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震災の惨状に  曇らせ給う龍顔   大金侍従、状況を具さに奏上    有難き御下問を賜る

天皇、皇后両陛下より東北三陸震害御救恤金■に聖旨、令旨伝達のため御差遣の大金谷次郎氏は前後九日間に亘り宮城、岩手、青森三県下の震災罹災者慰問、災害上京視察を終えて十二日帰京したが同侍従は十三日午後四時三十分右代奏のため宮中に出仕、御学問所にて天皇陛下に拝謁仰せつけられて約一時間に亘り視察状況を具に奏上申上げ三県下当局よりの御礼を言上した後、更に一村落では村役場をも失ったので野天で村長に東北地方は天恵に乏しく気の毒に堪えない旨の御■念の御言葉を伝達したるに周囲に集った村民は痛く聖旨に感激感泣した当時の事情を詳細に言上陛下には御感激深く御聴取時々龍顔を曇らせ給い物資の配給、救護の状況今後の罹災民の生活方針につき種々御同情ある御下問を賜わり同侍従は思召の程に感激退下した同侍従は十四日更に皇后陛下に奏上する筈大金侍従は語る。
 千尺以上もある山を越え、海を漕いで親しく罹災民を慰問視察しましたが、あまりの惨状に幾度か眼を覆ったこともあり言語に絶した凄惨の極みでした、ただ視察して深く感じたことは東北の人々は今回の天災に悲嘆ばかりして居らず天命と観念して復興に力強く努力を開始し、また隣人愛の熾烈なること等涙ぐましい情景でした。

其の日の生活に  窮する一家   特別救護の方法を講ずる    志津川署下の悲況

宮城県下の罹災者の救護は大体において遺憾なく、中には罹災者の方が無事な者よりも衣食ともに余裕があり罹災前よりも楽な生活をしているものや、飲酒して不平を並べる不心得な者まで現われたがこれまた罹災中でその被害が最も甚しく将来は勿論、その日の生活も思わしくないという一家を志津川署で発見、県に上申して特別救護の方法を講じている。その一家は
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 本吉郡歌津村湊漁業高橋三郎太一家は家族四名中二名死亡、一名行方不明となり生残った三郎太(四二)も負傷している。
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 同村馬場漁業三浦■六一家は八名中二名死亡、四名行方不明となり、生残ったのは 男久治郎(三九)と久治郎の長男喜一(一九)の二名。
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 同村石浜雑貨商阿部栄太郎一家は七名中一名死亡、五名行方不明で栄太郎(三七)ただ一人残された。
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 同村田浦漁業梶原勇一郎一家は家族十三人中一命死亡し九名行方不明となり勇三郎(六三)孫よしえ(二〇)孫(源治)の三名が生残った。
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 同村中山漁業及川三之丞一家は七名中一名死亡、一名行方不明となり、三之丞(四五)二女さつき(二〇)長男佐郎吉(一八)が残った。
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 本吉郡十三浜村■指漁業阿部作兵衛一家は六名の中一名死亡四名行方不明となり生き残ったのは作兵衛(五六)ただ一人である。

御救恤金  伝達式   本日岩手県下   七ヶ所で

岩手県下の震災地へ御下賜の御内努金伝達式は十四日午前十時から左記七ヶ所において関係町村長を会同し、県よりそれぞれ知事代理が出張して厳粛に挙行するが、拝受町村長をして罹災者にあまねく聖恩の鴻大なるを感得せしめる方針である、
 △久慈町役場△小本村役場△宮古下閉伊支庁△山田町役場△釜石町役場△盛■役場△高田町役場

満州国で  震災救恤   委員会を設け   義捐金品募集

【新京十一日発電通】満州国政府は日本の東北震災救恤委員会を設置し義捐金を募集慰問品の蒐集等をなすこととなりその委員長に参議府議長、張景恵氏、副委員長に中央銀行総裁裁栄光氏以下委員二十五名を任命した。

掃海も空し  六艘の捜索船  引続き活動

今回の海嘯で行衛不明となったものを捜索のため水難救済会宮城支部並びに日本海員■済会においては十二日から二日間に亘り六艘の捜索船を出し大がかりの掃海作業を行うが、各船ともに遺族ならびに海上の地理に明るいものを出させ最も行衛不明者を多く出した牡鹿郡大原村谷川、桃生郡十五浜村船越並に荒、本吉郡十三浜村相川歌津村、田浦、小泉村二十一浜、唐桑村只越部落附近海上を捜査し潜水夫を入れて海底まで捜索したが同日は一名をも発見しなかった。十三日も引続き早朝から捜索の筈。

衛生施設の万 全を期す

石巻水上署の貞山丸は宮城県衛生課飯田部長外を乗せ十二日から牡鹿半島沿岸に出動し大浦村谷川鮫の浦災害地外各村落における災害直後の衛生施設につき万全を期することとなった。

学務部長の視察

清水谷宮城県学務部長一行は十二日朝石巻町に到り自動車で半島災害地から雄勝方面の災害直後の教育状況を視察した。