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日本の海岸は津波に弱い

こんどの津波が各地に大被害を与えたのは、気象庁の“遅すぎた警報”もさるこ
とながら、四面海に囲まれ、しかも台風や地震が年中行事のようになっている日
本の海岸線が全くの“無防備”にひとしい状態にあったことが指摘できる。日本
全土の海岸線延長二万五千六百四十キロメートルのうち津波を防ぐ堤防などの保全施設は
たった延長六千キロメートルがあるだけ。おまけに政府の海岸保全事業は、運輸省が港湾
関係、農林省が漁港関係、建設省がそれ以外の一般海岸と分担がわかれ、お役所
同士のナワ張り意識も手伝って津波対策はてんでんバラバラというのが現状であ
る。関係者は「予算が少ない」「こんな大きい津波は予想しなかった」という
が、いつまたこれ以上の津波が襲ってくるかもしれない。抜本的な対策を関係三
省に望みながらそれぞれの実情を探ってみる。

3/4が防備なし

お役所のナワ張りも影響?
建設省関係
建設省の調べで
は、延長二万五
千六百キロメートルの海岸のうち堤防
などの保全施設は延長約六千キロ
メートル。とくに“津波”に対する対策
はお粗末で、同省が完成した津波
用の防波堤はたった「一ヶ所」と
いう実情。これは政府の海岸保全
事業のナワ張りがわかれているの
と、この事業を開始してからわず
か十年にすぎないため。それまで
は対数被害の復旧工事ばかりに力
を入れており、二十五年のジェー
ン台風で大阪の臨海工業地帯が大
きな被害を受けてから海岸に堤防
を築くなどの保全事業に国庫補助
をするようになった。二十八年の
十八号台風で愛知、三重の海岸が
高潮に痛めつけられ、政府もやっ
と海岸の防衛体制を固めるため三
十一年五月海岸法を制定、三十三
年十二月には各省がバラバラの基
準で建設していた堤防などにつき
「海岸保全施設築造基準」を作
り、各省とも同一基準にしたがっ
て築堤することになった。
 この間、二十九年度から同省は
 岩手県田老町海岸に初の津波防
 止の堤防建設にとりかかり、三
 十二年に高さ十メートルの堤防を完
 成。これが唯一の津波よけの堤
 防というわけ。三十四年度から
 同権の普代(ふだい)海岸、赤
 前(あかまえ)海岸の二ヶ所に
 も本格的な津波堤防の建設に着
 手、三十七年ごろまでに完成の
 予定だ。
また今年度は予算が昨年度の五割
ましになり十五億円を投じ、同県
磯鶏(そけい)海岸にも四番目
の津波堤防を建設することになっ
たほか、全国百三十ヶ所にわたっ
て堤防、護岸工事を行う。このよ
うに建設省の受持つ一般海岸はほ
とんどが高潮を防ぐだけのもの
で、本格的な津波にはまったく無
力にひとしいものばかりである。
 この貧弱な防備体制がこんどの
 ような大被害を出したといえる
 が、同省海岸課では「津波は何
 十年に一回という被害なので対
 策がおろそかになっていた。い
 まのところはほとんどの堤防が
 津波を防ぐことはできないか
 ら、津波に襲われたら早く避難
 するだけという情ない状態だ」
 といっている始末。
運輸省関係
東京、大阪、名古
屋、神戸など外
国貿易をしている十二の特定重要
港湾のほか重要港湾、地方港湾な
ど全国で千八十七の商港があるが
このうちまがりなりにも高潮対策
ができているのは重要港湾以上の
港だけ。地方港湾のほとんどは護
岸設備が貧弱で三、四メートルの高潮が
押し寄せるとたちまち浸水などの
事態をひき起こす。まして、破
壊力の強い津波に対しては“無抵
抗”にもひとしい。二十四日の大
津波で各港湾の被害総額は全国で
数億円にのぼるとみられる。
 海岸法の規定だと経済効果の大
 きいおもな港湾には必ず防災設
 備をつくらなければならないこ
 とになっており、運輸省の調べ
 だと全国で延べ約一万六千キロに
 早急な整備が必要だとされてい
 る。この要求をみたすにはざっ
 と千七百億円の予算がいるが、
 この数年防災事業費として形状
 されているのは百五十億から二
 百億円どまり。しかもこの大半
 は東京、大阪、名古屋、尼崎、
 周防灘、有明海など重要地点に
 ふりむけられるので、地方港湾
 をふくめた全国的な港湾整備が
 できるのはまだまだ先で、こん
 どのような津波がきた場合、対
 策はお手上げだと同省ではいっ
 ている。
たとえば東京港の場合、三十五年
度から四十年度までに江戸川付近
から羽田沖まで防潮堤を築く計画
だが、この間に伊勢湾台風と同程
度の台風が上陸したとしたら、下
町はもちろん中央、千代田区など
都心まで水浸しになるとみられて
いる。
「異変」を考えない港湾改修
農林省関係
水産庁の話では
漁港法による整
備計画の対象となっている六百四
港のうち約五百港が着工ずみであ
り、港湾施設の不備のため津波被
害が大きくなったようなことはあ
りえないという。ただし漁港の修
築改良はおもに大型船増加に対応
したシュンセツ、海岸保全、高波
防止などに限られており、大津波
のような“天変地異”を予想した
ものではない。また全国の漁港二
千七百のうち、国の直轄は北海道
の二十余港だけで、六百港が都道
府県、二千百港が市町村と、ほと
んどが赤字財政の地方自治体の責
任に委ねられていることにも問題
があるようだ。

