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  自由黨の爲めに吊し   進歩黨の爲めに慶す(承前)               冷眼 道士

進歩黨が政府攻撃唯一の利器は遼東半島の還附
に對する内閣責任問題なり、仰還遼の事現政府
の失錯なりし事は天下の齊しく瞻斎する所政府
自身も亦之を知る、故に其弱點に乘して之を攻
撃する固より不可なし、然れども如何なる名論
卓存も屡次聽聞せしむる時は聽衆の耳底に爛熟
して感動を與ゆる力を減損するを常と爲す、則
ち還遼責任問題の如き進歩黨は都に於ても之を
唱へ鄙に於ても亦之を唱ふ、故に今日に至ては
早?に爛熟を極め「又か」の二字を以て聽衆に冷
遇せらるるの傾向あり、其勢力上影響を及ぼす
事尠なからす、進歩黨自身も亦之を知らざるに
あらず、唯政府を攻撃するに適當なる新問題の
なきに苦しみしなり
然るに俄然として起れるは三陸大海嘯地難民救
助問題なり、是に就て彼は臨時帝國議會開會存
を唱へ救助費として百萬乃至二百萬圓を支出す
べきを論せり、此事は其能く行はるると否とに
論なく進歩黨の爲めには必す利益あるべき言動
なりき、此時に當て政府當局者の處置は進歩黨
を壓倒するに足るの良方策ならざるべからず、
好や其金額に於ては彼黨人の望む程ならすとも
確かに罹災者を救助し得て將來自活の道を立得
べき丈けは支給するを要す、然るに政府の處置
は彼が如く冷淡にて而して其主務省は自由黨を
以て組織せる者なり、是實に政府攻撃の新問題
を以て天より進歩黨に下附せられたるものに似
たり、進歩黨の雀躍抃舞歡喜の?果して如何ぞ
や、是より後該黨は還遼責任の陳問題の外更に
救助不及と云ふ新問題を得たり、前題以て聽衆
を動かすに足らざれは後題を以て之を刺衝すべ
し、而も其多數聽衆を動かすに至ては國交際上
入組みたる還遼事件の六ヶ敷理屈よりも、大海
嘯に罹りて困難に沈める國民の救恤方不充分な
りしと云ふ簡單なる問題の方勢力非常に大なる
は複疑ふべからず、彼は必す之に依て多少の勢
力を加へん、是吾人が進歩黨に向て新に好問題
を得たるを慶する所以なり
三陸地方不慮の大災は自由黨に利ならすして而
も進歩黨を益せり、天意か將人謀乎、惟に權柄
を握れる者經綸の才に乏しきの致す所に外なら
ざるなり            (完)

    雜    報

●典獄の歸監

  海嘯の爲め流潰せし雄勝濱出
役所新築の爲め主務省へ具申用にて上京中の小
泉宮城集治監典獄は一昨日歸監せり

●郡長 參 廳

  桃生郡長鈴木太郎作氏は昨日
縣廳へ出頭海嘯被害?に縣會議員撰擧會不成立
の件に就て知事に具申する所ありし

●本縣國税

  本縣に於ける明治二十八年度國
税調定濟額は左の如し      円
 地租         六〇一、一二四、三五一
 所得税       一八、八七一、九一七
 酒造税       二八三、八五〇、〇六三
 幾麹營業税     六、五〇〇、〇〇〇
 煙草税        一一、五五九、六〇〇
 証券印税        一三、七〇一、六九〇
 醤油税         二四、二二八、八九〇
 菓子税         一二、九二八、四八〇
 取引所税       二八三、八五〇、〇六三
 國立銀行税     一、四〇〇、〇〇〇
 賣藥税        四、九三三、六五〇
 船税         四、五七四、四七〇
 車税         一〇、九五〇、〇〇〇
 鑛業税       一、九九九、三二二
牛馬賣買免許税 一,六六二、 〇〇〇
 狩獵免許税     七、四二六、〇〇〇
計      一、〇〇六、九七八、六二四

