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罹災者に畏き御沙汰 県へ三万円御下賜  きのう伝達式   大金侍従仙台から    直ちに災害地へ

(仙台電話)三陸沿岸一帯の地震に就て畏き辺りより御差遣遊ばされた大金侍従は五日午前七時仙台駅着直ちに宮城県庁に至り県庁貴賓室にて岩手、青森、宮城三県知事に対し倉茂第二師団参謀参列のうえ荘厳裡に御下賜金伝達式を挙行終って三県知事より各県下の状況を聴取した。同侍従は午前十時仙台発三戸宮城県知事の案内で石ノ巻に赴きそれより自動車にて被害地を視察。同夜は石ノ巻に一泊六日引続き宮城県下を視察せられ岩手県に向わせられる予定である。同侍従は謹んで語る。
 具さに状況を視察せよとの御沙汰を拝しましたので如何に不便な所でも何日費しても詳細に視察すると共に気の毒なる罹災者に優渥なる聖旨を伝達致します。視察日程は宮城県二日間、岩手県四日間、青森県二日間の予定であります。
御賜下金左の通り
 岩手県 三万円 宮城県八千円 青森県 千五百円 北海道庁 二百円 計三万九千七百円

優渥なる御沙汰に  只々感泣す   御下賜金拝受して 前田内務部長語る。

仙台電話)石黒岩手県知事代理として御下賜金伝達式に参列した前田岩手県内務部長は謹んで語る。
 今回の災害に際し優渥なる御沙汰を拝しましたのは誠に恐懼おくところを知らずにただただ感泣する次第でございます。明日直ちに帰県の上有難き聖旨と御下賜金の伝達式を行います。目下各町村とも混雑大多忙を極めて居りますので五班の県下救済団の代表者を招集するつもりです。本県下の死傷者は実に一千四百六十余名家屋の損害約九千戸でありまして被害状況を審さに言上致しました。
前田部長は午後一時六分仙台発で直ちに盛岡に帰った。

簡易保険局で 非常払い  災害地に係員  を派遣して

(東電)簡易保険局では三陸地方震火災津波等によって保険加入者中死亡し又は行方不明となったものが少なくないので被害者慰問をかね特に保険金非常払出しをなす為急遽出張員十名を派遣することとなりその先達隊員の監督係長松原正行氏外三名は四日午後十時三十、分上野駅発急行で仙台に向った他の出張員も五日上野より夫々出発するが右出張員十名は岩手、宮城、青森の三県下中被害の最も甚大であった三十二局を三班に分れて巡回し一局三日間位の予定で滞在保険金の即時現金払をなし被害者中保険證書領収書等をなくしたものに対しても保證払いその他の方法で出来るだけ罹災者の窮状を救う筈である。

松岡秋田学務 部長釜石へ

震災見舞のため武部秋田県知事代理、松岡学務部長は五日午前十一時十二分着で来県県庁に石黒知事を訪問し見舞の挨拶をなした。尚松岡秋田県知事代理は直ちに釜石方面に向い罹災状況を視察同県の救助手配をなす筈。

市内各町総代 慰問取纏め

盛岡市役所では四日市内各総代に宛て七日までに東海岸罹災民慰問金品を取り纏められたい旨夫々通達した。

災害地復興へ  続々判明する被害額 住宅建築資金  六十万円を借入   釜石の緊急町会

(釜石電話)災害復旧を協議する緊急釜石町会は五日午後一時から町役場に開き協議の結果救助資金三万円、罹災者住宅建築資金六十万円借入並びに官林十万石の払下げ及び中根湾口に津波を防ぐ防波堤を築造及び耐浪建築物の建築地区改正(之に要す資金二十七万円)を其の筋に陳情する事に決定した。

残存村議で  緊急村会   田老村の   善後処置

下閉伊郡田老村では関口村長以下残存十五議員により六日緊急村会を開会する事に決定したが今夜の震害は前回の三陸海嘯当時と同様で村会では応急善後処置を協議すると共に直ちに更生の意気を以て港湾修築の市街計画を樹て県に陳情する筈である。なお三日来田の佐々県土木技師は実地視察を終え帰庁したが急遽測量隊を編成して折返し田老に向う予定である。右に関し村長関口松太郎氏は語る。
 私は幸い高台の山寺に居た為災害をまぬがれましたが御覧の通り今まで軒を並べ将に町制をしかんとして居た村がまるで荒野同様に化して全く一時は呆然となりましたが然し気の毒な村民の窮状を想う時勇躍更生の策を講じねばなりません。直ちに六日村会を招集し応急処置を施すと同時に県当局の援助を得て将来漁港として完全な港湾の建設をなす考えです。

市から一千円  きのう緊急参事会

市では五日午後三時半より緊急参事会を開催中村市長、助役及び菊池、川村、上野、戸塚、長岡、小笠原、村上、村井の各参事出席の上三陸震災救恤義捐金の件につき審議の結果取敢えず一千円贈ることに満場一致可決県を経て送附の手続きを取ることに決定し同三五十分散会。

市民の援助熱望

中村市長は過般来上京して水道工事費、八年度予算額等に関し関係主務省と打合せ諒解を求めていたが突如襲った三陸沿岸大震害の急報に接し予定を早めて五日午前一時着列車で帰盛したが罹災各地の被害予想以上に甚大且つ悲惨なる状勢にあるを以て、盛岡市民を代表し市長は上飯阪社会課長を従えてワラジ掛けを以て沿岸罹災各町村の慰問視察行脚をなすことに決定。日程は六日午後一時盛岡発山田線にて宮古に向い最も惨状を極めている田老村に赴きそれより一週間の予定を以て釜石迄南下引返す予定である。市長は語る。
 東京で東北全滅との報道を聴き非常に驚いたがその後の情報に依って我が岩手県が最もヒドイ被害を受けたとのことで急いで帰った訳です。沿岸各地の罹災者に対しては全く同情に耐えない全力を挙げて救済に努力しなければならない。全市民の後援を切望する。

