文字サイズサイズ小サイズ中サイズ大

悲惨たる災害の跡  桃生郡下を横切る   全滅した荒部落    三日夕刻第二師団救護班到着     死体既に十九個収容

桃生郡十五浜村船越字荒部落は最も惨状を呈した、同部落は船越から険阻な山道約一里の僻地で一方は太平洋を真向うにしただけ文字通り浪の荒い部落である、全部落二十八戸の内十六戸が流失、二戸が家の形のみをなして大破、八戸は山の上で無事であった、家屋流失と共に怒涛に押流されたものは百余名で救助船に救われたが瀕死の重傷者は
 高橋善治(二九)高橋はる(八五)高橋たか子(二○)高橋うめの(五八)大須浜沖合で救われ同地で加療中の高橋■吉(五○)高橋みどり(三七)
の六名であるが、生命に別条ないと見られているのは高橋しめ子(十八)外二十二名である、同時夜まで発見されれた死体は十九個で行方不明者尚お五十八名であるが、物凄い津波に一たまりもなく家屋と共に海中に押流された者は全く絶望と見られている、死体は無事なる家三軒に収容し、また重傷者も同様三、四軒に収容手当を受けて居るが三日夕刻には師団より津川三等軍医が看護兵十余名と共に同地急行、石巻日赤病院救護班とともに各収容先の家でそれぞれ治療手当を施したので荒部落民は非常に感激し頗る力強さを感じていた。

父、子を求めて  右往左往の家族連   一舐めの十五浜村

桃生町下十五浜村の海嘯被害地には同村雄勝浜を初め、同村荒浜、同船越、名振の各部落だが、その内最も悲惨を極めたのは雄勝浜である、四百戸の部落中大部分倒壊流失し、一丈余の津波の恐ろしかったことにただ命からがら逃げ出しお互いに無事なるをよろこび合った、殊に高山の麓からすぐ海岸の狭い土地を埋立て市街をなくしたもので、地震と津浪が一度にやって来たため家族中には一時は全く離散したものもあったが、お昼頃になって海水がカラリと減ずるや、倒潰家屋の間を父をよぶもの、老人を謀らすもの右往左往文字通り阿鼻叫喚を極めた。

酒樽大受難  白石町の地震

一日早暁の地震で白石町渡辺造株式会社の寒製清酒大樽が揺れて約七十円
の酒がこぼれてしまった。

漂流する  家財道具   牡鹿半島沖合や雄勝湾

津波の被害と惨状が最も甚だしいのは雄勝湾一帯であるが、同湾から牡鹿半島沖合まで無数の家財道具や台所用品に交じって屋根畳などが漂流しているのは悲惨である

高橋巡査の決死的報告

十五浜村一帯を襲うた大津浪に際し同村雄勝駐在巡査高橋金雄氏はおのれの危険を打忘れ、既に駐在所に床上四尺程侵入した中にあって電話にすがり飯野川に「只今雄勝浜は大津浪……」と鳥報告したときは全身海嘯にひたったが、実際家族を避難させることも出来なかったと、なお飯野川署では高橋巡査の「津浪」の急報によって鈴木署長以下、直ちに現場へ急行救援手配をしたので意外に敏速に一切の手配を完了した高橋巡査の決死的第一報に感謝していた、高橋巡査は謙遜して
 「地震!と知ったのは三日午前二時三十分頃だったでしょう、直ちに部落に出て警備の手配をなし消防手を火見櫓に登らせて警鐘を乱打させ急報したがその時は第一回の津浪が押寄せて来ました、全集落がなめられたのは、僕が本署に電話を半分かけたときです」

野外役場で  緊急村会   低い地点への建築が祟った    成沢村長暗然語る  

十五浜村長成沢甚助氏は大きな津浪に一となめにされた役場付近の野外事務所で左の如く語った。
 「こんな事になってはどうする事も出来ないが、応急対策として緊急村会を開き、先ず以て被害戸敷四百戸二千四百名に対し五日分の食料、燃料、布団を配って小学校と天雄寺の二ヶ所に収容した、今度押流された家は何れも海岸を埋立てた庭地にあり殊に明治二十九年の大津浪にやられた当時は「決してこんな危険なところには立てません」と懲り懲りしたものだが自然に打忘れて、低い地点を競い合って建てたので、こんな悲惨事を繰り返したのだ、今後は村民お互いに何とかして危険な地点にだけは家を建てたくないと思っています」

卅尺以上もあった  押寄せた波の高さ   「廿九年のよりは遥かに大きい」    荒野老人の追想談

今回の津浪は明治二十九年の津浪よりは猛烈で桃生郡十五浜村船越荒野老人の話では
 二十九年の津浪は浪の高さ十九尺五、六寸であったが、今度のは三十五尺以上もあったので被害が残酷を極めた、前回の津浪で殆ど全滅した惨状を呈したのであるが、その後海岸から余程後方へ人家を建てたので多少この点油断があったものと思われる、なお先祖代々の土地が一緒に二度も斯くの如き悲惨な目に遭うようでは相当考えねばならない
と云っていた。

宮城県下の被害  四日午後一時現在

四日午後一時現在における宮城県下の被害状況は左の如くである
町村名  戸数    人口    戸数    同上罹災者内訳
                       人口    死亡  行方不明 傷者
本吉郡
唐桑村  一、二一六 八、七三五   一○八   七五六  二四  四五   四
鹿折村    八○六 五、○○九     三    一七 −     四  −
大島村    六○一 三、四七五     六    三○ −   −    −
階上村    五三九 三、四六二     八    三七   一 −     一
小泉村    五○七 二、○二三    二八   一八二   八   七   八
御獄村    八■三 五、二六九     一     六 −   −    −
大谷村    五九○ 三、五八九     六    三○ −     二  −
牡鹿郡
女川町  一、五八四 九、六八九   四二八 二、六○○ −   −    − 
大原村    五七五 三、五一九    六九   四二二  四三  一二  −
荻浜村    六六三 三、九五八    一六   一一二 −   −    −
鮎川村    九一五 五、○七八    一九    八八   一   一  −
桃生郡
十五浜村 一、四九六 八、五一一   五七八 三、四三一  二二 一○○   五
名取郡
閖上■町 一、二三○ 六、七八三    二○    九九 −   −    −
亘理郡
坂元村    七一七 四、六八九    四二   二一○ −   −    −
本吉郡
志津川町 一、三二○ 七、二一七    五五   一八○ −   −    −
戸倉村    五一五 三、四五八    三三   一五○   一 −    −
歌津村    七八五 五、○九九    九一   二五○  二五  五六  −
十三浜村   五一三 三、四五二   一○八   七一五  一二 −    −
計                一、六一九 九、三○五 一三八 二二七  二五
惨禍の跡
(上)雄勝浜 (中)雄勝浜在所附近
(下)大谷村海岸