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橘の決壊堤防 自衛隊がスピード復旧 雨の日にも”人海戦術” 知事が感謝状地元は慰安会

復旧工事の仕上げに汗
を流す自衛隊員たち
(橘町鵠で)
津波でズタズタに切られた阿南市橘町鵠地区の護岸堤防復旧工事は、五月二十八日から陸上自衛隊善通寺駐
とん第十五普通科連隊第二大隊と一〇九施設大隊によって進められていたが、六日午後に復旧を終わった。
県下の災害復旧に自衛隊が出動したのは初めてだが、雨の日も休まず”人海戦術”でわずか十日のスピード
で仕上げた努力をたたえて、原知事は同日午後現地を訪れ感謝状を贈った。地元民たちも「これで田植えも
できる」と大喜び。七日夜には慰問演芸会を開くことになった。
◇…橘町鵠地区の福井川川口一帯
の水田は、五月二十四日に県下沿
岸を襲ったチリ地震による津波で
海水の下に沈み、鵠東新田堤防は
四か所、百六十メートルにわたって決壊
した。このため県からの要請で、
自衛隊が県下ではじめて災害復旧
に出動することになり、二十八日
に第十五普通科連隊第二大隊二百
九十二人、一〇九施設大隊四十五
人が大挙来県して福井公民館など
を宿舎に復旧にかかった。
◇…六日朝、現地を訪れると、堤
防の上を隊員たちがトロッコで土
のうを運び、最後の仕上げに懸命
だ。決壊個所にはうず高く土のう
が積まれ、水田に押し寄せていた
海水も、このトリデによってがっ
ちり締め出されてしまった。
 それにしても十五連隊が災害復
 旧工事を引き受けたのはこんど
 がはじめてだったから、最初は
 ひどい津波のツメ跡をみて、現
 場指揮官の第二大隊長、小松正
 美陸佐もどこから手をつけたら
 いいのかととまどったという。
しかし伊勢湾台風の際、桑名の復
旧工事に当たったことのある一〇
九施設大隊員の指導で、とりあえ
ず二十三台のトラックと七隻の上
陸用舟艇を使い、土のうを運ぶ道
づくり工事からはじめたが、なれ
ぬ隊員たちは二日目には両手に血
マメをいっぱいつくったほど。そ
れでも弱音をはかず空腹も忘れて
潮水と戦い、トラックがはいれる
ようにしてから、決壊個所の潮止
めにかかった。この間、作業は朝
の七時から夜の七時すぎまでとい
う重労働の連続で、雨の日も三日
ほどあったが一日も休まず、ぬれ
ネズミになって働いた。
 毎日三百三十七人という人海戦
 術のおかげで十日間に積んだ
 土のうは三万俵、土の量にして
約千五百立方メートルにも及び、六日
午後にはこれを延長百六十メートルの
決壊個所に並べて応急処置を終
わった。
◇…海水はまだ全部引いてはいな
いが、決壊個所の修理のおかげで
もうこれ以上の浸水の心配はなく
なり、土地の高いところでは田植
えもできるまでになった。現場の
近くに住む野村クニ子さん(三七)は
家が浸水、田畑は水没した被災者
のひとりだが「雨の日もずぶぬれ
になったシャツをしぼりながらも
作業を休もうとしない隊員さん
を見て、涙が出るほどうれしかっ
た。親類の人だって、これほど
熱心に復旧作業はしてくれない
でしょう。おかげで少し時期はお
くれても、冠水していた水田に田
植えができそうです」と喜んでい
る。
 県土木課でも「この工事を民間
 業者に頼めば二百万円はかかる
 が、それがほとんど無料ででき
 た。それに一般の業者だと、と
 てもこんなスピードではできな
 い」といっており、原知事も六
 日午後、森第三管区幕寮長とと
 もに現地を訪れて、小松大隊長
 に感謝状を贈った。
地元橘町の人たちは、作業隊が引
き揚げる前の七日夜に福井小学校
で「隊員さん、ありがとう」と阿
波おどりやのど自慢の慰問演芸会
を開くが、阿南市でもなにかお礼
をといま考えている。

チリでまた地震か

【ロンドン六日発AP=共同】モ
スクワ放送は六日「ソ連科学アカ
デミーの中央地震観測所が、モス
クワ時間同日午前六時十五分(日
本時間午後零時十五分)南米チリ
の南部海岸に起きた強い地震を記
録した。震源地での地震規模はお
そらく九以上であろう」と報じた。
(気象庁六日午後十時半発表)六
日午後三時十五分ごろからチリ方
面と思われる地震を日本の多くの
観測所で記録した。規模はさきの
大津波を起こしたものの十分の一
程度。もし津波が波及するとすれ
ば、日本では七日午後一時以後に
なる。