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沖縄にも大きな被害

那覇二十六日東田特派員=琉球政
府は二十六日、チリ津波による基
本施設関係の被害総額を百二万六
千ドル(約三億六千九百万円)と発表
した。昨年中の台風被害の基本施
設関係分の約二倍にのぼっている

総額205億円にのぼる 三陸一帯の津波被害 家屋に最大の打撃  漁民と一般住民に集中

三陸沿岸一帯をおそったチリ津波の被害は日がたつにつれて予想外に大きくなっている。東北表四県はそれぞれ対策本部を中心に復
旧対策を急いでいるが、二十六日午後五時現在までに判明したところでは宮城約八十四億円、岩手約八十五億円、青森約三十五億円、
福島約五千三百万円、合計約二百五億円にのぼっている。

調査進めばさらに増大

こんどの津波で一番大きな打撃を
うけたのは家屋で、四県下で約六
十九億円、次いで水産関係約六十
一億円、商工関係約五十七億八千
万円、土木施設約八億六千万円、
農林関係約七億六千万円、電力、
通信、鉄道などの公益事業約一億
八千万円など各般にわたってじん
大な打撃を与えている。被害額は
調査が進むにつれてふえる見込み
だが、こんどの津波被害の特徴は
一般災害が大きく、そのわりに公
共施設災害が少ないことだ。また
台風による水害と違い、現行の各
災害復旧対策法の恩恵が薄い漁民
一般住民に被害が集中して、各対
策法の適用をうける公共施設被害
より段違いに傷跡が深いことだ。
こうした法の裏付けの乏しい復旧
対策に各対策本部はあせりさえ見
せ出している。東北の政治力を結
集して伊勢湾台風のときのような
「特別立法措置」を熱望する声が
高まっている。
 被害の大きかった三県のおもな
 被害と復興対策は次のとおり。

ノリ、カキ被害五億

 ◇宮城県=塩釜、石巻、気
仙沼など名産“宮城県のノリ、カ
キ”は壊滅的な被害をうけた。そ
の額は約四億五千万円をはるかに
上回っている。三浦知事はヘリコ
プターで空から陣頭指揮に当たる
とともに、予備費から四億円を支
出することにしているが、ノリ、
カキ養殖施設に現行法では救済の
手がない。また被災者七万人の大
半を占める零細漁民の漁船、漁網
漁具の立ち上がり生産資金二十億
円の調達もお先真っ暗だ。復興対
策は全町の八割がやられた志津川
町を中心にバラック三百二十戸
の建設が進んでいるが、いまのと
ころ被災者の衣食住手当てに精い
っぱい。このため根本的対策を政
府に迫るべく二十七日県議会全員
協議会で特別立法化の要望を決議
する。

潮位差二・一メートル記録

 ◇福島県=大被害をうけた
三陸沿岸と同じ太平洋岸にありな
がら、海岸線が平たんなため被害
はわりに少なかった。しかし津波
そのものの規模は想像以上に大き
く、磐城市小名浜測候所の検潮儀
は記録不能、相馬市松川浦港の修
港事務所で二・一メートルの潮位差を記
録した。磐城、勿来の両市で二人
の死者が出た。

大船渡市は約五十億

 ◇岩手県=大船渡市は県内
で最もひどい打撃をうけた。その
被害額は商工業関係三十億円、漁
業十億円、冷凍施設など七億円合
計約五十億円と推定される。その
わりに復旧作業は本格化し、市民
の表情もようやく明るさをとり
もどしたようだ。同市は二十五日
臨時市議会を開き、復旧対策の重
点を被災者の住宅復旧に置くこと
をきめた。一方、県災害対策本部
でも住宅復旧に住宅金融公庫融
資、仮設住宅、公営住宅などの三
本立てで早期復興を目標ににてい
る。宮古、山田、陸前高田の各市
も復旧に立ち上がったが、昭和八
年三月の三陸大津波いらいの惨害
だけに前途はけわしい。

工業施設がストップ

 ◇青森県=八戸市は県内唯
一の工業地帯。この施設がいずれ
も馬淵川のデルタ地帯にあったた
め、この被害もひどかった。工業
港入り口の東北電力八戸火力発電
所をはじめ日曹製鋼、魚類の冷凍
冷蔵工場、漁船の活動が全くスト
ップした。同市ではまず電力施設
の復旧を手はじめにこの工場地帯
の復興に力を入れている。一方、
県では二十五日に臨時県議会を開
き、津波対策委員会を置くことを
満場一致で議決、山崎知事は公共
事業の復興促進と私企業に対する
政府の強力な金融措置を促すと決
意を語った。

