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海底地震で起こる津波

津波は、地震によって海の底で大
きな地殻の変動があるとき起きる。
海の水は、急に変わった海底の地
形によって、巨大なスケールの海
波となって周囲に伝わっていく。
ふつう海面にできる風波やうねり
は“表面波”といって、海の表面
では大きな波であっても、深さが
ますと、水の動きは少なくなり深
い海底では静かである。ところ
が、津波は長波といって、不通の
表面波にくらべて周期が長く、波
長も大きく、海の表面と海底の海
水でも一様に動きゆさぶられる。
周期は風波が約十秒なのに、津波
の場合は十−十五分、こんどのチ
リ津波は焼く二十分という。伝わ
る速さも海の深さと関係をもち、
深さ四キロでは秒速二百メートル、五百メートル
では秒速七十メートルと計算されてい
る。つまり、並みの伝わり方は深い
海では速いが、浅くなると遅くな
る。しかも、波の波面はしだいに
浅いところに向って回り込んでく
るという性質がある。二十四日明
け方の津波は、その前日の二十三
日朝四時十六分−同四時三十一分
にかけてチリのサンチアゴ沖で起
きた大地震が原因である。そのさ
い津波が発生して、一万七千キロと
いう太平洋を伝わりながら日本へ
押しよせた。この間、ハワイでも
二十三日午後四時ごろ大津波を起
こしている。一般には、距離が遠
くなると津波のエネルギーは衰
え、チリ付近で発生した津波が日
本まで大きく影響するとは考えら
れないが、こんどは例外だった。
 気象庁地震課でも「まだハッキ
 リした原因はつかめない」とい
 っているが、広野卓蔵地震課長
 は「太平洋でいったん広がった
 波が、ちょうど裏側にあたる日
 本近海で“収れん現象”を起こし
 て波の高さが一段と高まったも
 のと考えられる」と推定した。
だが、それにもましてこんどの地
震が地球上に起こりうる“最大
級”に近い大規模なものだったこ
とも疑いない。
ところで、津波が海岸に押しよせ
てきた場合、すべてが同じ波高の
津波を受けるかというと、そうで
はない。津波のような長波では、
その勢力は海の深さが浅くなる
と、上下からしぼられるため波の
高さが高くなる、海岸線に向って
ほぼ平行に進んできた津波は浅い
湾内に入るとヘビがカマ首をもた
げたように高くなる。そのうえ湾
の形によって波高の増し方がそれ
ぞれ違う。外洋に向ってV字型の
湾だと、湾入口に対して湾の奥で
は三−四倍、つまり湾の入口で一
メートルの津波、町のある湾奥では三、
四メートルになって、どっと海岸に押し
よせる。U字型では、その比率が
二倍、逆に湾口が狭くて奥の広い
湾では二分の一くらい波高が低く
なる。日本の津波の最も危険地帯
として、リヤス式の三陸海岸が世
界的にも有名なのは、多くの湾が
VやU字型になっているからであ
る。
海上保安庁水路部が、こんどの津
波について二十四日午後一時まで
にまとめたデータによると、V
字型の港湾のなかでも等深線が湾
奥を囲んでいる霧多布、八戸、大
船渡、志津川、下田の各港の波高
が割合高く被害も大きかった。こ
れは、湾奥に入って波が急に増
し、さらに返し波が第二波とかみ
あってより高い波高の津波を合成
したためとみられる。
 これにひきかえ、館山港や新居
 浜、高松、岩国などの各港は内
 海に面しているうえ、等深線が
 外洋に向って広がるように張
 り出し、湾奥に集中する津波の
 エネルギーを拡散したため他港
 にくらべて損害が軽かったよう
 だ。
過去の記録では、昭和八年三月三
日の三陸大津波の際は、三陸海岸
では、地震発生後二十五分−四十
分後に来襲、その高さも田老湾で
十メートル、白浜で二十三メートルを記録し、
明治二十九年の三陸大津波のさい
は、三陸海岸では最大波高三十メートル
を超えたといわれ、こんどの津波
とはくらべものにならないほど大
きなものだった。

津波の国ニッポン

二十四日朝の津波はまったく“不意打ち”だった。そして、世界的な地震
研究の権威者である和達気象庁長官も「長い間字深夜津波の勉強をしてき
たが、こんどは意表をつかれた」—としみじみ述懐していた。地球上に起
こるさまざまの自然現象は、私たちの常識を超えることはあるが、このチ
リ津波もその一つとなった。とりわけ、地震、津波、台風、火山爆発…
とあげればきりのないほど災害国である日本にとっては、尊い経験ともな
ろう。昨年の伊勢湾台風いらい“高潮”に対する関心は非常に強くなり、
また地震についても各方面から注意が喚起されてきた。しかし、津波につ
いては国民の大半が、その恐ろしさを知らなかった。しかも、一万七千キロ
の彼方、まるい地球の裏側で起きた大地震が一昼夜でな
ぜ日本にこんな大きな津波を起こしたのだろうか。この
機会に、もう一度“津波の科学”をとりあげてみよう。