●寄贈物品の総額

  本縣廳にて昨日正午まて
に受納せし寄贈物品の総額は左の如し
 総點數九萬三千百五十七点
   内
  衣類  三萬九千三百八十八點
  食品     千三百九十五點
  器具   二萬五千九百零九點
  藥品   一萬零六百四十九点
  紙     二千三百五十八點
  縄       千九百十三点
  草鞋      七千零九十点
  雜品      三千零十五點

●雄勝囚徒引揚

  宮城集治監雄勝出役所囚徒
二十九名は中村看守長以下看守九名護送し昨日
無事歸監せり

●大施餓鬼供養

  登米郡登米町の武田平八氏
は海嘯の爲め溺死せる人々を悼み日蓮宗雌侶佐
々木義哲師と熟議の上同町の富家河田忠治郎藤
井久作其他大森阿部等諸氏の賛成を得て登米町
字舘山祖師堂に於て本月十四日より同十六日ま
で三日間大施餓鬼供養を施行せしに同感者の參
拜非常に多く武田平八氏は堂前に起立して被害
慘?を存き供養及び救濟上に付き演存を爲した
るに滿塲感動の塲合餅錢菓子等を撒きて死者を
慰さめたりしと云ふ

●大内氏の孤兒養育談

  社友某一日大町五丁
目の呉服商大内源太右エ門氏を訪ふて先年尾濃
震災の際に當ては卒先人を派して其筋に請願せ
しめ數名の孤兒を引受け今日までも養育せらる
る事は世人の能く知る處然るに今回の本縣下三
郡海嘯被害の如き前代未聞とも云ふべき慘?な
るにも拘はらず?に他の慈善家に在ては孤兒養
育の儀を出願せしやに聞きしが氏の未だ其手續
きに及ばれしを聞かず是れには何か意見のある
にやとの問へに氏答ふらく然ればなり今回の海
嘯被害は實に未曾有の事にして孤兒もまた多か
る事ならん而して被害地の人情を探らしめたる
に孤兒と雖ども他人の手に托するを厭ふ者の如
く却て他より之を求めんとする程の希望を有し
居るとの事又其筋に於ても孤兒養育法を講じ居
らるる事をも傳承せしに付き公然の手續きをば
見合せたるなり然れども曩に曹洞宗慰問使に托
し孤兒引受けの事を協り被害地へ孤兒養育の立
札を爲したれば眞に無縁となりし者にて他に引
受人のなき孤兒は充分養育するの目的なり尚ほ
孤兒養育に就きては大に注意すべき事あり其は
假令孤兒と雖ども中には戸主となるべき者もあ
らん夫等を養育するには配當金の如き最も注意
すべき事にて先つ配當の際役塲員と協議し之れ
を銀行に預るか又は役塲に預るか其保管法を定
め置き成長の後資本として一家を相續せしむる
にあり且つ孤兒を養育するや終身我子として養
育せざればならぬ者にて之れ等は現に經驗もあ
る事なり旁々他の慈善家諸氏に於ても容易なら
ぬ事なれば孤兒を養育するに當りては熟慮の上
にも熟慮を爲し終身を誤まらしめざる樣あらま
ほしき事なりとの主意なりしと

●海嘯瑣談(十) 迂  鐵

    椿島、竹島

椿島は波傳谷の前面にあり滿島椿樹のみにて他
木を交へすと云ふ、海嘯は此島の爲めに障へら
れて水勢横に外れしものの如し、波傳谷以西津
宮水戸邊等被害の輕かりしは全く是に因る、竹
島は全島竹を以て蔽はるる事椿島の椿に於ける
が如し是は椿島より稍小なり、此邊一帶の部落
兩島の蔽障に依て利益する所多し

    波傳谷の舟

椿島は波傳谷の前面にあり滿島椿樹のみにて他
相川を發するに臨み市原警部の云はるるには波
傳谷より舩を雇ひ志津川へ還らるへし同所には
巡査出 張 し居る故之と協議あらば立所に辨す
べしと、仍て巡査出 張 所に至り警部の言を傳
へて出船の事を謀るに難かしかるへきも一應申
談して見んとて村民に諮る所ありしが舟あれと
舟具なく又舟手なし迚も出船する事叶ふべから
すと云、に大に失望せり、此處と志津川は相對
し居り若し舟にて一直線に渡れば瞬時に達する
事を得へきも是より水戸邊折立と陸路海岸に沿
ふて迂回し行く時は壹里半二里にも近からむ、
殘陽燬くが如き中に沙路を西に向て歩行する事
なれば其暑さ目も眩む計りなりし