特に大きい水産関係  農相 農林水産の被害報告

福田農相は二十六日の農林水産関係
の津波被害は総額百二十九億円と
発表した。それによれば、とくに
水産関係の被害が大きく、総額百
十六億円に達している。これはカ
キなど水産養殖物の被害額が多かっ
たためである。
 漁船の被害は動力船、無動力船
 を合わせて五千三百七十五隻、
 十九億五千八百万円で、定置網
 などの漁具は十億四千万円、漁
 港の破損は百二十二件で六億四
 千七百万円、その他共同利用施
 設と非共同施設は十三億三千万
 円である。
農地と農業用施設の損害は宮城県
を筆頭に総額九億円、治山関係は
青森県を筆頭に八千五百万円にの
ぼっている。
 なお農作物被害はまだ不明だが
 北海道、青森、岩手、宮城、三重、
 高知、徳島がひどいもようだ。

東北三県の被災地 本社調査

二十四日東北の太平洋沿岸を襲っ
たチリ津波で宮城、岩手、青森の
三県は大きな被害をうけたが、本
社の調べによる市町村ごとの被災
地区は次のとおり。(注 A=被
害じん大、B=被害中程度、C=
被害の比較的軽いところ)
【八戸市】▽沼館地区=(A)淀
(C)沼館▽湊地区=(A)入江町
(C)下条、本町、柳町、法力長
根、大沢、大沢片平▽小中野地区
=(A)北横町、第一舟見町、第二
舟見町、(B)入船町、新堀、南■
町、(C)諏訪川原、第一中道、新
町▽白銀地区=(C)第一三島、第
二三島、第三三島、下田通、清水
川▽鮫地区=(A)日の出町、浜
町、弁天町、岬町、■島町、恵比
須町、(C)南浜、市川
【大槌町】(A)安渡、大須賀、
(B)小枕、赤浜、(C)吉里吉里
向川原、新町
【釜石市】(A)平田、両石、(B)箱崎
白浜、片岸、室浜、(C)只越町、
大町一丁目、大只越
【大船渡市】(A)新田、台町、須
崎、笹崎、茶屋前、赤崎町の中赤
崎、(B)下船渡、(C)末崎の細浦
【陸前高田市】(B)気仙町長
部、小友町、米崎町海岸、(C)高
田町松原
【気仙沼市】(A)南町、神明崎、柏
崎、(B、C)南町、神明崎、肴町
柏崎、河原田、内ノ脇、老松▽松
岩地区=(B、C)前浜、片浜、
尾崎、台ノ沢、川原、森、七半沢▽
鹿折地区=(A)蔵底、浜、浪板、浦
島、大浦、蜂ヶ崎、小々汐、梶ヶ浦、
鶴ヶ浦▽大島地区=(B、C)■草m¥、
館ノ沢、浦ノ浜、田尻、別当鼻、浅
根、要害▽階上地区=(B)波止上
【唐桑町】(B、C)舞根宿、館立、
小■
【志津川町】(A)大森、本浜、南
町、松原、汐見、十日町、八幡町
中瀬町、折立、波伝谷、水戸辺
(B、C)五日町新道、水尻、荒砥
大久保、清水浜、新井田、平磯、
袖浜、津の宮滝浜、水浜、寺浜
【雄勝町】(A)上雄勝、下雄勝
船戸、(B)唐桑、明神、小島、水
浜、分浜、大浜、立浜
【女川町】(A)女川、鷲ノ神、
宮崎、石浜、小栗
【石巻市】(B、C)本町、門脇
町、浜横町、仲町、中瀬、袋本
町、湊南町、湊荒町、御所浦、川
口、湊谷地▽荻浜地区=(A)荻
浜、桃浦、(B)折沢、■浜、月浦、
侍浜、有田浜、小積浜、牧浜、竹浜
鹿立、福貴■▽渡波地区=(B、
C)浜町、長浜、肴町、本町、新
町、新田町、祝田町
【牡鹿町】(A)小淵、小網倉、(B、
C)十八成、給分浜、大原、鮫ノ浦
【塩釜市】(A)千賀の浦に沿
った海岸通、北浜地区、(B、C)
二軒茶屋、字町、門前、新町、宮
町、本町の一部、杉ノ入、藤倉の
一部、中新田の一部、牛生、元
港、床下浸水は本町、中新田、藤
倉、■港、一本松の一部、浦戸五
島のうち■島、野々島、■風沢地区

