文字サイズサイズ小サイズ中サイズ大

海底深き百余の霊  重茂から最後の方法として   潜水夫派遣を乞う

下閉伊郡重茂村姉吉部落は津浪に襲われ全滅の惨状を呈したが更に悲惨なのは死亡者百二十名の内浮び上ったのは十三名に過ぎず百余の死体は海底深く呑まれてあるので十二日下閉伊支庁から県に万策尽きたから最後の捜索方法に潜水夫を派遣して貰いたいと救援を乞うて来た。姉吉部落では海嘯襲来前根瀧網の夏網仕込中であり津浪と共に網にまき込まれ海底にたたきつけられたためではあるまいかと云われ部落附近は沿岸で三十五尺からの深さで捜査は潜水夫の力をかりる事になったものである。

日に増す出漁船  二日間の取引八九百円に達す   きのう十四艘出漁

(釜石電話)釜石町漁船は十日から出漁して漁業復興に気勢をあげているが漁に出た船は鮫、鱈、なめた等平常通り積んで入港夕刻から之等漁船の水揚げされるなめた鮫鱈の山で漁市場は愈々活気が出て来た。十日の取引高は三百円十一日は十艘の漁船で五六百円十二日は十四艘の漁船が漁に出た一方海岸通りに打揚げられた漁船は十一日から大工サンに修築され日増しに出て行く船が多くなるであろう。

大金侍従  帰京

(東電)三陸地方震災慰問並に惨状視察のため天皇、皇后両陛下から御差遣された 侍従大金 益次郎氏は宮城、岩手、青森三県知事に対し畏き辺りより下賜の御救恤金及び聖旨並に令旨を伝達し爾来七日間に亘り具さに震災地の視察を為し十二日午前六時五十分上野属を帯同し上野駅着帰京した。

張景恵氏が 救恤委員長  満州国の同情

(新京十一日発電通)満州国政府は日本の東北地方震災地救恤委員会を設置し義捐金慰問貧の募集等をなす事になりその委員長に張景恵氏副委員長に中央銀行総裁栄光氏外委員二十五名を任命した。

激浪を潜って  御神体を救う   尾崎神社と徳爺さん

(釜石電話)釜石町場所前郷社尾崎神社遥拝所は三日の津波に呑まれ■つさえ火焔になめられ痛ましい惨害を残しているが御神体は完全に釜石署に移管されている。この御神体を救い出した人は町内でアメリカ徳の通称で人気男にされている同町場所前千田徳三郎(五六)サンで—三日津波の来襲を知った徳爺サンは日頃信心する尾崎神社に万一の事あってはと押寄せる津波の中へ飛び込んだが丈余の激浪はあわや爺サンを海底に呑まんとしたが幸いにも遥拝所傍の漁船に止まって波が引くと共に遥拝所前に安置されていた御神体を小脇に抱え二度目の波に安全地帯に流され御神体が無事を得た。同署ではこの奇特な爺サンを表彰すべく考慮している。

東京市議候補  十円宛寄附   似鳥氏の発企

東京市麹町区三年町第三通信社長似鳥臥城氏は菅原伝、村松久義(以上宮城県代議士)熊谷巌(本県代議士)等の賛助を得三陸震災救護会を組織し先ず目下立候補中なる三百余名の東京市会議員候補者に対し金十円宛の寄附を求めたところ各候補とも大いに同情の意を表し続々寄附が集まり十日までに既に三分ノ一に達した。十四五日頃には締切りし得るであろうと

新京県人会 義捐金募集

三陸大震災の報に新京岩手県人会にては急遽会長四戸友太郎氏の宅に集合最も被害の多かりし岩手県は特に満州国治安の為に派遣兵の出身地なりとの事由より熟議一決直ちに県出身新京在住者に対して義捐金を募集する事となった。
 尚目下岩手県人会の此企てをなしてより満洲日文の各新聞社は競って義捐金の募集を始めたが会長四戸友太郎氏は新京在住の有志なるために各方面の後援を得るべく既に時局後後援会よりの応援も決定し毎夜四戸会長を始め満州国政府の内村一三氏等をはじめ貧苦の県災害者を救えと計りに新京のトップを切って郷土のため義捐金のあっせんに当っている。(新京旭通り三友社内新京岩手県人会郷土災害義捐金募集情報班)

