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奪われた小さき魂  四郡下に四百十名   罹災児童は五千八百を突破    小学校被害の発表

震災地四郡の小学校被害調査は十七日視学室より左の如く発表した。
◇気仙郡 児童死亡一三八 負傷二 罹災一六七二 教員死亡一罹災四三 広田村広田校水産実習場流失損害二千円 越喜来校玄関及教員住宅流失損害八百円
◇上閉伊郡 児童死亡一一 負傷九 罹災二〇三八 教員罹災二七 両石分教場流失損害二千七百円
◇下閉伊郡 児童死亡二五〇 負傷七 罹災一、九四三 教員死亡三 負傷一 罹災三五 船越校実習船三百円 牡蠣養殖場八十円 海苔同上五十円 井戸七十円
◇九戸郡 児童死亡一一 罹災一三 教員死亡二
総計児童の死四百十名傷十八名罹災五千八百十九名教員の死六名傷一名罹災百五名で学校及び附属施設の損害評価六千円休校中の学校は殆んど授業を開始した見込みである。

教員児童に義捐

横浜市川口視学長野大進小学校長は十七日来県罹災教員に三百七十円同児童に八百七十九円を教育課に寄託し罹災状況を聴取し帰庁した。

基督教連盟も  託児所を開設   釜石、大槌、山田その他に    きのう救助打合会

岩手クリスト教連盟では東海岸罹災者救助法打ち合せのため十七日午後二時から盛岡市内丸バプテスト教会で委員会を開催した。出席者は土田、村上、今井、若松の各牧師、救世軍士官、ステットマンシュレーヤ、アーレン女史、太田大光■、川村夫人の諸氏で
一、釜石、大槌、山田その他数ヶ所に可及的速かに託児所を設置すること
二、活動写真其の他の慰問方法を講ずること
三、罹災者の必需品を出来るだけ多量に配布する事
四、その他
を決定近日中第二次協議会を開いて具体案を作製することになった。

産組慰問金募集

産組岩手支会では罹災組合救済慰問金募集を開始すべく十七日県下各組合に趣意書を発送した。

聖恩に感泣  伝達式に臨み  櫛田主事帰庁

山田町の御下賜金伝達式に臨み後沿岸罹災地を一巡し一関町から十七日帰庁した櫛田官房主事は語る。
 御下賜金の伝達は十四日午前十時を期し一斉に挙行し罹災民には町村長から頒賜畏き聖旨を伝えました。一同有難き思召に感激、大御心に対え奉るべく災害地津々浦々更生の意気に燃えて居ります。

 県の配給は各機関の協力と相待って順調に進み不足を云えば寝具が充分でなく又救護班の意見として野菜類を送ってくれとのことであった。

築港界の権威 鈴木博士来県

我が国築港界の権威者内務省技師鈴木工学博士は今回の災害状況査定の為め県畠山技師の案内で十六日午後四時半気仙郡盛町より来釜したが十九日迄鉱山鈴子旅舘に滞在し沿岸各港湾の災害実地調査に当る事になった。尚小野寺町長は十七日同博士に計画請願中の釜石港内防波堤建造を説明し指揮を受けた。

山林五十町歩 開放する

宮古町鈴木長兵衛氏は同氏所有の釜石町近郊平田部落内白浜から尾崎にまたがる山林五十余町歩を罹災民に開放する事になったが同山林は保安林となって居り尚同地内には釜石町の管理下にある山林もあるので釜石町から保安林開放の請願をなすべく十六日小野寺町長を訪問折衝した伐採期間は一ヶ年とするものである。

ヘテロゲン一万人 分を寄附

東京市芝公園大門際株式会社栄養と育児の会では三陸大震災火災突発と共に内務省社会局を通じて金一万円也を罹災者各位に贈呈したが大災害後の身心の疲労困憊に加えるに衣食住その他の物資的条件の激変によって往々悪質の伝染病の蔓延を見るに至るものであると姉妹会社たる同仁製薬株式会社取締役にして右社医務課嘱託たる医師長谷川貞一朗氏を同社発売のチフス、パラチフスの内服予防剤ヘテロゲン一万人分を携行被害地に派遣せしめ罹災者の悪疫予防に尽力している。

震央が二つある  福井測候所長の釜石沖説  国富技師は金華山説固持

過般三陸沿岸津浪の惨禍を惹起した強震に際し盛岡測候所では福井所長以下最も精密な調査を遂げた結果震央は釜石沖東二百粁(水深約五千五百米の海底)と発表したが其の後中央気象台より調査に来た地震学の権威国富信一技師は宮城県沿岸を視察したのみで震央地は東経百四十三度北緯三十八度即ち金華山沖合東南東の沖合で被害程度は岩手県より宮城県の方が非道いと発表した。被害程度の問題は別としても一つの地震に二つの震源地が発表されたわけで盛岡測候所では最初の調査に相違ない事を自信していたので其のまま中央地象台に報告を続けていた所最近発表された。気象台保存の記録には盛岡測候所発表の通りなっているが別に国富氏が書いた三陸沖強震及び津浪概説には
 震央地は東経百四十四度六分北緯三十九度二分、金華山沖の東北東約二百八十キロ、釜石の東方約二百三十キロの遠い沖合に当っている。
と最初の発表よりやや盛岡測候所が発表した個所に近づいてはいるが依然震源地が二個所になっているので識者の注目する所となっている。一部には国富氏が最初不用意に発表はして見たものの学者としての立ち場から改訂は権威を傷つけるものとして横槍を張っているのではあるまいかと言われている。右に就て福井測候所長は語る。
 一つの地震に二つの震源地が発表されるという事は調査する者の意見の相違もあるだろうが当初は充分の確信を得て発表した事であり中央気象台保存の記録も当所発表の通りになっているから余計な事は言いたくない。国富氏が権威者としての立場からああした態度を持するものと思う。