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幼き人々の  真ごころ   自製の学用品類を    三陸震災のお友達へ

三陸海嘯罹災のお友達をお救い申上げたいが私のうちは貧乏ですから買って上げること出来ませんとて自製の学用品や持合せの教科書など数十点仙台放送局に託送、同局から更に本社に寄贈方を依頼された、左はその添手紙である
 私のうちは貧乏ですから色々買って上げること出来ませんそれで少しばかりの貯金におじいさんからいただいたお使いを足して鉛筆とボール紙を買い毎日学校からかえってから弟と二人で一生けんめいに筆入れをこしらえました(自製筆入二四ケ、鉛筆一八打、その他教科書類東京下目黒二ノ四四六内田きよ子、太郎)
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 三陸海岸の皆様のことが時々思い出されますどうぞ小さい私の心を御伝い願いとう御座いますあまりおくれましたけれどどうぞお願いいたしとう御座います(義捐金一円宮戸村里高二櫻井キサ本社宛)

温い同情  満州、朝鮮から

満州と朝鮮から三陸地方被害者に対する温い同情慰問金が、二十九日同時に第二師団司令部に送附されて、日満日鮮親善を示す好例として司令部員を感激させている。その一つは満州国新京税捐局長■景■氏からで金額は四百円、同局長以下局員が月給の三分ノ一宛醵出したものであるか、■氏は第二師団司令部が吉林に駐在した当時吉林木税局長であったが、歩兵第四連隊によって敵匪の暴虐を免れて以来第二師団に対して深く感謝し、今回当師団管下及び近県の災害に多大の同情を寄せて来たのである。他の一つは間鳥局市街普通学校の児童が共同製作の雑記帳の売上金十円を送って来たものであるが生徒総代線童高相■君の次の様な涙ぐましい手紙が同封してあった。
  罹災の皆様へ
 三月三日の夜、宮城県岩手県に大地震があり、そのため大津浪が襲って来て家を流し、人を流し所によれば火災も起って悲惨な状態とのことを四日朝校長先生から聞きました。或村の如きは三百人もの男女老幼の人達が一時に無惨な死を遂げたということです
 難を逃れて生残った人も家を失い、食うものも泣く、着るもの泣く、加えて負傷せる者も多いとのことです
 この寒さにどんなにか苦しいことでしょう、先生から聞きますれば、この地方は二、三年この方農作物は出来ずその上今度の天災です、私達■州の間島に居りまして東北の兵士、多門師団の満州においての御動きは、いつも聞いて感謝していました、去る一月凱旋なさいまして、次いで今度の大地震です、何と御見舞い申しましょうか、余りの御気の毒で私達には言葉も方法も分りません。
 只此所に生徒等で雑記帳を作って売った利益の金十円御座います、余り少しで恥かしい様ですが、私達の働いて作った金ですこれを御見舞いの印までに御送りします、御受取下さい、私共は常に強くあれ、正しくあれ、努力せよと教えられています、我等日本の国民はどんな時にも失望落■せず、いつまでも難儀と戦い、苦労に苦労を重ねても、努力に努力して世界にわが大日本帝国の国威を輝かし、一等国の一等国とならなければならないと思います、どうぞ一層の奮発を希望致します
  間島局子■普通学校
   生徒総代六年生 高相禽

罹災者義捐金(本社委託)

金五十五円千代田生命保険相互会社仙台支部、金五十三円五十銭、樺太知取町宮城県人有志一同代表柴村平吉、佐々木孝助、村上■助金一円桃生郡宮戸村里櫻井キサ、学用品一箱東京下目黒二ノ四四六内田きよ子、太郎。