愛児の死に  哀れ父帰らず   慌しい災厄の村にあって    父は医師救療中

三陸震災直ちにさかり町より医師須藤さとる氏が気仙郡沿岸に急行し爾来各地の負傷者の救療に寝食を忘れて奮闘中病床にあった長女(三才)は九日肺炎を起して遂に死亡したが慌しい災厄の村にあって寒さと飢え、さては傷病に悩む人々を捨てられずとして遂に愛児の死の床に帰らずさかり町民の感激と涙の裏に十日悲しい葬儀を行った。到頭その日も父の姿は見えず人々の涙を誘った。

白米を配給  釜石罹災者へ

釜石町では十日罹災者に大人一人白米四合、小人同二合宛三日分を八百人に対して配給した十一日は毛布の配給をする。

悪疫防止に 大童の活動

県衛生課救護班越戸技手福地次席櫛田官房主事の一行は四日以来釜石花巻共立病院東京府救護班と協力同村柴医院に入院加療中の重傷者二十名に対して手当した結果死者二名を出したのみで他は漸次快方に向いつつあるので十日一先ず釜石町に引きあげたが今後内科的疾患感冒発生の虞れあるので即時釜石町、大槌町、鵜住居等各被害地域の飲料水の消毒を行うことになった。
   ×
釜石水上警察署では遠野署、日詰署及び和賀、稗貫郡下の消防郷軍青訓等の応援で海岸通り災害地の処理に連日、連夜活動罹災者の救護街路の汚物取かたづけ犯罪の防止流言蜚語の取締りに当って居るが今後は次にくる流行病予防の為め被害地全部に亘って戸別的に石灰を撒布して悪疫蔓延の防止に処することになった。

布団を購入  感冒流行の報に

本県では罹災者の寝具不足から感冒にかかった者が多いとの報告あるので東京市に布団五千枚の購入方を依頼したが更に十三日渡辺技師上京布団一万枚を購入せしむることになった。

脂肪分と野菜  罹災地で不足

県衛生課では罹災地方民の現在摂取している食糧を調査した結果『脂肪分』と『ヴィタミン』原である生野菜、果物等が非常に不足していることが判明したので至急左記食品の寄贈を希望している。
一、脂肪の不足を補う為
油揚 筋子 ゴマ 豆類 動物脂肪(豚牛脂等)
一、野菜 大根 玉葱 ほうれん草
一、果物 蜜柑其の他

県下の救援

   ×
水沢消防組員二十名は釜石町の災害地復旧手伝いのため十一日午後一時トラックに乗り同町を出発した。
   ×
一関駅に到着した震災地救恤品十二日の分は左の如くで真瀧消防組が出動配給に努めている。
 味噌五樽 慰問袋二五六個 大根二四梱 衣類五梱 玄米一四俵 白米三俵 合計三〇五点
   ×
黒沢尻町から出発した三陸慰問隊は南北両班共十一日帰町したが十二日午後七時半から役場楼上に各種団体集合の上報告会を開催した。

本紙各版を献上  大金侍従より御下命に接す

今回の東海岸における海嘯災害に畏き辺りにてもいたく御■念あらせられ特に大金侍従を御差遣遊ばされ多額の御内 金を御下賜になった程で県民の等しく恐懼に堪えないところであるが事件発生以来全社員を挙げてこれが報道に義捐金品募集に慰問方法等に力を致せるわが社に対し特に大金侍従より本紙に限り本月四日附より今十三日附まで本紙各版一部宛を宮内省に献上方御下命に接したるを以て昨十二日右発行済の分を取揃えの上県高等課を経て謹んで献上申上げた本社の光栄この上なく聖慮に報い奉るべく社員一同一層努力を申合せた。

母性愛を見よ  唐丹 災害線を行く(C)