すさまじい破壊力

津波の破壊力−津波の全体の勢力
は、およそその津波を起こした地
震のエネルギーの百分の一くらい
といわれている。津波が海岸近く
にきてその波高がましてくると、
だんだん海の深さと波高とが同じ
くらいになる。すると波の山の頭
が崩れはじめ波が巻き落ちるよ
うになるが、そのとき波の上の方
の流れ名非常に早い流れとなる。
例えば波高十メートル、深さ十メートルとする
と流れの速さは毎秒十メートルくらい。
このはげしい水の流れが物体にぶ
ち当たると一平方メートル当たり約五
トンの力でぶつかる。こんどの津波
は、それほどでもないが、一平方
メートル当たり一トン以上の力で衝突した
とみられ、大きな破壊力をもつわ
けだ。
 大津波に襲われた場合、いまま
 で町だったところは、ほとんど
 何ものもない一面の砂浜に変わ
 ってしまうこともある。過去の
 三陸大津波ではそんなところも
 あった。こんどはそれほどでは
 ないにしても“波のブルドー
 ザー”的な力で被害を与えるこ
 とはたしかだ。
日本の近海で起きた地震津波は比
較的範囲はせまい。例えば三陸沖
で大地震があったときは、房総半
島以西の海岸にはほとんど達しな
い。半面、東海、南街道沖の地震
津波は房総以北には及ばないのが
常識。今回のようにはるか彼方か
らきた津波は、範囲が大きいため
二千キロにわたる日本列島の太平洋
岸一帯に押しよせたわけだ。

日本付近で急に高まる

こんどの津波は太平洋を伝わりな
がら島のあるハワイ付近で局地的
に波が高まり、沿岸に津波現象を
起こした。大規模な波は中部太平
洋を西北に進み、日本列島付近で
“収れん現象”をおこして急に波
が高くなったとみられる。これは
日本列島をとりまく大陸ダナやそ
れにつづく浅い海によって直線コ
ースの津波が列島に集中するから
だ。ただチリに大地震が起きた場
合、いつでもこのような津波を起
こすとは限らない。

チリ地震津波は最大級

日本ではむかしから世界有数の地
震国といわれ、何回、何十回とな
く津波に襲われてきた。しかし、
その大部分は日本に近い場所に起
きた地震によるものであった。そ
の中でも最も大きなものは明治二
十九年八月と、昭和八年三月の三
陸大津波。明治の時は、三陸沿岸
約百五十キロが襲われ、二万七千百
十二人が波にのまれて死亡、九千
二百四十七人が負傷した。昭和の
津波では死者三千八人、傷者一千
百五十二人といういたましい犠牲
をだしている。いまでも三陸沖に
のぞむ海岸の墓にはたくさんの記
念碑や慰霊碑がたち並んでいる。
 外国の例では一七五五年のリス
 ボン大地震のときに、十−二十
 メートルもある大波が、地震のあと一
 時間後から次々と海岸の町を襲
 い、おびただしい死者をだし
 た。この津波はポルトガル、ス
 ペインや北アフリカの海岸に押
 しよせ、大西洋を渡った津波は
 五千七百キロを十時間かかって西
 インド諸島まで達した。しかし
 これらにくらべても、こんどの
 チリ大地震による大津波ははる
 かに大きく気象庁ではこの地震
 津波をさして“地球上最大のも
 のだった”といっている。

逃げるときは高所へ

一般に津波の襲来するのは、地震
が起きてからしばらくたってから
だ。波の速さは秒速二百メートル前後
(深さ四キロの場合)だから、七百
キロ離れていれば約一時間はかか
る。また、津波のくる前には潮が
急に引くとか、夜間は発光現象が
起きるともいわれる、三陸大津波
の経験者の話では、海のかなたで
「コローン、コローン」という無
気味な音がし、やがて馬の大群が
近づいてくるような“とどろき”
が聞こえることもあるそうだ。
こんどの津波では気象庁から発令
する津波警報が出されていなかっ
た。しかし、少なくとも日本近海
に起きた地震では津波襲来のおそ
れがある時は、必ず津波警報が
だされる。日本の津波警報組織
は、世界でも最も完備していると
いわれ、気象庁が第一情報をキャ
ッチしてから末端に届くまで大体
十五分間。もし、ラジオを聞いて
いれば、少なくとも数分後には警
報を知ることができる。現地から
の津波電報は最優先的取り扱いを
うけ、地震後約五分間で津波中枢
(管区気象台、地方気象台など気
象庁の機関)に届くことになって
いる。だから、現在では気象庁が
津波警報を発令すれば、避難には
十分まに合う余裕がある。今回の
ように、気象庁の判断が結果的に
間違って、まさか津波などは…と
考えて警報を出すのが手遅れにな
るのは例外中の例外だ。これが不
意打ち的な津波襲来となって大被
害を出した最大原因でもあった。
津波警報が発令された場合は、地
形の高い丘や山に逃げれば命だけ
は助かる。しかし、津波に対して
間善意防ぐには防波堤が必要であ
る。三陸海岸では、過去二回にわ
たるにがい経験から、たとえば岩
手県田老町のように提の高さ十メートル
というトーチカのような大防波堤
を築いているところもある。しか
し、津波の規模はケース・バイ・
ケースであり、いつ二十メートル、三十
メートルという大きな津波が来襲するか
わからないので、津波のさいは必
ず山手に避難するようにしてい
る。また、家をつくる場合は海
岸をさけ海抜十メートル以上の小高いと
頃に建てるよう指導している。
“天災は忘れたころにくる”とい
うが、今回の津波も私たちが津波
への恐怖を忘れていたときにやっ
てきた。国土の多くが災害危険地
帯に埋めつくされており、一段と
災害への関心を高めることが必要
であろう。 (本社 長田達三)

社説