厚相ら四大臣を派遣  津波対策 中央本部が初会合

政府は二十六日午後、首相官邸で
チリ地震津波対策中央本部の第一
会の会合を開き、津波被害対策を
協議した。この結果、被害対策の
予備費を支出するにしても、被害
程度がはっきり掌握できていない
ので、関係各省から現地に派遣し
ている災害査定官や係官の報告を
早くまとめること、被災地に対す
る長期低利の天災融資法を発動す
るための政令を早く検討すること
村上建設、楢橋運輸、福田農林、
渡辺厚生の四大臣は被災地、主と
して宮城、岩手両県を現地視察す
ることを決めた。
 このうち福田農林、渡辺厚生両
 大臣は二十六日夜、楢橋運輸大
 臣は二十七日夜、宮城県に向か
 う。村上建設相の現地視察は未
 定。各大臣の日程次のとおり。
 ◇福田農林 斉藤官房長が同
行。二十七日午前六時十分、急行
「おいらせ」で仙台着。県庁で三
浦宮城県知事の説明を聞いたのち
自動車で塩釜、女川、志津川、気
仙沼の各被災地を視察、気仙沼で
一泊、二十八日、気仙沼から大船
渡、釜石を視察、花巻で休み、二
十九日午前零時十六分、花巻発急
行「北斗」で帰京。
 ▽楢橋運輸相 山内鉄道監督局
長、林海上保安長官、吾孫子国鉄
副総裁、川畑気象庁観測部長ら
同行。二十七日午後十一時上野
発急行「おいらせ」で出発、二十
八日午前六時十分仙台着、午前九
時まで県庁で三浦知事らの説明
を聞いたのち、自動車で塩釜、石
巻、志津川、気仙沼の各被災地を
視察、気仙沼で一泊、二十九日、
気仙沼を午前六時三十分に出発、
自動車で大船渡、一関を回り、午
後六時仙台空港発の臨時全日空機
で帰京。
 ◇渡辺厚相 二十六日午後十一
時上野駅発急行「おいらせ」で仙
台に向かい、宮城、岩手両県の災害
地を視察、二十七日夜帰京する。

二十九日に初会合  一道四県の対策本  部主管者の連絡会

チリ津波の災害復旧に関する抜本
的対策について東北自治協議会
(会長三浦宮城県知事)は、伊勢
湾台風のとき関西、中部両地方の
国会議員、各県関係者が一丸とな
って実現させた「災害特別立法措
置」のような「チリ津波災害復旧
特別立法措置」を国会で成立させ
る以外手がないとして、宮城、岩
手、青森、福島、それに北海道の
一道四県の被災公共団体が協調し
て政府、国会に実現方法を迫ること
にしたが、その第一回連絡会議が
二十九日午前十時から宮城県庁で
開かれる。
 連絡会議には、一道四県の災害
 対策本部主管者が集まり、特別
 立法化の内容、こんどの運動の
 進め方などを協議する。

建物だけ残された学校 宮城県志津川町戸倉小

わずが十分たらずの間に五百七十
人の子どもたちの机もいすも、黒
板も流れてしまった。床板がはね
上がり、窓ガラスも何もかもメチ
ャクチャ。校門が見えなくなるほ
どの高波に襲われた志津川町戸倉
小学校(工藤拓校長)の被害は宮
城県下の学校被害で最大のものだ
った。

泥にうまった太鼓

十五人の職員のうち十一人が被災
した。就学児をもつ家庭三百世帯
のうち百六十世帯が三メートルの津波で
家財のすべてを失った。学校の
跡かたづけどころではないのかも
知れない。ようやく二十六日から
被災を免れた家庭の戸倉中の生
徒たち約四十人が変わり果てた母
校に集まって校庭から裏の山や反
対に海岸一帯に散乱している学校
の備品を探して拾い出した。先生
たちが三、四人それを指導してい
る。やっとことし百人分そろった
ブラスバンド用の太鼓やシンバル
が長ぐつで歩いてもズボンがよご
れてしまいそうな泥だらけの廊下
に埋まっていた。小学生も十数
人、黙ってそれを見ている。泣き
出しそうな顔がいたいたしい。

あやまる宿直先生

しかしとにかくも、建物だけは残
った校舎二階の工作室で工藤校長
が見舞いの人たちとこれからのこ
とを話し合っていた。その部屋に
魔の日の宿直、及川俊平先生(三六)
が人ごとに「すまない。すまな
い」とわびながら落ち着かない表
情でいた。「ずっと学校行事がい
ろいろ続いた週でした。あの日も
六年生の仙台修学旅行で、帰った
のが午後八時。九時ごろまで自宅
に子供たちを送り私はいろいろ用
があって午前二時ごろです。寝た
のは……」俊平先生は恐怖のとき
をこう語る。「大きい津波だ、と
思ったときはもう手遅れでした。
下からテレビや理科の機械などを
上に移そう、と手をかけたとたん
ガンをいうショック。続いてバリ
バリという音。急いで二階に戻っ
てみたら校門が見えないのです。
もうダメだ、と思いあとは何もで
きずに……。高校先生はみんなか
ら死傷者がでなくてよかったとい
われましたが子供たちのものを全
部なくして…。朝子供たちがきて
教室にはいり自分の机をさがして
いる姿を見ると本当に…」先生の
涙声はここで詰まってしまった。