 三陸沿岸で田老村に次ぐ死亡者を出した気仙郡唐丹村を記者が訪ねたのは惨禍未だ目のあたりに見える四日の夜明けだった。一行は今度の事件で最も活躍した釜石支局菊池君と本社の中村写真班と記者の三人だ。釜石町から四里の夜道をかけ提灯の灯一つを頼りに名にし負う下閉伊郡気仙郡境に跨る平田峠の峡を越えて陸路唐丹村に入った新聞記者は恐らく我等一行だけだろうが更に災害後この村へ一番乗りした村人外のものは我等一行だった。
   ○
峠を越えて約半里降って行くとほのぼのと夜が明けて来た、左手に唐丹湾が見えて来る、近づいて行くと湾に面して■けて居た唐丹村本郷部落約二百戸の部落が殆んど片■だに残って居ない。惨憺たる惨禍の跡だ、波打際にゴロゴロと死者が万塵の下に眠って居るその数恐らく五十個は越えるだろうそれを除けばアトは渺茫たる砂原だまるで盛岡市外雫石川の川原だ。処々に樹木が倒れてその枝には水をかぶった七夕紙のように無惨いろんな布キレが引っかかって居る死骸はまだあちこちに転げて居る。僅か一軒流失を免れた屋根の下から出て来た親父(写真碑の右に立った人)三浦吉太郎(五一)は盛岡から来たとの記者達の姿を見るや母の膝に縋りつく子供の様にその親父が助けを求めて男泣きに泣いた。この侭にして又家を建てるならば自分はこの村を去るより外ないという、前の日(三日)飛行機がこの上空を飛んで行ったが村では何か慰問品又激励文を投下するかも知れないと言って生き残った人々は飛行機の行方を熱心に眺めたとのことだ。ソレもその筈村人達はその日迄流れ散った米粒を拾い集めて喰べて居た。村人達は呆然として居た之を助けるものは暖かい救援の手である。飛行機からはせめて慰問文を投ぜよ。心あるものは慰問金を送れ。在京の代議士は選挙騒ぎの時ばかりでなくこの際みんな帰県して罹災者を激励せよーである。
   ○
 本郷部落から約半里南につづいて唐丹村の本村小白浜がある。この村で之れで三度大津浪に遭ったという、千葉という鍛冶屋の老爺が居た。タッタ三十八年目でまた三度目の海嘯に遭うとは不仕合せな時代に生れて来たとて泣いて居た、村の高台になって居る釜石病院分院や郵便局それに元県議柴琢次郎などは些の被害も蒙って居ない。柴邸などは赤い椿の花咲く生垣が海に面して築かれ縁側に立てば垣間越しに青い海が見えて居る。前代議士水上斉之助氏が褌一点で逃げ込んだ竹薮もこの裏手になって居る。貧しい者達の家屋は海しょうにまで簡単に持ちさらわれるのだ。
   ○
此の全滅に近い小白浜部落で高山イワという寡婦が三人の子供を順次丘に抱き上げて自分が逃げ去ろうとした時遂に二度目の大波が襲い子供三人を助け乍ら母は暗い海に呑まれてしまった。暗の中から『子供のためにー子供等のためにー』と泣き叫ぶ声が聞こえて来たという話を聞いた。まことに尊い母性愛の一篇だ。
   ○
第一回田老村記事中、之も母性愛の挿話嬰児を抱いたまま海嘯後の火事で焼け焦げて死んだ母のために仏教会慰問使上舘龍谷寺住職の作詩を最後に添える。(松本生)
  沙上の死骸殊に母子抱いて死せるあり看るに忍びず。
 枯骨乱膓沙石■。茫々魂魂去如煙。就中児母有相抱。懺汝人間未了■
  地蔵■の前の溺死体を見て
 無仏■間救二悪■一。■客如月一輪円。伽羅峯頂亦非レ遠。六度万行■テ不レ捐
(写真は唐丹村■岩寺山門の明治二十九年三陸海しょう記念碑前に於ける生き残った人々左から三人目が三浦吉太郎老)

西磐郷軍活動『震災地銃後の罹災家族を救え』の指令に接し西磐井軍在郷軍人分会連合会では十日副会長以下二十五名が五日から八日まで気仙郡末崎村に出動銃後の家族を中心に罹災者を救済し倒壊家屋の跡始末その他力強い相談相手となって活躍し罹災者から深く感謝されているがその時一関分会看護兵小野寺節二君の記念撮影(上)(写真は末崎女子青年団が罹災者へ食糧運搬(下)西磐井郷軍が在満二等兵近藤正二君の遺家族附近の倒壊家屋の跡始末に活躍)

三陸海嘯義 捐金(十二日本社扱)

