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罹災地救済に  全力を

三陸沿岸を襲った大震災は惨禍の広汎に亘り、深刻を極めたことに於て、明治二十九年の三陸海嘯にも劣らざるものがある。惨禍の中心地帯となれる岩手県では、釜石、宮古の如き沿岸の都会地は全滅又は全滅に近い破壊を受け、且都会地と部落との別なく、沿岸一帯の地域は惨禍から免れることが出来ず、同県の沿岸地帯は殆ど破壊されたといってもいい酸鼻すべき災害を被っている。宮城県の惨禍は、之に比べると軽減されたとはいえ、本吉、牡鹿、桃生三郡沿岸の惨禍は前者の場合に劣らず深刻である。人畜の死傷と財の損失と惨禍により被らされた損害については、まとまった調査報告を得る時期には至らないが、宮城県下における漁船の被害だけでも、百万円に達するというから、全体の被害に至っては、測り知るべからざるものがあろう。
 以上の如くにして、惨禍の深刻なる正視するに堪えないものがあるが、もはや、惨禍の事実はどうしようもない。今日只今の問題の全部は、罹災地の救護を全うすること、この一事に尽きる。而して惨禍のすぐ直後に於て、最も意を強うせしめられたのは、罹災地に対する応急救護が、公私の各方面より、神速にしかも、続々として実行せられつつあることである。惨禍の当日、惨害がまのあたりに行われている中に、大蔵省と海軍省の慰問飛行隊が現場を見舞ったのを初めとして、官民、中央地方各種団体の救護行動が、総動員の形を以てなされたことは、感銘にたえない事柄である。罹災民は惨禍の只中に立ちながら、この美しい同情の前に感泣したそうであるが、罹災地に対する全国的の同情のこの状態は、同じ強さを以て、いな更に熱烈に然焼する状態において、今後に■■する事を望まなければならぬ。いうまでもなく、そうでなければ、罹災地救済は完全しないからである。
 次に考慮されなければならないのは、罹災地帯に対する根本救済の方法である。別言すれば、破壊された罹災地を復興せしむるの件である。大蔵省では、罹災地域に対して、差当っての方法として、租税の減免又は猶予という特別の処置の必要あることを認め、現状を調査した上に、之に関する法律案を議会に提案する用意を持つということである。こういう処置の必要であるべきはいうまでもないことだが、しかし、租税減免ぐらいの程度を以て、罹災地復興の可能でないことは、罹災地の損失に関する明瞭な数字がなくとも、明かに推定し得ることである。即ち租税減免等の処置と同時に、或いはこういう方法をもその中に包含するところの復興計画を立てる必要が必須的に生ずると思う。考慮をここまで周到にしないでは、斉慶首相のいう「遺憾なき救済」は不可能となるであろう。
 東京震災を復興するには、政府の復興計画を必要とした、東京府市だけの力では復興計画は立ち得なかったからである。帝都と一地方とは場合が違うとはいえる。且また、損害の度合において、それとこれとは同日に論じられないことも認め得る■けれども、罹災地の復興が、当該県の力の範囲を越えた問題である点で、事情は帝都の場合と同様である。殊に、災害の中心となれる岩手県の如き、特殊の不況に置かれて来た地帯であって、この災害なくてさえ、特殊の救済を加えないでは、やって行けない事情にあった所だ。健実なる復興計画を立てるには、この辺の事情が充分に考慮される必要がある。
 勿論、形は之を問う限りでない即ち、復興計画は地方を主体として樹立して一向差支えがないのであるが、要は、国の援助が必要条件として加わらないでは、復興計画は可能でなく、従って、罹災地救済は、満足な意味では半端になるおそれがあるというのである。惨禍は、地方に起った出来事ではあるけれども、同時に国に起った惨禍であることで、帝都震災の場合と変わるものでない。幸いに、いま議会の開会中である。惨禍の地を救うに足るべき復興処置の速かに講じられんことを切望する。