困り果てる校長

戸倉小は志津川町の中心から南西
に約四キロ、通称戸倉湾の海辺から
三百メートルたらずの低地にちょうど海
に向かって建ち津波を真っ向か
ら受けたのだ。損害額は約八百万
円。工藤校長は「まだ津波が本当に
終わったともいえないので片づけ
もよくできない。とにかく一週間
休校しましたが、こんごをみてさ
らに一週間単位で休校を延ばして
行くつもりです。まだ各方面との
連絡もよくつかないので……」と
困り果てている。階下の音楽室か
ら水びたしのピアノをだれかがひ
いたのか“トーン”という妙に
わびしい音がした。それにかぶせ
るように“ジーン”という始業ベ
ルがいきなり鳴り出した。これだ
けはこわれなかったのだろうか?
子どもたちもいない廊下でバカ高
く鳴っている。(小沢記者)

担当者の勉強不足から  和達気象庁長官、警報遅延で釈明

衆院の建設、運輸、社労の三委員
会は二十六日午前、自民党委員を
駆り集め、委員をタライ回しする
などして開いた。これたの委員会
では二十四日未明太平洋沿岸を襲
ったチリ地震津波問題を取り上げ
担当各相から被害の状況を聞き、
被災地に調査団を派遣することを
決めた。
 運輸委員会は和達気象庁長官の
 出席を求めて関谷勝利委員が
 「津波警報が遅れたうえに被害
 のあとに出された警報も事実よ
 り弱い表現だ。判断を誤ってい
 たのではないか」と追求した。
 これに対して和達長官はその事
 実を認め、原因は担当者の知識
 と勉強の不足にあるとわびた。
 和達長官 警報が遅れたことは
申しわけない。わが国の津波警報
の体制は日本近海の地震で起こっ
た津波だけに限って警報を出すこ
とにしてある。今後は遠方からの
津波にも■用するようにすべきで
ある。ハワイからの情報があった
けてども、これを十分察知し、国
民に知らせるという体制と気力が
たりなかった。必要な情報を出す
に至らなかったのは知識と勉強が
たりなかったものである。

災害御見舞

今般の津波被害、御見舞申し上げます
一日も早く復旧されますようお祈り申し
上げます
昭和三十五年五月二十七日
トヨコンロ 豊臣工業株式会社
 名古屋市■■区■田町■続一−六

河北春秋

二十四日未明、太
平洋沿岸を襲った
チリ地震津波は、
一瞬にして死者、
行くえ不明百四十
五人、家屋の全半
壊、流失約五千戸、被災者総
数約十六万七千人という大
被害をもたらした▼被災者
は家屋や家財を奪われて、
あすからの暮らしのメド
さえつかず、不安と絶望の
毎日を送っているが、全国
各地では、この犠牲者を救
おうと、早くも救援運動に
立ち上がっている▼本社で
も東北放送と共催で、二百
万円を基金に二十六日から
義援金の募集を開始した
が、これにこたえる東北民
の愛の義援金が続々と本社
によせられている▼二十五
日にはいち早く東北大の学
生八十人が、仙台市内の街
頭に立って道行く人に被害
地の惨状を訴え、集まった
浄財をさっそく本社に寄託
したのをはじめ、東京在住
の東北各県人会も同日、
「郷土を救え」と一せいに
立ち上がった▼もとより義
援金は強制された寄付では
ない。心から被災者の窮状
に同情してさしのべる“愛
の手”である。だから金
額の多い少ないは問題でな
い。幼い子どもたちがこづ
かいの一部を割いてさし出
す十円玉にも、美しい隣人
愛は立派にこもっている▼
被災地の惨状を忘れて、お
ろかな“政治ゴッコ”にう
き身をやつしている人たち
にくらべたら、純真な庶民
のまごころこめた愛の募金
運動は、どれだけ被災者を
力づけるかしれない▼これ
まで幾度となくくり返され
できた台風、地震などの災
害にも、政治はいつも庶民
の救援運動に立ち遅れて、
無為無策の醜態をさらけ出
してきた▼小田原評定より
もまず被災者にあすの生活
の保障を与えてやることで
ある。庶民は政治の貧困を
被害のたびにいやというほ
ど見せつけられてきた。そ
んな手ぬるい政府の救援対
策をしり目にかけて、庶民
の愛の救援運動は、きょう
もあすも、全国各地で力強
くつづけられていくだろ
う。

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