三円市内開運橋際小島健蔵 九円六十銭■薬百四十点岩手郡雫石駅前睦会 二円和賀郡川尻営林署荒子之助 六十円市内内丸座 三円岩手郡滝沢村青年団姥屋敷分会 五円市内茅町吉田文助 十円関東陸軍倉庫チチハル支店金沢長八 十円上海施高塔路積善里漆戸格太郎 三円東京市小石川区白山御殿町北川みき子 三十円秋田県小坂町双鶴会代表岩淵保 十円遠野町青年団長内田源五郎外団員一同
小計金百四十五円六十銭
累計金二千七百四十八円四十九銭

県扱い(十二日)

十九円七四銭新潟県■平豊三郎 十五円田頭小学校職員児童 六円二銭浪打村楢山小学校職員児童 四〇〇円仙台地方専売局並管下支署勧誘員一同代表鈴木徹雄 四、一一〇円大連民政署万国紅まんじ会 一〇〇円東京材木町大社教東京出張所内管長千家尊有 一五〇円愛国婦人会秋田支部長武部歌子二円東京市王子町尋三小川園枝 一円同稲葉治助 百円弘前市長 百円東京市目白町二丁目川村女学院長川村文子 二一円十九銭帝国軍艦長門乗組岩手県出身下士官兵 五十銭秋田県長長谷山松也 十一円二四銭相去村六原小学校職員児童 九円岩崎小学校職員児童十六円八七銭大原小学校専修学校職員児童 十五円与田小学校職員児童 九円五十銭矢越村釘子小学校職員児童 六円五八銭甲子村私立大橋小学校職員児童 十一円九五銭奥中山小学校職員児童 八円五十銭軽米町高家小学校職員児童八円長内村小久慈小学校職員児童十円藤沢小学校職員一同 三百円■■竹下カツコ 七円二四銭御所村安庭小学校職員一同 二百五九円四九銭沼宮内署取扱 五十銭無名 三円廿銭立花青年会 十円石鳥谷町仏教婦人会 四円六五銭中内村南成島尋常小学校 十三円三九銭同中内尋常高等小学校長外二円三五銭中里女子青年団一同 四円六二銭小梨村清田小学校一同七円七七銭大船渡港工営所々員代 表坂本謙介 七円九十銭刈屋村和井内小学校一同 十二円六八銭千厩音楽同好会一同 三二円桐生市産婆会 二百円北海道帯■中学校職同生徒一同 十円松山市国立松山婦人会代表本谷カド 二五円兵庫県多紀郡婦人連合会 四十円石鳥谷消防組石鳥谷女子青年団一同 九九円八二銭大津保村外六三十五円四銭宮古高等女学校職員一同 一百円立根村長 五円若柳青年訓練所一同 二一円愛宕小学校愛宕青年訓練所一同 十一円七六銭気仙郡浜田小学校職員児童一同 二円七五銭横田村女子青年団一同 二三円荒沢村荒沢小学校職員生徒一同 村内区長及有志十五円十五銭谷内小学校長 十六円伊保内小学校児童一同 五円川井青年訓練所 十七円五八銭■■家小学校 一百円宮城県斎藤善右衛門 六十円福島県愛国婦人会原町婦人会 四十円宇部宮高等農林学校職員学生一同 二五円二十銭岩谷堂警察署長 十五円三十銭竹駒村有志 四七円十五銭水沢警察署 一百円十三銭世田■村長  円北鮮国境警備鐘城守備隊一兵卒 一百円小樽岩手県人会 七十円東京市聖天町々会八木新吉 十円山形市地明会中村とみ 十二円七七銭藤沢小学校児童一同 十五円五四銭横川目小学校長 一円高岡市相本乙吉 一円三五銭岩崎村山口少年同友会 五円湯田村左草小学校長 十六円八十七銭御辺地小学校長 三円九十銭小軽米村小玉川小学校長 三十円東京市豊島高等女学校長 一円茨城県青木■助 二円四三銭神奈川東京電燈会■原木出張所 一円五十銭朝鮮沙里院公立普通学校五学年生徒一同二円三十銭黄海村曲田小学校長 八十円陸海軍将校夫人会仙台支部長十七 福島県小池義雄同古俣乙次二八円五十銭日形村長十円松尾村寄木小学校長 一円十銭谷内村立石女子青年団 一円五銭与田村中川小学校一同 二円五九銭折壁村浜横沢小学校 十九円八九銭黒沢尻土木管区一同 八円三一銭奥玉小学校一同 五円神奈川県守屋製絲所 五円東京市細谷尚
日計 七千三百三円三十五銭
累計 十万二千五百七十三円八十三銭