挙県一致  復興に   進藤殖銀頭取談

進藤殖銀頭取は貯蓄銀行問題で大蔵省当局と折衝終って郷里京都に出向していたが三陸震害の報により五日急遽帰盛して語る。
 今次三陸大震災による被害は甚大にして県経済界に大打撃を与えるかも知れない凶作、震災で天は何処までも我が岩手に恵れないがこれに打勝つには人の和より途がない。銀行問題等でグヅグヅする場合ではない挙県一致復興に努力すべきである。

在京県人会  慰問方法   各手団体で   決定す

(東京発)南部局総会、岩手学生会新岩手人会、肝江会、両磐会、関中十一会、岩手教友会、北斗会、白梅会の各種団体から成る。在京岩手県人団体連合会では四日午後二時から四谷第六小学校に幹部会を開催、吉田孤羊、太田幸郎、深沢省三、菊池武雄、右京喜■の五氏出席、今回の三陸第海嘯の罹災者慰問方法に関し協議の結果
△岩手出身の県外居住者二千名より応分の慰問金を募集すること
△岩手学生会及び県立盛岡高女卒業生からなる白梅会々員は今月中東京市内の街頭に進出して篤志者の同情にまつ
△県出身の洋画家より結成されている北斗会員は慰問金の寄贈者に対し色紙、短冊に揮毫し無料で頒布することに申合せた
尚三月十九日午後六時から明治神宮外苑青年会舘で開催する盛岡市出身照井井詠三氏の独唱会は三陸沿岸震火災義捐金募集と名をかえ純益金全部を災害地へおくることになった。

水産被害一千万円  県水産課の概算

東海岸海嘯の県及び町村施設中被害最も甚だしかったのは水産諸施設でその被害額殆んど見当つかず五日県水産課の概算予定のみでも九百九十二万円を算し一千万円は下るまいと見らる。
 百五十万円発動機付漁舟破損五百隻(一隻三千円平均)二十五万円小漁舟破損五千隻(一隻五十円平均)八十万円 一般的小漁具舟流失破損一千戸分(一戸八十円平均)百二十万円定■漁具流失破損四百分(三千円平均)十二万円沖合漁業用延■数流失二百隻分(六百円平均)十万円同流網数百隻分(一千円平均)六万円底曳網数流失分六十隻分)(一千円平均)三十九万円■網百三十流(三千円平均)三十五万円漁■■合共同施設(協同販売所三十個所一個所五千円平均にて十五万延其他二十万円)百万円製造加工場設備納屋網倉等)二百万円生産中の魚粕魚油其他製品在庫品十五万円海苔牡蠣場の被害二百万円■藻類鮑其他貝類全滅の見込にて損害見積

小安県水産試験場長の報告による船舶被害左の如し(五日午後五時現在)
 町村  発動機船  和船  計
広田村   五    全部
気仙町  全部    同
米 崎  同     同
小友村  一〇   一〇〇
吉浜村  一〇   二〇〇

土木関係被害 約百万円

 上野課長帰庁
釜石町視察中の上野土木課長は五日帰庁した課長は語る。
 釜石港のケーソン滑り台が全く破壊されて居りセメント工事も少からずいたんでいる改修工事の損害は四万円程度ある県土木方面の損害は宮古町以南で橋梁の流失破壊は十一橋で県直接関係分は三十万円町村分は六十万円程度の損害であろう。宮古町以北の橋梁道路には殆んど被害はないと云って宜しく不幸中の幸であった。

惨状田老村 主なる死者

惨状を極めた田老村の死者は今なお不明で四日夜までに判明せる分だけでも既に四百名あり引続き死体の掘窟、行方不明者の捜索につとめているが大体七百名内■と見られている右のうち重なる者は助役牧野与惣治氏を初め村議三名、教員として元田首席訓導、赤沼女教員あり更に同村には満州派遣兵十四名あって気の毒な家族遭難者は左の通りである。
△(歩三十一)鳥居安太郎君 家族十名中二名死亡
△(砲八)前川幸助君 家族九名中六名死亡
△その他(三一)越田福治、佐々木儀平、石垣保実、吉田栄太郎、小向徳蔵、中村隆一、久保田清吉、山本清太郎、梶山享一、鳥居徳松、山本勇治(工八)涌田誠蔵(独守)平門市太郎君等家屋流失

この中に二つの死体

釜石町只越東長松宅一家廿三名の内八名死亡したが二名丈けこの仮小屋中にあり(本社特派員撮影)

釜石警電復旧

宮古、釜石間警察電話は震災と同時に不通となっていたので四日県警察部では騎第三旅団より被電話線二十巴を借用復旧に使用する事になった。

今回の大惨害に就いては取急ぎ帰県の上親しく御見舞申し上ぐべき処応急施設、住宅、復旧土木事業、県財政の建て直し等政府を鞭撻して万遺算なきを期し度く依て暫く在京の上一致協力して最善の努力を尽すべく決定仕候不取敢ここに紙上を以て御見舞旁々事情申述御諒察を仰ぎ候 敬具

 昭和八年三月
  衆議院議員
   田 子 一 民
   八 角 三 郎
   熊 谷   巌
   志賀和 多 利
   小野寺   章
   広 瀬 為 久