行政管理庁が調査

体制の欠陥
行政管理庁では二十四日、各地に
大被害が発生したことを重視、関
係各官庁がとった処置と現在の
予、警報などの体制に欠陥がある
のではないかとみて同日直ちに調
査に乗り出した。
同庁では気象庁が地震直後に予報
を出せなかったのはやむをえない
とみているが、ハワイに津波が来
襲したという情報を受け取りなが
ら、予報をださなかったことは明
らかに気象庁のミスで、二十四年
十二月、閣議了解された現行の津
波対策としては唯一の「津波予報
伝達総合計画」の実施を怠ったこ
とが原因であるといっている。
 また「津波予報伝達総合計画」
 の各項目が関係各省庁の連絡
 不十分、セクショナリズムによ
 って空文化し同了解事項により
 設けられた「中央災害救助対策
 協議会」もほとんど活動してい
 ないとの実情を明らかにし関係
 各省庁に警告する方針である。

二十数年間の努力実り住民守った堤防  岩手

【宮古】岩手県下閉伊郡田老町の
防波堤は二十四日、各地の津波被
害をよそに、またリヤス海岸の不
利な条件にもかかわらず立派に生
命のタテであることを立証した。
明治二十九年の三陸沖地震による
津波では、三百三十九世帯、千八
百五十九人のうちわずか三十六人
しか生き残らなかった。昭和八年
のときも九百十一人が波にのまれ
た。貞観十一年以来十四度の津波
に見舞われ、宿命とあきらめてい
る三陸沿岸の人たちの中にあって
立上がり、昭和九年三月に延長千
三百五十メートル、上幅三メートル、身幅最大
二十五メートル、高さ七・七メートル(地上)
のコンクリート堤防を当時工費二
十二万八千五百円の県直営工事で
やらせるまでにこぎつけた。“夢
の長城”と笑われながら六年と九
ヶ月目の昭和十五年、日華事変の
ため延長九百六十メートルだけで打切り
完工した。
 二十七年十勝沖の地震で再建に
 踏み切り、関係方面を熱心に説
 得して二十九年度から工事を再
 開、三十三年三月に延長千三百
 五十メートル、高さ十メートルの階段式コン
 区リート壁体堤防を完成した。
このほか昭和八年の教訓を生かし
て避難道路、防潮林も造成、十六
平方キロに●く百キロワットの警報機を設
けるなど三千の町民の生命と財産
を守る鉄壁の備えをした。その結
果が現われて、こんどの津波に堤
内の炭庫二むねが水浸しとなった
だけでなんの被害もなかった。

空からみた「大津波の分析」

低い新市街に被害
三陸沿岸防潮林が役立つ
【仙台】東北大理学部教授、同大付属地震観測所長、加藤愛雄理博は
二十四日午後、毎日新聞社レパス機に同乗して三陸沿岸被災地を視察
したが、同教授は“空からみた大津波の分析”をつぎのように語った。
空から生々しい津波の惨状を、と
くに波が上昇する状態をみたの
は初めてで、学術研究上にも貴重
な経験になった。空からみた感じ
では三陸のリアス式海岸はV字型
に湾口が開いていて、宿命的に津
波を受けやすい地帯であるという
ことをまざまざと感じた。
 V字型の湾の奥は被害が大きか
 った。従来津波を予想もしてい
 なかった松島湾内の塩釜港で若
 干の被害を受けたことでもわか
 る。
宮城県女川、志津川は昭和八年の
津波よりひどくやられている。
志津川は津波を警戒して防波堤を
築いたものだが、被害の大きかっ
たのは津波の規模の法が予想以上
に大きかったためとみられる、
気仙沼では昭和八年後に海岸の低
地に新市街を建設して発展してい
たがmここが今回大きな被害を受
けている。こんどの三陸沿岸の都
市計画で十分考慮しなければなら
ない点だ。雄勝では一部に津波を
考慮した護岸工事もあったので、
その効果がはっきりみることがで
きた。しかしまあ完全なものでは
なかったので、被害を全面的にく
いとめることができなかった。陸
前高田の松林は津波の防護に役立
っている。防潮林の切れ目の地点
から決壊して被害を受けたのは残
念だ。
 三陸地方の地形がリアス式であ
 るということがこれらの被害を
 招いたものだが、従来は太平洋
 沖合の地震による津波しか予想
 していなかったので、やむをえ
 ない点はある。しかし、こんど
 の津波でV字型の地形の海岸で
 は遠く離れた外国の地震によっ
 てもつ波の被害を受けることが
 はじめてわかった。この結果、
 今後の防潮対策、市街地の発展
 ということに対しては十分この
 点を考えねばならないという教
 訓を得た。
最近、東北地方の開発に海岸の低
地や埋立て地を利用して工業地帯
を建設しているが、今回の教訓で
今後の開発計画にも十分津波対策
を考慮しなければ、せっかくの建
設地も流失して砂上の楼閣になる
という悲惨な結果を生むことにな
ると思う。