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各国の救援品空輸 災害から立上るチリ

【サンチアゴ(チリ)五日浅岡特派員発】空前の大地震と大津波に襲われたチリ南部はソテロ・デル・リオ内
相の総指揮の下に救済と復興に昼夜をわかたぬ努力を続けている。米、英、スペイン、イタリア各国と中南米諸国の援助物資も続々到
着し、被災後十日間にしてようやく主要都市との連絡がつき、被災者たちはやっとほっとしているよるだ。しかし二十一年前の景観か
らみて、なお小規模の地震は二年間くらい続くとみられている。

まだ絶えぬ惨事の報道

米、アルゼンチン、ボリビア、ベ
ネズエラなどの空軍輸送機によっ
てつくられた食糧、救援物資を運
ぶ空のかけ橋はサンチアゴから四
百キロのチヤン、コンセプシオン、
テムコ(同七百四十キロ)バルディ
ビア、ロサンゼレス、オソルノ
(同千百キロ)プエルトモントなど
の七つの都会につくられ、これら
の都市を中心とする周辺地域の食
糧、医薬品の心配はもはやなくな
ったようだ。しかし海岸地方は津
波にも襲われているので、憂慮さ
れている。鉄道はテムコまで通じ
たが、それから南部と海岸地方に
延びる支線は復旧に時間がかかる
ものと思われる。
サンチアゴを中心とする男女大学
生二万人は救済金募集に大活躍し
すでに全国から十億ペソ(三億五
千万円)集めて被災地に送った。
外国からの援助はベネズエラが現
金五万ドル、飛行機一機、キューバ
が現金二十万ドル、砂糖八万ドル、医
薬品五十万ドル、アルゼンチンが現
金六億ペソ(一億五千万円)食糧
多量、英国が現金一千万ポンド(百億
円)ブラジルが現金一千万クルゼ
イロ(五百万円)このほか米国は
輸入銀行から一千万ドルの融資、大
統領のポケット・マネー、赤十字
から二十五万ドル、四百五十人分の
移動病院二つ、グローブマスター
輸送機七十機を動員している。
 今回の地震の中心地にドイツ系
 住民をもつ西ドイツ政府は一日
 シュレーダー内相をサンチアゴ
 に送り、九歳の協力方法を協議
 中で、すでに食糧、医薬品を満
 載した大型船一隻がハンブルク
 を出向したと伝えられる。
チリのアレサンドリ大統領は物価
を五月二十日の値段に凍結する特
別政令を出しているが、全く震災
を受けなかったサンチアゴでも衣
服、家具類は店頭から次第に少な
くなっている。サンチアゴの各新
聞は連日被害地の状況を写真入り
で報道しているが、その中でつぎ
の記事が注目を浴びている。
 コウチン州の港ブエルネサー
 ペドラ(テムコ東方七十六キロの
 海岸)ではハインリヒという老
 人が津波がくると警告したので
 民衆は二キロの道をかけて丘に避
 難した。そのうち高さ二十メートルの
 津波が押し寄せ、津波のひいた
 あとには協会の土台石しか残っ
 ておらず、二千五百人の住民の
 うち五百人が死んだが、老人の
 警告がなければ全滅したろう。
 バルディビアから船で一時間
 いったところにあるコラルの
 町は、海岸に沿ったレンガ造り
 の三階建の中心街はペシャンコ
 になり、丘の上の木造二階建の
 家はみな屋根を地面につけて逆
 立ちしている。
 チロエ州(プエルトモントの南
 の島)のアンクード港では、警
 察の巡視船とカキ採取船二百隻
 があったが、漁民たちは地震の
 ため陸より海の方が安全だと思
 い、家族を乗せて海上に避難し
 たところ、津波にやられて全員
 行方不明となった。
 丘の上の飛行場でちょうどお祭
 りを見ていた人々は自動車で下
 町に帰る途中、海岸近くで津波
 に襲われ全員のまれたという惨
 事も報ぜられている。
コンセプシオン近くの南チリに日
本人は十二、三人いたが、全員無
事。日本からの報道として日本の
ブラジル移住者たちが地震のため
にブラジル行きを拒否したという
ニュースがサンチアゴの新聞に大
きく報道された。アルゼンチン、
ブラジルには何らの被害もないの
に移住者たちは何を勘違いてして
いるのかと逆にこちらで驚いてい
る。チリの地震で日本に津波が押
し寄せたことと、このブラジル移
民の報道はチリ人の日本に関する
二つの大きな驚きだったようだ。