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  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  三陸震害、底知れず 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  田老村(岩手)六百戸全滅    この一村で行方不明二千名      燒死白骨も横たはる

【盛岡發】岩手縣下閉伊郡田老村の津浪の被害は本社千葉特派
員の踏査によれば全く豫想外で同村の戸數約六百戸の中殘つ
たものは僅に小學校、役塲、寺院、村民住家三戸その他は全
部津浪襲來と共に倒潰し全く荒野と化した、死傷者は村民三
千名の中海にさらはれたもの山中に逃げ込んだもの等行方不
明のもの實に二千名に達し、うち死亡と認められてゐるもの
六百名に及んでゐるが家屋の下に死體が累々と重なり津浪に
乘つて漂着した人々が焚いた火によつて火災が起り煙の中に
逃げ惑つて火中に丸燒けとなり、また白骨となつてゐるもの
多數に及び部落全部は悽愴の氣に充ちてゐる、津浪で溺死し
た幼兒が立木にひつかヽつてゐるもの等正に凄慘の極みで三
日午後宮古警察署では署員を動員し消防組、自警團を狩り集
め死體の取片づけに着手したが収容死體は午後八時までに百
五十に及んでをり、なほ引續き捜査中で生き殘つたものは小
學校、寺院に収容し炊出し或は負傷者に對しては救護班が手
當を加へてゐる、同村長縣會議長關口松太郎氏は暗然として
語る『今度の津浪は前回に比してより以上ひどいものであつ
た不意を食つた人々はいづれも助け合ひながら遂にその家の
下敷となり死亡したものが五、六百名はあると見てゐる、小
學校の本田主席訓導、赤沼女訓導も梁の下敷となつて死亡し
た全家族が死んだものもあり、五つの子供を殘して他の人々
が全部死んだものもあり村は殆ど更生の見込みが立たず一刻
も早く救濟の手を待つてゐる』
 本社機上から見る
  死の街・津浪の跡
    地獄!正しく地獄だ
      三日仙台にて……今吉本社特派員發
『三陸沿岸大震災』…大つなみ襲
來、 家屋流失、 三陸大津浪の二
の舞か、かうした飛報が次々に深
夜の東日編輯局にたヽき込まれた
未曾有の大慘事を空から慰問すべ
く本社入江機は一路三陸の現地に
急行した、牡鹿半島の近く女川港
のはづれには相當大きい
▼崖 崩 れ が▲  見え赤
い旗の立つてゐるのが見えた、こ
のあたり一帶津浪が相當ひどかつ
たと見え入江々々はたいてい津浪
のために川口が三角洲のように砂
が盛り上つてゐる、金華山を一ま
たぎすれば三陸沿岸の海は津浪を
忘れたかのように小波さへ立つて
ゐないが一隻の船影すら見られず
漁港の 多いこの地方だけに 漁船
が如何に大打撃を受けたかが想像
される、釜石──自然の暴威に打
ちくだかれ、たたきのめされ、踏
みにじられて聲もなく横はる惨澹
たる「死の町」釜石が見える、 釜石
港には戸といはず障子といはず

(続き)

▼萬 物 み な▲  藻屑の
如くにたヾよつて暴虐の如何に甚
だしかつたかヾ窺はれる、町の東
方地區は町民が避難してしまつた
のか黑煙をあげて民家は燒けるに
まかせてある、海岸地帶は津浪の
魔手にひき抜かれたように民家は
跡形もとヾめず、泥田のようにな
つて海水がにぶい光をはなつて無
氣味によどんでゐる、下を見れば
民家の燒け跡の死灰の中にぼう然
として立ちつくしてゐる住民が點
々と見える、道には人の姿なく海
にたヾ
▼ 覆 し た▲  船が横
腹をみせてゐるにみだ、地獄!正
しく地獄だ、地震と津浪と加へて
火事、釜石町は水火の責め苦にあ
つて完全に地獄と化し去り地獄の
冷氣と聲が■にぐん々々突き上げ
て來るような無氣味な凄慘な氣が
する、宮古も、大船渡も、女川も
大谷も、すべては呪はれた死の町
の姿である、凶作に惱む三陸沿岸
一帶は今又地震と津浪と火事に襲
はれて春とはいへど風寒き地方だ
けにどん底に突き落された住民は
空から見た災害状况ではいつ復舊
するとも思へぬ酸鼻の極みである
 金華山燈台守の犠牲奉仕
三陸地方の大激震勃發と共に全國
燈台の總元締たる横濱海岸通りの
燈台局では同地方の燈台を憂慮し
朝來各燈台へ照會したが三日中に
判明した被害状况は左の通り
 野島岬(千葉縣)燈台には異常な
し犬吠岬(千葉縣)燈台は大衝動
を受けて燈室内廻轉機械の水銀
溢れ一時廻轉不能となつたが應
急修理の結果間もなく復舊した
震源地點に近い金華山(宮城縣)燈
台は被害最も甚だしく燈室の廻轉
機は故障を生じ應急修理のいとま
なく燈台守は手をもつて廻轉をし
續けること午前二時四十分より朝
まで數時間、その間寸刻も右機械
を離れず職責を全うした

