前本縣内
務部長)、 木下宮崎縣知事(元本
縣内務部長)、松嶋嶋根縣知事代
理内務部長(元本縣警察部長)
それに新潟縣知事の千葉了、朝鮮
平安南道知事藤原喜藏の兩氏、兩
氏とも大學出たてのホヤ々々時代
内務省から本縣へ背馳された高等
官見習生であつた。即ち靑森縣を
揺籃の地としてゐるから兩氏にと
つては特に本縣は思ひ出が深い筈
    ◇
『賴森さん』の小山内秘書課長は
歸りに多久知事の乘る自動車の位
置を見定めるために玄關へやつて
來た、『ヤア暫く……』 『これは
また意外……』内務省の玄關先で
小山内課長と記者の挨拶……豫想
を聞いたら今日は五時近くまでか
ヽるだらうとのこと。それから首
相官邸での晩餐會、廿一日は散會
ご霞ヶ關拜觀、廿四日まで會議が
續く豫定であると……四時過ぎて
から速記者が呼び込まれた■極秘
の會議は終つてこれから通常會ぎ
が開かれるところ。
    ◇
『山形さん電話です』『 富山さん
電報が來ました』 給仕はこんな
ことで控所を泳ぎ廻る、さうして
ゐるうちに紅茶が議塲に配られる
その殘り…でもあるまいが随員控
室にも分配される。局長、議長級
の人達は出たり入つたり、時折知
事の顔も電話口に見える。かうし
た機會に會議塲を覗き込んだら會
塲だけは流石体裁がいヽ、秘書課
長と談話最中『賴森さん』と渡さ
れたのを覗くと宮内大臣からの案
内状…廿五日鴨獵仰せつけられる
とある、處へ回覧と貼紙した書籍
が廻る、見れば忠勇顯 ■ 會編纂
『忠勇列傳』滿洲上海事變戰死者
の列傳である、長官も忙しいが随
行にも亦暇がない……。
   (東京にて………宮川生)