    小學生徒

志津川の病院を巡視せし時尤も感服せしは職員
生徒共に救護に熱心助勢せられし一事なり、職
員は事務上に就て百方周旋され、女生は看護婦
を助けて繃帶の洗濯患者 飲 食物の調理等に任
し、男生は院外の奔走其他の事に當り一致協同
して院務を幇助せしにより當事者は大に便宜を
得たりと云ふ、學問の要は實務に應するにあり
斯てこそ讀書生たるの甲斐はあるなり

    病床の出産

病院にて一病婦の高枕に依靠て呻吟き居るあり
這は嘯害の夜怪我をして入院中出産せしものの
由母子共平安なるは不幸中の幸なり、一面には
親も死せり子も死せりと云ふ號哭の聲中に他の
一面には呱々として乳を求むる聲を聞く、醫療
救恤に盡力する仁人義士あれば佛を禮し經を讀
むの雌侶も來り訪ふ少男少女打雜りの塲處なれ
ば多少戀の意味を含めるもあらむ、仁義釋教戀
無常を一囑の裏に集め來る、區々數室の假病院
宛も大千世界の觀を作すなり

    教育の事務

病院にて一病婦の高枕に依靠て呻吟き居るあり
縣屬半田卯内氏は聞えたる教育熱心家にて其登
米郡に書記たるや訓導西大條規氏等と共に教育
の擴 張 學校の整理を謀り遂に佐沼小學校をし
て海内有數の良校たらしめたり、されば縣に轉
任せし後も相替らず熱心に從事し今回被害地へ
出 張 するに及んても救助の事務叢叙の間に在
て片時も此事を遣れす、謂らく海嘯の爲めに學
童の教育を休止するは不可なり宜しく救護と教
育と兩樣に分ち處理すべし、校舎の流失し或は
破壞せし處にては寺院其他適當のものを借入れ
へく適當の塲處なければ土間に於て一時教授す
るも可なり一朝の災變に狼狽して百年の大計を
忽諸に附すべからすとて熱心其取調方に從事し
郡斎學本多左右太氏も亦同感にて被害地を斎察
し七月上旬より諸校皆開始するの運ひに至れり
其用意周到と謂ふへし

    車夫、自首

海嘯は車夫に向て意外の奇福を降せり、彼等は
一日二圓以上を獲る事甚た容易なり、人或は彼
等の貪弧を怒る、然れとも武官の合戰に勝て重
賞を得るも奇福なり、乃ち海嘯は車夫の戰爭と
見傚さば大過なからむ、彼等?に持馴ぬ財貨を
持つ其費す途は賭博と酒色となり、旅店樓上白
晝公然雉梟を?て憚らず、而して綾里や飲食店
頻りに絃歌笑語の聲を聞く花顔玉貌(? )の白首
街頭を往來して魂招き眉挑む、蓋罹災者は海嘯
の爲め資財を失ふて餓鬼道の苦を受け、車夫人
足は海嘯の爲め金錢を獲て衆合地獄に陷ゐらん
とす、因果應報とは是等の謂なるへし

    本社の救恤事務

被害地の巡斎を終り歸社せしは六月三十日の夜
なり、茲に謹て巡 回 中厚遇を 辱 ふせし大方
諸君の高誼を謝す、扨今回の海嘯に就き本社の
施設せし事務の概要を擧くれば一、斎察者の派
遣(十六日の夜今泉篁洲氏出張す)二、義捐金の
募集(十七日より着手す)三、應急品の送附にて
其金高及ひ物品等七月十八日迄の分左の如し
一金七百拾六圓參拾七錢余  義捐金募集高
 右義捐金を以て購入し罹災者へ寄贈せし物品
一鐵瓶 參 百 個  一鮭鱒鑵詰 貳百個
一汁椀 一 千 個  一摺 鉢 一 千 個
一蚊帳  百五十張      (瑣談終)