慘禍の中心釜石    節句にからまる呪ひ 篠崎、梅野兩本社特派員發

【靑森中繼盛岡發】 盛岡から驅長
廿里、天嶮の笛吹峠を突破し釜石
に向ふ、釜石より二里余り手前上
閉伊郡鵜ノ住屋橋より兩石町まで
しか自動車が通らない、先づこヽ
でその慘状に目を蔽ふ、九十余の
漁民部落は
▼影 も 形 も▲  なくさ
らはれ倒潰した木片は木ッ葉微塵
に押し寄せられて道路といはず畑
といはず亂雜に 積み 重なつてゐ
る、家具も夜具も水と泥に浸され
はだしで髪ふり亂した女子供が家
の跡に集まつて泣き叫んでゐる、
老婆を、母親を、新妻を奪はれた
人々は小舟を漕ぎ出して磯邊に流
れついた雜物を突つついてゐる、
悲慘な人の前に大暴威を示した自
然は明けてから一天雲なく晴朗だ
社旗めざして「盛岡は?宮古は?
大槌は?大丈夫かですか」
▼一 種 異 樣▲  な恐怖
の眼をした村人が取圍む、兩石部
落から釜石まで二里余の曲りくね
つた峠道を土地の靑年團員が貸し
てくれた自轉車で飛ばす、ちよつ
とハンドルをあやまれば忽ち墜落
する難所である、釜石近くなると
坂道で自轉車は用をなさない、も
う一歩で釜石といふ、鳥ヶ澤がト
ンネル一町余、眞ッ暗闇を突つ走
ると眼界が開けて釜石だ、町に入
ると雜沓で動けない人だ、家は軒
並に倒れてゐる、町民はふるへあ
がつてゐる
 人夫至急役塲に集れ、流失物そ
 の他拾得したものは嚴罰に處す
大きな貼紙が壞れた建物の壁や倒
れた電柱へ貼られてゐる、海岸に
は大きな船體が投げ出され眞つ二
つにわれたのや、引つくり返つて
ゐるのがあり皆で
▼二 百 余 隻▲  壞され
たといふ、棧橋も岸壁も魚市塲も
持つて行かれた、大きな屋根が海
中にポカンと浮いてゐる、昨年十
萬圓を投じた 埋立 工事もオヂヤ
倒潰、燒失合せて六百余戸、死者
卅余名といはれてゐるがまだ十五
より死體が發見されてゐない
▼小 學 校 に▲  は千余
名の罹災者が寒さと飢ゑと恐怖に
おのヽいてゐる、卅八年前の慘状
は五月節句だつたといふが今度は
それが三月の節句にこの大慘事を
勃發したものである

死 灰 の 中 に   復 興 の 意 氣    宮城縣下最被害地   本吉郡唐桑村にて    村松本社特派員發

今回の慘事で宮城縣下を通じて最
も被害甚だしかつた唐桑村字見越
部落總戸數八十三戸、五百名の人
口を擁してゐるが突如襲うた強震
に次ぐ大津浪の脅威はこの漁民部
落を一たまりもなく
▼潰 滅 し て▲  しまつ
た、波打際から後方三方山に圍ま
れた地域に櫛比してゐた漁村は一
朝にして 枯れ 野原と變じ何十艘
と知れない漁船も家屋も總て皆山
際に累積してゐる、何かものヽ腐
敗したような臭氣と潮の香りとが
鼻をつく、家を奪はれ衣類寢具を
とられた罹災民達の内、さすがに
血氣の男達は行方不明者の死體捜
査、倒潰家屋の跡形付或は焚出し
等に一生懸命だが女子供や年寄り
等は寒さにふるへてゐる、氣仙沼
消防組から松山組頭以下多數消防
夫がかけつけたほか
▼公 立 病 院▲  からも
看護婦隊が三里の山道を越えて繰
出して來た、自分の被害をも顧み
ず跡かたづけの指揮をしてゐた區
長の龜谷孝治郎氏は
 今これで負けては駄目です、ど
 うしても復興してみせます
と悲壯な面持で决意を語つてゐた
 政 友 會 震 三日拂曉の三陸
 災 地 見 舞 地方大震災見舞
のため政友會は大沼倫治、永田民
吉兩氏を特派することになつた
府 か ら 救 護 班
東京府では三陸地方大津浪の慘害
に對して直ちに慰問方法を講ずる
ことヽなりさし當つて衛生課と日
赤東京支部から醫師四名、看護婦
六名、藥劑師二名を二班に分けて
釜石に派遣することヽなり、一行
は三日午後七時廿五分上野發で直
行したが、府民からの同情金も社
會課に續々集まつて來る状態で被
害程度が判明次第府當局から見舞
金を贈ることになつた
 内務省衣食糧を急送
内務省社會局では三日午後八時岩
手縣知事から毛布、寢具、タオル
を各一萬人分、ミルク五千個、澤庵
五百樽、米一千石、天幕二千人分
の急送方を依賴されたので三日夜
は保護課員が徹夜で準備に奔走し
天幕は同潤會、警視廳、東京府市
から狩り集め玄米は農林省から政
府米を拂下げるよう交渉し毛布、
寢具は陸軍省を通じ弘前の第八師
團から供給するよう手配し救護に
萬全の策を講じ被害現地に急送す
ることになつた

 三 陸 地 方 へ の   震 災 義 捐 金 募 集      本社よりは二千圓の見舞金

岩手、宮城、靑森三縣、いはゆる三陸地方
 今回の大震災並に津浪によ多數の罹災者
に對しては、私どもは衷心同情にたへませ
 ん、わが社は取あへず次の如く
 一金二千圓也 震災地へ
見舞金を贈呈することにしましたがなほ一
 般の御同情に訴へ義捐を募集いたします
 一、義捐金は直接本社庶務部に届けられるか
  又は庶務部宛御送金下さい、處置は本社に
  御一任願ひます
 一、右募集は本月十五日限りです
      東京日日・大阪毎日

 死 者 千 五 百 丗 五
    行方不明九百四十八
    三日午後十一時現在 内務省著電
 府 縣 名  岩 手 縣  宮 城 縣 靑 森 縣  北海道 計
 死  者 一、三八〇 一三六 八 一一 一、五三五
 傷  者 二七六 二五 三七 三三八
 行方不明 六九六 二二七 二一 四 九四八
  計 二、三五七 三八八 六六 一五 二、八二一
 流  失 二、三五二 四四〇 五九 一一 二、九六三
 家屋倒潰 九七一 二八三 一三 一二 一、二七九
 燒  失 二一一 …… …… …… 二一一
 浸  水 五、〇五四 一、二二九 …… 七〇 六、三五三
  計 八、六七九 一、九五二 七二 九三 一〇、七九六
 船舶流失 ? 一、一四四 三七〇 一四 一、五二八
 破  損 …… …… 八五 …… 八五

内務省の對策   追加豫算提出    各縣基金で急塲凌ぎ

内務省は三陸地方の震災地に向け
警保局より增田、石井、土木局よ
り近藤、谷口、社會局より堀田氏
等五事務官を急派し被害地の状况
並びに程度を視察せしめ今後の被
害對策を講ずることヽなつたが三
日午後九時半現地より
 飛 行 機 で歸京した石井
警保局事務官の報告によつても道
路橋梁等土木方面の損害は意外に
甚大な模樣なので前記特派事務官
の歸京をまち詳細な報告に接した
上塲合によつては今議會に對し至
急追加豫算を提出することになる
模樣である、なほ被害地の應急救
助處置としては社會局の調査によ
れば現在宮城縣百十七萬圓、岩手
縣九十一萬圓、靑森縣九十三萬圓
福島縣百十八萬圓、北海道は百廿
五萬圓の各罹災救助
 基 金 を もつてをるから
急塲の切抜けは充分つくものと見
込み今後の復興事業としての住宅
建設と流失漁船の建造等に對する
低利資金の融通に對しては六縣當
局よりの申請に接した上時節柄充
分の考慮を拂ふことに决定した、
とり敢ず岩手縣に對し内務省より
通信費等の不足分として四千圓を
融通した

大藏省も救濟  對策腐心

三陸地方震災被害状况調査のため
大藏省では三日夜主税局の谷口書
記官を災害地に急派したが同氏は
約一週間の豫定で被害状况を詳細
に視察する筈で災害地の國税徴収
の猶豫ならびに地租、營業収益税
所得税、相續税等の免について
は同書記官の報告を徴した上大藏
當局で决定し徴収猶豫に關して法
律の規定を要するものについては
法律案を今議會に提出する方針で
ある、直接國税の免については
次期議會に法律案を提出して七年
度の後半期の租税を免すること
ヽならう

農 林 省 の 救 濟

三陸震災地に對し農林省では前年
の凶作地方であるだけに深く憂慮
し近く調査員を特派し救濟策を講
ずることヽなつた
 今回の被害地は漁村である關係
 上主として該方面の施設復興に
 向けられ調査完了次第内務省と
 協議の上船溜、築磯、砂防の復
 舊に要する低資の融通、同補助
 金の交付並に漁船その他漁具購
 入資金の融通をなす意向である
三 陸 震 災 義 捐 金(本社委託)
◇金五百圓 品川區大井海岸町大井三業共■見番
◇金三十圓 品川區大井海岸町尾張屋花井きやう
◇二十七圓四十錢 横濱市磯子區西根岸町上靑年團
(本社横濱支局に委託)